蒼空ノ竜輝兵   作:雪国裕

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まだ朝早く、目覚めている人もごく僅かであろう町の中。

一軒の家の一つの部屋の中から、鈍い金属音だけがどこか誇らしげに、響いてきていた。



かの地へ赴く狩人二人

 

 

 翌日の早朝。まだ朝早く、目覚めている人もごく僅かであろう町の中。一軒の家の一つの部屋の中から、鈍い金属音だけがどこか誇らしげに、響いてきていた。

 

 エレイサスは狩りの支度をしていた。

 今は、鎧の下に着る鎖帷子を着込んでいる最中である。

 彼は今まで殆どの狩りは一人でこなしてきた。討伐したワイバーンは大怪鳥、毒怪鳥、岩竜、水竜、火竜と、どれもこれも一筋縄にはいかなかったが、この地で見られる全ての種類を狩った。

 だが、今日の狩り。それは、「いつも」と違う。

 久しく行っていなかった多人数狩猟(パーティハント)での狩り。

 だが、不思議と不安はない。唐突に持ちかけられたこの依頼にも、自分は拒むこともなく、むしろ快く承った。

 全く持って不思議だったと思う。

 そして今、自分は自信すら感じられるのだ。今、湧き出て自分を突き動かしているものは、心の奥底に眠っていた何か特別な感情…心情。いわば狩人としての「信念」というものなのだろうか。エレイサスはそんなことを思いながらも、身支度を進めるのだった。

 

 ガシャ。

 鈍い金属音が鳴る。エレイサスは雄火竜リオレウスの素材から製作したグリーヴを履く。そして次いで手回しよく、胴、腕、腰の順に〈レウスシリーズ〉を装着してゆく。

 彼の鎧は、彼の軌跡そのものを物語っているようなものであった。

 鎧は新たな狩りの再、何度も壊して何度も直して、その繰り返しだった。

 その過程で生まれたのが今のものだ。彼の鎧は市販の物とは少々造りが変わっている。右手の篭手が通常よりも大きめに作られており、特異な形状をしていた。

 さらに胴鎧の右肩も変わった形状をとっており、左と比べると少々アンバランスさを感じさせる。

 しかし、その鎧にはちゃんと意味があった。

 

 「よろしく頼むよ、ミラージュ」

 エレイサスの言葉の先にあるもの――それは共に歴戦をくぐりぬけて来た友のような存在。

 〈竜輝槍ミラージュ〉世界に一つだけ、彼だけの槍。唯一無二の彼の右腕。

 白と銀を主とした美しい容姿の槍に、同じく銀と白の盾。基礎となる槍〈バベル〉に、この地方でのみ採取可能とされている貴重な鉱石をふんだんに使い、強化と改良を加え、完成させたもの。完全にエレイサスのオリジナルである。

 白く光り輝く鉱石は属性に対しての伝道力に優れているが、彼の槍の場合は属性を搭載していない。そのかわり、鉱石自体の純度を高めてある。その硬度と貫通力は他の武器を寄せ付けないほどの業物だ。

 槍の名は鉱石の別名(あだな)から来ている。槍自体、目立った装飾も施してはいないが、逆にそれがどこからか美麗さをかもし出し、盾と槍の形状から、どこか幻想的なイメージを連想させる。

 

 エレイサスが槍を持ち上げると、風の音のような優しい音をミラージュは奏でた。鋭く天を突く塔のような槍身が窓から差し込む日光を反射させ、白金の輝きを放つ。

 エレイサスはそのままミラージュを体に引き寄せて固定する。すると、彼のレウスメイルの右肩、右篭手の形状がピタリとミラージュの凹凸に固定された。

 この鎧のアンバランスな形状は槍を安定させ、攻撃を重くするためのもの。

 「はっ!」

 一突。テーブルと椅子の間の空気を鋭く裂く、矛先。

 「よし」

 エレイサスは気合を入れ、ミラージュを背中にしっかりと固定する。ずしりと背に重みがのしかかるが、それが確かに自分の生きている証を物語っていて、また、嬉しさでもあった。

 ヘルムを被る。視野確保の為、面貌はあげたままだ。そこから覗く青い瞳は、海のように澄んでいる。

 まるで、彼の今の心境を表しているかのように。

 

「準備は出来たか?エレイサス」

 どうやら、迎えが来たらしい。声に導かれるように、エレイサスは近場の戸を開いた。

 「あれ…」

 見回してみる。だが、その姿が見当たらない。

 「おう。こっちだぜ」

 吹き抜けの窓から首を突き出して、声がした方向を見る。玄関の方だった。武器であるヘビィボウガンを地面に置いて、それに寄りかかっているザンが居た。彼は全身を黒い金属鎧に包み、腰周りに多種の弾丸を装備、背中には膨らんだ革の鞄を背負っている。完全武装だった。

 「ようっ」

 片手を挙げ挨拶するザン。

 「おはよう」とエレイサスは答える。

 「自信満々だね」

 「ふふん。まぁな」

 自信に満ち溢れた彼の姿に、エレイサスは安心した。どうやら、心配は無いらしい。

 もちろん自分も、だが。

 

 「おまたせ」

 やがて扉が開き、赤い鎧の男が姿を現す。

 「準備完了。万全だよ」

 「おう、それはいい。んじゃあ、出発しようか!」

 二人は歩き出した。

 「久々だけれど、よろしく頼むよ」

 「ああ。こちらこそ、頼むぜ」

 お互いにそう言い合い、

 そして、彼らの狩りが始まった。

 空は雲ひとつ無い澄み渡った青。それは彼らを見守るかのように、優しい微笑を浮かべていた。

 

 

 離島までは結構な距離があった。ザンによると、あの場所は潮の満ち引き――潮が引いた時に行けるらしい…。イマイチ信じがたい話だが、今はそれを信じるほか無い。

 そんな心境の中、エレイサスは確かに見たのだ。

 青い海の中の「道」を。

 

 「…道が出来ているね…うっすらだけど、海面に近づくとわかるよ」

海面に寄り、エレイサスは言う。

 「信じて無かったろう?全く…」

 ザンは肩をすくめ半ば呆れたように言う。

 普段は行けないと思っていた離島。だが、現在はザンの言ったとおり引き潮で、海岸からうっすらと、一本道が出来上がっていた。

その道は…エレイサスは海中を覗き込む。この道は、昔に滅びた都市なのか否か…今は海底に沈んだ遺跡となっているのだが、その一部なのだと思う。もしかするとあの塔は、かつて都市であったここが沈んだ際、唯一地表に残ったものなのかもしれない。

 「でも、少々危なっかしい気もするね」

 エレイサスがそういうと、ザンは直ぐに遺跡の上に乗って、歩いていった。

 「大丈夫さ。ほら!この通り!確りしてるだろう!」

 小さな水しぶきが宙を舞う。

ザンは遺跡を踏んで、踏んで、そしておまけに蹴ってみせた。いや、やりすぎているとも流石に思うけれど。エレイサスは苦笑する。

 とにかく、彼の言うとおり、その「道」は揺らぐ様子は無かった。

 「まあ俺は泳ぎも得意だから、泳いで行けるけどな」

 「鎧の重さがあるから泳げないと思うよ…それ重そうだし」

 エレイサスのもっともな答えはザンの肩を落とさせた。

 「そうか…こんな秘密がこの町には…」

 エレイサスはしみじみとした口調で呟く。

 「それより、もたもたしてないで今のうちに渡ろう」

 確かに海の気まぐれで潮は変わる。わたっている途中に波にさらわれて海の藻屑になるのはごめんだ。ここはザンの言葉が賢明だろう。そうエレイサスは考え、応えの代わりに深くうなずく。

 そうして二人は島へ駆け出した。

 

 今、二人は荷物を背負っており、その中身は狩りに使用する道具など多く収納されていた。加えて、それぞれの鎧、武器、それらを合計した重量は決して軽くはない。

 むしろ、重い。

 ザンの武器である大型銃、へビィボウガンは結構な重量があり、さらに撃ち出す弾を持ち運んでいるため相当な重さがかかる。同じくエレイサスも接近武器最大の重量を誇るランス、及び盾を背負っているため、その総計重量はザンのそれを上回っている。

 だが、彼らはハンター。生きるか死ぬか、狩るか狩られるか。こんなことで弱音を吐いていられない。

 足を止めたら終わり、だから止まらない。

 そうやって彼らは今日まで生き抜いてきた。

 

 ザァ。

 一際大きな波が音を立て、派手に水飛沫を上げた。

 その波が消えると、その向こう側には座り込む二人の姿があった。

 途中、不安定な砂の足場に足を取られながらも、二人は無事離れ小島に到着した。今立っている足場は砂ではなく、確りとした硬い岩地だった。やはり遺跡の一部の捉えるのが、筋というわけか。

 「つかれた…スタミナ切れだ」

 「そうだね…意外と遠かった…」

 島に着くや否や、二人は気の抜けた声を上げた。だが、その眼にはやる気の一片も欠けてはいない。すぐさま飛び起きて、前を見た。

 「――って、でかっ!」

 彼らの目の前には、遺跡、巨大建造物が佇んでいた。ザンが驚くのも無理もない。

 「でかいだけではないようだね。何より……高い」

 見上げるだけで空と面(かお)が平行になりそうになるほどに、巨大な塔であった。

 エレイサスは建物物に寄っていく。これが作られてからどれだけの時間がたったのだろうか、相当古いものだと伺える。しかし外見に反して、建物は脆くはないようだ。風化している部分はあるが、内は案外確りしている。

 所々崩れた壁の隙間からは無造作に生えた緑が顔をのぞかせている。建物への侵食の心配はあったが、どうやら大丈夫そうだ。

 「見たところ生き物は……いそうだ」

 エレイサスは一通り見渡した上の感想を述べた。

 ここに生態系が完成しているとことは、ここへ至るまでの道中、ザンから聞いた情報から証明済み。まぁ少なくとも、真実であるならばの話であるが。

 

 仮に真実であるならば、

 草を食べる虫や草食竜たち。

 それを食す小型肉食竜たち。

 そしてそれらを食す、「飛竜」が棲んでいてもなんらおかしくはない。

 

 「エレイサス」

 呼ばれて、エレイサスは振りかえる。

ザンの顔は引き締まっていた。眼差しは強く、真剣そのものと言ってもいい。

 「ここから先、なにが起こるかわからない。最悪、今までの経験が通用しないかもしれない」

 「ああ。それは十分、承知している」

 エレイサスは深く頷いた。

そして悟る。

「引き返すなら、今のうちだぜ」

重ねて、ザンは言う。

彼は、いざ現地に着いて不安を感じ始め、引き返そうとする――そんな臆病風に吹かれたわけではない。自分がここで嫌だと言えば、彼はそれで納得して一人で上って行くだろう。

彼はおそらく、ここで最終確認を行おうとしているのだろう。半強制的に連れてきた人間に、後悔をさせないように。

いずれにせよそんな気遣いは、自分が依頼を承諾した時点で、限りなく無効となってしまっているのだが。

 エレイサスは口を開く。

 「もちろん、そんなつもりはないよ。というより、ここまで来ておいて引き返せというほうが難しいよね」

 「よし、決まりだな」

 ザンは「やはり」といった風に笑った。

 「さて。んじゃ…潜入調査開始といくか」

 ブンブンと腕を回すザン。

 「まず…入り口を探すことが重要、と学者は言うだろうなぁ」

 だが、それはあくまで学者視点。そんなルールは彼らに必要は無い。

 なぜなら、彼らはハンター。野を駆け、山を登り、谷を降る。道具あれば利用し、道具なければ自らの力で道を切り開く。

 ただ、それだけのことだ。

 「ツタが生えているぜ、エレイサス。早速登ろうか」

 塔の壁には、太く丈夫そうなツタが多く生えていた。ザンはこれを手綱として使い、上へ登ろうというのだ。

 「僕が先に登るよ」

 そう切り出したエレイサスは、颯爽とツタにつかまった。

 エレイサスがツタを使い上へ登っていく。これだけの重装備のエレイサスでも、このツタはびくともしなかった。

確りとしている。

 エレイサスはさらに登り、登りきってザンに合図を出した。

 「大丈夫みたいだ」

 「おっけー。じゃあ俺ものぼるぜ」

 ザンも登ってくる。

こうして、彼らはこの塔の中へ入る。

そして二人はそこで、その先に広がる光景を見た。

 『おぉ……』

 ほぼ同時に声を上げた。

 開けた平地に、草食竜〈アプトノス〉がいたのだ。温厚な性格な彼らは、主に食用とされている。警戒心は薄く、エレイサスたちが近寄っても逃げることはなく、生い茂っている青草を休まずに食んでいる。

生態系の完成は、ここにもありえる。そんなことを感じさせてくれる事実であろう。

 「いこうか」

 今は食料に困っているというわけでは無い。エレイサスはそのまま素通りする。

 「ああ、そうだな」

 ザンも賛同してその後を追う。

 

 ――無駄な狩りはしない。これはハンターとしての心得だ。無駄な狩りはただの虐殺となり、その尊厳を失わせてしまう。大地への感謝、命への敬意を持ってこそ、はじめてハンター、狩る側になれる。

 しかし、誰かが生きているということは、間接的に命を奪っているということにもなる。

 だがしかし厳しいながらも、それが自然の掟、理であるとエレイサスは考えていた。死を選ぶことは、自分の存在で命を失った者への罪。

 生きることに誇りを持たなければならない。

 彼女も、そう言っていた。

 

 石造りの道をしばらく進むと、再び開けた場所へ出た。

 「あれ」

 エレイサスが指差して言う。

 先に階段のような物…いや階段が見える。上階へ進むためのものだろう。

 「…こりゃあ螺旋階段だな。そういや学者が、望遠鏡で見たとか言っていたな」

 彼の言葉通り、その階段は螺旋状になっていた。この塔はフロア毎に別れていて、階段で上階へ行くらしい。

 「はぁ…こりゃ気が重くなってしまうな」

 ザンは“へにゃり”と、力が抜けたように足腰の関節を屈めた。もう一度、先ほどの締まった表情を見せて欲しいとエレイサスは思う。

 「早速へばってどうするのさ」

 エレイサスはザンに語りかける。

 「うそ、うそ」

 ザンはお茶目に言う。エレイサスはため息をついて「全く」と腕を組んだが、すぐに解いて「まぁいいか」と呟く。

 こんなやり取りも、悪くは無い。

 「いくか」

 「いこう」

 そうして二人は未知の遺跡中を進んでゆく。

 

大きな塔の中、

 小さな狩人達の背中は、大きい。

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