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「インベス。俺達はそう呼んでいた。お前達は戦うな。その装備が奴らに対してどれだけ有効なのか分からない以上、素肌に攻撃を受ければ植物に侵食されるからな」
重要な情報を小出しに、しかも軽く言うのはどうにかして欲しかった。
「ここで最初に遭遇した個体とは随分と異なってましたけど」
翼の質問に、タバコに火を付けながら答える貴虎。
「奴らは、進化前の個体だ。実を経口摂取する事でさっきの様な姿に変化する」
「こちらにいる科学者が、遺伝子操作された形跡があると言っていたのですが」
「ほう、そこまで分かったのか。その通りだ。この地球上で発生したインベスは、実を摂取した事で遺伝子操作された哺乳類だ。さっきのは、まあ有角類の何かだろう」
食えば人もそうなる、とまでは言わなかった。再三警告しているしから察しているかもしれないし、黙っていた事でキャンキャン吠えられるのも面倒だったからだ。
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景色は歩く毎に変わっているのだが、あまりに変化が無さすぎた。移動距離は分からず、時間も分からず、まるで進んでいる実感が持てなかった。大目的地はあれど、その前の小目的地も分からず、腹を満たした事である程度回復したメンタルはまたもゴリゴリと減っていた。会話出来れば多少は違うのだが、この状況でポジティブな話題が出てくる訳がなく、響は親友の未来に無性に会いたくなった。
貴虎が足を止めた。またインベスか、と身構えるが、そうではないようだった。
進路から些か外れた、まだ比較的露出部の多い民家。その門扉に、投げ出されている足が見えていた。生者ではない。無言のままにそこに近付くと、遺体が履いていた靴を片方脱がし、それを頭蛇袋の中に突っ込む。
「……何してるんですか」
「せめて俺が死ぬまでは、死んでいった者達を覚えておこうとしているだけだ」
「貴虎さん……」
「俺が殺したようなもんだからな」
泣き笑いの様な顔でそう言った。咄嗟に違う、と言い掛けたが、何の事情も知らない自分が言った所で無力であり、寧ろ神経を逆撫でするだけになるかもしれないと思い留まる。ならばせめて自分も覚えておこうと、響は貴虎の横に立つ。白骨化した遺体は、却って惨さを感じずに済んだ。
何故そんな事をするのかと、手を合わせる彼女を見ながら考えていると、クリスと翼も横に並び手を合わせていた。
「お前達が背負うものじゃない。余計な事はするな」
「嫌です。貴虎さんだって誰かに頼まれた訳じゃないんですよね。だったらわたし達も勝手にやります」
思いの外頑固だった。梃子でも動かないだろうと感じた貴虎は、早々に説得を諦め傍観する事にした。ふと、民家の裏手に視線をやるとかなりの遠方に光が差していた。太陽の光だ。漸く目当ての場所が見付かった事に安堵する。
「おい、いい加減に切り上げろ」
一言だけ言うと、さっさと歩き出す。いい加減その対応に慣れて来た3人は、特に文句を言わずに後を追う。すると直ぐに、進路の先に光が差している事に気付く。久しぶりに見えた太陽の光に、3人の顔に笑みが浮かぶ。いつまで経っても辿り着かない事に辟易とするのだが。
小一時間歩き、漸く光の下へ辿り着いたが、そこから見える景色は3人の想像とは全くの別物であった。樹木の途切れた道ではなく、高低差100m以上はある断崖絶壁。そして眼下に広がる文明の残滓。森は呑み込むだけではなく、このような地殻変動をも起こしてしまう事実に、果たして自分達の世界にこれが来た時に勝てるのだろうか、と不安を覚えた。
突然後ろで機械的な音が鳴り、風を感じた。何かと振り返ると、貴虎が浮遊しているバイクの様なマシンに乗っていた。ロックビークル、ダンデライナー。
「どいてろ」
3人が左右に分かれると、絶壁に向かって直進しそのまま飛び出した。ある程度距離を開けると、今度は垂直上昇し、視界から消えた。何をしに行っているのか分からず、唯一の案内人が見えなくなった事に心細さを感じた。そうすると、色々とネガティブな事を考え出してしまう。そもそも何故貴虎は助けてくれるのか、と。少なくとも悪人ではない事は確かなのだが、それを考慮しても自分達を助ける理由が彼には無い気がするのだ。過酷な子供時代を過ごしたクリスは今でこそ、響を始めとするお節介な者達のお陰で仲間を信じる事が出来るようになっているが、それは逆に言えば仲間以外の者が言う対価を望まない聞き触りの良い言葉は信用できないのだ。
ややすると、ホバーの音が聞こえ、貴虎が姿を現した。自覚できる安堵の声が漏れる。
「ユグドラシルの方角が分かった」
ダンデライナーをロックシードに戻すと、またさっさと歩き出す。自分達の間を通り抜けていく貴虎に、クリスは思い切って尋ねる事にした。
「なあアンタはなんであたし達を助けてくれるんだ」
「……お前達の世界はまだ終わってない。それだけだ」
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ユグドラシルまでの道程は一筋縄ではいかなかった。そもそもが長距離であり、加えて踏破しづらい道、障害物や高低差の激しい場所もあり、4日も費やす事となった。野営をせずに済んだのは、運が良いとしか言えなかった。
「あ、何か別のロックシードになった! これ何だろう? ミカン?」
「……オレンジだ」
「へえーそうなんですか! 味するのかな」
ワクワクを抑えきれないと言った様子で、いそいそとセットし、カッティングブレードを下ろす。
「どうだ?」
「味がする!」
「早く寄越せ」
オレンジロックシード。Aクラスに分類されるロックシードだ。貴虎も持っており、アームズとして使用した事もある。だが、味がすると言うのは知らなかった事だ。もしかしたら、手持ちのAクラスのロックシードも味がするのかもしれない。補給用として使用してしまうと、内部のエネルギーが枯渇しアームズとして使えなくなるのでやるつもりはないが。
3人は久しぶりに味覚を刺激され、はしゃいでいた。貴虎は壁際に座り込むと、調達していたヒマワリロックシードを装填しようとした。すると、目の前に響が寄って来ていた。
「はい、どうぞ」
そう言ってオレンジロックシードを差し出す。暫しその行為が何を意味しているのか分からず、手と響に視線を行き来させてしまう。そして何往復かして、自分にも味わえと言っている事に漸く気付く。
「いや、俺はいい。お前達で分けろ」
「そんな事言わずに!」
そう言うと貴虎の手を取り、強引に握らせる響。しかも使うまで離れない魂胆なのか、じっと見詰めて待っている。
この数日間でそれぞれのパーソナリティをある程度把握出来ていた。目の前にいる立花響は、お節介に強引と言った所か。断り続ける方が労力を使うと判断し、大人しくセットし、カッティングブレードで切る。
舌全体に広がる酸味。刺激を受け多量の唾液が分泌され、喉に落ちていく。そして盛大に咽せた。予想外の反応に響のみならず、翼とクリスまでもが慌てた様子で駆け寄って来た。何度も咳き込む貴虎の背中を摩る翼、オロオロする響、心配そうに見るクリス。次第に咳き込みが治まってくると、翼を手で制す。
「……久しぶりに味覚が刺激されて咽せただけだ」
今までとは違う沈黙が場を支配し、そして笑いが起きた。貴虎自身も相当間抜けだったと自覚があり、笑いを咎める事も出来ず、バツの悪そうに沈黙を保つ事しかできなかったが、久しく聞いていなかった笑い声は心地の悪いものではなかった。
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翌日は雨だった。ここが地球であり、降雨は気象現象として当たり前なのだが、その当たり前の現象が逆に違和感を覚えさせた。
天を覆う枝葉が屋根代わりとなって、雨のほとんどは地面まで降って来ないが、時折狙い澄ましたかのように襟に当たる。何故かその不憫な役の大部分を響が担っていた。当たる度に、うひゃあ、わひゃあと喧しいが、言っても収まらないだろうと、ハナから諦めていた。
緩い下りが延々と続いている。高低差100mの絶壁をゆっくりと降っているのだ。
ふと、体に当たる雨の量が増している事に気付き、頭上を見上げるとずっと空を隠していた枝葉の密度が下がっている事が分かった。視線を下ろし辺りを見回すと、樹木の間隔も広くなっていた。しかし生えていないのではない。半ばで折れたもの、根本を残し倒れているものと言った損傷した樹木が多いのだ。それは進むごとに増えていく。樹木だけでなく、地面にも大小のクレーターが散見された。
頭上の枝葉の隙間から、遠近感を狂わせるような建造物が見えた。植物に覆われながらも、その存在感を損なわない程に巨大なタワー。
「翼さん!」
何だ、と問うよりも先に足を浅いクレーターに取られた事に気付く。その存在を認識していながらタワーに気を取られ、注意散漫になっていた。踏み止まろうとするが、次第に歩幅が広くなり、転倒──
「気を付けろ」
する一歩手前で貴虎に腕を掴まれた。体勢を直した事を見届けると、それ以上声を掛けず歩き出した。
「……ここらは最前線だった場所だ。足元には気を付けておけ」
「すみません、ありがとうございました」
背の高い樹木がなくなり、一気に視界が晴れた。そこにある光景は、ただ植物に支配されただけよりも、凄惨なものだった。建造物はどれも破壊の跡があり、中には完全に倒壊しているものもある。道路に放置された車両は普通車両ではなく、戦車や装甲車と言った所謂戦闘用の車両が大多数だ。そして圧倒的に多いのは、横たわる遺体の数だった。既に白骨化しているが、ボロきれとして残っている迷彩柄から彼らが自衛隊員である事が分かる。
皆ここでインベスと戦ったのだ。そして全滅した。人類が戦争に負けたのだと、否が応でもその事実を3人に突き付け、それは戦慄と恐怖を抱かせた。
「何をしてる。早く行くぞ」
既に幾分か離れていた貴虎が声を掛けた。今はそのドライさがありがたかった。
さっきまでの森以上に荒れた道を歩き、ユグドラシルの麓に辿り着いた。正面玄関は破壊されている。世界有数の大企業の社屋であっても、壊れてしまえば外の景色と何ら変わらない。
「……これで端末は、そもそも電源は生きてるのか」
それが心配になる程の有り様だった。少なくとも、エントランスにある電気製品は全て沈黙している。貴虎に視線を向けると、受付のデスク下に潜り込んでいた。すると、壁の一部が埃を散らせながら開いていく。
「電気はまだ生きてるのか」
「この先にある非常用電源から取っているからだ」
体や服に引っ付いた、デスク下に溜まっていた埃を払っていく。因みに貴虎自身、その電源が生きている確証は持っていなかった。
階段を下り、電源の所に恙なく到着。スイッチを押すと、振動と音が起動を知らせた。やったあ! とハイタッチする3人。強引に参加させられるのも面倒なので、足早にその場を後にした。
「では昇っていくぞ」
「……どこまで昇るんですか」
「最上階だ」
「────」
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装者はノイズとの戦いに備え、日々の過酷な訓練を熟している。ギアなしでも同年代の男どころか、装者によっては成人男性を超える身体能力を備えている。しかし単純な体力が物言う階段昇りは、彼女達にとってこの上無い苦行であった。足は小鹿のように震え、汗は止まる事を知らない。ギアを装着していると、汗を拭う事も出来ず不快さも止まる事を知らない。その内ふと気付く。気付かないようにしていた事だったが、この状況に至った事で直視せざるを得なくなった。自分達はどれほど洗身できていないのだろう、と。恐る恐る腕を鼻に近付けてみる。
「…………オフロ」
絞り出された言葉が全てを物語っていた。それに気付いてしまうと、途端に貴虎の近くにいる事に羞恥を覚えてしまう。最上階に着いたら、どうにかして水を確保出来ないか、必ず確認しようと誓う3人だった。
因みに貴虎の鼻は、自身の匂いでとっくにバカになっているから、全く気にしていないのだが。
休憩を含め30分以上掛けて昇り切った一行。3人は床に体を投げ出し、流石の貴虎も頭上を仰ぎ呼吸を荒くしていた。
「少しそこで休んでろ。端末を確認してくる」
ひんやりしている床を堪能していると、不意に響が口を開いた。
「これ私の勝手なイメージなんですけど、貴虎さんってこの会社でも結構上の人かなって思うんですけど」
「恐らくそうだろう。あの戦闘技術と、頭の回転の速さから言っても一兵卒ではないだろう。指揮官クラスでもおかしくはない」
「それがどうしたんだよ」
「いや、本当に運が良かったんだなって思って」
「そうだな。……借りの1つも返せねえけどな」
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インベスが跋扈する森を、何の装備もなしに、軽やかな足取りで歩く男がいた。顔色は健康そのもの、服の汚れもなく、しかしそれでいて森との調和が取れてい奇妙な男だった。
遠方に望むユグドラシルを見て、男は言う。
「久しぶりの我が家だ。さて、貴虎はどうしてるかな」