蒼空ノ竜輝兵   作:雪国裕

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 明日も明後日も、ずっと先も。
 彼女と共に青空を見上げられれば、それでいい。
 
 心の底に眠る不安を抑え込むように。
 明日――未来を考えながら、彼は思いを馳せた。


見上げた空に僕らは

 

 

 青い海と、青い空が冴える新緑の丘。その上で僕らは夢を語った。

 

 「僕は、一度で良いから空を羽ばたいてみたい。無理かもしれないけど、きっと…」

 子供っぽい夢を語る自分に、エレイサスは羞恥を覚えた。どういった経緯でこの発言に至ったのかさえ、今は忘れてしまうくらいに取り乱す、心の中で。

 「…なんて…馬鹿みたいだろ?空を飛べるはずもないよね。人間なんだし」

 彼は困り果てた顔で言った。前言を撤廃する意味を込め、ついでに身振り手振りも入れてみる。正直、恥ずかしかったのだ。こうして自分の夢を暴露するたびに、笑われて終わってしまうということを、知っていたから。

 しかし傍らの彼女は、微笑んだ。

 「偶然って凄いわよね。私と同じ夢を持っていたなんて」

 「…え?」

 からかわれたのか、と一瞬思ってしまう。むしろ警戒…疑心暗鬼になる。それほどに彼女の発言は、エレイサスの予想から遠ざかっていたのだ。

 現実感が遠のく。そんな言葉が相応しい謎の感覚がエレイサスを包む。

 「実は、私も空を羽ばたいて見たいなぁなんて、思っていたの」

 続けて、彼女はごく自然に言う。

信じられなかった。

 「え、本当?」

 湧き上がる期待を抑えずにいられなかった。エレイサスは即、そう聞き返す。

 「本当よ」

 彼女は深く頷いて、言う。どうやら、本心らしい。彼女は冗談を良く言うけれども、言う場をわきまえている。だからエレイサスは、彼女を信じてみる。

 「…へぇ…本当…偶然って凄いや」

 彼女は自分より、一つ年上。そんな女性が自分と同じ夢を持っていたのだ。こんなにも子供っぽい夢を、この彼女が。

 まず、それに驚いた。

 そして同時。いやそれから少し後に、嬉しさがこみ上げてきた。

 自分の持つ考えに共感してくれる人が、すぐ傍にいるのだ、と。その感覚を直に感じられたような、そんな気がした。

 

エレイサスにとって、彼女はかけがえのない人であった。

 風になびく、長いベージュの髪。

 澄んだ綺麗な、大きな緑色の瞳。

 細身で色白という、一見して軟弱にも見える身体。

 しかしながらそれに反して強い意志を持った、

 今も、優しい面持ちを自分へ投げかけてくれている女性の名は、フラン。

 

 彼女は綺麗で、そして優しかった。

エレイサスはどこか気恥ずかしくなって、うつむく。

しばし沈黙が続いたが、

 「折角だし、その夢を叶えましょう、ね?」

 唐突に、フランが口火を切った。彼女の言葉に、再び、エレイサスは現実感が遠のく。夢見心地というかなんというか、幸せな気分だった。

 ――しかし、そんなこと。

 「そんな…だって」

 エレイサスは困惑した。自分が言ったのは、「大空」を翔るという限りなく不可能に近い夢。明らかに現実の範囲を超えているのだ。

 「いいの」

 フランは言う。

見れば、彼女は優しい笑みを浮かべていた。とても、儚げに笑っているように見える。エレイサスは確信した。

――彼女は知っているのだ。

そして、自分も。

 それがどんなに、儚い夢だということを。

 

 「時間を掛けてもいいから。私たち二人だけの夢…約束にしましょう。ね?」

 フランは、すべてを包み込むように言った。

 「…わかった。約束するよ」

 気がつけば言葉が出ていた。柄にも無く強気に。それはエレイサス自身、信じられなないことであった。この自分が今、「不可能を可能にすること」を、約束したのだから。

 「よかった」

 それを聞いてフランは安心したようで、綺麗に微笑む。彼女の笑顔は素敵だった。

 「でも、どうやったら人は飛ぶことが出来るんだろう」

 エレイサスは言った。

 

 この時代、飛行技術などほぼ無かった。いや、どこかの王国にでも行けば見つけることが出来るかもしれないが。

 どちらにせよその様なことが難しいことに変わり無く、さらに彼らの身近では、そういった技術の結晶は皆無で、空を飛ぶということ自体が信じられない夢のような話であった。いささかの実感も、沸くものではない。

 しかしながら、彼は「飛行」という情報を小耳に挟んだそれだけで、期待を、憧れを膨らませていったのだ。

 

実感の無い広大な空への、思い。

いいや、厳密に言えば空への憧れの「対象」は、世界のどこにでも存在していた。

 

 「人に空を翔る翼はないわ。だから、乗り物かしらね」

 「そうだね。飛竜のようには飛べない、僕らは人間だから」

 子供のような夢を大人のように考えて、

 現実的に話を進める二人。

 人は空を飛ぶことは出来ない。それは人として生まれた時点で、決まっていたことだ。人に、空への権限は、もとより与えられていない。

しかし与えられたものへ憧れを抱くことは、できる。

その対象が、天かける――飛竜(ワイバーン)だった。

人が決して手の届かぬ碧空を縦横無尽に駆け巡る、生命と力の象徴。

 大空を翔る天空の覇者たち。

 

 そして、彼らの恋焦がれる「空」への憧れを膨らませた存在。

 エレイサスがハンターを目指した契機。それは、自らあの飛竜たちより近くに寄ってみたい、そして戦ってみたいという、そんなほんの好奇心だった。

 そして彼女フランも、飛竜への憧れを抱いていた一人だ。空を駆け巡りたいという思いがあるとは、今の今までエレイサスは知らなかったのだが、どうやらそういった思いがあったから、彼女は時折「私がハンターだったら」と言っていたのだろう。

 

 しかし、彼女は彼と違って、ハンターにはなれなかった。病弱な身体が災いして、願いを叶えることが出来なかったのだ。出来ることなら、彼と同じハンターとなって、エレイサスと世界を駆け巡っていたかったと、彼女は言っていた。

ハンターという生業の厳しさを知らないフランに、果たして本当にハンターになる覚悟があったのかどうかわからない。

 ただ、彼女に「活発に生きていたい」と健気に願う気持ちがあったのだということは、エレイサスにも分かった。

 

 そんな彼女に何かしてやれないだろうか。

考えた結果、エレイサスは自分の狩りの話を聞かせることにした。

不器用ながら言葉を紡いで、必死に話す。全ては、彼女を楽しませてあげたかったから。お世辞にも上手いとは言えなかった彼の話を、フランは決して嫌がることはせずに聞いていた。

 むしろ、楽しげに。

 

 手強い飛竜を討伐した時の、達成感。生きている実感。

 可愛い飛竜のヒナの神秘的な姿に、おもわず見とれてしまったこと。

 この地方では珍しい飛竜を、森で見た事。

 美しい水晶の柱を、洞窟の奥で見つけた話。

 この町へ訪れた、憧れのハンターの話。

 自分が実際に見て、触って、何も体験できなくとも。彼の持ち帰ってくる土産話と、傷つきながらもここに無事帰ってくる彼の姿、笑顔を見ることで、彼女は元気になれた。

 

 「あのね、エレイサス」

 高鳴る鼓動。フランは意を決したように、言う。

 「私の事、どう思う?」

 刹那の沈黙。

 「…え?そんな、どうって言われても…」

 エレイサスはその後、口を閉ざしてしまう。困惑していたのだ。

 「…一緒に居られると、嬉しい」

 エレイサスは間をおいてから、照れくさそうにして言った。

 彼なりの、愛情の言葉。好きか嫌いか、そのどちらかをハッキリさせろとは言わない。ただ、曖昧でもいいから、フランは彼の愛情を感じたかった。

 エレイサスの照れ隠しの仕草の一つ一つを見て、フランは微笑を浮かべる。

 「ありがとう…私は、もっと嬉しいわ…」

 大きな喜び。それは彼女の顔に確かに表れていた。

 沈黙の中。

 徐々に。そしてごく自然に。二人の距離が縮まっていく。

 互いに鼓動を早くして――

 「おーい!」

 その声で二人は一気に、大げさに離れる。

 「あ、すまん」

 場の空気に、その人物は謝った。

 向こう側から慌ただしい様子で駆けてきたのは、男だった。この男は、この町で依頼を受ける係で、ハンターを見つけては依頼を受けてくれと声をかけてくる。この町ではハンターが少ないから、断るに断れず、殆どの者は受注する。

 もちろん、エレイサスも。

 「お取り込み中悪いんだが、緊急の依頼が入ってな。竜が、すぐ近くの森に出たらしい。今から…準備してくれないか…ハンターは殆どが狩りに出て行ってしまっていて人手が足りなくてな…頼む」

 まだ息を荒げている男は、エレイサスに懇願するように言う。流石に、これを断るとは言えない。

ちなみに、エレイサスはこれを断ったことは一度も無い。仕事に関しては、彼は抜け目が無いのだ。

 「なるほど。それで、どんな飛竜?」

 「ああ…閃光を発していたという…」

 エレイサスは確信する。

 「ゲリョスだ」

 猛毒を持つ毒怪鳥。

 ゲリョス。

 その毒は、それこそ毒を弾く鎧をまとっていないものであれば、たった一分足らずで瀕死に陥らせるといった、劇毒だ。

 そもそも自然界のモンスターの毒は皆、自身と同じような怪物(モンスター)を相手にするものである。だから、人間など簡単に死に至らしめてしまうのだ。

 ――狩られる前に、狩らなければ。

 直感的にそう思って、エレイサスは立ち上がる。

 「わかった、急いで行くよ」

 「助かる…至急品は後で持たせるから、準備が出来次第来てくれ」

 そう言って、男は足早に戻っていった。

 「そういうことだから…じゃあ、またね」

 エレイサスは小さく手を振ってフランに言う。それを見るフラン表情は少し、悲しそうだった。

 行って欲しくない。

 まるで、そう物語っているかのように。

 「ええ。きっとまた、会いましょう」

 フランはそんな中でも必死に笑顔を作った――彼にはそう見えた。

 「あ、エレイサス!」

 走り出そうとしたエレイサスを呼び止めるフラン。

 「え、なに?」

 エレイサスは「なんだろう?」と思い訊いた。

 「その…あのね」

 フランは一度躊躇うが、口を開いた。

 「どうか、無事に帰ってきてね。貴方はその…大切な人だから」

 

 

 森の中は相変わらず、鬱蒼と生い茂る草木で覆われていた。巨木から地面へと伸びる根は、余所見をしていれば足を取られてしまいそうだ。

 そんな悪条件の中でも、彼ら…ハンターは幾度の経験によって順応し、その場を自分達の狩場としてしまう。

 エレイサスは森の中を駆けていた。

 彼の背中にはランスと、それと対の盾が背負われている。鎧とは別に外付けされた、背中の固定具にしっかりと固定されたそれは、黄金の輝きを放っていた。

 その槍の名は〈バベル〉と言った。

 「いた…」

 エレイサスがそれを見つけるや走りを止め、それからはそろりそろりと慎重な歩みで、茂みを進んでいく。彼の視線の先に、今回の目標(ターゲット)が首を伸ばして、辺りをうかがっている姿があった。

ややずんぐりした暗めの青紫色の体。巨体の割には少々控えめな翼。大きな出っ張った金槌のようなトサカに、ガラスで出来たような目。尻から飛び出た細い尻尾は不規則に揺れていた。

 毒怪鳥ゲリョス。このモンスターは正確には飛竜ではなく、鳥竜種に分類されている。どちらかというと、外見は鳥に近い。だが、能力、生命力は紛れなく「竜」だ。

 エレイサスはしゃがみこんで、徐々にゲリョスに忍び寄る。兜の面貌を下ろし、その縦の隙間から向こうを窺った。慎重に、なるべく見えないように、茂みに身を潜めながら。

 エレイサスの鎧は赤かった。燃えるような赤…と攻撃的な色をしていて、同じく攻撃的な形状をしている。そういうこともあり、ここでは少々目立ってしまう。

 〈レウスシリーズ〉。

 ワイバーン、火竜リオレウスから作られたものだ。狩りに慣れた者でも倒すことは難しく、強力な飛竜種に分類されている竜である。

 

ハンターであるからには鎧の素材は自分で集めなければならない。

 それは――簡単なことではない。

 鎧に使える素材を選び抜き、結果、持ち帰れるのはごく一部の素材だけだからだ。上質な鎧を造るには、上質な素材を選び抜き、それだけを持ち帰る必要がある。

 それは一頭からごく一部しか取れないことが殆どである。一式揃えるには、一、二頭では足りないのだが、エレイサスはそれを、現在四頭狩っていた。

 

ゲリョスの目が、ぎょろりとエレイサスを睨んだ。

 見つかったのだ。

 ギャアアア!

 奇声を上げて、ゲリョスはその場で飛び上がり、驚いたように羽をばたつかせた。

 滑稽なこの動きでも、巻き込まれれば致命傷になりかねない。竜の何気ない動作の一つ一つ、それが人間にとって脅威なのである。

 ゲリョスは首を左右に振り、無茶苦茶な態勢になりながら突進してくる。

 

その体が進むたび、前方の木々の枝は折れ跳び、宙を舞う。

 その足が地を踏みしめるたび、地は深く沈み込み、地響きがおきる。

 

もう、エレイサスの目前までに迫る巨体。

 勢いをまるで殺さず、地面に滑り込むようにして倒れこむゲリョス。前方の木々はへし折れ、ぬかるんだ地面は削られて宙を舞う。

 ゲリョスは起き上がりすぐに首を回し、辺りを見回した。獲物はいない。

 そのとき。黄金の槍が突如ゲリョスの背後の草むらから現れ、その脚を突いた。エレイサスの〈バベル〉による下段突きだ。しかし傷は浅い。少量の血しぶきが飛ぶ。

 ゲリョスの外皮の肉質はゴム質である。弾力に富んだそれが、攻撃の威力を軽減させてしまう。更にタフでしぶとい。そのために持久戦になることもしばしばある。

 

 狩りを長引かせるのは危険だった。体力の多さも回復速度も、向こうが圧倒的に上であるから。いや、そもそも人間と竜とでは、体力面ではとても勝負にならない。必然的に、狩りが長引けば長引くほど、戦況は人間にとって辛いものとなる。

 無論であるが、エレイサスは毛頭狩りを長引かせる気などなかった。

 

 ゲリョスは頭を伸ばして、硬い嘴でエレイサスをついばもうとするが、彼はそれを後ろに跳び避け、隙の出来た頭に一撃を加える。火花が散り、矛先がトサカを僅かに削る。その後、一旦距離をとる。

 すると、その後すぐゲリョスは身体を回転させ、尾を振り回した。遠心力を得て伸びたゴム質の尾は、ムチのように広範囲に振るわれた。辺りの木々に当たっては、太い打撃音を残してゆく。少し遅れていたら、これにぶたれていただろう。

 回転をやめ、ゲリョスは自分が獲物を見失ったことに気が付く。急いで獲物を見つけようと向き直るが、居ない。

 「ここだ!」

 木陰の奥から、槍を構えて滑走してくるエレイサス。ゲリョスの背後へ接近、槍を突き出す。勢いの乗った矛先は細い尾をやすやすと貫通し、ゲリョスは悲鳴と共に傷口から多量の血を撒き散らした。

 弱点は首や尾といった、皮の薄いところ。エレイサスは常にそれを意識し、好機をうかがっていた。反撃を盾で受け流し、再びそのときを待つ。

 ランスは矛先で攻撃するゆえ攻撃できる範囲が狭いが、リーチを活かし弱点をピンポイントで狙えるといった利点がある。

 そして、技術があればそれも真価を発揮する。

 二度、三度、四度と、「弱点のみ」に攻撃を加えるエレイサス。

 彼は見た目、細身でありながらこの大槍を巧く扱うことが出来る。攻撃を的確にガードし、攻撃を受け流す。攻めに転じるときは勢いを乗せて、弱点に重い一撃を加える。まるで槍を手足の延長としているようだ。この全ては積んだ経験によって実現されたもの。

 ゲリョスは怒っていた。それは人間と同じく…いや、生物ならば「怒り」の感情を覚えるものは、居ても当然。

 それは竜も例外ではない。ゲリョスは目の周りを真っ赤に充血させ、口からは毒の息を霧のように漏らしていた。それは、吸い込んだだけでもその瘴気に侵されてしまうほど強力な毒の霧。

 動きは俊敏になり、怒りにまかせて攻撃は荒っぽくなっていた。

 こうなると防戦に移行するにほかない。エレイサスは盾を構えたまま移動しつつ、不規則な攻撃を防ぐ。

 ゲリョスはこちらに走ってくる……と、突如エレイサスの目前で立ち止まる。

 カチン、カチン。金槌上の「それ」が音を立てた。

 ゲリョスは自身のトサカを打ち付けることで、強烈な「閃光」を起こすことが出来る。それをまともにくらえば、目をやかれ一時的に視野を失うことになる。と、そんな強烈な光が目と鼻の先で放たれるのだが、ゲリョス自身は特殊な目の作りのおかげで無事なのだ。

 それが今まさに今――行われようとしていた。

 ゲリョスは翼を広げ、胸をそらす。予備動作だ。

 ギン!と鈍い音が鳴り、閃光は起きなかった。その代わりに、ゲリョスの悲鳴が辺りにこだまする。

 バベルの矛先がトサカを折り飛ばしたのだった。この器官がなければ、閃光を起こすことも出来ない。

 ギャアアアアア!

 奇声を上げて、ゲリョスは毒液を辺りに撒き散らす。痛みからなのか、それとも怒りからなのか。それは全く判らない。

 口から吐き出された毒液を盾でしっかりと防ぐ。当たった部分はジュウと音を立てて煙を上げるが、なんら気にはしない。

 相手の体力は底を尽きているはず。

 エレイサスは攻撃のすべてを全て弱点へ叩き込む。

 ――決める。

 エレイサスは跳ぶように勢いをつけ、ゲリョスに突進する。

 「はあっ!」

 腕に渾身の力を込め、エレイサスは槍を突き出した。それはゲリョスの胸部を突き、やがてゲリョスは…だらりと力が抜けたようにその場に倒れ、力尽きたのだった。

 エレイサスは念のため、ゲリョスに近寄り恐る恐るその顔を覗きこんでみる。

 ゲリョスは時たま、危機が迫ると「死に真似」をしてハンターをやり過ごすことがある。また、油断して近づいてきたハンターを強襲することもあるのだ。

 だからエレイサスは確認をした。

 ゲリョスは、虚ろな目をしていた。それは、出会ったときからなんら変わっていないように感じる。いや実際、何も変わっていない。

 しかし、エレイサスは直感的に感じる。倒れているゲリョスもう、「ここ」にはいない、と。

 現に、しばらくたってもゲリョスはピクリとも動かなかった。

標的の死と、自分の生。

それらを悟ったエレイサスは、そこでようやく力を抜いて槍を背中に収めた。

 

 

 すっかり暗くなった道を、月明かりを頼りに進む。曲がり角を曲がり、すぐに自分の家が見えた。

 家の前に女の人が立っていた。

 確認するまでもない――やはり彼女であった。

 「…おかえりなさい…」

 震えた声で言うフラン。それは決して、寒いという理由からではない。

 理由は分かる。

 不安感だ。

 それも、「行く側」と「待つ側」の溝から生まれる、底知れぬもの。

 「ただいま…帰ったよ」

 それが分かっていても。実際に立つ側になって見なければ、相手の心境を理解することなど出来ない。彼には今は、「ただいま」と言い、自分が無事五体満足で戻ってきた――その姿を見せることしか出来なかった。

 それ以上は、出来ない。

 病弱で、そもそも外出していることさえ苦である筈の――そんな彼女が、自分の帰りを待っていた。

 その事実が、嬉しくて、怖い。

 ――僕らの周りに取り巻く生と死は、いつと決まり無く訪れてしまうものだから。

 ふと。今日の狩りを思い出し、そんなことを思ってしまう。

 僕も彼女のいつか、そうなってしまうんじゃないか。

 (いや……そんなこと、考えるべきじゃない)

 「フラン。明日も僕の話を聞いてくれるかい?」

 「もちろんよ」

 

 「…ありがとう」 

 

 明日も明後日も、ずっと先も。

 彼女と共に青空を見上げられれば、それでいい。

 

 心の底に眠る不安を抑え込むように。

 明日――未来を考えながら、彼は思いを馳せた。

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