蒼空ノ竜輝兵   作:雪国裕

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空を目指した青年は、今日もあの場所へ足を運ぶ。
青い思い出を飾る、白い花を携えて。


晴天の慣わし

 

 この広い大地には、様々な生物が命輝かせている。

 例えれば――

 地を駆ける生物。

 水を泳ぐ生物。

 そして、空を翔る生物。

 これらは多種様々だけれど、

 同じ命に代わりないんだ。

 

 この世界の理、生きるか死ぬか。

 

 世界は生と死のありふれる、そんな非情な場所かもしれない。

 しかしそれは確かに、世界のありのままを現しているんだ。

 残酷だけれども、それを受け止めなければいけない。

 そしてその中で人は、生きてゆかなくてはいけない。

 

 僕らが生きること。

 それは何処かで、必ず誰かを犠牲にしているということ。

 これを忘れてはいけない。

 だから。

 奪った命のためにも、僕らは生きなければならないんだ。

 

 命は繰り返し、永遠へとつながっていく。

 

 僕たちは生きている。

 そして今も。

 一つの命として輝いていくために、

 未来へと歩み続けていくんだ。

 

 

 

          蒼空の竜騎兵 僕らの生きること

 

 

 

 「…ん」

 どうやら転寝をしてしまったらしい。朧げな意識の中、「僕」は薄目の先に霞む景色を見た。

 その視線の先に広がっていた、雲ひとつなき青い空。

 彼は新緑の丘の上に横たわっていた。白い砂浜の奥、そう遠くはない海の中に、ぽつんとひとつ、遠くの離れ小島に佇む高い塔があった。

 それは彼の視界に、影となって映っている。

 ――ここに来てどれくらい時間が経っただろうか。そう考えながら目線を空に移す。

 広大な空はいつも無言だった。無言だったが、何かを伝えているように感じた。

 彼にとってここは特別な場所でもあった。この場所には……思い出が詰まっている。沢山とはいえない、少しだけの。しかしながら薄くはない、大切な思い出が。

晴れた日に、ここに来る。

それが一つの、彼の日課のようになっている。

 立ち上がって、それからゆっくりと深呼吸すると、瞬間、新鮮な空気が今まで靄のかかっていた意識を鮮明にしてくれた。視界は次第にハッキリとしてゆく。聞こえる音も、より確かなものになってゆく。意識が鮮明に成ることは、気分が良いが、同時――気分が良くもない。

夢見心地の気分が現実に引き戻される瞬間(とき)でも、あるのだから。

 ひゅう、と、心地よい涼しさが頬を掠めていく。その涼しさ、風は、薄着の間から感じられた。

 (…さて、そろそろ行くかな)

 心で呟いて、彼は歩き出した。その後姿には、どこか寂しさが感じられる。薄着の青年は何もためらうこともなく、まっすぐな足取りでその場を去ってゆく。

後、場に残されたのは、穏やかな風の声だけであった。

 

 

 小さな民家が立ち並ぶ中で、ひときわ大きい家がある。 豪勢とも言えるだろうか。立派なものだった。

 その家の前に、彼は居た。つまるところここが、彼の向かうべき、帰るべき場所なのだ。

 「ふぅ」

 ひとつ息をついてから、背負っていた袋を降ろす。

 西に傾き始めた太陽が、彼の顔を夕日色に照らす。風が吹き、抱えた白い花束の花弁と、彼のやや短めの金髪が風に揺れた。

 彼がまぶたを開くと、深い海のような美しい青の瞳が現れた。宝石のような輝きを持つ、綺麗な瞳だった。ただ、その中には虚ろな一面も見える気がする。迷いはないが――志の薄れた、どこか「なげやり」な眼差しにも見える。

 程なくして、彼は家門をくぐるのだった。

 

 彼の職業は狩人である。危険な生物を狩ることを専門とする、狩人だ。

 モンスターハンター。

 生きるか死ぬかの過酷な世界を駆け抜ける、怪物を狩る者――それがいわゆる、モンスターハンターと呼ばれる職業である。

 そんなハンターである彼らと、そうでない者とでは「差異」が存在するのが確かだ。それは色濃いものであり、世界の理と密接に関わっている。

 それは例えば、何気なく行っている「食事」の中でも、見つけることができる。

 狩人ではない一般人は普通、運ばれてきた調理を食べるといったことで、命を奪うとかそういったことを間接的に感じ取るだろう。

 しかし、狩人なるものの場合は、対象の命を奪うことを自身の手で行い、その様を、五感をもって感じ取る。“生き物の命を、自身の手で奪う”。

 よって狩人は必然的に、残酷な世界をより近くで知ることになる。

 

 彼らが繰り返す行為――殺生。

 狩りは決して「殺し」ではないが、形の上でやっていることは同じにみえてしまうゆえに、一般人の中にはその行為を批判するものも少なくない。

 そこで、差異が生まれるのだ。

 生き物を殺め続ける彼らに対して、人々は線を引く。

 

 当然ハンターを否定できる理由を、この世界の理に従っている者は全て、持つことは許されないのだろう。

 世界は回っている……永遠の輪を描いている。世界の輪廻の中で生きている者ならば、誰も何も文句は言えない。

 生きるためには必ずどこかで命を犠牲にしなくてはならないという、この世界の理。どんなに残酷であろうとも、それを受け止めなくてはならないのだ。

 ――生き続けるためには。

 しかし。例えそれを分かっていたとしても、実質ハンターの大半は「罪」の意識を拭えきれずにいる。それはやはり命を奪い取るという行為自体が、大方の人間にとっては厳しく、過酷なものなのであるためだ。ハンターは一般人となんら変わり無い、罪の意識もあるし、後悔もする。苦悩もする。

 しかしながら。

 彼らが、彼らでいられる理由がある。

 それはありきたりな、どこにでもあるようなものだが、それゆえに誰もが抱く権利を許されている。

 目標――言わば、志というべきもの。

 彼らは自らの目的を持ち、それに向かって足を進めてゆく。

 世に名を残そうと高みを目指す者。

 仲間と共に生き、それぞれの成長を喜び合う者達。

 己の腕を磨くため、さらなる強敵に立ち向かう者。

 貧しい日常生活を養うために、糧を得ようと日々努力する者。

 このような例を挙げれば、ハンターの数だけ存在する。志す内容、意味。その種類は様々だ。

だが同じことが言える。

 それは「このような様々な目的が、夢が、彼等を支えているのかもしれない」ということ。

 これが、彼らが、彼らで居続けられる理由。

 

 ――しかし、現実はそう甘くはない。

 危険な生物を相手にしている以上、生命の保証は誰も出来ない。実際に高名を夢見て死んでいった者は少なくない。

 いや、むしろ多い。

 ハンターの世界は厳しい。勇敢でも臆病でも、冷酷でも心配性であっても、結果的に自分の命をかえりみずに、怪物を相手に向き合わなければならない。例え、行き着く結末が終焉であったとしても。

 だからこそ、人は世の人々はそんな彼等に対して、敬意と畏怖の意を込めてこう呼ぶのだ。

怪物を狩る者――モンスターハンター、と。

 

 その一部として、一員として。

 そして一人のハンターとして、エレイサス・アークはここにいた。

 

 エレイサスは扉の前で立ち止まったまま、そこで一旦、動きを止めた。

 「……」

 無言のまま、エレイサスは玄関の戸を開いた。そして、暗がりの室内の一部を見る。

 「ただいま」

 誰も居ない室内に空しげに語りかける。居間に進み、そこにあるテーブルに小袋と、紙で包装された花を置く。

 そして近くの椅子に腰掛け、天井を仰ぐ。

 一面灰色の天井は、まるで曇り空のようだ。

 彼の部屋を見回してみれば、家の中は綺麗に片付いており無駄な物は少なかった。目立ったインテリアも装飾もない、どちらかというと生活に必要不可欠な家具などがその空間を多く占めていた。

 その例を挙げてみればタンスやベッド、食器棚など、本当に生活に必要なものだけだ。そうでないものといったら、道具をしまっておく箱や、鎧や武器を掛けておく骨組みなど、狩猟生活用の家具だろう。

 それらはどこか存在感があり、彼がハンターであることを示すかのように堂々と居座っていた。いわば、自らの腕を誇示するような代物である。見ず知らずの人間が入ってきたら、その存在感の大きさゆえにどこか、威圧感を感じるかもしれない。

 だがハンターの家は、こういった風景こそが普通なのだ。どこか威圧感があって、家自体は無機質で殺風景などというのは、ハンターにとっては普遍的な事。

 むしろ、様になっている。

 しかしそんな殺風景な家であっても、彼の家は目立っている。それはやはり彼の職、ハンターが関連している事を否めない。

 ハンターは一回大きな狩りが成功すると、数ヶ月ものの間何もしなくても暮らして行けるほどの収入を得ることが出来ると、そう言われる。大きな――危険な狩りを繰り返し成功させれば、おのずと大金が懐を埋めつくす。

 彼、エレイサスは、今まで得てきたそのような収入でこの家を建てた。それは言うまでもなく、ハンターという職業が可能にした事である。命をかえりみずに戦う者は、それ相応の見返りをもらう――多大な収入を得る。それこそ、若者が家を一軒建てても平気というくらいの。

 しかしながらハンターが皆、そうではない。この町に在住しているハンターは多いが、町並みから分かるように、ハンターかと言って皆、彼のような豪勢な家に住んでいるわけではない。成功しなければ、狩りが上手く行かなければ、いつまでも家は大きくならない。逆に失敗が続けば、最悪家は平坦な地面となる。ハンターは報酬が多大である反面、消費も損害も大きい。

 初心者は初心者の、中級者は中級者の、上級者は上級者なりの、その者に見合った家があるということだ。逆を言えば、家を見ればその者の実力も分かるということにもなる。

 この町のハンターの殆どは新人が占めている。逆に彼のような手馴れは、彼以外もう居ない。

 だからこそこの家は目立つ。

 豪勢だと。図らずもそう――みえてしまうのだ。

 エレイサス・アークは、見方によっては浮いてしまっているのかもしれない。

 いや実際、彼はこの町から浮いてしまっている。あるいはこの町のハンター達から、どこかで切り離されている、というべきだろうか。

 

エレイサスは目を瞑り、黙り込んでいた。それはまるで瞑想をしているようである。

静寂が室内を満たす。

(ひとり、か)

エレイサスは思う。

 ひとりきり。本当に「僕」だけの、ひとりきりの空間。

 ――それももう、慣れてしまった気がする。

 

 エレイサスは一人の時が多い。というよりも殆ど、始終一人だ。彼の狩猟形式は個人狩猟――ソロハント形式であり、ハンターになった頃からこの形はほとんど変えていない。 

 ただ、今では稀有なものとなってしまったようだ。

 彼がハンターになったのは十五歳。遡ること、およそ八年前のことである。

 あの頃はここにもハンターが少なかった。それゆえ、同一のハンターに依頼が殺到、集中していた…そんな時期でもある。

 

 昔の話をしよう。

 狩りを専門職にする狩人が少なければ少ないほど、一定の狩人がモンスター討伐を請負う頻度も当然高くなってくる。この町はその典型的なタイプだった。

 危険なモンスターを狩り、人の命を救う。それはたとえ間接的であっても、偉業に変わりない。人々はそんな狩人に、金を払った。助けて欲しいから。身を護るすべのない彼らは、すがる気持ちで狩人にモンスター討伐を依頼した。

 人を救うということ。もっとも、エレイサス本人はそんなおおごとには思っていなかったが、実質受け取る報酬金は大きなものだった。エレイサスは人を救ったという実感を、手元の報酬という形で得たのだった。

 それを日々積み重ねれば、とても大きなものとなる。エレイサスは日々の糧によって、裕福な生活が出来た。少なくとも、一般の人よりは数段、いい生活をしていたと思う。

 だが反面、彼は様々な傷を負う。依頼が集中すれば、当たり前だが危険な目に遭うことがある。その時の傷は大小数えては数え切れず、バラバラ、色んな箇所にあった。

 ハンターにとっては勲章とも言われている傷であるが、彼はそんな概念は持っていなかった…いや違う、そのような傷を気にかける時間も、余裕も無かったというべきか。依頼を請負うことに、手一杯であったから。

 それほどに、彼は始終忙しかった。

 だからこうして家に帰ってゆっくり羽を伸ばしてくつろぐなど、そんなことも稀だった。

――おおよそ、数年前までは。

 

 ここ数年の間か。ハンターという職業が普及したこともあってか、この町にも随分と多くのハンターが集まってきた。

 それから町は、新米ハンターの育成に力を入れはじめた。逆に、ここでもともと生活していた古参のハンターたちには、滅多に依頼が回ってこなくなった。いざ依頼が来るといえば、それは強力な、討伐の難しいモンスターを相手にするものなど、そんなものばかりである。

古参の者たちの栄光は、時が流れるにつれ廃れていった。

しかしながら、彼らはこれを「機」にする。古参のハンター達は町を離れ、腕の立つ者が集まる「街」を目指した。こうすることで、彼らは自身に見合った、居場所を手に入れようとした。

自分達の居場所は自分達で掴み取る――そういうものだ、ハンターという者は。

 目的のため、この町に別れを告げていった狩人達。その最後の一人を、エレイサスは覚えている。馬車の中から手を振り、次第に遠のいてゆく仲間の面影。

 そしてそれに「僕ら」は、手を振り返した。

 鮮明に映し出される記憶のページの数々。

 それらはまるで儚い夢のように、彼の脳裏に焼きついたままである。

 古参のハンターの中で唯一残ったエレイサス。

 彼はこの場所で狩りを続けている。

 町のハンターの中から、どこか浮いてしまった存在になった今でも。

そしておそらくこの先もずっと、続けるだろう。

 自分なりの「答え」が出るまでは、ずっと。

 ――エレイサスは目を開く。そこには灰色の天井があった。そして彼はしばらくの間、そのままでいた。

 やがて彼は視線を、仰ぎ見ていたそこからテーブルへと落とした。すると、視界にあるものが映る。

 「あ」

 はっと思い出したように、彼は紙に包まれた数本の白い花を手に取った。そして後ろの棚の上の、青い花瓶の前にそれを翳す。

 「フラン」

 彼の表情が、一見して楽しげで、そして悲しげそうに歪む。

 「明日は晴れるよ」

 そして彼は青い花瓶にすっと、白い花を挿した。

 

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