ようこそ宝探し屋のいる教室へ 作:奈子野礫
あなたは迂遠なやり取りをするつもりは無い。貴重な時間を無駄にすることは本意ではないからだ。
苦虫を噛み潰したように渋い表情の堀北女史へ、生徒会長である彼女の兄について訊ねてみる。
「あなた、あんなのが気になるの?……確かに顔は整っている方だとは思うし、スペックも申し分無いのだろうけど、趣味が悪いわ」
端的にどんな人物であるのかを訊ねたつもりだったのに、返ってきたのはそんな、ピントの外れた答えであった。彼女は一体何を言っているのかと、その意図が理解できない。何かのカマ掛けか、はぐらかしの類だろうか?
綾小路氏を見やってみれば、静かに首を振るのみだった。
「こいつはそういうことを聞きたいんじゃないと思うぞ」
あなたは頷いた。顔も知らない相手に惚れるだ張ったなどと、そこまで脳内お花畑に思われるのは心外であった。
「顔も知らない……?部活紹介の時に……いえ、そうね。あなたはそういうタイプだったわね」
ひどいレッテルを貼られた気がするが、深く追求していては話が進まない。あなたが知りたいのは、生徒会長の弱みである。
「弱点らしい弱点があるとは思えないわ。あの男は完璧主義者よ。それも自分だけじゃなくて、他人にもそれを求める人。Dクラスの学生なんて、歯牙にも掛けないでしょうね」
悔しそうに歯噛みする堀北女史。あなたはその言葉に、合点がいったような気がした。
だから、Aクラスに昇格することにこだわっているのか、と。
「……そうなんでしょう、ね。認められたいのよ、私は。だから……」
あなたの指摘に堀北女史はハッとした顔を浮かべると、瞑目してから呟いた。
目標があるのは良いことだ。あなたとしてもそこに異論は無い。傍から見れば多少強引なきらいがあるし、目標の達成条件を他者に依存する必要がある割には、手段がズレているような気がしないでもない。
だがあなたは、絞り出すように言葉を放つ彼女に対して、珍しいことに共感していた。評価を改めなければならないと思ったほどだ。
完璧な、一流の実力を持つ先達に自身のことを認めてもらいたい。奇しくもそれは、あなたにとっても共通する『生きる意味』であったからに他ならない。
それが堀北女史にとっては兄であり、あなたにとっては師匠であるというだけの違いだ。
あなたは思わぬ同士の発見に、気づけば口元を緩めていたらしい。この学校に来てからはこのような感情を得られるとは思っていなかったあなたは、学生生活というのも捨てたものではないと思った。
「あなた、笑うと気持ち悪いわね」
失礼な。
*
「私が教えられるのはそれだけ。この学校に入った後の兄については……私の知らないことばかりだろうから」
堀北女史とは相互の協力関係を約束し、連絡先の交換もした。これで友達同士だ、と言うと変な顔をしていたが、あれはどういう意味だろうか?
その場を後にするあなたに、話があるからとついてきた綾小路氏である。お気に入りのおもちゃを取られそうで嫉妬でもしたのだろうかと問えば、ひどく嫌そうな顔で答えられてしまった。
「違う。そんなんじゃなくて……お前がどうして堀北に生徒会長のことを聞いたのか、気になっただけだ」
何故かと言われても、ミッションの為だと言うほかない。あなたはこの学校に隠されている秘宝について、生徒会がその謎に関わっていると見ている。であるならば、生徒会長に近づいて調査することが最も手っ取り早い手段では無いだろうか。
「危険なんじゃないか?」
それこそ何を今更、である。あなたはトレジャーハンターだ。秘宝というのは古来より、正しく使われた試しのない存在である。だからこそロゼッタ協会では、秘宝をレリックドーンに渡さぬように管理するため、エージェントを派遣して調査しているのである。
「放っておくと、まずいのか?」
それはまだ、なんとも言えないだろう。そもそも秘宝がどのようなもので、どこにあるのか、どう利用されているかも定かではない。本当にあるかどうかすら、もしかしたら疑ってかかる必要だってあるかもしれない。考えてみれば不確定要素だらけではあるが、トレジャーハンターとはそういうものだ。
「少し、考えさせてくれ」
何を、とは聞かなかった。綾小路氏なりに思うところがあるのだろう。あなたにとっては綾小路氏も、堀北女史も、須く一般人にカテゴライズされている。相容れない生き方であることを認めるのは、ほんの少しだけ、切なかった。
*
放課後、あなたは生徒会室を訪れた。そこにいたのは、痩身の男子生徒とその横に付き従うように佇む女子生徒、橘茜の二人である。
「ノックも無しに入ってくるのは、不躾だと言わざるを得ないな。……まあ、いい。1年Dクラスの四条きりんだな?用向きを伺おう。よもや、生徒会への加入を希望するというわけでは無いとは思うがな」
そんなつもりは毛頭ないあなたである。話の行き先次第では敵対することになってもおかしくはないのだから、生徒会へ入るなどという考えは元から無かった。潜入するのも悪くはないかもしれないが、向けられた口調が挑発じみていることから評価を伺うに、生徒会入りは無理筋だろう。
それよりも、生徒会長である堀北学氏ーー堀北鈴音の兄たる彼が、あなたの名前を知っていたとは驚きである。この男、既にあなたの存在を認識していたらしい。
「自分の知名度を理解していない、だと?構内での奇行や喫煙など、指導通達も見ていないというのか?」
喫煙といっても、あなたが薫せているのはアロマであり、未成年に使用の禁じられているものではない。奇行に至っては尚更、あなたのどの行動が該当するのか、あなたには一切思い当たる節の無い、冤罪であった。
「風紀の問題だ。くそ、この女、話が通じんぞ……」
眉間に皺を寄せている堀北兄についてはともかく、あなたが気にしているのは橘女史についてだ。この女、露出が無いというのに良い匂いがするぞ。
「へぁッ!?きゅ、急に何を言い出すのですかッ!」
生徒会にいる良い匂いのする女は積極的に怪しんでいくスタイルのあなただ。思わせぶりに誘惑を仕掛けてきては、恋だの愛だのを囁くに違いない。あなたがそのような一昔前のハニートラップに引っ掛かると思われては心外だ。
「違いますッ!」
匂いに関しては申し分ないが、籠絡を目論むのならばもう少し色気を考えなければならない。今のままでは些か地味すぎて出番が薄い。美少女路線も悪くないとは思うが、もう少し露出を増やしてみてはいかがだろうか。
「しませんッ!」
「ええい、二人とも、そこまでだ。茶化しに来たわけでは無いのだろう?」
「私は悪くありませんッ!」
ノリの重たい男である。だが、それも全て橘女史のせいである。
「会長ッ!私、この人苦手ですッ!」
「落ち着け橘。まともに取り合うだけ無駄だ」
からかいがいがあるおもちゃを見かけたあなたは、やや気持ちが浮つくのを感じていた。迂遠な交渉などハナからするつもりが無い以上、主導権は握っていくに限る。
確かな手応えを感じたあなたは、生徒会長堀北学氏のギラついた視線にを真っ向から受け止め、気持ちの切り替えを行った。ここからが本番であると言っても過言ではない。
心もちは、彼の妹へ向けたそれと同じである。
迂遠なやり取りをするのは、あなたとて本意では無いのだから。
「お前、笑うと気持ち悪いな」
兄妹揃って失礼である。