【TRPGシナリオリプレイ】11.4光年の残響【短編】   作:皇我リキ

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 滅びた故郷。

 

 

 絶望の中、彼等は複製した町をシェルターとして生きていく事にした。

 

 しかし、それも長くは続かない。

 長期間の旅路を想定していた彼等ではあるが、補給も出来ない状態では生き続ける事は困難である。

 

 

 そして、残った彼等は、自分達が滅びる事を受け入れた。

 

 だけど、せめて、自分達が生きていた事を誰かに知ってもらいたい。

 

 

 そんな想いから始まった、打ち上げ計画。

 

 

 自分たちを破滅に追いやることになった流星を記録装置として使い、自分たちがここにいたことを知ってもらう。

 

 計画は進み、ついに彼らは流星を()()へと打ち出した。

 

 

 

 そう、彼等は我々の世界、地球の住民ではない。

 

 この広い空の外、宇宙の彼方にある、とある別の惑星の住人である。

 

 

 彼等は2006年、地球のとある町を訪れていた。

 

 

 その情景、触れ合い、何もかもが、彼等にとって忘れられないものだったのだろう。

 

 

 だから、打ち上げ計画が始まって直ぐに、流星を何処に飛ばすかは決まっていた。

 

 

 彼等の記憶を、彼等の想いを乗せ、流星は宇宙を渡る。

 

 

 目指す座標は11.4光年の彼方。

 太陽系第 3 番惑星───地球。日本の()()()()

 

 

 

 彼らは静かに滅びた。

 

 その記録を、遥か彼方の情景に託して。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 甘い香りで目が覚める。

 

 

「───こ、こんなに食べれない」

 五段に積まれたパンケーキ。バターとハチミツの香りが寝起きの頭を揺らし、カイリは椅子の上でフラフラしていた。

 

 

「まだまだ作れるから、おかわりが欲しかったら言ってね」

「俺、カイリが食えないって言った分も食ったんでもう要らないっすけど」

 結局一枚しかパンケーキを食べられなかったカイリの代わりに、四枚プラスで九枚パンケーキを食べた薫。

 

 しかし流石の薫もそれでお腹がいっぱいらしく、蓮もそこまで食べられる訳ではないので、嬉々として作られた大量のパンケーキは高野のお昼ご飯になりそうである。

 

 

 

「ペットボトルロケットは昨日の夜に完成させてくれたし。打ち上げの準備は僕がしておくから、夕方までに公園に集合で良いかな?」

 玄関で三人を見送りながら、高野は昨日蓮が組み立てたペットボトルロケットを持ってそう言った。

 

 ペットボトルロケットは夕方に打ち上げる。

 それまでは自由行動として、この旅行最後の想い出を作る予定だ。

 

 

 カイリは風景画を描きたいらしく、一人で町を回るようである。

 昨日立ち寄った後真っ青な顔をしていたバーにも行きたいと言っていて薫が心配していたが、大丈夫だというので本人の気持ちを信じて薫は別行動する事にした。

 

 蓮はどうしてか昨日の、喫茶店に向かうらしい。薫は一人で居るのが嫌らしく、それに着いていく。

 

 

「それじゃ、三人共。楽しんできてね」

 そう言って、高野は三人に手を振り続けた。

 

 さて、今日で最後。そう言って振り向く高野の姿にノイズが走る。

 

 

 

「そんじゃ後でな、カイリ。ちゃんと夕方までには公園だからな!」

「分かってるよ。それじゃ、先輩、薫の事よろしくお願いします」

「任せろ」

「子守り!?」

 そうして途中で別れた蓮と薫は、真っ直ぐに喫茶店へと向かった。

 

 

 

「お、来たね」

「お邪魔します」

「先輩、流石の俺もまだ腹減って───あぁ」

 朝ご飯を食べたばかりでまだお昼ご飯という時間でもない。

 

 店に着いた途端、蓮はお姉さんへの挨拶もそこそこに昨日のゲームへと直進する。

 どうやら蓮の目的は昨日のリベンジだったらしい。

 

 

「過保護の先輩がカイリを一人で行かせるなんて珍しいと思ったけど、そういう事だったんすね」

「まぁ、コレもあるんだけどな」

 笑顔のお姉さんがスタートボタンを押すと、昨日と同じようにゲームが動き出した。

 蓮は穴から出てくるワニに視線を向けながら、大切な後輩の顔を思い浮かべてこう口にする。

 

 

「篠宮は俺達が思ってる程、守ってやらなきゃいけない存在じゃなくなってると思うんだ」

「先輩……」

 カイリは体が弱くて、ずっと薫の後ろに隠れて、後ろから着いていくように過ごしてきた。

 

 そんな彼が数日一緒に過ごしただけの高野を薫と取り合ったり、昨日行った後にあんな顔をしていたバーに行くと言ったり。

 もしカイリの中でこの旅が本当に大切な思い出になるのなら、その最後の一ページを自分の足で、自分の意思で歩かせてあげたい。

 

 

「カイリは大丈夫だ。だから、お前も好きにして良いんだぞ?」

 パンチングマシンや他のゲームで遊んでいる薫に振り向いて、そんな言葉を投げかける蓮。ちなみ今回の点数は92点である。

 

「ん? あ、あー、別に。俺、実は寂しがりなんすよ。カイリに振られちまったから先輩と居るしかないでしょ」

「そうか? そうか」

 薫の事だから、またダンスバトルがしたいと言って雑貨屋に行くと言い出すかと思っていたのだが、思い違いだったらしい。

 

 

「だから、俺はカイリが独り立ちしちまったら、泣いちゃうも───しれねぇ!」

 言いながらパンチングマシンを殴り付ける薫。昨日出した得点を塗り替える威力に、お姉さんは拍手を送った。

 

 

「そうなっても、ずっと友達だろ。……こんな楽しい思い出、忘れられないだろうから───な!!」

 ゲーム機が光る。

 

 102点。

 遂に最高得点を塗り替えた蓮は、お姉さんとハイタッチをして笑い合った。

 

 

 

 楽しい時間の終わりが近付いてくる。

 

 

 

「───高野さんのパンケーキ、もう少し食べておけば良かったかな」

 町を一人で歩きながら、カイリはスケッチブックにペンを走らせていた。

 

 一見すれば普通の町だろう。

 あまりにも人が少ない事を除けば、町の風景は至って自然だ。

 

 

 ある筈のない展望塔、ある筈なのにない宿、それらを気にしなければ、特段おかしな風景はない。

 暖かさすら感じるその情景を描きながら、カイリはとあるバーに向かう。

 

 

「……言わなきゃ」

 店の前に来て、カイリは一度汗を拭った。

 

 昨日と同じ。その光景に、カイリは少し安心する。

 

 

 そのバーは確かにここにあって、今しっかりと自分の目に映っていた。

 だからきっと、()()()()()もこの場所にある筈。

 

 そう思いながら、カイリは扉をゆっくり開ける。

 

 

「あら? また来てくれたの」

「あの、昨日の絵───うわ!!」

 言い掛けて、カイリは目を丸くして顔を真っ青にした。

 

 バーのカウンターには、額縁に飾られたカイリの絵が目立つ所に飾ってある。昨日描いた女性の絵だ。

 

 

「か、飾らないでって言ったのに……!!」

「あら、ごめんなさい。でもどうしても皆に自慢したくって!」

 満面の笑みで額縁を撫でながらそう言う女性は、固まっているカイリを手招きして席に座らせる。

 

 サービスのお冷をだすと、彼女はカイリの前に立って微笑んだ。

 

 

「今日はどうしたの? あいにく、ペットボトルロケットの材料はポンプしか持ってないのよね」

「いや、その……絵を……あ、いや。飾ってくれてるなら、それで良いや」

 カイリがここに来たのは、昨日は絵を飾らないでと言ったがその言葉を撤回する為だったのである。

 

 しかし、飾らないでと言った筈の絵があまつさえ額縁に入れられて飾られてあった為、カイリは唖然としていた。

 

 

 大人なら約束は守っては欲しい。

 

 

「ん?」

「いや、その。僕は、まだ……お酒は飲めないんですけど」

 歯切れ悪く、けれど人見知りで引っ込み思案のカイリにしては珍しくしっかりとした声で言葉を繋ぐ。

 

「お酒が飲めるようになったら……いや、ならなくても! また、来ますから!」

「あら? 何それ口説いてるの? ふふ、可愛いわね」

「そ、そんなんじゃないです!!」

 顔を真っ赤にして首を横にブンブンと振るカイリ。

 

 そんな彼を優しい顔で見ながら、女性はこう口を開いた。

 

 

「うん、分かった。待ってるわね」

「絶対! 絶対来ますからね!」

 そう言って、カイリは立ち上がる。

 

 店を出て振り向くと、女性は態々店から出てカイリに手を振ってくれた。

 

 

「約束ですから!」

 大人なら約束は守って欲しい。

 

 そう願って、振り返る。

 

 

 随分と歩いてスケッチをしていたからだろうか、登り切った太陽が傾き始めていた。

 

 

 

 空が赤く染まる。

 

 時間通りに公園で集まると、高野は既にペットボトルロケットの打ち上げ準備を済ませていた。

 

 

「始めようか」

 三人に視線を向けて、高野がそう言う。

 

 この三日間で素材を集め、作り上げたペットボトルロケット。

 それを聳え立つ展望塔よりも高く打ち上げられれば、管理人である高野は展望塔の中に入れてくれると言った。

 

 

 今更に緊張しながら、四人で順番にポンプに空気を入れていく。

 

 

「さて、打ち上げるよ」

「高野さん……! あの……」

「ん?」

 ふと、カイリが声を漏らした。少し強く握られた手が、腰の位置で震えている。

 

「楽しかったです、この三日間!」

「俺も……!」

「俺も」

 カイリの言葉に薫と蓮も続いた。

 

 そんな三人を見ながら、高野は笑顔を見せる。

 

 

「それは、良かったよ。カイリ君、薫君、蓮君、付き合ってくれてありがとう。僕も、楽しかった」

 夕焼けを背にそう語る高野の顔は眩しかった。

 

 楽しかった───きっと、それだけは何があっても変わらない。

 

 

「やろう」

 蓮がそう言って、ペットボトルロケット打ち上げの準備をする。

 

 

 

 目を瞑って。

 

 

 この三日間の事を思い出しながら───

 

 

「いけ……!!」

 発射したペットボトルロケットは、勢い良く、空に吸い込まれるように、舞い上がった。

 

 

 信じられない程高く、ペットボトルロケットは空高く飛ぶ。

 

 

 ───けれど、ロケットが展望塔に届こうかというその時だった。

 

 

「ぁ……」

 ペットボトルロケットはぐらりと速度を失い、ゆっくりと落下してくる。

 

 

 

 同時に、夕焼けチャイムが町に鳴り響いた。

 

 今日一日が終わる。そんな寂しい感覚を思い出しながら、三人は落ちてくるペットボトルロケットに視線を向ける。

 

 

 

 ロケットは、展望塔の天辺には、届かなかった。

 

 地面に落ちて、転がってくるペットボトル。

 

 

 それを拾い上げて、高野はこう口を開く。

 

「───ありがとう、僕の夢に付き合ってくれて」

「ぁ、いや……ま、待ってくれ高野さん! もう一回! もう一回さ」

 ふと、取り繕ったようなテンションで薫が高野に声を掛けたその時。

 

 彼の手の中にあったペットボトルロケットは、部品が外れて壊れているのが目に見えた。

 

 

「西馬」

「……いや、でもさ!」

 薫の肩を叩く。

 

 現実は受け入れなければならない。そうして子供は大人になっていくのだから。

 

 

「それじゃ、行こうか」

「行こうって?」

 蓮が聞き返すと、高野はペットボトルロケットを片手に持ったまま展望塔に真っ直ぐ歩き出した。

 

「展望塔。中を見たいんだよね?」

「いや、でも……」

 高野の夢。ペットボトルロケットが展望塔よりも高く打ち上げるのを手伝えば、展望塔の中に入れてくれる。そういう約束だった。

 

 けれど、ペットボトルロケットは展望塔の頂上には届いていない。

 

 

 カイリはその場で崩れ落ちる。ペットボトルロケットは壊れてしまった。もう一度は打ち上げられない。

 

 

「僕は……何度だって、また、ここにきて。それで───」

「ありがとう。行こうか」

 ゆっくりとカイリに近付いて、笑顔で彼の頭に手を載せる高野。

 

 

「時間も、ないからね」

「高野……さん?」

 そして一瞬、高野の姿にノイズが走る。

 

 それはカイリだけでなく、薫達の目にもしっかりと映った。

 

 

 終わろうとしている。

 

 何が、なのかは分からない。でもそれだけはハッキリとしていた。

 

 

「行こうか」

 もう一度そう言って、高野は歩き出す。

 

 展望塔の中。螺旋状の階段をゆっくりと歩いている間は、特に何も変わらない普通の展望塔だとしか感じなかった。

 

 

 展望塔にしんジツが有る。

 

 

 あの文字はなんだったのだろうか、そう思いながら最上階まで登ると、高野が振り向いて三人を見た。

 

 

「ありがとう」

 彼はそう言って、展望塔最上階の天井にあった引き下げ式の扉を開く。

 

 扉についている梯子をそのまま登り、彼は三人に着いてくるよう促した。

 

 

 ここは展望塔の最上階で、その先に登ってもあるのは展望塔の天井だけの筈である。

 

 しかし、見上げる扉の奥は、何故か空が広がっている訳ではなく、なにやら室内のような無機質な壁が広がっているようにしか見えなかった。

 

 

「……行こう」

 三人は目を見合わせて、カイリを先頭に梯子を登る。

 

 

 その先にあったのは───

 

 

「───は? はぁ!?」

「───なんだ!?」

「───これ……」

 ───絶句。

 

 

 広がっていたのは、近代的な建物の中のような空間。そう、それはまるで、映画なんかで見る宇宙船の中のような、そんな光景。

 

「……嘘だろ」

 窓があった。覗いてみると、地球に少し似た惑星が近くに見える。

 

 

 けれど、それが地球でない事が感覚で分かる程には、それはハッキリとした()()の星だった。

 

 

「俺達は、夢でも見てるのか?」

「薫、ほっぺ!!」

「なんで!? なんで二人共俺の頬を抓るの!? 普通に痛い!!」

「こっちだよ」

 訳が分からず騒ぐ三人を尻目に、高野は真っ直ぐに進む。

 

 展望塔の上が、まるで宇宙船で、それがいきなり宇宙にあるなんて状況に誰も頭が追いつかない。

 振り返ればそこには、展望塔から登ってきた扉がまだそこにあった。つまり、やはりここは展望塔の中なのだろう。

 

 

 ───それか、逆なのかもしれない。そんなふざけた現実が頭をよぎった。

 

 

 

「……す、すげぇ」

 高野に着いていくと、宇宙船のブリッジのような場所に辿り着く。

 

 一面を包み込む開放的なガラス張りの壁。

 その外には、広大な宇宙の景色が広がっていた。

 

 

「夢じゃないのか?」

「薫!!」

「なんで今俺はビンタされた!?」

 はっ倒されて地面に転がる薫。非力なカイリの力とはいえ、そこまでされれば痛みは感じた。なんなら叩いたカイリの手も痛い。

 

 だから、これは夢じゃない。

 

 

「高野さん、これは一体───」

「さて、打ち上げるよ」

 蓮が声を掛けようとしたその時、高野は部屋の中心にあった大きなコンソールパネルを操作する。

 

 すると突然、ゴゴゴという轟音と共に部屋が大きく揺れ始めた。

 

 

 驚くのも束の間、窓の外から何かロケットのような物が発射するのが目に見える。それは真っ直ぐに飛び、宇宙の彼方へと一瞬で消えてしまった。

 

 

「今の……」

「良かった、ちゃんと飛んでくれて。これで僕たちも、心置きなく死ねるよ」

 そう言って。

 

 高野はポケットから何か透明な液体の入った子瓶を取り出す。

 

 

 その小瓶は高野の家に泊まる事になった日、入れた覚えもないのにカバンに入っていて、高野に没収された小瓶だった。

 

 彼はその蓋を開け、ゆっくり小瓶の中の液体を飲み干す。

 同時に彼の姿が再びノイズで揺れた。そして、突然その身体が倒れそうになって、そうかと思えばそこには何もなかったかのように───あっさりと、高野の姿が視界から消える。

 

 

「ぇ……? 高野……さん?」

「なんだ? 何がどうなってんだよ」

 残された三人は辺りを見渡した。

 

 高野は居ない。何もない、広い部屋。

 

 

 ただ一つ、高野が今さっき触っていたコンソールパネルが点滅している。

 

 

「展望塔にしんジツが有る……」

「先輩?」

 蓮はゆっくりと口にしながら、そのコンソールパネルに触れた。点滅しているのはボタンらしい。

 

 あの言葉を信じるなら、ここには真実がある。

 

 

 高野はここに自分達を連れて来てくれた。なら、その真実を確かめないといけない。

 

 

「ボタン? いや、絶対こういうボタンは押しちゃいけない奴だって! てか、何がどうなってんだよこれ!」

「先輩……」

「……俺は、高野さんを信じる」

 そう言って、蓮は二人を見る。

 

 薫は少し目を逸らしてから、ゆっくりと頷いた。カイリも、蓮の目を見て頷く。

 

 

「……押すぞ」

 どうにでもなれ、と。

 

 勢いよくボタンを押すと、突然何もない空間に立体映像が表示された。

 

 

 映像はパソコンのモニターのようで、そこには一つのファイルが映し出されている。

 

 そのファイルはボタンを押したからだろうか、ひとりでに開いて中に入っていた記録を映し出した。

 

 

「文字?」

 読めない。けれど、それは文字に見える。

 

 見た事がない文字だ。外国語だろうか、いやもしここが見た目の通り宇宙船なら、もしかするとこれは、宇宙人の言葉なのかもしれない。

 

 

 ふと、突然その文字が何故か読めるようになる。理由は分からない。けれど、感覚で伝わって来た。

 

 

 

 彼等の残した文章が、メッセージが、そこには記されている。

 

 

 

 

 

 私たちが十五年前に地球の「塩稲場町」を訪れ、亜空間航法を用いて帰ってきたとき、この星はすでに滅びていた。

 

 原因は「流星」と呼ばれる一つの落下物だった。

 

 「流星」は、一種の記録装置である。

 その装置には、どこかの星で争いが起き、発展しすぎた科学力によって文明ごと自滅していく様が記録されていた。

 

 おそらく、この事実を誰かが見ることで、二の舞を踏まないように、自分たちのようにならないようにという意味を込めて送り出された記録だったのだろう。

 

 だが、記録は私たちに別の効果を持って作用した。 我々の種族は、どうやら他の星の種族よりも共感性が高いらしい。

 その高すぎる共感性が、争いの記録を見ることで、毒されてしまった。

 

 誰かが始めた争いは、伝染するように共感の輪を繋げていき、惑星全土にまで広がっていった。

 巨大な質量兵器同士による争いの果てに、星の者たちは全滅し、地上は汚染され居住できない世界となった挙句、 文明ごと水の底へと沈んでしまった。

 

 

 そこで私たちは宇宙船の内部に、地球で見た光景を複製して居住することにした。

 

 もはや現実逃避に他ならないが、絶望的な状況をせめて、 私たちにとっての憧れの世界で過ごしたかったのだ。

 

 だが、その生活もやがて限界が来た。

 長期間の旅路が想定された宇宙船内部とはいえ、制限されたライフラインの中で生き続けることは困難だった。

 

 長い思考と議論の果てに、私たちは一つの決断を下した。私たちは、私たちが滅びることを受け入れよう。

 

 

 でも、せめて。

 自分たちが生きていたことを誰かに知ってもらいたい。

 

 だから「流星」、すなわち記録装置に私たちの生きた記憶を乗せて、宇宙に打ち出すことにした。

 

 

 

 座標は11.4光年の彼方、太陽系第3番惑星地球、日本の塩稲場町。

 

 

 

 私たちが、心から憧れた、あの世界に。

 

 もし、この記憶を見ている地球人がいるのなら、一つだけ、どうか願いを聞いてほしい。

 

 

 私たちは、ここにいた。

 それだけを、覚えていてもらえたら私たちは、生きた甲斐があった。

 

 

 

 

 ふと、強い光が三人を包み込む。それは、まるで三日前に電車の中で見た「流星」の強い光と同じような光だった。

 

 視界がボヤけて、頭が揺れる。手を伸ばそうとして、何が手だったのか、自分の形が崩れていった。

 

 

 

 深い、深い夢を見ているような。

 

 

 ただハッキリと、楽しかったという記憶と、願いの記録が、微かな残響と共に、眩しい光と共に、朧げになっていく。

 

 

 光の中で、手を伸ばした。懐かしい感覚が、伝わってくる。

 

 

 15年前に来た町で、小さな頃に繋いだ手の感覚。そうか、これは───

 

 

 

 

 

 

「───ご乗車ありがとうございます。塩稲場〜、塩稲場〜」

 声が聞こえた。

 

 

「は!! やっべ、寝てた。二人共起きろ起きろ!! 着いたぞ!!」

 電車のアナウンスが聞こえて、薫が真っ先に目を覚ます。

 

 同じく寝ている二人を見付けると、彼は二人を引き摺るように叩き起こした。

 

 

「いつまで寝てんだ起きろ。着いたぞ」

「ぇ……なんで?」

 目を丸くする。

 

 

 塩稲場町の駅。まるで、()()()()()()()かのように振る舞う薫を、カイリは信じられないような物を見る目で見ていた。

 

 

「……ゆ、夢? そんな、事……でも、だって」

「篠宮、お前も……か? お前も、居たんだよな?」

 蓮は固まっているカイリの肩を掴んで問い掛ける。

 

 あの三日間。

 それは確かにあった。

 

 

 なのに───

 

 

「到着かぁ。にしても、懐かしい───とはならねーな、やっぱ。三歳の頃の事なんて覚えてねーよ」

 ───薫だけは、何もなかったかのように、本当に今ここに着いたばかりのように、聞き覚えのある言葉を漏らしている。

 

 

「今何時だ? んー、五時ちょい前か、予定通りだな。……てか、どうしたんだお前ら?」

 スマホを確認すると、今日の日付は8月20日だった。それも、勿論2021年のである。

 

 

「何も……覚えてないのか?」

「は? 何言ってるんすか先輩」

「なん……で」

「カイリ?」

 薫だけが、覚えていない。

 

 

「なんで……薫が覚えてないんだよ」

「あ? 何言ってんだよ? なんの話?」

 高野と枕投げをしたのも、街を散策してペットボトルロケットの材料を集めたのも、高野との食事も、ペットボトルロケットの打ち上げも、カイリと蓮は全部覚えていた。

 

 けれど、薫は何も覚えていない。

 

 

「とりあえず宿行こうぜ宿。町回るのは明日からでも───」

「薫!!」

 カイリはまた寝ぼけてるんだろう。薫はそんな風に思って、カイリの言っている事を無視して歩こうとする。

 

 しかし、そんな薫の背中をカイリは後ろから強く叩いた。

 

 

「な、なんだよカイリ。流石に寝ぼけ過ぎだぜ?」

 カイリは身体が弱くて、彼がどれだけ一生懸命力を入れても薫は殆ど痛くない。

 

 だからそんな事で怒らずに、薫は振り向いて寝ぼけている幼馴染みの頭にチョップを入れる。

 

 

「ほら起きろ、行く───」

「なんで!! なんで忘れられるんだよ!! 薫が、なんで!! 高野さんの事を……この町の事を忘れられるんだよ!!」

「は? 高野さん……?」

 強く、薫の胸元を叩くカイリ。

 

「あんなに楽しんでたじゃんか! あんなに楽しかったじゃんか! なんで……なんで薫が、忘れてるんだよ。バカになれって薫が言ったんじゃないか! 薫が楽しもうって言ったんじゃないか! 薫が!! 高野さんの家に来年も行こうって!! 楽しんで……楽しくて……っ!!」

 目を真っ赤にして薫の胸を叩くカイリの顔を見て、薫は少し表情を引き攣らせた。

 

 

 全然痛くない。

 

 けれど、何故だろう。胸の奥が凄く痛い気がした。

 

 

「……っ、お前なぁ。寝ぼけ過ぎ! いてぇだろ!!」

 少し強く、カイリを突き飛ばす。

 

 転んでしまったカイリを見て、手加減し損ねたと焦るが───カイリは直ぐに立ち上がって再び薫の胸を叩いた。

 

 

「なんで!! なんで、薫が……忘れるんだよ。なんで……バカ、バカ……バカ!!」

「お前なぁ……」

「忘れちゃダメだろ……だって、それが! 高野さん達の願いなんだ……。なんで、なんで!! 薫───」

「辞めろ篠宮!! 落ち着け、な!?」

 カイリを羽交締めにして薫から離す蓮。

 

「だって……だって……」

 薫を叩いてる間、カイリは少し前の、けれど思っているよりも前の事を思い出す。

 

 

 電車の中で見た光。

 

 あの光が、彼等の言う「流星」だったのではないだろうか。

 

 だとしたら、薫はその光を見ていない。あの三日間の事を忘れていても、おかしくはない。

 けれど、それでも、薫には忘れて欲しくなかった。あんなにはしゃいで、バカばっかやって、楽しんでいた薫が、あの三日間の事を忘れているのは嫌だった。

 

 

「なんで……っ。なんで……」

「いや、本当どうしたんだよカイリ。……突き飛ばして悪かったって。な? 謝るからさ」

「西馬……。……っ、篠宮! お前、絵を描いてただろ! 沢山、な!?」

「……っ。あった……残ってる! 薫!!」

 ふと、蓮に言われて思い出す。

 

 アレが夢だったのなら、「流星」が()()()だけの記録だったのなら、もしかしたらソレは残っていないかもしれなかった。

 

 

 けれど、鞄の中のスケッチブックや絵日記には、確かにあの三日間の思い出が描かれている。

 何かの願いがそこに詰められていたかのように、そこにはカイリが描いた絵が、しっかりと残されていた。

 

 

「これを見て……思い出してよ、薫」

「はぁ? なんだ……コレ? 展望塔? 確か、この町の展望塔って……」

 スケッチブックには町の風景が何枚も描かれている。

 

 駅前の居酒屋、古き良き駄菓子屋、公園、展望塔、しおうさ、雑貨屋、バー、喫茶店、ペットボトルロケットの設計図、町の風景が、カイリの大切な想い出がそこには描かれていた。

 

 

「なんだ……これ。こんな店、町の事調べた時にはなかったし、展望塔は……数年前になくなったんだろ?」

「これは……!!」

 続けてカイリは薫に絵日記を見せる。

 

 正直な気持ちの描かれた絵日記は、普段恥ずかしがって薫にも見せない。

 

 

 8月20日の日記には電車の中で本を読む蓮と、誰かと枕投げをする薫が描かれていた。

 

 その隣。

 8月21日の日記には、誰かとダンスバトルをする薫の姿と、すき焼きの絵が描かれている。

 

 

 

「今日と、明日の日記? なんでだ……これ、なんで、身に覚えがあるんだ……」

 表情を歪ませながら、薫は次のページを開いた。

 

 

 8月22日の日記。

 そこにはゲームをする蓮の姿と、───

 

 

「これは……オムライス、か。このオムライスに描かれてるの……人? この人、見覚えが……なんで。いや、分からねぇよ。なんで……なんだよ、これ───」

 ───オムライスにケチャップで描いた、高野の顔。

 

 

 それを見て薫の視界が歪む。

 

 楽しかった記憶。忘れちゃいけない記憶。

 

 

 

 刹那、夕方五時を知らせる夕焼けチャイムが町から鳴り響いた。

 

 

 

 何度も聞いた、一日が終わる音。

 

 

 

「やべ、こんな事してる場合じゃねぇ───」

「薫……」

 思い出してくれないのか。

 

 諦めて、カイリが俯いた次の瞬間、薫は自分でも信じられないような言葉を漏らす。

 

 

「───早く高野さんの家に帰らない、と……。高野……さん?」

 視界が歪んだ。

 

 頭の中がゴチャゴチャになるような感覚が薫を襲う。

 

 

 枕投げをした記憶があった。その人の顔が、ボンヤリと浮かぶ。

 

 カレーも、すき焼きも、オムライスも、朝ご飯も、全部美味しかった。楽しかった。忘れられない想い出になった。

 

 

「───なんで俺……今、高野さんの事、忘れてたんだ」

「薫!!」

 大粒の涙を流しながら、カイリがもう一度薫の胸を叩く。

 

 

 思い出してくれた。

 

 

 確かに三人は、塩稲場町で三日間を過ごしたのだろう。それは夢でも幻でもない。

 

 

 そこに、三人は居たんだ。

 

 

「……ペットボトルロケット、高野さん───カイリ! 先輩! 俺、雑貨屋で、もう一度ペットボトルロケットの材料貰ってくる!! ある筈だろ? な!!」

「うん……うん!! そうだね。僕も、バーに行ってくる!!」

「おま、待て二人共……っ。くそ……そうだよな、あぁ。俺も行く」

 三人は走って改札口を抜ける。

 

 あの時は居なかった駅員が居て、町は思っていた以上に人が多かった。

 

 

 それもその筈だろう。

 

 

 

「───なん、で」

 バーが()()()()の場所で立ち尽くすカイリ。

 

「また来るって……言ったのに」

 そこには一般の民家が建っていた。

 バーの看板も、入口も、あの時見た光景も、そこには何もない。

 

 

 

「───おっさん!! 居るか!? ダンスバトルしようぜ!! な!?」

 雑貨屋に入って声を上げる薫。

 

 店そのものは確かに記憶通りである。

 けれど、どこか古びて見える店の奥から出て来たのは初老の男性ではなく腰の曲がった老年の女性だった。

 

 

「どうしたんだい?」

「ペットボトルロケット! ペットボトルロケットの材料くれよ! ここにあるだろ? な? てか店のおっさんは? あんた誰?」

「おーさん? この店はわたしだけだよ」

「は?」

 それもそうだろう。

 

 

 

「───だよ、な」

 廃墟の前で立ち尽くす蓮。

 

 なんとなく分かっていた事だ。蓮は廃墟の中にある錆びれたゲーム機に手を伸ばす。

 

 

「俺はあのゲームを、プレイしてない」

 三人は確かに町で三日間を過ごした。

 

 けれど、彼等が過ごしたのはこの町ではない。十五年前、彼等が訪れて複製した塩稲場町の記録。流星と共に燃え尽きたそこにあったのは十五年前の塩稲場町を複製した物である。

 

 

 だから、彼等が居た場所はもうこの星の何処にも存在しない。

 

 

 

「───カイリ、先輩」

 不思議と何も連絡せず、公園に集まった三人の目に映ったのは、聳え立つ展望塔───ではなく、解体されて空が見やすくなった更地だった。

 

 夕焼け空が嫌に寂しさを感じさせる。

 

 

 もうあの楽しい想い出は何処にもない。そんな現実を突きつけられたようだった。

 

 

 

「……それでも、作ろうぜ。俺達でさ! もう一回───」

 顔を上げる薫の声をかき消して。

 

 

「───あ?」

 それと同時に、突然何かが噴き出すような大きな音が公園に響く。

 音がしたのは公園の広場の方からだった。

 

 直後、広場の上空に何かが勢いよく打ち上がる。上がったソレは水しぶきを上げながら、三人の近くに落ちた。

 

 

「……なんだ?」

「ペットボトル……ロケット?」

 転がってくるそれを、カイリが拾う。

 

 

「───おっと、ごめんごめん!」

 駆け寄ってくる一人の男性。

 

 その姿は三人がよく知るままの、ある一人の男性そのままの姿をしていた。

 

 

「それ、俺のなんだ。ぶつかっては……なさそうだな」

 男性は片手を上げて申し訳なさそうに声を漏らす。

 

 そんな男性を見て、カイリと薫は目を丸くしてこう口を開いた。

 

高野(たかの)……さん?」

「たかの……? いや、俺は高野(こうの)だけど。確かにたかのとも読むけどよ」

 高野(こうの)と名乗った男性は、不思議そうに首を傾げる。

 

 彼の姿は確かにあの高野(たかの)そっくりだったが、雰囲気は別人のものだ。

 それもその筈。分かってはいても、カイリは肩を窄める。

 

 

「そのペットボトルロケットは……?」

「ん? あー、これか。これはな、趣味なんだ。ほら、少し前までここには展望塔があっただろ? コイツをよ、その展望塔よりも高く飛ばしたくてな」

 カイリから受け取ったペットボトルロケットを片手にそう語る高野(こうの)

 

 

「ま、それよりも先にアイツが逝っちまったんだけどな」

 彼が見上げる先に展望塔はない。それでも、確かにそこに聳え立っていた塔は三人の記憶に深く刻まれていた。

 

 

「───さて、今日はもう一回飛ばしてみるか。拾ってくれてありがとうな」

 そう言って、彼は発車台まで歩いて行く。

 

 そんな彼に手を伸ばすカイリ。彼は高野じゃない。分かっていた。

 

 

 けれど───

 

「あの! すみません!」

「カイリ?」

 高野(こうの)に話し掛けるカイリを見て、薫は目を丸くする。あの人見知りで引っ込み時間のカイリが、自分から他人に声を掛けたのだ。

 

 

「僕達も、発射するの見ても良いですか?」

「え? あー、良いけどよ。好きなのか、ペットボトルロケット。今時の子にしちゃ珍しいな」

 屈託のない笑顔でそう言って、彼は発車台にペットボトルロケットを乗せて準備をする。

 

 

 そのペットボトルはなんの偶然だろうか、カイリの描いた設計図と瓜二つの形をしていた。

 

 

「───そういやよ、かなり前だったかな。高野(たかの)っていうチビが居たんだよな。ソイツがペットボトルロケットが好きでよ、俺も釣られるようにして始めたっけ。アイツは……今頃なにしてっかなぁ」

 言いながら。

 

 準備を終わらせた高野は、三人に目配せをして「飛ばすぞ」と声を漏らす。

 

 

 刹那。

 

 打ち上げられたペットボトルロケット。

 

 

 見上げる空に展望塔はなかった。

 

 

 けれど、ペットボトルロケットは高く、高く、空に吸い込まれるようにしてグングンと高度を上げていく。

 

 

 

「いけ……」

 声が漏れた。

 

 

 何が起きたのだろう、どうしてそうなったのだろう。

 

 奇跡でも起きたのか。

 

 

 ペットボトルロケットは、本来展望塔があった高さよりも高く、高く舞い上がった。雲に吸い込まれるように、どんどんと小さくなっていく。

 

 

 

「高野さん……俺達、楽しかったよ」

「俺、忘れちまった。こんな、楽しかったのに……。だけど、もう絶対に忘れねぇ」

 雲の先まで。

 

 

「僕も」

 そのペットボトルは、きっとずっと遠く、遠くまで飛ぶのだろう───

 

 

 

「楽しかった」

 ───11.4光年の彼方へ。

 

 

 

 

「うぉ!? 滅茶苦茶飛んだ! すげぇ! んー、あれ? やべーな、帰って来ないぞ。あれ? あれぇ!? てか泣いてんのか三人共? え? 何? えぇ?」

 きっと、届いたから。

 

 

 

 

 

 

 

 カイリの絵日記。

 

 8月22日の次の日付には8月20日の絵日記が続いていた。

 

 

 あの三日間の記録はここに残っている。だから、三人がこの事を忘れる事はないだろう。

 

 彼等が生きた、楽しんだ、あの塩稲場町での三日間は、強くカイリ達の心に刻まれた。

 

 

 繰り返す21日、22日の旅行。

 

 三人で想い出の景色を巡りながら、あの三日とは別の想い出を作る。

 

 

 23日の夕方。

 

 夕焼けチャイムの鳴り響く公園で。

 

 

 三人と、旅先で知り合った高野は再びペットボトルロケットを打ち上げた。

 

 

 23日の絵日記。

 

 そこにはカイリと薫と蓮、打ち上げられるペットボトルロケット。そして、ある筈のない展望塔と高野の姿が描かれている。

 

 

 それは、彼等が残したいと願った、彼等が生きた証の記録だ。

 

 

 

 忘れられない想い出が、夕焼けチャイムと共に脳裏に過る。

 

 きっと、これから何度でも思い出すだろう。

 

 

 あの三日間の、楽しかった、大切な思い出を。

 

 

 

 

 11.4光年の残響……Fin

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