ようこそ宝探し屋のいる教室へ 作:奈子野礫
あなたが本題に入ろうとしたところで、堀北氏は橘女史の退室を促した。
「会長。しかし」
「構わん。この女にどうこうされるほど、腑抜けた覚えはないからな」
いちいち鼻につくことを言う男である。橘女史は渋々ではあるが、生徒会室を出て行く。
あなたが用のあるのは、生徒会そのものであった。橘女史に関係がないとでも言うのだろうか。それに、堀北氏はあなたに用向きを訊ねていたが、それにしてはあなたが何故ここに来たのか、察しがついているかのような口振りである。
「改めて聞こう、四条きりん。用向きはなんだ?」
ぶるり、と震えたのは恐怖故か。
綾小路氏と対峙した時に感じた、不自然な異物感を堀北学氏からも感じる。
あのような存在がまたしても?いや、違う。同じようで、これは、似て非なる存在だ。
あなたの口から出たのは、辛うじて震えずに済んだ声音だ。
あなたはこの学校に隠された謎を追っており、生徒会がその秘密を握っていることを突き止めたことを告げる。言葉は慎重に選ばなければならない。あなたの問い掛けに、堀北氏は「なるほど」と短く答えた。
「お前の求めているもの、その秘密を解き明かす鍵が何か。この学校の生徒会長にのみ代々受け継がれているものであり、俺はそれが何かを知っているということを認めよう」
驚きは無かった。堀北氏の挙動のそれは、あなた相手に隠す素振りを見せるものではなかったからだ。だからこそ、素直に認められてしまったことに理解が出来ない。まだ、何か隠していることがあるはずだ。
「勿論ある。だがそれを、そう易々と明かすわけにはいかないな」
それは何故か。
「お前がDクラスだからだ。この学校では実力こそが全てだ。なればこそ、落ちこぼれのお前に手にできる物があると、何故思える?」
あなたは学生だ。学生だが、トレジャーハンターである。トレジャーハンターだからこそ、学生であることに自意識が無かったというのは確かだ。
トレジャーハンターであり、ミッションの遂行こそを目的に学生活動を疎かにするあなたを、堀北氏は完全否定した。
これは侮辱であり、挑戦と捉えて差し支えのないものだ。
品行方正なトレジャーハンターが、どこにいると言うのだ。
「品行方正な学生であることを求めているだけなんだが……まあ、いい。ともかく、Dクラスのお前にはこれ以上話すことはない」
それは完全なる拒絶。だが、ここで引き下がれるほどあなたはお利口さんではない。何故ならあなたは、Dクラスの落ちこぼれなのだから。
だがその前にトレジャーハンターとして、ここでイモを引くわけにも行かない。
あなたはこれ以上の交渉を無意味と考えると同時、懐の銃を引き抜くとすかさずその引き金を弾いた。同じ轍は踏まない。交渉でも脅しでも無くなった以上、躊躇う必要は最早無かった。
余計な弾を使うつもりは無い。心臓を狙った一発は、違わずそこを撃ち抜いたーーはずだった。
「校内での銃火器の所持は校則違反だ。相手が俺でなければ死んでいるところだぞ」
倒れ伏すと思った。あなたの描いた数秒先の未来は訪れることなく、銃弾をその胸に受けた堀北氏は血すら流していない。防弾チョッキを着込んでいるようには見えない。貫通した弾が壁に埋め込まれていたからだ。
「ふむ……ちょっとばかり、痛かったな」
あなたは間髪入れず、頭部に向けて銃を撃つ。眼球二つと眉間に向けて、連続バースト。しかしその銃弾は、着弾の直前に失速したかと思うと歪んだ空間に埋まるように沈み込み、またしても壁をへこませるだけだった。
「無駄だと言うことが分かったら、生徒会室の壁にイタズラするのはそこまでにしておいて欲しいものだが。もっとも、Dクラスの生徒にはその程度の学習能力を期待するのも無駄だろうがな」
あなたはこの現象の由来が何か、理解した。
秘宝。
そしてそれがもたらす、悲劇の魔性。
「四条ッ!無事かッ!」
「会長ッ!今の音はッ!?」
二人が生徒会室へ入ってくるのは同時だった。綾小路氏と橘女史である。橘女史はわかるが、綾小路氏は何故ここへ?
「話は後だ。逃げるぞ」
「まあ、待て。土産をくれてやる」
あなたの脳は、鈍い音に遅れて揺れた。
蹴られた。そう認識すると同時、あなたは吹っ飛んで転がり込んだ。椅子と机を薙ぎ倒したからか、がしゃがしゃと耳障りな音だけが静寂を汚す。
全身が麻痺したように萎縮して、言うことを利かない。
「それで不問にしておいてやる。次はもっと楽しませてくれよ?」
喧しい声がギャースカ聞こえてくる中、浮遊感に包まれる。抱えられたのだと分かった刹那、あなたはその意識を深く沈めて途切れさせた。
*
あなたが目を覚ましたのは、いつかの公園にあるベンチでのことだった。意識を失っていたあなたを、綾小路氏はここまで連れてきてくれたらしい。何故か堀北女史までがそこにいる。
「綾小路くんがあなたを担いでいたのが見えたから」
随分と情けない姿であったらしい。
あなたは綾小路氏に礼を言って身体を起こそうとして、それを堀北女史に止められる。
「まだ横になっていた方が良いわ。ほら、お水。これくらい奢ってあげるわ」
あなたは守銭奴に礼を言う。勿論、綾小路氏にもだ。
「いや……。あの動き、俺にも反応出来なかった。なぁ、四条。『ケヒト』って言ってたが、何のことなんだ?それに、生徒会長のあの雰囲気ーー」
人間のものとは思えなかった。そう口に出すことまでは、妹である堀北女史の前で言うことを躊躇ったように見えた。綾小路氏にも思いやりなる不確かなものがあったらしい。あなたは自嘲するように内心で呟く。
こと、ここに至って、あなたは自分一人でのミッション遂行が困難であることを理解した。あのレベルの化人相手に、正攻法で勝ち目がない事を思い知らされたのだ。
綾小路氏。堀北女史。櫛田女史をはじめとするDクラスのクラスメイトたち。そして椎名ひよりとそれ以外にもいると思われるバディ候補たち。あなたに今必要なのは、背中を預けられる仲間たちに他ならない。
あなたの師匠もまた、かつて同じように多くの仲間たちの力を借りて共に苦楽を共にしながら、困難に立ち向かったのでは無かったか。
言葉を絞り出す。
力を貸してくれないか。
あなたはその言葉に、あなたの持ちうる精一杯の情熱を込めた。