本当に遅くなりました。諸々の理由は下の後書きにありますので、読んで頂けると助かります。
深い。どこまでも、深い。
一点の光もない暗闇の中で紅夜響は自身の身体が果てのない穴にゆっくりと落ちていくような感覚に陥っていた。
上も下も、左右も闇。本当に何もない場所で落ちていく感覚というのは、朧気な意識でもの響でも把握できることだった。
が、それを知ったところで彼女自身に抗う力はない。これ以上落ちることは響にとって本意ではないが、しかしどうこうすることができないのだから、結局のところ無意味に過ぎない。
『おやおや。こんなところで寝てる場合かね』
声が聞こえた。耳朶にゆっくりと染み込むように入ってくるような不思議な男の声音だった。
この声は、聞き覚えがある。
『目を覚ましなよ、未来の王』
続いて聞こえた声。最初と同じのものだ。それが耳に届く共に何か強い力に上へと引っ張られる感覚を急速に感じつつ、辺り一面が光に包まれた。
※
「おぉ〜起きたねぇ。いやよかったよかった」
重い目蓋を開いて、最初に目に入ったのは上一面に広がる青い空。
そして、またあの声が聞こえると首を少し横へ傾ければ、声の主と思わしき一人の男が腰を下ろし、やたら満足げな表情をだらしなさ気に晒していた。
男は白いローブに身を包み、何の装飾もないそこら辺にある適当な長い木の棒を削って、それっぽくしただけにしか見えない杖を携え、響が
横たわっている巨花の弁の上に立っていた。
「一時はどうなることか思ったけど、うんうん
。よかったよ」
響が無事に生きていることを喜んでいるのか。
男はカラカラと陽気に笑いながら響を見つめた。
「……お久しぶりです。妖精王」
「はは、そんなに畏まらなくていいよ」
妖精王オーベロン。
この世の妖精らを統べし王。その古の強大なる力は初代キングと同等と謳われる実力者。
外見ではとてもそうには見えないだろう。
だが、紛れもない事実なのだ。
実際響は前にオーベロンに会った際、その片鱗を嫌というほど味わった経験がある。
オーベロン的には単に力の程を確かめたかったという、気まぐれの遊びのつもりだったらしいが。
と言っても、響からすれば、とても冗談と笑って済まされるレベルではなかった。
想像して欲しい。
一つの土地があったとしよう。
規模で表せば東京ドーム3個分。
その土地の地形を、指で突く位の容易さで変えられる暴力が、他でもない自分自身に襲いかかって来る。
絶望的な恐怖を感じない筈がない。
それを強制的に味あわされて、完膚なきまでにトラウマを植え付けられた響にとって、この妖精王はかなりの危険人物扱いになっている。
「あ、あの僕……」
「ん? あー、アレ。少し記憶が定かじゃない感じかな? なんかヤバい怪我負ってここへ運ばれたらしいね。君の主治医のフーちゃんから聞いた話だと、銀の弾丸でやられたって?」
フーちゃんとは、メディー・フーリンのことである。間違ってもこんな渾名で呼べるのは彼だけだ。
他の誰かが軽く口にした途端、二度と口を開くことはなくなってしまう。間違いなく。
「え、あ、はい。……すみません」
「ん? 謝る必要なんてあるかい?」
「ここって、妖精郷ですよね? 多分、父が勝手に入れたと思うんですけど……」
どうやら響としては、この妖精しか踏み入れぬことのできない楽園に無断で入って来てしまったと思い、謝罪の意を述べたようである。
確かに緊急だったこともあり、実際音夜はオーベロンに何も告げてはいない。
しかし彼は、おもしろいと言わんばかりに笑う。
「ハッハッハッハッ!! そんなの、ぜっぜんいいよ!君はお堅いくらい真面目だね〜」
妖精王の心境は至って愉快そのもので、それを裏付けるように顔に不快やら嫌悪感、あるいは怒りなど。
そういった悪い感情は見受けられない。
「音夜くんはファンガイア王の次代を担う君の命を救うのに必死だっんだ。その行いを、思いを。理解できないほど、俺は狭い心の持ち主じゃないぜ?」
「そ、そうですか……」
とりあえず、安堵を感じる響だが、やはり気まぐれに洒落にならない全力バトルをふっかけて来るような相手なので、やや警戒心が残る。
「気がついたか響!」
自身が寝ていた巨花の下から聞き覚えのある声が聞こえ、ひょこりと覗いて見てみれば、そこには響の主治医であるメディーがいた。
「メディーさん!」
活気よく名を口にし、響は笑顔を綻ばせる。
会うのはメディー側の諸々の事情で1年ぶりになる為、こんな形とは言え、会えたのは響にとって嬉しい限りなのだ。
「よっと」
巨花の葉の一枚一枚を利用してステップを踏みながら、メディーは響のところへ舞い降りる。
「身体に異常は?」
「なんとか大丈夫です。あの、迷惑かけてすみません」
申し訳ない。そんな気持ちを頭を下げ、言葉で伝える。
響としては迷惑をかけてしまったから謝りたいという感情に従っての行為なのだが、メディーはそんな響を一瞥してはやれやれ、などといった感じに溜息を吐いていた。
「あのな〜響。あたしゃ医者なんだよ。医者が患者を見るのは当たり前
。そんな申し訳なそうにするくらいだったら、感謝の一言でも欲しいね
」
医者の必要性というのは、怪我や病気を持つ患者がいなければ成り立ないものだ。
医学の知識をもって怪我や病気に対処し、完治を心掛け、その為に尽力する。
それがメディーにとって医師としてのプライドで、今回は響相手にそれを行使した。つまり、己の医師としての責務を真っ当したに過ぎない
。
にも関わらず『迷惑かけてごめんなさい』と謝って来るなど、筋違いも甚だしい。
「え? あっ、は、はい! 助けてくれてありがとうございました!」
「ブプッ! そ、そんなに畏まるなっての!」
慌てた様子で礼を述べる様が面白おかしく、つい笑いをメディーは噴き出してしまった。仮にも次期キングたる者が、たかが専属医師相手に素直に礼を言うなど本来はありえないことだろう。
魔族の長の地位に在る者とは、どの種族であれ、そういうものなのだ
。
しかし響もそうだが、ファンガイア族の歴代王たちは、その枠組みには収まらない。
下とか上とか、そういった階級など関係なしに接する寛容さと人と魔の貴賎なくあらゆる者達の言葉に耳を傾ける真摯さ。
そういった魅力を持っているからこそ、メディーもそうだが、多くの魔族が彼等を偉大な王と敬愛し集うのだ。
「やぁやぁフーちゃん。せっかく僕もいるのにスルーなんて……」
「死ね」
と、ここに来て若干空気と化していたオーベロンは何てことのない、いつもの飄々とした人当たりの良い態度でメディーに話しかけるものの
、本人からは端的で分かり易い言葉が返答としてオーベロンのハートに突き刺さる。
言葉のみでも、妖精の頂点であろうと、彼にとって痛いものは痛いのである。
「ちょ、ちょっと待ってよ。酷くない?」
「人を変な渾名で呼ぶ不逞な輩に親切にするとでも思った? ねーよ、クソ。死ね」
「ぐはぁッ! いや、マジ、やめて……痛いってホントッ!!」
「心がな。お前が妖精王なんぞじゃなきゃ、とっくに槍で命突いてんだ。感謝しろよ」
「いや、不敬すぎない? まぁ、別にいいけど」
別にいい理由にはならないと思うのだが、オーベロンにとって自分が王の地位にある事など、毛程もどうでもいいのだ。
彼は基本的に自分にとって楽しい事を邪魔されるのが大嫌いだ。どんな罵詈雑言も曇ることを知らない陽気さと、飄々とした茶化したような口調と雰囲気で応える。
しかし一度ならばともかく、二度目に及ぶ邪魔な行為を許すほど、寛容ではない。
邪魔する奴は徹底的に、邪魔をしたこと自体を後悔させ、絶望させ、そして無慈悲に殺す。
それがオーベロンという、妖精王の名を冠する男の本質だ。
「しかし、妙だな。この花に寝かせてからまだ1日半しか経ってないってのに」
妖精王の内に秘めた恐ろしい一面に内心、背中から冷や汗を垂らしていた響を露知らず。
メディーは、響の怪我が『1日で完治した』という事実に対し、怪訝そうに顔を顰めていた。
「え、もしかして僕、ヤバい位に最悪だったんですか?」
癒し花の存在については響も理解しているが、彼女は残念なことに、この癒し花を使った自身の治癒が2日も掛かる事は、知らなかった。
やられた当初薄らと、朦朧とした意識ながらも自分の状態が危ういものだったのは、覚えてる。
しかし、安全なラインに達するまで2日もかかる程の重傷だったのは、響としては予想外だった。彼女自身、純粋なファンガイアではなく半分は人間の血肉で出来ている。
なら銀の弾丸によるダメージも純粋なファンガイアと比べ、そう大したものではないと踏んでいたが、そうでもなかったらしい。
「普通の重傷なら数時間程度。かなりヤバい奴なら丸一日は治癒に時間が掛かるからね〜。特に響ちゃんは銀の弾丸に撃たれてるから、まぁ、
ヤバかっただろーね」
「でも、僕純粋なファンガイアじゃないですし、そんなにダメージは…
…」
「人間だから少しは耐性がある、なんて。そう思ってるなら間違いだぞ
」
やや厳しめに、メディーは声を強張らせる。
「銀っていう物質に対しての耐性は、お前みたいな人との混血であっても生まれやしないんだ。それだけ魔っていう特性が銀を嫌うんだ」
「あ、ちなみに妖精は金属全般が無理だね。耐性っぽいのはあるけど」
聞かれていないにも関わらず、横槍と言わんばかりに割って入って来たオーベロンに鳩尾めがけボディブローをかまし、強制的に沈める。
そんなメディーのえげつなさにやや引いた目で響は見ていたが、そんなことよりとばかりに話を続ける。
「とにかく半分は人間だからって安心すんなってこと。冗談抜きであたしらにとって害悪にしかならないんだからな」
「はい……気をつけます」
浅はかな考えだった自分に軽く凹み、ズブズブと沈んでいくかのような覇気のない声で謝罪する響を見たメディーは、ハァァと。
一つ溜息を吐いて響の頭を少し荒いものの、優しく撫でた。
「まぁ、気をつけてくれれば、それで良しだ」
「メディーさん……はい!」
ニカっと活気よく笑うメディーに当てられてか、響もまた決意を込めたような不敵な笑みを浮かべる。
みんなに心配をかけてしまったが、次で同じ轍を踏む訳にはいかない
。
おそらく、響はまたネフシュタンの鎧を纏った少女と再度の邂逅を果たすだろう。なら、今度こそ負ける訳にはいかない。
力づくという、乱暴な手段を取った上での話し合いとなってしまうが、人間の少女が何故魔族を憎むのか。
何故、元々は二課が所持していた完全聖遺物を纏っているのか。
響は、どうしてもそれが知りたかった。
勿論それを伝えたところで、まともに話しをてくれないのは明白だろう。それだけバイザー越しに微かに見えた瞳には、言い知れぬ憎悪が巣食っているかのように……。
少なくとも、響にはそう見えたのだ。
「あ、そー言えば……父さんやみんなは?」
あの後、自分が意識を失ってから色々とあったと思い、それについてメディーに聞いてみた。
「なんか、二課って奴らとの合同任務に行ったぞ。詳しい事はわからんが、少なくともお前は安静にしてろよ。意識が回復したって完全完治したって訳じゃないんだからな」
響の性格を熟知している為、メディーは視線に殺気を込めて、そう釘を刺した。
無論、それに歯向かう道理はなく、仮にそうしたとしても今の響にメディーを相手にできやしない。
それだけ、医師としての腕も優秀だが"戦士"としても、並ならぬ実力を秘めているのだから。
※ ※ ※
「おいおい。こりゃなんかのジョーク?」
工業地帯と思わしき施設の数々が聳え立つそこで、音夜は思わずそんな言葉を呟く。
彼が立っている位置の周囲はコンクリートの地面が罅割れ、瓦礫が散らばり、単なる喧騒の類いでは有り得ない"戦いの傷痕"が配慮も遠慮なく、見せつけられるかのようにそこに在る。
そんな光景の中で音夜は眼前の"ソレ"へと、鋭い視線を送る。
宙に浮かぶ、巨大な猫のぬいぐるみの頭部らしき物体へと。
2017年の投稿から3年と月日が掛かり、この小説を楽しみにして頂いた読者の方々にお詫びします。
色々とこの作品自体にスランプになったのと、どうしても書いてみたい、やり遂げたいと思える別作品の方に力を入れてしまい、完全にこの
小説に関しては放ったらかしの状態でした。
でも、ある方から続きを願うメールが届き、それに応える為と原作シンフォギアもシリーズが完結した事を踏まえて、再執筆に至りました。
亀更新になるとは思いますが、また楽しみにして頂けると嬉しい限りです。
では。また次回に。