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シャワー代わりに使える水はなかった。3人の乙女達はメンタルにダメージを負った。
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せめても、と貴虎から微妙に距離を取る事にした3人。あからさまに不審な動きだったが、それに突っ込む事もなく、モニタールームまで先導する。壁一面に所狭しと並ぶテレビサイズのモニターがあり、中央には巨大なサイズのものが設置されている。映像を映しているのは中央のものだけであり、それ以外のモニターは全てブラックアウトしている。
中央のモニターは衛生軌道上から見た日本全土を映している。全てがまるで塗り潰されたように緑一色。貴虎の言葉を疑っていた訳ではないが、証拠を見せ付けられると、心に暗雲としたものが広がっていく。
貴虎がコンソールを叩くと、小さなウィンドウが次々に開き、モニターが忙しく動き始めた。
「これは何を?」
「ギャラルホルンがエネルギーを持っていると言っても、エネルギー自体に種類があり、出力も様々だ。それを自動で設定しサーチさせてる。それと、ノイズが存在しているのかもだ。どれぐらい掛かるかは分からん。……このフロアのどこかの部屋に、非常用持ち出し袋があったはずだ。寝袋があったはずだから適当に休んでろ」
そう言うと、今度は別の端末の操作を始めた。手伝う事も出来ないため、貴虎の言葉に甘え、探しにいく事にした。ただこのフロアのどこか部屋、と言われても、ピンポイントで当てるのはまず不可能な部屋数だ。研究室や事務室に私室など、多様な部屋があり、まず今後見る事がないであろう大企業の見学ツアーは時間を潰す事に有効だったが、時間を掛け過ぎても疲れるので手分けして探す事にした。
モニタールームから一番離れた位置で探索を進めていたクリスは、突き当たりにある、それまでの私室とは異なる様相の部屋を見付けた。ドアは木製になっており、埃を被っているものの、それが豪華な造りであると一目で分かった。ノブを捻ると、多少のぎこちなさはあったものの、開ける事が出来た。
中央に木目調のデスクがあり、そこに伏せられた写真立てが置かれている。壁際には資料棚があり、上から下まで、右から左までびっしりと詰まっている。パッと見た限りでは持ち出し袋はなく、後にしようとしたが、伏せられている写真立てがどうしても気になり、足を踏み入れた。
換気されずに篭りに篭もった空気に歓迎される。
写真立てを手に取り、表に戻す。そこに写っているのは、今と変わらぬ無愛想な表情の貴虎と、少し緊張した笑顔の少年だった。たぶん弟だろう。日付は、侵略が始まる少し前のものだった。
肺に溜まっていた空気を吐く。これを見付けた時から、何となくそうなんじゃないか、という予感があった。
ここに来るまで、貴虎の口から身内の話は一切出ていない。写真を職場に持って来る程だ。大切に思っていなければやる事ではない。そして言及しない事が、この少年の安否の答えだ。
クリスも家族を殺されている。だから失う悲しみと痛みが分かる。そして貴虎は、救えなかった無力感に苛まされている。怒り、悔しさ、憎しみ。それらが心の内を焼き、焼き尽くして、彼は全てを諦めたのだろう。この世界が生きていれば、その傷もいつか癒えたかもしれない。だがこの世界は死んでいる。彼に寄り添える者は誰もいない。いずれ帰らねばならない自分達では、その役目は出来ない。なら彼は傷を抱えたまま、死ぬまで生きるしかないのか。
「そんなの、あんまりじゃねえか」
「クリスちゃーん、あったよ……どうしたの?」
彼女は涙を流していた。
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クリスの吐くような訴えを、翼は眉根を寄せながら聞いていた。大事な人を喪う経験は彼女にもある。どれだけ苦しいのか、1人で立ち直る事の難しさも知っている。だからこそ、やはりクリスと同じ結論に至ってしまう。もし貴虎がその傷に瘡蓋を作っていたなら、自分達のお節介は剥がす所か新たな傷を作りかねない。触れない事が一番正しいのだ。
「そう、だよね」
「でも!」
やはり響は納得しなかった。痛みを分かち合えずとも、何とかして寄り添おうとするのは彼女の美徳だ。しかしこの場合に於いては、それは最悪の結果しか齎さないだろう。
「立花、分かってくれ。彼がこの世界を離れられない以上、下手な事は出来ないんだ。……してはいけないんだ」
響もその言い分がこれ以上なく正しく、反論の余地が無い事も分かっていた。
「難しいかもしれないが、この写真の事は伏せていつも通りに接して欲しい。それだけでも、もしかしたら自分で克服する一歩に繋がるかもしれん。私達ではそう言うのは出来ないからな」
「……分かりました!」
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モニタールームに戻ると、貴虎は変わらず椅子に座りモニターを見ていた。居眠りせずに監視している事を鑑みると、やはり生真面目な性格なのだと実感する。
「貴虎さん、少し休憩しませんか?」
少しだけ顔を振り返させるて言う。
「いや、お前達だけで済ませてしまえ」
予想通り素気無く答える。そもそもロックシードを使えば、普通の経口摂取の食事と異なり、時間を全く必要としないのだ。一緒に摂る意味がない。
しかしそこで折れないのが立花響。ツカツカと詰め寄ると、椅子をギアの力に任せて引っ張り、貴虎が反応出来ぬ間に3人で囲ってしまう。キョトンとした表情の貴虎。初めて見せたネガティブでない表情。
翼とクリスに視線をやると、やれやれと言う一種の諦観のような表情をしていた。
「……この強引さはいつもなのか」
「そうだぜ。それで怒られる事もあるしな」
「だけど、救われてる者がいる事も事実です」
「そうか。……タバコ、いいか」
「良いですよ!」
先端に火が灯る。葉が灰になり、煙が吸い込まれる。背もたれに寄り掛かり天井を向く。吐き出れた煙は揺蕩い溶けていく。
「……お前の世界の事を教えてくれ」
「分かりました!」
ルナアタック、フロンティア事変、魔法少女事変、秘密結社による事件。そのどれもが世界の命運を左右するスケールのものであり、それを目の前に少女達が解決した事に驚きを隠せなかった。その中で幾つもの出会いと別れがあり、解り合えた者がいて、理解を拒んだ者がいて。どれだけの言葉と拳を重ねたのか。彼女達を侮っている訳ではなかった。戦闘に参加せずとも、警戒を怠らない姿勢から手練れであると感じていた。しかし予想以上だった。そして羨ましかった。
己の信念が間違いであったとは、今も思ってはいない。間違いであったのは、皆もその信念を当然のように持っていると思っていた事。言葉に出さずとも、それが当たり前の事だと思っていた。それが如何に盲目的な考えなのかを知らされたのは、全てが終わってからだった。
タバコを吸い切っていた。新しいものを取り出し、火を付ける。目の前で揺れ動く煙が、貴虎を過去に誘う。
気付けば、誰にも言った事のない懺悔と後悔の言葉が口から溢れていた。
「俺は、この森の存在をずっと前から知っていた。そのためにユグドラシルに入り、このドライバーを完成させる事に注力した。自分を犠牲にしても、人を犠牲にしても人類を守る。嘗ての親友もその思いは一緒だと思っていた。だが、種の存続の危機になっても、人は欲望を捨てられなかった。混乱に乗じて他国を侵攻した国家、狼藉を働く者。そして俺が親友だと思っていた男は、己の野望のために死ぬわけにはいかないと言って逃げ出した。あれだけ長い事一緒にいて、奴の考えを何一つ分かっていなかった。その結果がこの様だ。全てを失い、何も残らなかった。……もっと言葉を重ねるべきだった。そうすれば、何故奴がその考えに至ったのかも分かったかもしれなかった」
それだけではない。人員損失による戦力不足に陥った状況を見て、正義感に駆られ戦線に加わった若者達がいた。愛する家族を、友を守ろうと我武者羅に戦い、傷付き、そしてその果てに何も成し遂げられず死んでいった。貴虎は彼らと共に戦った。背中を守り、守られた事もあった。だが無限とも言える物量に加え、人知を凌駕する能力を持った相手に、心身の余裕は全くなく、貴虎は死んでいった若者達の名前さえ知らない。否、聞こうとさえしなかった。知ろうとさえしなかった。
導く立場にいたはずなのに、何もしなかった。もう顔も思い出せない。
「……お前達はそうはならないでくれ」
何も成し遂げられず、何も変える事の出来ない男の最後の望みだった。
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コンソールからビープ音が発せられた。皆が一斉にモニターを凝視するが、まだサーチを続けていた。
「ドライバーが完成したんだろう」
椅子から立ち上がりながら、何事もなかったように貴虎が言う。コツコツと自身が装着しているものを叩く。
「こっちと何が違うんですか」
「お前達に渡したのは、栄養補給の機能しかないものだ。戦闘機能のある物をお前達に渡す。ついて来い」
やはり反応を待たずに歩き出す貴虎。幾分か心を開いてくれたようだが、こう言った所は全く変わっていなかった。
「ありがてえけど、何で急に」
「……その内、勝手に飛び出しそうだからな。ロックシードを使えば、少なくとも生身で攻撃を受ける可能性はなくなる」
誰か、とは断定せずに言われた指摘に3人は互いの顔を見る。その自覚のなさに、貴虎は分かりやすくため息を吐いた。
「お前達全員の事だ」
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「そのギアとロックシードがどう相互影響を及ぼすかは全くの未知数だ。後でロックシードを渡すから試してみろ」
不謹慎な事は分かっているが、新たな装備を与えられた事に少々浮かれている様子だった。そんな年相応の反応を見せているが、戦闘となればこちらの指示にきちんと従うし、言われずとも周囲の警戒を行なっているのだから大したものだと感心すると同時に、
モニタールームに戻ると、サーチが終了していた。コンソールを叩き、結果を表示させる。
「……これがギャラルホルンのものかは分からんが、エネルギーが発生している地点が分かったぞ。ここから北西に20kmの地点だ。道の状況がはっきりしないからどれぐらい掛かるか分からん。体をしっかり休ませ、明日出発する」
「ありがとうございます。やはり、貴虎さんと出会った場所から相当離れてますね。何故こんな事が……」
「そう言えば伝えていなかったな。この世界は侵略の影響で、クラックと呼ばれる空間の裂け目が発生するようになっている。ゲートを抜けた直後にクラックを通ってしまったんだろう。厄介なのは開きっぱなしではないと言う事だ」
「だから落っこちた感覚があったんだ!」
「クラックは空中にも地面にも発生する。これが見えたら、そこには近付くな」
そう言い、モニターに写真を表示させる。空間に浮いている閉じられたジッパー。下手な合成写真のような滑稽さを感じさせるが、クラックのせいで死にかけた身からすれば恐怖以外の何物でもない。
「そうだ、ノイズは?」
「……ノイズは発見出来ていない。排除出来なければゲートは閉じない、と言ったな」
「ああ」
「なら一度自分達の世界に戻り、準備を整えろ。それで再度探索に来い」
「いや、その必要はないよ」
足音もなく、気配もなく、その声は突然背後より発せられた。あり得ない声。朗らかでありながら、その中に全てを見下す傲慢さを秘めた声。
「……凌……馬」
「久しぶりだね、貴虎」
旧知の友人に出会ったように、軽く手を上げている。記憶の中にある姿と何一つ変わらぬ姿。声も、顔も、髪も、服も、全てがそのまま記憶の中から抜け出して来たよう。だからこそ、貴虎は彼が人間ではないと断じた。あり得るはずがないのだ。無手で森を抜けられるはずがない。インフラが滅んだ世界で清潔さを保てるはずがない。滅びた世界で人間性を保っていられるはずがない。
その表情が、声が、服飾が、振る舞いが、貴虎を戦慄させ、恐怖させた。
──メロン!
「変身!」
必殺の意の元に無双セイバーが振り下ろされた。
「酷いじゃないか貴虎。久しぶりの再会だと言うのに」
動かず、恐れず。
壁を破壊し、ヘルヘイムの蔦が室内を奔り剣を絡め取る。僅かも動かせない強力な拘束。
──メロンスカッシュ!
破れず。その瞬間に彼我の戦闘力が隔絶したものであると判断した貴虎は、手を離し、後退しようとした。
「流石の判断力だ。だが、遅い」
天井を、床をぶち抜き、蔦が襲い来る。圧倒的な数が、貴虎を斬り裂く。吹き飛ばされ、モニター群に叩きつけられる。ダメージがスーツの許容を超え、生身のまま床に落ちる──
「間に合えっ!」
間一髪、響が受け止めた。
「その力、凌馬……貴様、インベスになったのか」
「インベス? とんでもない、そんな下級生物と一緒にしないでくれ」
凌馬の体から生えた蔦が、繭のように彼を包み込み、全てを変える。遺伝子が急速に変異し、皮膚を、筋肉を、骨を、神経を、
「オーバーロード。そう呼んでくれ」