いかに夜が長く感じようと、朝は必ずやって来る。
しかし訪れるであろう『いつもの日常の始まり』は『少し違った日常の始まり』
となるかもしれない。
この物語の主人公『紅夜響』が、まさしくそうであるように。
「おっは~響」
「おはよう、奏さん!」
いつもの紅夜邸の食卓風景に一人、天羽奏の存在があった。
前回の事件の後日談…というより顛末を纏めると、ゴースト及びノイズにより
齎された被害は最小限に食い止められたとは言え、それでも犠牲者は35人。
戦死したファンガイアを含めれば55人に達している。ファンガイア及び魔族
の存在は秘密裏にいなかったこととされ、事後処理の秘匿工作も万全。
ファンガイアの存在漏洩が起こることなく、事態は無事終息するに至れた。
この事件が切っ掛けで、正式にチャックメイトシックスのルークとなった奏は
紅夜邸に居候し、今日から三日後にルーク家当主としての責務をこなす為に人
の世を離れ魔界へと赴くことになった。
長い間ルーク家の当主が不在だった為か責務+業務が非常に半端なく、それこ
そ書類で見た奏があまりの多さに失神してしまったほど。
「あれ? 父さんまだ帰って来てないんだ」
本来ならいる筈の父親こと、『紅夜音夜』が食卓にいないことを不思議に思っ
た響に、席に座りパンを頬張っていた明久がその疑問に応えた。
「なんか調査先のオーストラリアで異常があったらしいんだよ。もちろんダー
クフリークス関連なんだけど、オーストリアの各地に出現する『悪魔(デヴィ
ルム)』の数が異常に多いらしいんだよ」
『悪魔(デヴィルム)』、とは。文字通りの意味だが、ダークフリークス関係だ
と二通りの意味が存在する。
一つ目は『レジェンドルガ』。戦魔大乱において、かつてファンガイアと雌雄
を決した最強種族。大乱に負けファンガイアの傘下に加わったものの、ファン
ガイアの王族とその支持者たちが掲げる『人間との共存』に異を唱えた。
同じ理由からゴブリン族と『人間を家畜にすべき』と掲げるファンガイア一派
と手を組み、反連合魔軍を結成。
しかしファンガイアの王族たち『チェックメイトシックス』と彼等が率いる王
族軍によって反乱は失敗に終わり、レジェンドルガの多くは根絶されてしまい
、その生き残りや『上層部』たちは『魔界と人界の狭間』へと永久封印される
結果となった。
そして二つ目は『魔界の掟を破ったダークフリークス』を指す意味を持つ。
魔界にも人界と同じように規律や掟が存在する。
その中で『現世への悪影響防止法(ナーヴァル・プトー)』というものがある。
これはファンガイア族を含むダークフリークスの管理者『ビショップ家』の許
可を得ず、それどころか人間に対する危害的な悪意を目的に人間界へ干渉しよ
うとする行為を違法とする物で、犯した場合はその状況や裁判によって『問答
無用の死刑』か『魔界禁忌区への永久追放』、または『私有財産の全剥奪』が
科せられることになる。
しかし、人間にも犯罪者が出て来るようにダークフリークスもまた、科せられ
た掟を守ろうともせず背き、罪を犯す者が大勢出て来る。
その為に定期的にキング。もしくはクイーンが世界各地の国々や街、地域など
を見回る形で調査し、警備強化やダークフリークスによる犯罪防止の為に色々
と手を尽くしているのだ。
「オーストリアだけじゃない。ここ最近、今月に入ってから人間世界の十八ヵ
国でデヴィルムどもの数や、その活発さも前に比べて断然に増してる。ついで
に言うならノイズも……な」
「ッ……」
一夏の言葉に対し微かな反応を見せた奏だが、すぐいつも通りの顔に戻り、手
に持った卵サンドを口に入れ咀嚼して行く。
やはり家族の仇ということなのか、心なしかその顔は険しくも見える。
「今そんなこと言ったって仕方ねぇだろが。とりあえずさっさと食っちまえ。
いつまでも片付かしねぇし」
既に食べ終わった食器を片付けている静雄は、その場にみんなを嗜め、早く食
べるよう促す。
そしてポケットから、ビショップの紋章が烙印された黒い封筒を取り出すと、
それを響へと渡す。
「ビショップからだ。厄介なのが出たらしい」
「……」
響はそれを無言で受け取り封を開ける。大体予想は付いているものの、中身の
手紙を取り出し、改めて確認するように読み始めた。
キング家の歴代ファンガイア王たちは、代々王として魔界や人間世界における
様々な業務及び責務をこなして来た。
『魔の掟に背いたダークフリークスの処罰』もその一つだ。
ビショップから『処罰書』という黒い封筒が届き、中に入っている手紙には魔
の掟に背き人と魔の均衡を破り、人を喰らい殺した悪魔(デヴィルム)の情報が
記載されている。
本来ならば悪魔への処罰は『法の番人』たるクイーン家の務めだが、キング家
も王の責務として実行することがある。
但し、キングの場合はクイーンのように『下す罰が処刑とは限らない』のとは
違い『処罰=処刑』を意味している。
つまりファンガイア王たるキングが直々に処罰するということは、紛れもない
『絶対的な死刑確定』を意味しているのだ。
「ここで合ってるのか?」
「うん。処罰書通りなら此処で合ってる筈だよ」
深夜の時刻に処罰書に記してあった総合病院へと足を踏み入れた響は、キバッ
トと共に病院内を人の認識を阻害する……ようするに、人間の視覚に入らなく
する結界術式を自分の身に施し行動を開始した。
「この病院で108人もの患者が行方不明になってる。しかも、すっごく妙な
ことに行方不明の患者の遺族はみんな、『患者に関係する記憶がその存在ごと
消えてしまってる』ってことなんだ。まるで誰かが遺族の人達の記憶を消した
かのように……」
「なるほど。十中八九『ダークフリークスの仕業』ってわけか」
「ビショップの諜報員もここを調査してた最中に行方不明になってる……どう
考えてもダークフリークスが関わってるのは間違いないよ」
病院内を散策し、完全に闇夜に包まれた闇黒の廊下を歩いていく。
当然ながら、人の出入りがない時間帯を狙ったのは『キバ及びファンガイアの
秘匿を守る為』と『できるだけ被害を最小限に食い止める為』の二通りの目的
がある。
しばらく歩いていくと、診察室の一室から魔皇力の発生を感知。
十分に警戒しながらも目の前にある診療室へと一歩一歩近付いていく。
そしてそのドアを開けた瞬間、蛸のような触手が響の首へと絡み付き締め上げ
る。
「ぐっ……がっ、ぁぁっ……」
「響! この…ぐあッ!!」
すぐに助けようとしたキバットも触手に絡め取られ、どうこうするにも手も足
も出せない状況となってしまった。
「ようこそ。ファンガイアの次期王たる者とキバットバット家の三代目」
部屋の暗闇からその姿を現したのは、背中から響とキバットを拘束している触
手を伸ばした『佐崎藤雄』だった。
「とは言え、困りますねぇ。ちゃんと受付でアポを取って貰わないと。貴方達
の行為は病院と言う医療機関を利用する人としてのマナーに大きく反しますよ
?」
「ひ、人を……何の関係もない人を食い物にして来た……貴方なんかに……、
そんなこと……!!」
「ククッ、そういえば確かに。私も人のことは言えないのかもしれませんが『
何の関係もない人を食い物にして来た』というのは少し語弊がありますね」
そう言って藤雄は、何食わぬ笑みを浮かべた顔で響に説く。
「私が今まで食して来た人達は皆、この病院を利用していたばかりでなく、私
の腕をもってして治して差し上げた人達なのです。無関係というのは大間違い
もいいところでしょう。しかも私が治して来た患者達は、完治し得ない難病と
宣告されて生きる希望を失った者達でした……しかし、私はそんな彼等を助け
た。
死ぬ運命だった未来を変えるというのは、どんな代償を支払っても御つりが来
るほどのもの。故に私は代償として彼等を喰らったまでのこと。ダークフリー
クスにだって味覚はある。ならば美味しいものを食したいと言うのは……当然
の本能でしょう?」
「ふ、ふざけるなァァァァァァァァッッッ!!!!!!」
響の中の何かが切れ、自分の魔皇力を鋭い刃のような波動に変えて触手を切り
裂いた彼女は重く威力を秘めた正拳突きを繰り出し、藤雄の顔面を何の考慮も
なくぶちのめす。
一発の正拳突きにより吹き飛んだ藤雄は、そのまま後ろにあった窓ガラスを割
り、病院の外の広い庭へと落ちて行く。
「ぐっ!」
花壇へと激突した藤雄は苦悶の声を上げるもすぐに立ち上がり、その姿をタコ
とカニ、そして魚の鱗を掛け合わせたような姿のダークフリークス『オクトラ
ーケ』へと変貌させ自らの正体を明かした。
そして遅れるように、キバへと変身した響がクランクのいる花壇から少し離れ
た位置にある噴水の前と降り立ち、両者は対峙する形で互いを睨み合う。
「いきなり……とは。随分と酷いことしてくれるじゃないですか」
「黙れ。貴様にはもう弁解の余地もない。本気で懺悔でもすればその命、見逃
すのも吝かではなかったが……もう後はないと知れ!」
「ク、クックックククク!! キバの継承者ともあろう者が、随分と青臭い事
を吐きますねぇっ!」
オクトラーケは背中から無数の触手を生やし、その全てをキバへと向け、一気
に襲い掛かる。
キバへと向かっていった触手はその尖端に鋭い針のようなものを出し、彼女を
串刺しにしようとするが、キバはそれらをパンチやキック、魔皇力の波動など
を駆使して牽制。そしてオクトラーケへと向かい駆けるが、左右から何者かの
妨害があり、一度オクトラーケから距離を作る破目になってしまった。
その妨害者は二人。前回において三浦の腕や脚を美味しいと食していた看護婦
たちだった。
「へぇ、これがキバか~~。な~んか拍子抜けですね~先輩」
「油断しちゃダメよ。人間の血が入ったダンピールとは言え、曲がりなりにも
キバを受け継ぎし者……甘く見ることは死に繋がるわ」
二人の看護婦は互いにそう言い、その姿を赤と黒の体色をした猫の獣人となる
。
「なるほど……キャットルクの共犯者か」
『キャットルク』。西洋においては猫の妖精『ケットシー』や、どんなもので
も見透かしてしまう目を持つとされる怪猫『リンクス』などとして伝えられ、
日本では猫又や五徳猫、すなわち猫の妖怪の発祥元となっている魔族だ。
「どっちにしろ纏めて断罪だ」
「そう巧く行きますかね? はァァァァッッ!!」
オクトラーケは、カニの鋏となった両手を天へと掲げる。すると空に蒼々と光
り輝く魔方陣を出現させ、そこから青白い魔皇力のオーラがまるで病院全体を
包み込むかのように覆い始める。
やがて完全に覆うと、キバは強制的に変身解除され元の響に戻ってしまった。
「ど、どうしたの?!」
「くそっ、結界だ! 特定の効果を阻害する結界を張ってキバを解除しやがっ
たんだ!!」
「これでも私達は戦魔大乱の時代を生き抜いた古株の猛者。甘く見られるのは
心外ですねぇ」
非常に拙い事態だ。変身は強制的に解除されてしまい実力はともかく、数では
あちらが上……キバットは人化して戦闘力を底上げすることも可能だが、人化
は長くは持たないのが欠点だ。持久戦などに待ち込まれれば…それこそ勝てる
見込みは無くなってしまう。
「チッ! めんどくせぇが、いっちょキバるか!!」
無論。キバットもそのことは重々承知だが、ようは『持久戦にさせず、迅速に
敵を倒せばいい』のだ。
しかしそれが簡単にできれば苦労などない。だが、それでもやらなければ……
こちらがやられるだけだ。
キバットはロックミュージシャン風な漆黒の服装を身に纏った、金髪の青年と
なり、炎魔皇剣『フレイムバット・ソード』を手に取ると、二体のキャットル
クへ切りかかる。
しかし二体のキャットルクはその斬撃を難なく回避し、赤い体色のキャットル
ク『ミーチェア』が両手を猫の爪を彷彿とさせる一本の剣へと変化させる。黒
の体色をした『ラーチェア』も同じように両手を変化させ、見事に息の合った
フットワークでキバットへ攻撃を仕掛けて来る。
「ちっ! 猫だから、すばしっこいってか!」
そんな愚痴を零しながらもキバットは襲い掛かる爪の剣を自身の愛剣で受け、
そのまま流していく。
無論。こんなことをいつまでも続けていたら、必然的に不利になってしまうの
は目に見えてる。だからこそキバットは受け流すだけでなく、同時に空中から
紅い蝙蝠の形状をした、魔皇力の爆弾を生成しそれをキャットルクたちへ喰ら
わせる。
「ガァッ!」
「グヌゥゥッッ!!」
威力はそこそこしかないものの、何回か当ればその分だけダメージが蓄積され
てしまう。
「おらァァッ!!」
その隙をキバットは決して逃さない。自身の魔皇力を剣に注ぎ、『フレイム』
の名の通り刀身が炎に包まれ鋭い斬撃と炎撃を同時に与える。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」
「グ…ギッ、ガアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」
炎の威力と剣の鋭利により大きなダメージを受けたミーチェアとラーチェア
は、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。
「グッ……」
「ウゥ……」
全身を突き刺さんばかりの激痛と、そのダメージのせいで無意識の内に出て
しまったのか、苦悶の声を漏らす二体。キバットが与えたダメージによって
消耗してはいるが、だからと言って上げた手を下げるようなことなど、彼は
しない。
キバットは、未だ燃え上がる刀身を大きく振り上げ……そして、一気に振り
下ろした。
一方。紅夜響とオクトラーケの戦闘はと言うと、互角ではあるが…やはり、
『キバの鎧』が使用不可能になってしまった響がやや押されて始めていた。
やはり戦闘ではキバの鎧に頼る形で戦って来た為、装着が出来ないと言う
のはかなりの痛手のようだ。
「はァァッ!」
「ぐっ!」
響から一旦距離を取り、『接近戦+肉弾戦』という戦闘スタイルを止めた
オクトラーケは、背中から無数の触手を伸ばし攻撃するというスタイルに
打って出た。
蛸の触手を自由自在に変則的な動きをもって操るオクトラーケの攻撃を受
け、響は防戦一方且つ決定打を決められない状況に陥ってしまったが、何
も勝機が完全に無くなったわけではない。
キバの紋章の形状をした波動結界『魔王の紋章(シルヴァニアス・キバ)』
をオクトラーケの足元に展開させ身動きを封じ、触手の攻撃が一時的だが
停止したことで『勝機』が生まれた。
「はアアアアアアッッ! はアッ! はアッ! オオオオーーーッ!」
再び接近戦へと持ち込めた響は両腕と両足に魔皇力を集中させることで、
打撃技の威力を高める。
連続的なパンチやキックの嵐はまさしく暴力的で、しかし的確に相手の弱
い箇所を貫き、そして何より暴力的ながらも美しいものだった。
「ぐはァァっ!……き……貴様ァァ……調子に乗るなッ!」
始めこそ丁寧で優雅な口調と雰囲気だったが、今では完全に頭に血が上り
我を忘れてしまったかのような勢いで攻撃を再開する。
今度は無数の触手の尖端から白い泡沫を発生させ、その塊を弾丸のように
吐き出す。咄嗟に避けたものの、避けた先にあった病院の壁の一部が白い
煙を噴出しながら無残に融解してしまう。
どうやら、あの泡沫の塊は酸の一種らしい。
「ちょろちょろと逃げるな、クソガキめぇぇっっ!」
まるで怨嗟か何かが篭った声で叫ぶオクトラーケに対し、響は特に何も答
えず、変わりに自身が得意とする闇魔術で返す。
「ブラッド・ジャック」
人差し指と中指から何滴か血が零れ落ちる。
やがてそれが徐々に広がっていき、何かを形となっていく。そしてそれは
刀身も柄も唾も何もかもが真っ赤に塗れた西洋剣となる。
「どうぞ。好きなだけ掛かって来て下さい」
あくまで冷静にそう言い切る響が癪に障ったのか、オクトラーケは獣に似
た叫びを上げ触手から酸性の泡沫を噴出し、同時に余った触手で響を攻撃
しようとした。所謂『同時攻撃』をするつもりらしい。
「ふんっ!」
しかし響はそれを物ともせず、一切の怯みもなく鮮血の剣を振るい、紅い
斬撃を発生させる。
泡沫ごと触手を、まるで上下二つに分かれるかのように裂いた斬撃はその
ままオクトラーケの胸部から腹部までを斜めに命中した。
「ぐぬわァァァァッッ!!!」
濃い青の鮮血を周囲に撒き散らしながら爆風に吹き飛ばされ、仰向けの態
勢で倒れ込むも何とか起き上がろうとした。そんな彼の眼前をブラッド・
ジャックの切っ先が向けられる。
「終わりです。覚悟はできてますよね?」
やや押されていた感はあれど、キバなしで何とか戦いに勝利することがで
きた響。だが彼女は、この時点でオクトラーケとの戦闘において『戦術』
では勝てても『戦略』には勝てなかったと断言できた。
「がアアァッ!!」
「!? キバット!」
まだタイムリミットがあるというのにも関わらず、突然苦しみ出したキバ
ットは人化形態を強制解除されてしまった。その光景を見た響の隙を見逃
すことなどなく、オクトラーケは触手で彼女を締め上げ、一つの機から一
気に形勢逆転を打つことができた。
「ふふっ……何も私が張った結界は、キバの鎧のような『魔工器』を使用
不可能にするだけではありませんよ? ダークフリークスの能力を一時的
に封じることもできるのです」
「ぐゥゥッ! そ、そんな……」
響は思わず悔しげな声を漏らすが、オクトラーケはそんなことなど気にせ
ず、彼女を締め上げていた触手を更に強め、同時に自らの専用武器である
三叉の槍『シー・トライデント』を顕現させる。
そして響の首めがけ……
「はアアアアアアッッッ!!」
一気に振り下ろした。
オクトラーケのデザインモチーフは、アギトのオクトパスロードで
キャットルクのデザインモチーフは、ウィザードのケットシー。
こんな感じでイメージして頂けると助かります(苦笑)。