【TRPGシナリオリプレイ】11.4光年の残響【短編】 作:皇我リキ
その町の情景が彼等は忘れられなかった。
ゆったりと流れる時間。
昼、夜と移り変わる景色には感銘を受ける。
彼等の住む地は景色の移り変わりが乏しく、目まぐるしく変わる町の景色はあまりにも新鮮で。
特に、夜に差し掛かる前の真っ赤な夕焼けには寂しさとも暖かさとも違う───心地良い喪失感ともいうべき深い感動を覚えた。
楽しそうに笑う子供との思い出。
その町での時間は、彼等にとって忘れられない、かけがえのない物となる。
やがて彼等が自らの故郷に帰る時、彼等は自らの持つ高い複製技術によってその町一帯を複製した。
その町の事を、その町での大切な時間を、人々を忘れない為に。
その町の名は───
☆ ☆ ☆
朝が来る。
8月21日。
視界に入る、無造作に飾ってある日めくりカレンダー。
低血圧で朝が弱いカイリは、モゾモゾと芋虫のように体を持ち上げた。
普段しっかりしている少年とは思えない顔で、何もない虚空を見詰める。薫はそんなカイリの頬を突いて遊んでいた。
「本当に朝弱いよなお前。生きてるかー?」
「ほげー」
頬を突かれても、つねられても、特に反応はない。
ダメだこりゃ、と薫に呆れられた丁度その時、下の階から高野が登ってくる。
「朝ご飯、出来てるよ」
昨日の夜も見た優しい笑顔。美味しそうな匂いに釣られ、三人はお腹を鳴らしながら階段を降りた。
「おぉ、凄いな……」
階段を降りた先。
テーブルに広がるのは、白飯に焼き鮭、ワカメの味噌汁と漬け物。
お手本のような日本の朝食が四人分綺麗に並べられている。
「これ、全部高野さんが用意してくれたんすか!?」
「うん。大事なお客さんが3人もいるからね。少し張り切っちゃった」
「す、すげぇ!! ほら食うぞカイリ!! 朝ご飯だぞ!!」
「んぁー」
四人で食卓を囲む光景は、まるで修学旅行の朝のようだ。
蓮は二人とは少し歳が違う。だから、こんな感覚が少し嬉しかった。
「───さて、何する!? まずは町の観光スポット巡りか!!」
食事を終え、片付けを済ました薫はあまりにも純粋無垢な表情で何も考えていない言葉を漏らす。
「薫、忘れたの? ペットボトルロケットの事」
「は! しまったそうだ! ペットボトルロケットを作って展望塔より高く飛ばすんだった!!」
三人が高野の家に泊まったのは他でもない、町に着いてからの違和感を探る為。その答えを求めて展望塔に入るには、高野の許可が必要だ。
高野は自分の夢、展望塔よりも高く飛ぶペットボトルロケットを打ち上げる手伝いをしてくれれば、展望塔の中に三人を入れてくれるという。
「けれど、ペットボトルロケットか。どうしたもんかな」
「必要な物を集めないとね」
「でも俺達、この町の事全然知らねーぞ。スマホもないから調べられねーし」
ペットボトルロケットそのものは単純な作りで、作るだけならペットボトルと羽になる硬い材料、そして打ち上げの為のポンプを用意すれば良いだけだ。
しかし、それらの材料を集めようにも、三人には全くと言って良い程に土地勘がない。
「困ったね」
「昨日の内に調べておけば良かったな。三日しかないんだろ? 期限。そもそも俺達も三日で帰るんだけどさ」
「……西馬が枕投げなんて始めるから、そういう時間がなくなったんだぞ?」
「え!? 俺のせい!? いやでも、やるでしょ普通!! 枕投げ!!」
枕投げをなんだと思っているのだろうか。薫は必死な表情で自分を正当化しようとしている。
そんな三人の前に、洗い物を済ませた高野がやってきてこう口を開いた。
「ペットボトルロケットの材料ならね、そうだなぁ……町の雑貨屋さんとか。後は、バーとか喫茶店とかに行けばあるかもしれないよ?」
「バー?」
「喫茶店?」
「なるほど!! そこに行けば良いんすね!!」
雑貨屋はともかく、バーと喫茶店でペットボトルロケットの材料が手に入るとは思えずにカイリと蓮は首を傾げる。
薫は馬鹿正直に言われた事を信じると「それじゃ雑貨屋に行こうぜ!! 大抵の物は雑貨屋に売ってるって婆ちゃんが言ってたからな!!」と謎の信頼を雑貨屋に寄せていた。
「雑貨屋に行くのかい? それじゃ、出掛けるついでにOCマートで今日の夜ご飯の材料も買ってきてくれるかな。買ってきてくれるなら、今晩はすき焼きにするよ」
「すき焼き!?」
すき焼きと聞いてさらにテンションを上げる薫。
そんな薫を他所に「OCマートってスーパーマーケットだよね? スーパーならペットボトルも売ってるかも」と蓮に話しかけるカイリ。
「それじゃ、OCマートに行ってから雑貨屋に行くか」
「あ、それと。お金は後で僕が出しておくから、お店で払わなくて良いからね」
夕暮れまでには帰ってくるんだよ、と付け足した高野に町の地図を渡された三人は、まるでお使いに行く子供達のように「行ってきます」と家を出る。
「行ってらっしゃい」
小さく手を振る高野は、優しい表情で三人が見えなくなるまで見送ってくれたのだった。
少し懐かしく感じるメロディが店内に響き渡っている。
高野に渡された地図を見ながらOCマートに辿り着く三人。
町は昨日と同じく妙な静けさがあったが、少なくともOCマートでは十数人の人々が買い物をしていた。それでも人が少ないな、とカイリは首を傾げる。
「すき焼きすき焼き〜。とりあえず肉だな! 肉! 肉だけで良い!」
「白菜とかも食べないとダメだよ。……それより、薫」
「あ? なんだ?」
スーパーを歩きながら、カイリは飲料コーナーで一度止まって薫を呼び止めた。
薫はもはや今晩のすき焼きの事しか頭にないらしい。そんな彼を見ながら、カイリは飲料コーナーの2リットルペットボトルを指差しながらこう口を開く。
「一人で4リットル飲める?」
「お、別にそのくらい───ぇ? 嘘だろ」
「それじゃ、僕と先輩で一本ずつ。薫は2本お願いね」
そう言ってカイリは薫の持つ買い物カゴに2リットルのお茶とジュースを4本。合計8リットル詰め込んだ。
「飲める飲めない以前に普通に重いんだが!?」
「普段筋トレしてるでしょ」
「いやそれとこれは違う」
カイリはともかく、蓮も特段力持ちという訳ではない。
そうなると必然に筋肉馬鹿の薫が荷物持ちになる訳である。カイリはさらに容赦なくすき焼きの食材を買い物カゴに並べていった。
「お肉食べたいよね。でも、薫が辛そうだな……」
「食べたいけどこれ以上乗せ───いや食べたい!! 乗せろ乗せろ!! どんどん乗せろ!!」
「うわぁ……」
満面の笑みのカイリを見て少し表情を引き攣らせる蓮。しかし、内心では二人の仲の良さが微笑ましい。
そうして買い物を続けていると、ふと視界に巨大なウサギが入り込んでくる。
「ゆるキャラ?」
それは、しおうさという塩稲場町のマスコットだった。
しおうさは塩稲場町の塩と白因幡(因幡の白兎)を掛けたキャラクターで、デザインとしては遊園地にいそうなピンクの人型ウサギである。
その名称と特に特徴もないデザインの凡庸さから知名度はかなり低い。
「なんかヤベーのいるな」
「しおうさ、だな。確かこの町のマスコット」
「あんなの居たんだなぁ。お、カイリ! 塗り絵があるぜ?」
「本当?」
そんなしおうさを遠目で眺めていると、薫がスーパーで子供がよくやる塗り絵コーナーを見付けた。
その近くには、近所の子供が塗ったのであろう塗り絵が沢山展示されている。
どれも思い思いの色で描かれたしおうさが並んでいてカラフルだ。赤や青、緑と好きな色で塗られている。
しおうさのイメージがあまりにも薄いせいで特に本物の色を気にされていないらしい。
「ちょっとやってみようかな」
「時間もあるし、良いかもな」
絵を描く事が好きなカイリは、少し前のめりになって塗り絵に挑戦した。
少し待つと、そこにはあまりにも場違いな、陰影や配色が完璧に描かれ白紙の背景すらも加筆された芸術作品が出来上がる。普通にやり過ぎだ。
「う、うめぇ……流石カイリだぜ」
薫に素直に褒められて少し鼻を高くするカイリ。彼のこういう素直な所は、カイリにとって心地良い。
「子供の塗り絵に本気出し過ぎだろ……」
「僕は薫のそういう所が嫌いだよ」
素直な事が全て良い訳ではないのである。しかし、薫のそういう所もカイリは少し好きだった。
「よーし、俺もやってみるか!!」
「西馬もやるのか?」
「先輩もやってみて下さいよ」
「え、俺も? 俺は良いよ。自信ないし」
「やりましょうよ!! そうだ、勝負しましょ!! 勝負!!」
「はい、先輩」
そんな二人を微笑ましく見ていると、蓮もカイリに塗り絵の紙を渡される。
普段ならこんな事はしないのだが、楽しそうなカイリの笑顔を見て「やれやれ」と笑いながら色鉛筆を手に取った。
二人の兄貴分でいなければならない。そういう気持ちから、少し距離を保っていた所がある。
けれど、そういう事は二人には関係ないらしい。
そして出来上がった塗り絵は、あまりにも場通りの───悪く言えば小さな子供が描いたにしては少し上手い程度の出来だった。
「どっちも下手……」
カイリはちょっとガッカリしている。
「これは……俺の勝ちだな!!」
「どっちもどっちだろう」
自分のセンスが薫と変わらなかった事に若干傷付きながら、蓮は苦笑いを溢した。
「いや俺の勝ちっすよ!! な、カイリ。どっちが上手い?」
「どっちも下手───あ、いや、先輩の方が少し上手いかな」
「そういうの良くないぞ!?」
「まぁ、そもそも勝負なんてしてな───」
ツンツン、と。
そろそろ塗り絵も切り上げようとしていた蓮の背中を何かが叩く。
振り向けばそこには、今さっきまで塗り絵で色を塗っていたゆるキャラ───しおうさの姿があった。
しおうさは着ぐるみ特有の真顔で蓮の事を見詰めている。
「う、うわ……なんだ」
「お! 本物が来たぜ! なんだなんだ? 遊ぶかー?」
小学生レベルのテンションでしおうさに構う薫。そんな馬鹿を他所に、OCマートの店員さんらしき女性がインスタントカメラを手にカイリ達に近付いてきた。
「お写真如何ですか? ほら、しおうさも撮りたいって言ってますよー?」
満面の笑みでそう語る店員さん。
ここで別に良いですと断れるカイリでもなく、薫程ではないにしよテンションの上がっている蓮は「それじゃ、一枚」と思い出作り程度に写真をお願いする。
何故かレトロなインスタントカメラを不思議に思いつつも、三人はしおうさを中心に集まってポーズを決めた。
蓮はしおうさの左に。薫はしおうさに抱き着こうとするが、安物の着ぐるみの為
カイリはそんな薫の隣にちょこんと立って、それでも少し楽しそうな笑顔を作った。
「はーい、取るよー。1+1はー?」
「「2!!」」
「え、なにそれ」
ところでカイリは写真を撮る時の定番を知らなかったらしい。
遊び人の薫と違い、引っ込み思案のカイリにはこのお約束は馴染みのなかったものだったのだろう。もしかしたら、出て来る写真の中のカイリは微妙な顔をしているかもしれない。
インスタントカメラから出て来た写真は真っ暗で何も写っていない。当たり前だが、カイリと薫はコレがどういう物か知らないので首を傾げていた。
「何も写ってないね」
「なんだこれ? 真っ黒だぜ?」
「え、二人共チェキって知らないのか?」
一人だけ知識を持っていた蓮は、二人の反応に謎のジェネレーションギャップを感じる。
埋まっていると思っていた溝にも穴があるという事を思い知りながらも、三人は買ったものを持ってレジに持って歩いた。
高野はお金は後で払っておくと言っていたが、そうもいかない。自分達のお金で払おうと財布を開く。
しかしお店の人は居酒屋の店主のように「お金は良いんだよ」とバーコードだけ取ってお金を払わせてくれない。
三人は不思議に思いながらも、買い物を済ませてOCマートを出るのであった。
「───なんだこのカイリの顔! ぶはは!」
現像の終わった写真を見ながら、薫は道を転げ回る。
そんな薫をカイリは顔を真っ赤にしてポコポコと叩いていた。薫にはダメージが通らないので、彼の抵抗は全く無駄である。
雑貨屋に向かう途中。
蓮が頃合いを見てインスタントカメラで撮った写真を取り出すと、そこには変なタイミングでシャッターを押されて変な顔をしたカイリの顔が写っていた。
おかげで薫とカイリはこの調子である。
「本当すげー面白い顔! スマホの待ち受けにして良い?」
「そういう事するなら僕も薫の変な顔を待ち受けにする!!」
「仲が良いのか悪いのかどっちなんだ。……ん?」
そうして喧嘩している二人を他所に、蓮は写真に移り込んだ妙な文字を見付けた。
何処かで感じた感覚。
展望塔にしんジツが有る、という文字を見付けた時と同じ感覚。
「文字?」
写真に写る壁。
その場にいた時はその壁には何も書かれて居なかった筈なのに、写真の壁には文字が書かれている。
少し小さくて読みにくいが、目を凝らして見ると壁にはこう書かれていた。
ある種の記録装置である「流星」は、他人の潜在意識に働きかけて装置に設定された記録を追体験することができる。
ただ、その意味は良く分からない。
「なんだ?」
「あ? どうかしたんすか?」
ポコポコと頭を叩いてくるカイリを片手で抑えながら、不自然な反応をする蓮に薫はそう問いかけた。
蓮は二人に見えるように写真を持ち上げながら「また、変な文字が」と声を漏らす。
「なんだこれ? こんな文字あの時あったか? 意味分からねーし」
「流星……」
ふと、カイリの脳裏に浮かんだのは塩稲場町に来る前、電車の中で見た強い光だった。
けれどやっぱり意味は分からない。展望塔に行けば、真実が、答えがあるのだろうか。
「───お、あったぜ! 雑貨屋さん」
その後少し歩くと、高野の地図通りの場所に雑貨屋を見付ける。
遅くなる前に帰らないといけない為、今日は雑貨屋を見たら寄り道は出来なそうだ。
「こんちわーす! お、雑貨屋って感じ」
「雑貨屋だからな」
「雑貨屋だからね」
店に入ると、そこには見たまんま雑貨屋という風貌が広がっている。
ハサミ、テープ、鉛筆等の日常品から風呂場に浮かばせるアヒルやミニカーの玩具等、様々な物が揃っていた。
「ここなら確かにペットボトルロケットの材料もありそうだね」
「でも、何を買うか」
「お、あんた店の人か!! ちょっと聞きたい事あるんすけど!!」
カイリと蓮が店を回りながら話していると、店のレジまで一人で行ってしまった薫が店主らしき男性に声を掛ける。
そんな彼を止める術もなく、薫は笑顔でこう口を開いた。
「この店にペットボトルロケットの材料とかって売ってないっすかね? ここなら置いてあるかもしれないって聞いたんすけど!」
「そんな事聞いても困らせるだけだよ」
遅れて着いて行ったカイリが薫の耳を引っ張る。
ペットボトルロケットの材料なんて言われても、普通の人は色々思い浮かんで困るだけだ。
そんな抽象的な質問ではなく、もっと具体的に欲しい物を上げるべきだろう。
しかし、カイリが言葉を選んでいると店主らしき初老の男性は不敵に笑いながらこう口を開いた。
「へぇ、誰に聞いたか分からないが。おう、そうだな! ペットボトルロケットの材料だろ? あるよ!」
「ですよね、そんな事言われても困───あるんだ」
「ほら! コレ!」
男性はレジの下から何か堅そうな素材で出来た飛行機の羽のような物を取り出す。
その完璧な造形はまさしく、ペットボトルロケットの羽としてこれ以上にない品物だった。
「なんで」
「お、すげぇ! 流石雑貨屋だな! おっさん、ソレ俺達にくれよ! いくらで売ってんだ?」
「えー、そうは言ってもな。コイツは俺のお気に入りなんだよ。こう、痒い所に手が届く丁度良い形をしてるんだ」
ニヤりと笑いながら、三人を横目に「けれど」と言葉を続ける。
「───けれど、もしどうしても欲しいと言うなら、そうだな。俺と勝負しないか?」
「勝負?」
聞き返す薫の目を、男性は真っ直ぐ見ながら「そう、勝負」と返事をした。
「俺とのダンスバトルに勝てたら、コイツをやろう」
「ダンスバトルぅ!?」
男性の言葉に、薫は食い入るように目を輝かせる。
「げ」
「ゲェ」
そしてダンスバトルと聞いて、カイリと蓮は表情を歪ませた。
薫のダンスといえば、彼等の中では何か異界の者を召喚出来そうな禍々しく恐ろしい民族儀式の類いである。
「その勝負、受けて立つぜ!! 任せろ二人共!!」
「なんでそんなに自信満々なの?」
本人は運動神経も良くダンスが好きで、自信もあるようだが、あまりにもセンスがない。
これでは勝負にならないかもしれないが、カイリも蓮もダンスの事はさっぱりなので薫に任せるしかない状態になったのは歯痒かった。
「お、やる気だな。ちょっと待っててくれ。今準備してくるからな」
男性はそう言うと、一度店の奥から少しレトロなラジカセを持って歩いてくる。
しかも、ヒップホップダンサーが着そうな服に着替えて。
「さーて、久し振りで鈍ってるかもしれないが───やるか」
「このおっさん……ガチだぜ」
「ダメだ、薫が勝てるわけがない」
その風貌はカイリでも分かる、ガチのヒップホップダンサーの姿だ。
薫のダンスを知っているカイリは絶望する。
「どっちから行く? にいちゃんが決めても良いぞ?」
「なるほど。そんじゃ、おっさんのお手並み拝見と行くかな!」
「だからなんでそんなに自信満々なの!?」
驚くカイリを他所に、男性はラジカセのボタンを押して音楽を流し始めた。
そして始まる。初老の男性とは思えないキレッキレのヒップホップダンス。
曲のリズムに合わせ、キレの良いスピードとセンスで見る者を釘付けにする素人が見ても凄いと分かるダンスだった。
「ふぅ……どうだ!」
「や、やるじゃねーかおっさん! でも、俺も負けないっすよ!!」
続けて、曲はそのままに身体を揺らす薫。
左右に、かと思えば上下に。
運動神経の良い薫のダンスはキレだけは最高に良い。しかし、その絶望的なセンスが火を吹く。
阿鼻叫喚。不協和音。
まるで早送りにした民族儀式。妙にリズムに合っているせいで見る者の視界が歪むような、脳が破壊されるような感覚がカイリ達を襲った。
「お、俺は何を見ているんだ……?」
「ヒップホップへの冒涜だ……」
顔を真っ青にして薫のダンスを眺める二人。
「なるほど……」
しかし、男性の表情は二人とは全く違う物である。
「───どうだ!! これが俺のダンスだぜ!!」
「悔しいが、俺の負けだ!」
「どこに負けた要素があったの?」
突然崩れ落ちる初老の男性。彼は何か大切な事に気が付いたような顔をしていた。
「ダンスっていう物を俺は勘違いしていたようだな。にいちゃんの勝ちだ。約束通りほら! コイツは持っていきな!」
「でも、おっさんのダンスも中々だったぜ! またダンスバトルしような!!」
「おう!!」
二人は熱く強い握手を交わして、ペットボトルロケットの材料を受け取る。
カイリと蓮は納得出来ないといった表情で、そんな二人を眺めているのだった。
『ペットボトルロケットの羽を手に入れた』
「またなー! おっさん!!」
雑貨屋に向けて手を振りながら、薫達は帰路に着く。
そして気が付けば、日は少し傾き夕暮れ時になっていた。
薫がダンスで流した汗の分の水分補給で、OCマートで買ったペットボトルを飲んでいるその時。
「───ぁ、五時だね」
「やべ、早く高野さんの家に帰らないとな」
近くにあった防災無線から、夕焼けチャイムが聞こえて来る。
今日が終わってしまう、なんて事を思いながら。蓮は二人の後ろからゆっくりと歩いた。
分からない事はあるけれど、今はただ楽しい。
後二日の旅行。
きっと、明日も楽しい時間が来るだろう。そう思いながら、蓮は近くの自販機で帰り道の飲み物を買う。
「ちょっと先輩!? ペットボトルの飲み物飲んでくれなきゃ困るんすけど!!」
「あ、ごめん。忘れてた」
既に頑張って一本と半分を飲み干している薫に怒られる蓮。
ただ、夏の夕暮れに飲む自販機で買った冷えている炭酸飲料は最高に美味しかった。
「───高野さんただいまぁ! 見てくれ見てくれ! コレ!」
「おかえり。おっ、良い感じのペットボトルロケットの羽じゃないか。凄いね」
「そう!! 俺がダンスバトルで勝ち取ったんだ! 凄いだろ!! 凄かったんだぜ、俺のダンス」
「へぇ、ダンスバトル。薫くんのダンス、気になるから後で僕にも見せてよ」
「良いっすよ!!」
「見なくて良いです見なくて良いです!」
「アレは公害なんで」
「なんで!?」
高野の家に着くなり、元気な薫が手に入れたペットボトルロケットの羽を見せびらかす。
何故丁度ペットボトルロケットの羽そのものを雑貨屋の店主が持っていたかは分からないが、とりあえず目的の物は手に入れたと言える筈だ。
「んー? あ、そうだ。三人共すき焼きの材料も買ってきてくれたよね? よし、それじゃ準備するから。疲れてるでしょ? 先にお風呂を済ませてきていいよ」
高野はそう言うと、薫からペットボトル以外の物を受け取ってキッチンへと向かう。
三人がお言葉に甘えて風呂を済ませてから少し。
用意された本格すき焼きに、カイリ達は涎を溢した。
「それじゃ、頂きます」
高野に合わせて三人で手を叩く。まるで家族団欒のような光景だ。
「肉肉肉ぅ!!」
見た目通り肉だけを食べようとする薫に、カイリが「野菜も食べないとダメだよ」と注意をする。
薫は「すき焼きだぞ!? 肉を食べないでどうする!?」と謎の反乱をするが、高野が「この白菜いい感じだよ」と笑顔で白菜を仕向けると、渋々白菜に手を伸ばした。
まるで親や先生に怒られた子供である。
「……ん、草も普通に美味いな!」
「草って」
「肉食動物か何かなのかお前は」
「そういえば薫はすき焼きの卵、全部かき混ぜちゃうんだね。……って、アレ? 先輩も?」
ふと、薫の皿を覗いてそんな言葉を漏らすカイリ。
そういうカイリは卵を完全には掻き混ぜないで、黄身を少し崩しただけの生卵に少しずつ食材を漬けて食べていた。
薫と蓮は卵を完全に掻き混ぜて食べていたので、カイリの食べ方を見て首を傾げる。
「なんで混ぜねーの?」
「え? 普通は混ぜるものなの?」
不思議そうにカイリを見る二人を見て、カイリは助けを求めるように高野の皿に視線を向けた。
しかし、高野の皿の卵もまた、しっかりと掻き混ぜられている。
「そんな……」
自分一人だけ仲間外れ。そう思って肩身が狭くなるカイリ。
「へぇ、そんな食べ方もあるんだね。僕も試してみようかな」
そんなカイリの気持ちは知ってか知らずか、高野は予備の卵を割ると別の皿に落として少しだけ黄身を崩した。
すき焼きの肉をゆっくりとその黄身に乗せて、トロリとした卵の着いた肉を口に運ぶ。
そして高野は新鮮な感覚を味わったような表情で、歓声のような声を漏らした。
「あ、いいね。卵のとろみがそのままだ」
「マジすか? 俺もやってみよーっと!!」
「俺も」
高野に続いて二人も、卵を割ってかき混ぜずにすき焼きを楽しむ。
絵を描くというカイリの趣味は、活発な男子高校生達の間ではマイノリティだ。
そんなカイリの趣味を理解してくれたのが学校の先輩だった蓮である。
幼馴染みの薫はともかく、そうやって自分を理解してくれる事はカイリにとって嬉しい事だったのだ。
「高野さん、その」
「ん?」
だから、今こうして高野がしてくれた事は───
「あ、ありがとう」
「え、うん? 良くわからないけど、美味しかったなら良かったよ」
───カイリにとって本当に心地の良い事だったに違いない。
就寝前。
荷物持ちやダンスで疲れたのか、今日は枕投げなんて言い出さずに寝る準備をする薫。
そんな薫を他所に、カイリと蓮は話があると高野を二階の廊下に呼ぶ。
昨日からずっと気になっていた事を聞く為だ。
「高野さん、ちょっと聞きたい事があるんですけど」
「なんだい二人共。改まって」
高野は不思議そうにして二人の顔を見比べる。
展望塔、2006年、流星、謎は増えるばかりだ。全く気にしないという訳にもいかない。
高野は確かに良い人だと思う。
初対面の子供三人の面倒を良く見てくれて、気さくで優しい男性だ。
けれど、いやだからこそハッキリさせたい。
「今って……2006年なんですか?」
「そう、だよ? 何かおかしい?」
「そう……ですか」
今は2021年の筈である。
解体された筈の展望塔、無くなった筈の居酒屋、ある筈なのにない宿、高野のガラケー、レトロなラジカセ。
もし今ここが2006年の塩稲場町だというなら、その事実はともかくおかしな事は何もない。
「もし、俺達が未来から来たって言ったら、高野さんは信じてくれますか?」
「え、未来? それって───」
「高野さーん!! 忘れてた!! 忘れてたわ!!」
高野の疑問を遮るように、突然起き上がってきた薫が三人の前で大声を上げた。
寝たんじゃなかったのか、と蓮が呆れた声を漏らす。しかし、続く彼の言葉に蓮は戦慄した。
「高野さんに俺のダンスを見せるの忘れてたぜ!!」
「そういえば帰ってきた時に見せてくれるって言ってたね」
「よっしゃぁ、それじゃ見てて下さいっすね!!」
「わー! 高野さん! 高野さん! 僕の絵を見て! 今日も凄い描いたんだけど!」
「え? え? 何? えーと?」
突然高野に自分のスケッチブックを見せ付けるカイリ。
薫のダンスは目に入ると体調に悪い。
高野を守る為に、カイリは必死である。
「高野さんには俺のダンスを見てもらうんだよ!!」
「いや僕の絵を見て欲しい。本当に見て欲しい!!」
「んじゃ勝負だカイリ!!」
「分かった!!」
何故か高野を取り合って喧嘩を始める二人。
そんな二人を、蓮は珍しい物を見るような目で眺めていた。
あの人見知りのカイリがこんなに早く人に懐くなんて、と。
「コレが俺のダンス!!」
「あ、待って! 狡い」
「うわ、わぁ……凄い、なんというか、こう、前衛的なダンスだね!」
「凄いでしょ!!」
「うん! ……す、凄い!」
夏の温かな空気が、楽しい雰囲気が、塩稲場町のゆったりとした時間が、カイリの心を良く解してくれているのかもしれない。
ここがもし本当に2006年だとして、それがどうしたのだろうか。
カイリや薫にとって───蓮自身にとっても、楽しい思い出になれば、それは旅行として間違っていない。
一つ杞憂な事があるとすればそれは───
そんな事を思いながら、今日という一日が終わる。心地良い疲れが三人を深い眠りに誘った。
また明日も、騒がしい日になるに違いない。
カイリの絵日記
ダンスバトルをする薫と、すき焼きの絵が描かれている。
今日は8月21日。
ペットボトルロケットの材料を集める為に、スーパーマーケットと雑貨屋へ。
スーパーにはしおうさというゆるキャラがいて、なんともいえないデザインだったけど三人で塗り絵が出来て楽しかった。あの文字はなんだったんだろう。
雑貨屋では何故かロケットの材料を賭けて薫とお店の人がダンスバトルをした。どうしてあの内容で薫が勝ったのか僕は分からない。ダンスは思っていたより奥が深いのかもしれない。
夜ご飯はすき焼き。僕は卵をかき混ぜないで食べるんだけど、皆は掻き混ぜて食べていて少し驚いた。
高野さんが僕の真似をして「これも良いね」って言ってくれた事が少し嬉しい。高野さんが薫や先輩みたいに優しい人で良かったと思う。
明日は他の場所にも行ってみたい。