「がっ……ァァ……」
夜の闇に包まれた街の路地裏で、赤毛の少女……天羽奏は何かに耐えるように
その場に蹲る。
かろうじて奏の意思は残っていた。しかしこのままではファンガイアの本能
に飲み込まれ、食い潰されてしまうだろう。
そんな彼女を救う為に、魔を統べし王が来た。
「やっと見つけた……頼む、キバット」
「おうよっ! ギャブッ」
魔を統べし王……キバはキバットに命令を下し、キバットはその命令どおり
奏の下へと飛ぶとそのまま首筋に牙を付き立て、奏の体内に存在する魔皇力
の暴走を抑える為にコントロールする。
「ぐ……あっ……ぁぁ……」
最初こそ苦痛の表情を浮かべていたものの、キバットが魔皇力をコントロール
し沈静化したことで浮かんでいたステンドガラス状の組織は無くなり、その瞳
も元に戻った。
そしてその反動からか、まるで意識がゆっくりと遠くなっていくかのように
眠り始めた。
「これで暫くは大丈夫だと思うが……何せのルークの魔皇力だ。また暴走する
危険性大だぜ、こりゃぁ」
「……わかっている。ひとまず屋敷に連れ帰るぞ」
そう言ってキバは奏を抱かかえ、ビルの谷間を駆けるようにして去って行った。
そこは、一切の光を許さない暗闇。黒一色の闇。
生物としての機能である五感は意味を成さず、生命の営みさえ拒む場所。
そんな世界に『彼女』はいた。
黒いフードのマントを羽織り、その下に無限の闇を体現するかのような
漆黒のセーラー服に身を包み、顔は何の意匠もない目穴が二つあるだけ
の白い仮面で隠している少女。
巨大な岩場の中で一際高い岩に腰を降ろし、何かを見据えるかのように
漆黒の虚空を眺めていた。
「また、『地上』の様子を見ておいでなのですか?」
ふと後ろに何者かが立つ。蛾式だ。
「住めば都……と、人はよく言うけど、私は否定するわ。こんな何もない
世界。あるのは暗闇と岩、砂しかないなんて度し難い………度し難いほど
つまらないわ」
「されど我々は黙ってなどいなかった。今も試行錯誤を費やし『地上』へ
の帰還を夢見て来ました」
「でも、それが実を結んだことってあったかしら? しまいには『あの女』
の手まで借りる始末じゃない。まぁ、愛する人を思うのは分からなくもない
けどね」
「逆です。あの女を我々が利用するのです」
そう断言した蛾式に少女は顔を向けた。珍しくその二つの穴からは真紅の瞳
が覗かせていた。
「蛾式。別に私は何でもかんでも利用するなとは、言わないわよ? どんな
手を使ってでも私は地上を……あの世界を取り戻したいわ。でも、あの女狐
の取り扱いには細心の注意を払いなさい。あの女も私と同類。目的の為なら
ば『醜悪で汚らしくおぞましい行為』さえ躊躇なく実行してしまうんだから」
「それは肝に命じています。どうかご心配なされずに」
「なら、いいけど。ところで何をしに来たのかしら?」
「今回の計画の成果報告に参上しました。こちらをどうぞ」
そう言って蛾式は特に何の変哲もない石版のようなものを少女に渡し、少女
は石版に手を翳す。
すると石版は淡い光を放ち、少女の頭に次々と情報が流れ込んで来る。
「『ライフエナジーの接収率は824人分で6%程度、その中で質の悪い物
2~3人分あり。されど目安としていた6%の接収に成功し質の悪い物でも
十分に利用できる為、問題はなし。キバとシンフォギア装者の介入あれど、
蜘蛛式がこれに対処している筈であり、やはり計画に支障なしと思われん』
……ふふっ、よくやったわね蛾式」
少女は光が消えた石版のようなものを蛾式に返し、その苦労を労う。
「お役に立てて光栄の極みです」
「………………そう言えば、シンフォギア装者がどれほどのものか、見てみたい
とか言って『透式』が地上へ出て行ったみたいだけど、会わなかったの?」
「それは真ですか? 知っているのなら、何故止めてくれなかったのです」
「ふふっ、だってぇ。あの子ったらすっごく楽しそうな無邪気な顔するんです
もの。やっぱり『母親』としては許して上げたくなっちゃうわ」
さも当然とばかりに微笑む少女に、蛾式は何も言えず溜息を漏らした。
「甘やかすのも程々に。全ては我々が求める悲願の成就の為。変に動いて計画の
支障になるようなことは避けたいのですが」
「ええ、ごめんなさい。善処するわ」
「それでしたら、私から言うことはありません。では、これにて失礼します
……【母】よ」
蛾式は最後にそう言い残すとその場から消え失せる。
蛾式が去っていったのを感じた彼女は、ふとまた虚空を見据えた。
「早く……早く……ほしいなぁ……ふふふ」
何を思い浮かんだんのか、楽しそうな微笑を浮かべた。
吸血鬼であるファンガイアは、基本的に日光を忌々しく思うものだ。
何せ低いランクに位置するボーガットにとってはどう足掻いたところで
勝ち目のない絶対にして無二の天敵である故、逆に中高のランクに位置
するアッパードやミドルラスにとっては、夜の闇こそが最も自身の力を
最大限に生かすことができる環境であり、逆に昼の光に支配された環境
下では自身の内蔵魔皇力が低下する場合もあるのでやはり天敵になる。
「うぅ~~今日は妙に陽が強い~~」
何故こんな話をするのかと言えば、今まさにその天敵の光によって著し
いまでに元気を無くしているキング家の次期当主にして次期ファンガイア
王である響が、自分の通う学校の机の上で顔を伏せるようにしているから
だ。
響は人間とファンガイアのハーフであるダンピールだが、では太陽の光に
よる影響を受けないのかと言われると『NO』だ。
それほど陽の光が強くなければ何の問題もないが、やはりこうも陽が強い
日は確実にダウンに陥ってしまうのだ。
「大丈夫? 響」
そんな彼女に声をかけるのは、小さい頃からの幼馴染にしてキングと同等
の力を持つとされ、『魔の法の番人』としての役目を担うクイーンの次期
当主『小日向 未来』だった。
上記の通り、古い付き合いであるが故に仲が良く、互いに実力を競い合ったり
もした戦友でもある。
「未来~~僕もう死んじゃう~! 干乾びて死ぬ~~!」
「大袈裟だなぁ響は。私なんか純血でも全然平気なんだよ? ハーフの響が
そんなんでどうするの?」
「そ、そんなこと言われても~~」
へなへなといった覇気のない感じで否定しようとする響きだが、本調子に
なれないせいで否定する気力すら起きられないようだ。
「あっ、そうだ。ビショップから『召集』が掛かってたよ?」
「ん~? もしかして奏さんの件かな?」
「うん。それしかないよ。『午後8時30分に蝶塚教会に集合せよ』だって」
「いつもの場所だね。わかった」
昼休みが終わり、午後の授業が始まる5分前のチャイムが校内に響き渡る。
未来は響とは別のクラスな為、しばしの別れを告げて響のいる教室を後にした。
生徒達が次々と自分の場所へと着席していく中で響は、未だ陽の光が照らす窓の
外の景色を眺めるようにして内心呟く。
「(奏さん……この先いったいどうなっちゃうんだろ)」
時刻は『召集』指定時間の8時30分となり、誰もいない筈の古びた神の家…
築80年を誇る『蝶塚教会』に響や未来を含む『チェックメイトシックス』の
現当主一同やそれに連なる者達が集っていた。
そして教壇の前に立つ白銀の長髪を後ろに束ねた中性的な凛々しさ溢れる顔立ち
の神父服を着た少年『蝶塚アゲハ』が掛けている眼鏡のフレーム部分をくいっと
上げ、神妙な表情で集まった面々へと言葉をかける。
「皆様。この『ビショップ』めの召集にお応え頂き、まずは感謝と恐縮の限り。
今回において召集をかけた最大の理由は『新たなルークの継承者』についてです
。継承者の名は『天羽奏』。両親は優秀な考古学者で妹が一人いましたが、5年
前の長野県皆神山の遺跡発掘現場で起こったノイズの襲撃で家族を含め、当時の
遺跡発掘チームのメンバーはほぼ全滅。事実上の生き残りは彼女一人です……」
ここで一旦言葉をやめ、ズレかけていた眼鏡の位置をくいっと戻す。
「その後は極秘にシンフォギア装者となり、ノイズ殲滅において裏で暗躍。表に
おいてはアーティストとして活躍していましたが、二日前のツヴァイウィングの
ライブ会場で『絶唱』なるものを使い一時は死亡。しかしルークの遺伝魔皇力に
よって新たなルーク継承者として選ばれ、今に至る次第です」
ビショップから新しいルークの継承者についての情報説明が終わり、次に話し始め
たのは、響の父親であるキング家現当主にして現ファンガイア王『紅夜音夜』だ。
「俺がこの場にいる皆に聞きたいことは一つ、『奏嬢ちゃんを俺等の同類として
迎え入れる』か、もしくは『人間に戻してやる』か、あるいは……『暴走の危険性
をチャラにする為に殺す』か。三つの内のどれかだ。俺は『殺す』っていう意見は
反対だが、それ以外の二つならどちらでも構わない」
ここで説明を加えるが、ファンガイアの生殖方法は二つある。
一般的なのが普通の生物と同じ『異性同士の性交』における方法。
もう一つが鋭い『犬歯』や『吸命牙』で人間に噛み付き、ファンガイアの魔皇力と
細胞を注入し、その人間を『ファンガイアとして造り変え転生させる』という方法。
後者において誕生したファンガイアは『元からのファンガイア』とは違い、人に戻す
ことが可能だが、戻せる確率は極めて低い。
もし失敗すれば……理性も意思も持たない凶暴なダークフリークスと化してしまう。
故に『人間に戻す』というのは非常に危険を伴う至難の業。正直言ってこの選択自体
はあまりに進められたものではないので、やはり否定の声を上げる者がいた。
それはポーンの現当主の補佐。黒いおかっぱヘアーに赤いチャイナドレスをその身に
纏い、首に刺々しい髑髏が意匠された首輪をつけた少女『チェイーザ・フランシス』
だった。
「『仲間として迎え入れる』に賛同します。元人間のファンガイアを再び人間に戻す
行為……『人体返還』の成功例は過去120件の中で僅か1件。ギャンブルにしても
危険すぎます。我が主も同様の意見であると考えておいでです」
「然り。故に小生は彼女を『仲間として迎え入れる』という案に賛同するネ」
チェイーザの言葉に答えるように、彼女の隣側から幼くも精悍さ溢れる声が聞こえた。
隣にいたのは、赤い清朝の官服に身を包みチェイーザと同じように黒い髪を一本の
三つ編みに纏めた丸眼鏡の少年『ポーン現当主』こと『チェン=シェンロン』。
頭に被せた帽子と両腕に札を付けた風貌が特徴的な彼は、奏をルークとして迎え入れる
ことに賛成のようだ。
「私は『暴走の危険性を考慮して排除する』であり、『仲間として迎え入れる』だ」
三択に一つというのに、二つを選ぶかのように宣言したのはファンガイアの軍部組織
『ストリゴイ』の統括者にして、ナポレオンを彷彿とさせる軍服衣装に癖毛が特徴的
な、短めの銀髪をした青年『ナイト家現当主』の『スレイド』だった。
「事実上。キバット三世によって彼女の『ルークとしての魔皇力』の暴走は抑えられ
静まった状態らしいですが……チェックメイトシックスの力は魔皇力のコントロール
に長けたキバット族でさえ、暴走する危険性が非常に高い。
いつどのようにして、また魔皇力が暴走してしまった場合。我々や人間側に犠牲者が
出るような甚大的被害を齎したら……どうするのですか?
現時点で奏なる少女はルークの魔皇力を十分に扱いこなせていないどころか、強大な
ルークの魔皇力にその意思が飲まれようとしている。暴走の危険性を完全に無くせる
のであれば、私は彼女を仲間として迎え入れることに関しては否定的ではありません。
ですが……暴走の危険性を失くすことができないというのであれば、消えてもらう以外
にありません」
スレイドの意見にストリゴイの上役や幹部たちの一部で同意する声が上がる。
やはり、あらゆる脅威から人間や一族を守る治安維持の為の軍部組織の頭となれば、
最高責任者としての覚悟があり、その覚悟の為にも……何より犠牲者を出す前に芽を
詰むのは当然のことだと言える。
「そんなの……ダメだよっ!」
スレイドの意見に否定の声を上げ、席から立ち上がったのはキング現当主である
音夜の娘であり、キング次期当主にして次代の王たる響だった。
「奏さんは……シンフォギア装者として多くの人々を助けて、最後までその信念を
貫いたんだっ! だから、そんな人を暴走の危険性があるから殺すって……」
「響様」
スレイドが、その厳格な威圧感を言葉に乗せて響を強制的に黙らせる。
「貴方は他でもない、我等ファンガイアの未来の王。『王』という立場を真の意味で
目指すというのであれば……私情をこの場に持ち込むなど、言語道断とお考え下さい」
鋭く研磨された剣のような視線が、響を貫く。
思わず息を呑むほどだが、この程度引くほど彼女は弱くなどない。
改めて自分の中の感情を鎮めようと少し息を吐く。そもそも、自分には一時とは言え
あのライブ会場で一緒に戦ってくれた戦姫、天羽奏を弁護できるだけの材料がある。
なら、たかがナイトであるスレイドの言葉程度で感情的になってしまったはダメだ。
常に冷静に……この場の状況を見極めた上で発言するんだ。
そう判断した響は、その口からもう一度言葉を紡ぎ出す。
「確かに、今のはつい感情に任せた軽率な発言でした。でも僕は、あくまで奏さんを
殺す必要はないと考えてます。もちろん、この場にいるみんなを納得させられるだけ
の材料を揃えていると、断言します」
響の言葉に周囲がざわつき始める。
今の発言は、つまり『キバット族でさえ御し切れないルークの魔皇力を奏でも完全
に御せるようにする』と言っていることになる。
それが何を意味するのか、瞬時にナイトは理解した。
「響様。その材料とはもしや……」
「うん。『魔皇力共鳴』をしようと思ってる」
『魔皇力共鳴』。
それは、数ある上位ランクに該当する闇魔術の中でも初代ファンガイア王と
現ファンガイア王の音夜にしか行使することのできなかった『禁術級』の一つ。
魔皇力とはそもそも、闇黒物質が発する波動エネルギーそのもの。
ウランなどの放射性物質が放射能を発生させるように、闇黒物質は他の物質や
エネルギーを取り込み振動という形で過剰反応を起こす。
その反応こそが、ダークフリークスが内蔵する特殊な力『魔皇力』を発生させる
というわけだ。
つまり『魔皇力共鳴』とは、魔皇力の『エネルギーとしての波長』を自他共に
結合させ調和。そして爆発的なエネルギーの増幅を発生させるという術式。
しかもそれだけでなく相手の魔皇力に干渉することで魔皇力の異常を正常に
戻すことも可能となる。
しかし『禁術級』と言われる所以がある以上は……当然そこにリスクが伴う。
魔皇力共鳴による結合同調には、精密な操作技能と術式把握のイメージ。
そして最も求めらるものが『根気』と『努力』である。
いかなる厳しい修練にも耐え切れるだけの根気と技を成功させようという
意気込みたる努力が必要不可欠となる。
もし失敗した場合、結果的に軽度なら肉体異常(筋肉痛や痙攣、頭痛、めまい
など)だけで済むが重度となれば……最悪の場合、肉体が崩壊し死に至る。
「なりませんっ!」
スレイドはそう叫び立ち上がる。
「その禁術を成し得たのは、初代ファンガイア王『ヴラド・ドラキュラ』様
とここにいる現ファンガイア王であらせられる音夜様のみ。それ以外は一切
いません。多くのファンガイアが禁術を自分の御業としようとしましたが、
結局は失敗。果ては命を失った者が大勢います。
たかが一人の少女の為に響様がそんな危険を冒すなど、私は『騎士』の役目
を担うチェックメイトシックスの当主の一人として見過ごせません!」
自らが背負った役目である『騎士(ナイト)』は、ファンガイアと人間、両者
の治安を守り、敵が来れば軍部組織を動かしこれを討つ。
それが『騎士(ナイト)』の使命だ。
例え罪なき者だったとしても、治安を脅かす『脅威』となれば敵とみなし剣
となりては、それを排除する。
しかし、小さき未来の王は言う。
「誰が何て言っても関係ない。私は……私は『王(キング)』として誰かを助ける。
王はいつでも誰かに自分を魅せて、魅せた分だけ背負い導く。一度決めたなら私は
どんなことをしてでも貫くよ。それが、私が受け継ぎ背負うと決めた『王(キング)』
の使命だっ!」
普段の彼女からは想像もつかない、凄まじい気迫に思わずたじろいでしまう
スレイド。
「そこまでです」
白熱していた両者の会話に水を差すが如く、ビショップであるアゲハが眼鏡を少し
持ち上げ、氷のように冷静な瞳でナイトと次期キングを貫く。
「このまま朝まで論争するわけにもいきません。最終的な決断はキング自らに委ねます。
では音夜様、議題の判決を」
「ああ、わかった」
音夜は聖壇の玉座から立ち上がり、この場にいる全員に宣言した。
「ここに宣言する! 俺が下す判決は『奏嬢ちゃんを何としてでも救い出すこと』だ!
よって響の提案を受諾する。無論、俺も手伝うから何も問題はないだろ」
本来ならば響でなく音夜自身がそうしてやりたいところだが、音夜は魔皇力共鳴を
二度しか成功させていない。
それが『禁術級の闇魔術』。
禁術と言うのは大抵の場合。最初は成功しようと、その後においても何度でも行使できる
保障はどこにもなく、一回か二回行使した程度で終わってしまうものが殆どである。
その殆どという法則の唯一の例外的存在は、ヴラドのみ。
音夜の場合は例に漏れず、その法則の枠に入られてしまっている以上、禁術行使を任せ
られるのは歴代でもウラドに匹敵し得る天才たる紅夜音夜の血を引く彼の娘。つまり、
紅夜響が直接的にやらなくてはならない。
その方が成功する可能性は少しでも高くはなる。
そういった意図も含めたキングの決断にスレイドは多少の不満は残るものの、現ファン
ガイア王が下した最終決定事項にはナイトと言えど意見などできず、渋々ながらも従う
他ない。
「では、これにて今宵の『召集』を閉めさせて頂きます」
ビショップの言葉と共に、魔性の者達による集いは波乱の風を多少なりとも吹かせた
ものの事無きを終え、幕を引くこととなった。