蒼空ノ竜輝兵   作:雪国裕

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「…感謝しなくては、命にね」

まるで今、ハンターの一歩を踏み出したかのような気持ちになった。

それがどこかおかしくて、そしてなにより…誇らしかった。


それぞれの生命(いのち)の色を

 

 「こりゃあ決まりだな…エレイサス」

 ザンが実感の籠った声で言う。向かい側のエレイサスはそれに頷き、もう一度足元の手掛かりを見た。

 「ああ、やっぱりここにもいたね」

 

 二人が塔を登り始めてから二日が経った。

 肉食モンスターが見当たらない場所を探し、交代で見張って野宿した。食料は近場のアプトノスを狩ってその生肉を焼き、それを食べた。

 

特に問題も発生せず、安定したペースで二日は過ぎた。

狩りには主に、指定された制限時間がある。しかし今回はそれが無い。ゆえに時間に追われることは無かったが、だからといってのんびりしてはいられなかった。

 狩場では当然、通常の日常と違って疲労がたまりやすい。特に、精神面で。

 時間がたてば、疲労がたまれば、おのずと張り詰めた緊張感も緩んでくる。ここでは何が起きるか分からないから、それは致命的だ。

 

 ここは未知の場所だった。塔は縦だけでなく横にも広く、迷うこともしばしばあった。どのような生物がいるのかなどが記された書――せめて地図があって、道が定まっていれば一日ほどで上れたのかもしれない。が、そんなものは一切無かったので、できない。

 今エレイサス達の居る場所は高かった。窓から顔を出して外を見ると、もといたところが、本当に小さく見える。また、上を見上げると、最上階を確認することができた。

 

 一つ、確信できたことがある。それは唯一情報として耳に入っていること。そして、目標でもある。

 「飛竜」の存在である。

 登りの最中、彼等は鳥竜種、小型肉食竜に何度か出くわした。彼らは適応力が強いのか、ここにも生息しているようである。

 誰彼構わず襲い掛かる危険な性格を持ち、しかも俊敏で狡猾であるから侮れない。出会えば当然、戦闘になる。逃げ場の少ない階段内で、しかも上階を目指すならば倒して進むしかない。

 行く手を阻むものを倒しながら…彼らはこの未知の遺跡を進んできた。

それが、だ。今見えている地面の上には、ザンとエレイサスどちらかが手を加える事も無く、数頭が絶命して転がっている。

 近辺には巨大な足跡が見られた。それに重ね小型肉食竜はどれも切り裂かれるか黒焦げか、どちらかの形で亡骸となっている。

 また、階の天井や床に大きな穴が開いていた。それは丁度、飛竜が通り抜けることが出来るくらいの大きさであった。

 これらはここには何らかの「飛竜」が存在するという、その裏付けになった。その確信は、それまで特に変わった事の無い平凡な塔登りの中で、彼等に少なくない衝撃を与えた。調査目的は「それ」であったにせよ、本来このような事実は信じがたいものであったから。

 

 飛竜の存在の他、おおまかな種類まで判明した。

 登っている途中に何度か真っ黒に焼け焦げた草木を見つけた。注目する点は、焼け跡は直線的だったということだ。

 まるで奇麗な直線を引いたように大地が焦がされている。こんなことが出来るのは、おそらくあの飛竜。

知っている限りで挙げられる、その可能性を含む飛竜。

 雄火竜〈リオレウス〉。

または雌火竜〈リオレイア〉。

 火竜とも呼ばれるこの種は、文字通り口から火炎弾を吐き出すことが出来る。その弾道は直線的だ。それに火竜は適応力が高く、様々な地域に分布する事で知られる。更に翼も発達しているので、ここを行き来することも容易い。

「火竜ならば、ここに居てもなんら間違いとはいえない」経験上からはそういった結論に行き着いた。

そしてそれには、二人ともども異議はない。

ただ、「見たこともない」という学者の伝えた言葉だけが、唯一引っ掛かっているのだが。

 「どっちだろうな」

 「うーん」

 ザンとエレイサスは両者首を捻る。

 リオレウスとリオレイアの違いは、色形はよしとして、雌が「地の女王」、雄が「大空の王者」とそれぞれに冠しているその異名にある。行動の違い、という方が分かりやすいだろうか。

 

 「地面に足跡が少ないな。…ってことはリオレウスの可能性が高いってことじゃないか?」

 ザンは言う。

 

 雄であるリオレウスは、その巨大な翼を駆使した空中戦を好む。かわって雌のリオレイアは強靭な脚を使って大地を駆けるという、それぞれ対照的な特徴がある。それゆえに、判別も安易だ。

 仮にここに棲むのがリオレイアなら、足跡は当然多くつくはず。だが、ここにある足跡は二つだけだ。

 飛竜が降り立つとき、その着地の際に付けられたものとわかる。おそらく、ザンの言ったとおりリオレウスのものだ。空中から襲い掛かり、着地した後に残った獲物を火炎で倒したのだろうと、二人は推測を立てる。

 

 しかしそれだけではまだ断定できない。この痕跡を残せるのは、リオレウスだけではない。リオレイアもまた、この痕跡を残すことが可能といえば可能なのだ。

 特に今回の例外を含めた場合だと、それは判別の余地がなくなる。

 

 「よほどのことがない限りそうなると思うね。第一、今の時期にリオレイアは活動しない」

 エレイサスは言った。

 

 彼の言葉は決め手となる事実だった。それは今が、モンスターたちが命を育む繁殖期であるということだ。

 この時期、雌であるリオレイアは子育てで忙しくなり、巣穴に篭り滅多に外には出てこない。子を護るためにだ。そして、巣穴を作る際には、リオレイアは決まって山岳地帯の洞窟や、森の中に露出した岩場などを好む。それは、どういう理由からかは分からないのだが、そういう決まりなのだ。たぶん、子を育てる都合上、なんらかのメリットがあるのだろう。

 この塔は飛竜が子育てをするには、かなり不安定な環境下である気がする。子育ての上でメリットが有るか無いかという点においては、この塔にメリットは無いと思えた。

 ならばおそらく、

 「雄火竜か…」

ザンは呟く。

結論は一つに行き着いた。

その場にどこか、硬い空気が漂う。

 空を制する竜と、地を這い蹲る人。この時点で優劣はついているというのに、相手は空を駆ける事を得意とする雄の火竜なのだから、当然と言えば当然だ。

上級者でも侮れない相手ゆえに、緊張感が生まれる。しかしその緊張感は、大事なものだ――狩りを行うにおいては、絶対不可欠ともいえる、大切な。

 ザンはバックパックから弾丸を腰のベルトへ装着した。そしてそれから、ボウガンの機構を何度も、確認した。暴発などの危険性を含むこの武器を、「来るべき時」の為に安全、万全の状態に整備しておくために。

彼は心の準備を整えている…それはまた、エレイサスも同じだ。

 

 「…ランポス系統とご一緒したくはないな」

 エレイサスはそう、苦笑いしながら言うのだった。

ザンの言った、「ランポス系統」とは小型肉食竜・鳥竜種を指し示す。それら一頭の強さはそれほどでもない。油断でもしなければ脅威でもない。しかし彼らは力の代わりに数で、群れで狩りを行う習性を持っている。それがハンターにとって厄介であった。というよりも、避けるべきである。

 飛竜と共に彼らが現れると、危険が何倍にも増すのだから。

 「まあ、そのときはそのときだ」

 「そのときって…」

 暢気に言うザンに少々呆れるエレイサスであったが、それが彼なりのリラックス方法なのであろうと思った。緊張しすぎることもまた、危険に繋がる。

そもそもザンは、乱戦を許す気などさらさらない男なのだから。やはりあの言葉は、自己暗示というリラックス法なのだろう。

 そうして彼に次ぐように、エレイサスは心落ち着かせるべく、深呼吸をした。気持ちを落ち着かせた後は、一歩、そして一歩と先へ歩みだしてゆく。

 

 所々コケの生えた長い階段を進むと、やがて最上階と思わしき場所が見えた。開けた向こう側の景色から、光の束が湧き出ている。どこか、幻想的な光景であった。

 その先には何があるのか。着々と近づきつつある真実に、エレイサスは目を細めた。

 「さて、どうなっているのか」

 ゆっくりと歩きながら、その入り口を通り抜けるエレイサス。

 瞬間、彼は風を感じた。

 辺りには緑が生い茂り、先を見れば小さな池もある。おそらく雨水が溜まって出来たものだろう。

まるで楽園。

 そこは生物が棲める十分な環境になっていたと思う。辺境地だからこそ、このような常識では考えられない場所も生まれたのだろう。人の手に触れられることなく、この景色はこうやって残ってきた。

 心安らぐ。

そうしてエレイサスは一瞬、気を緩めてしまった。 

 ――何かが、いる。

途端に背筋に緊張が走り、ただならぬ気配に静かに後ろを振り向く。

 見れば、ザンもまた同じ気配に気づいていたようだった。

 

 …グルル…

 低い唸り声。

 人のものではないその唸り声は、嫌というほど耳に不快感を与える。唸り声は近くなって、気配は更に強くなった。荒い鼻息がはっきりと聞こえる。まるで、もう隣に来ているかのようだ。

 (やはり、いたか)

 曖昧な気配の「それ」は、そのときを境に明白な実態になった。しかし「それ」は彼らの予想していたものとはあまりに違っていた。

 (なんだ?あれは…)

 岩石に背を預けるように身を隠していたエレイサスは、己の目を疑った。

 筋肉質な脚。

 雄々しい巨大な翼。

 刺々しいフォルム――シルエット。

 それらは確かに、リオレウスなのだが。

 雄火竜リオレウスは赤銅色の甲殻や鱗。その中に稀に黒い鱗が混じっている。それがリオレウスの――普通の体色であった。

 だが、ここにいるそれは甲殻、鱗ともに黒。さらに通常赤に黒い模様が入っている翼膜は、その模様が見えなくなるくらいに黒く変色している。艶を完全に消したそれの体色の姿はまるで暗闇を具現化しているようであった。

 それの放つ圧倒的な威圧感を二人も感じずにはいられなかった。息を呑んで、二人はレウスを窺う。

 そのとき、視線を感じたのかレウスの青い目が動き、

 こちらを睨んだ。

 ゴギャアアアアアァオォン!!!

 『ぐおっ!』

 大気を震わせる轟音が、咆哮が。辺り全てを一挙に襲う。その振動に思わず二人は耳を塞ぎ、体は竦んでしまった。両者共に必死に体を動かそうとするが、人間が本能的に持つ恐怖からの束縛は、簡単には解けない。

これだけは経験を積んでも克服できない……人の弱みというべきもの。

 それでも。

 「…ぅうおおおおおお!!」

 体の硬直を先に解いたのはエレイサスのほうだった。咆え、自らの気魄で全身の筋肉を無理矢理動かす。前方へ踏み出して、やや体勢を崩した状態のまま進む。数秒経って、それから自由に動けるようになった。

 まずい。

 束縛を解き、自由になった彼はその眼に更に悪状況を見た。

 エレイサスの眼に映る漆黒の王者は、火炎を吐き出す準備をしていた。リオレウスの鼻から、辺りの空気が一気に吸い込まれていく。

 ――エレイサスは急いだ。

 

レウスは次の瞬間、首を前方へもたげた。

口の中が眩い光に包まれる。

 球状の巨大な紅蓮の塊が、ザンを目掛けて撃ち出されたのだった。

 これは通常のレウスの吐くものよりも、はるかに大きな火球であった。まだ硬直が解けていないザンは、逃げることはできない。

 「…くそったれ…!」

 かすれるような声でザンは呟き……目をつむった。

 刹那、目の前で轟音と共に爆発が起きた。身を焦がすような熱風が荒れ吹き、辺りの草木を焦がしてゆく。

 ザンは目を丸くして、その光景を見ていた。

 煙が徐々にはれてゆき、前に薄っすらと人影が見えた。煙の中には、赤い鎧の男が銀色の盾を構えていた。

 ザンは自分が生きていることを実感する。――仲間に護られたのだ。

 「…ありがとう、助かったぜ」

 彼は感謝して言葉をかける。エレイサスはその言葉に振りかえることはしない。

 「宣戦布告、というわけなのか?」

 エレイサスは言い放った。それは凛とした声だったが、冷汗は頬に点々として、彼の隠し切れない緊張を物語っている。武器も、構えを怠っていない。

 前方のレウスは、唸り声を上げながらも、その場を動かずにこちらを睨んでいる。まるで「かかってこい」と言っているかのように。

 エレイサスは煤けた鎧の表面の汚れをはたき落として、鋭く細めた瞳で真っ直ぐレウスを睨む。

 臨戦態勢。

 「まったく、たいしたやつだなぁお前は」

 冷汗をかきながらもザンは心で彼に称賛の言葉を送る。エレイサスの後姿はまるで歴戦の狩人にも見えた。

 「負けてはいられないな」

 ザンは表情を引き締める。そして背負っていたヘビィボウガンを展開、銃口を眼中の獲物へと向ける。

 「…行くよ」

 「了解」

 

 自然界ではあり得ない事なのだが、レウスはまるでこれが勝ち負けのある闘いであるかのように、彼らが身支度を終えるのを待っていた。

 やがて、動き出す漆黒。

 グルル…

 レウスは一つ唸り、こちらの用意が出来たことを悟ったかのようにゆっくりと動き出した。

 徐々に速度を増す巨体。

 その強靭な足で地を蹴り、エレイサス目掛けて突撃してくる。エレイサスは背を向ける形で、ザンからレウスを引き離すように走り出した。しかしこのままではエレイサスはすぐ追いつかれてしまうだろう。何せ人と竜とでは、体の大きさも脚力の強さも、すべてが違うのだから。

 しかし無意味、というわけではない。それには、それ相応の意味がある。

 「こい…」

 ザンは展開したボウガンのスコープ内をじっと睨む。そこに浮ぶ十字の標準がそのまま彼の視界となる。引き金に指をかけ機会を待つ。そして、チャンスはすぐにやってきた。距離、弾速、風力、敵の速度。彼のガンナーとしての経験が、感覚が、自身に「撃て」と命令する。

 プシュン…。

 銃口に取り付けたサイレンサーが消音機能を果たし、発砲時の音を抑える。おかげで、向こうに先読みされず……避けられることもない。

 空気を切り裂きながら放たれた弾丸がレウスの頭に直撃する。さらに着弾した弾丸はいくつかの子爆弾になって顔全体を爆風で包み込んだ。

 

 ガンナーは剣士には決して出来ない遠距離攻撃――射程内なら武器を「飛ばす」ことができる。ザンはエレイサスが注意を引いているうちに、その無防備な頭に爆撃をお見舞いしたのだ。

 「効いた、か?」

 ザンは反動に数歩後ずさりしながらも、心中で必中を確信した。

 だが。

 確かに最高の距離を計り放った。その一撃はレウスの顔を捉えた筈だった。しかし現状、それはあまりにも無情な結果だった。

 「おいおい…こりゃ驚いたな」

 彼の放った〈拡散弾〉は直撃の際に爆薬が分散し、広域爆発を起こす強力な爆薬弾。小型とはいえ、爆弾と同じだ。

 だが、向こうのレウスはほぼ無傷――見た限りではそう判断できる、それだけであった。だがそれと引き換え、その行動が、向こうの怒りを「引き出してしまった」。

 グルルルァァァア…!!

低い唸り声を上げながら、レウスは地面を筋肉の塊のような脚で掻き、威嚇している。飛竜の中でも知能が高く、自身の存在にプライドを持つ種故の怒りだ。口からは常に火炎がほとばしり、眼は怒りで焦点が合わなくなっているように見える。

 だがその間、一瞬だがレウスの動きが止まった。

 その隙をエレイサスは逃さなない。間髪いれずレウスに接近し、ミラージュを素早く引き抜いた。そして、渾身の突きを腹に突き出す。

 鮮血が噴出し、自身の立っている地面を赤く濡らした。

 だが、浅い。

 噴き出した鮮血を頭から被りながら尚、エレイサスは攻撃を止めない。勢い良く振り回させる尾を、一瞬で見切り、屈んで避ける。

 当たれば鎧ごと叩き潰される一撃。それが身体を掠め、肩の装甲が吹き飛び、宙を舞う。それを気にも留めず、エレイサスは更に踏み込み、少しでも足元が狂えば踏み潰されてしまうであろうという巨大な脚の間を潜り抜け、レウスの背後に回り込んで、素早く胸に上段突きを放つ、渾身の力で。

 放たれた突きが捉える箇所は胸部。

 一発目は狙いが逸れ、周りの甲殻に弾かれてしまう。四方に火花が散った。弾かれた反動で後ろにのけぞるが、すぐに態勢を立て直す。

 尾撃が来た。今度は避けずに、構えた盾でうまく角度をつけ、受け流す。硬い鱗と金属が火花を散らし、それがヘルムにかかるが、気にも留めず彼は続けて突く。

 二発目。胸に直撃した矛先。手ごたえは、まだない。

 もう一度。

 その僅かな隙間をもう一度、突く。胸を守る鱗が四方八方に飛び、傷口から血しぶきがあがる。

 巨大な脚が彼を踏み潰さんと地面を蹴ってくる。それを巧みに避け、バックステップで後退し、エレイサスは一旦レウスと距離をとった。

 エレイサスは再び突っ込む機会を窺う。出来るだけ相手の背後に回るようにして、レウスの周りを回る。

 青い目が、エレイサスを睨んだ。

 レウスは跳躍する。翼を使ってではなく、その筋肉質な脚でジャンプしたのだ。一瞬の出来事に、エレイサスは驚き、何が起こったのか把握が出来なかった。

 瞬間。物凄い地響きと共に、王が、エレイサスの真正面に降り立つ。

もうその距離は、ゼロとも言えるほどで。

 レウスは首をもたげた。

 轟音。

 地面がそこだけ抉られる。まるでそこだけ「その音」に支配されてしまったような、凄まじい音が鳴り響く。

 砕け、弾ける大地。瞬間、そこは火焔に包まれた。レウスは翼をはためかせて宙を舞い、後退する。それとは逆方向、黒煙の尾を引きながら地面を無様に転がるエレイサス。

 「ぐっ、あ…!」

 寸前で盾を構えたおかげで、直撃は間逃れた。間に合ったのは幸運だったろう。

 熱風が鎧の隙間から身を焦がす。何メートル吹き飛ばされたのだろうか。彼は何とか立ち上がった。

 同時、左腕に嫌というほどの激痛が走る。

 寸前で盾を構えたおかげで、直撃は間逃れた。間に合ったのは幸運だった。

 だが。

 「これは…まずいな」

 痛みは確かにもう…腕が長続きしないことを物語る。

 「まだ戦いは始まったばかりだというのに…」

 エレイサスはこみあげる不安を口にしながら、レウスへ焦点を合わせた。

 見れば、ザンが一人でレウスを引き付けてくれている。だがガンナー故に、彼の防具は剣士用のものよりはるかに脆い。

攻撃を受けた際の、その結果は簡単に予想できてしまう。

彼が簡単にやられるとは考えられないが、その考えをあのレウスに対しても当てはめてしまうことは、あまりにも危険なことだ。

いいや。そもそも「大丈夫である」などといった保証など、狩場にありはしない。

 エレイサスは切迫した思いで走り出した。

 〈ミラージュ〉を構え、エレイサスは突進攻撃のモーションをとる。大地を疾走し、みるみるうちにレウスとの距離が縮まってゆく。

 狙うは脚。

地面を高速で駆け回る、その機動力を奪うために。

 その姿を目に留めたザンは攻撃を止め、再び距離をとった。ザンが所定の位置についた瞬間、エレイサスの突進からの突き出し攻撃がレウスの脚に命中する。火花と血飛沫が交互に舞い、穂先はレウスの脚に切り傷という形でダメージを与えた。

 レウスが怯む。

 エレイサスはその隙に後ろ側へ回り込み、脚の付け根に二度突き出し攻撃を加える。エレイサスはサイドステップを踏んで回避し、離脱しようと試みるが。

 尾による攻撃が来た。

 瞬時に盾を構える。

 「ぐっ!」

 エレイサスは後退した。ガードしたものの、腕には鋭い痛みが走る。直接骨に響いている気がした。

 更にレウスはエレイサスと向き合い、その巨大な口で噛み付き攻撃を加える。鋭い牙がずらりと並んだ巨大な口が、標的を飲み込まんと開く。

 ミラージュの盾がそれとぶつかり、火花を散らす。だが人間と飛竜だ。力比べの結果は言うまでもない。

 エレイサスはその場でひざをつき、体勢を崩してしまう。次にはおそらく追撃が来る。顔を上げてみれば、既にレウスは首をもたげかけていた。

 来る。

 思わず手で身をかばったエレイサスの前で、先程とは違う音の爆発が起きた。目を開けてみると、レウスが胸元から黒煙を引き、怯んでいる。それから一拍空けて、今度は違う音が辺りに響き渡った。ザンのボウガンが火を噴く。レウスへの追撃だ。

 狙うはエレイサスの攻撃した部位、胸部。先程まで弾かれていた銃撃は、今は確かに効いていた。それは強固な甲殻がそこだけ剥がれているためと、ほかにも理由があった。ザンは甲殻にダメージを与えるために、貫通力に優れた〈貫通弾〉を装填、撃ち出していたのだ。

 そしてそれを、防御の薄い首から腹にかけて連射する。弾丸はどれも弾かれることなく、次々と肉に突き刺さった。

そして刹那、血を噴く。

 「俺なら大丈夫だ。だからここは任せろ」

 駆け寄ったザンが、エレイサスの耳元で囁く。自分がレウスと距離を詰め、そして攻撃した理由を、彼は悟っているらしい。

 「…ああ、頼んだよ」

 エレイサスはそう答えて岩陰に身を隠した。そしてしばらくの間ザンに戦闘を任せ、自然回復を待つことにした。

ザンは攻撃を紙一重で避けつつ、銃弾を撃ち出し、少しずつだが、着実にレウスにダメージを与えている。そしてそれは同時、レウスを焦らせ、翻弄している。それこそ、先ほど攻撃を仕掛けていた標的への追撃を忘れるほど。

だからこそこうして、今、休んでいられるのだ。

 「なんてヤツなんだか」

 思った以上に手強い相手だと思った。あの追撃といい、標的を狙う精度といい、並みの飛竜では到底できないであろう。並外れた、とこかタイプの違う竜なのだろうか。それとも闘いに熟練した、そんな竜なのか。

 いずれにせよ、あの飛竜が相当な業の持ち主であることは間違い。

 エレイサスの脳裏に形のない「死」の文字が浮かび上がる。

 (駄目だ、そんなことを考えるな……!)

 首を振り、嫌な想像を振り切る。

 しかし皮肉にも、状況は悪化していた。

 

 ザンが辺りを見回している。レウスを見失ってしまったのだ。

 エレイサスは視線を走らせた。

 右。 

 左。

 いや上――空だ。

 「ザン!上だ!」

 思わず槍を置き、駆け出すエレイサス。

 間に合わない。

 間に合うか――間に合わせてみせる。

 「ぐ」

 間一髪。エレイサスはザンを突き飛ばし、滑空攻撃は彼等の頭を、ぎりぎり掠めて逸れる。一瞬でも遅かったら、ザンの首がもげていただろう。

 レウスは再び上空へ舞い上がっていった。

 「危なかった……」

 呻き、ザンが起き上がった。そこでザンはやっと彼――エレイサスに助けられたのだと認識する。

 「ありがとう、助かった」

 「ああ」

 刹那。

 彼等の真上に巨影が翳った。

 あの黒い巨大な。

 「しまっ――た」

 レウス彼の周りに円を描くように火球を何発も地に吐き出す。

 轟音と共に爆撃とも言える火炎弾が地を紅く染めていく。

 体勢を崩していたエレイサスは業火にのまれる。

――彼は、悲鳴を上げる余裕もなかった。

「エレイサスッ!!」

 黒煙と熱風が交互に荒れ吹く中で、ザンは顔を覆いながら叫んだ。

 

 エレイサスが――やられた。

 一人残されたザン。

 やがて炎が燃え盛る中で、ゆっくりとこちらを振り返り見据える青い、二つの瞳。それが、とてつもない威圧感となってザンを襲う。

 舞い上がる黒い影。ザンは急いでヘビィボウガンを構える。

 「くそっ…くらえ!!」

 怒号と共に銃口がレウスへと向けられた。ザンは拡散弾を同じ部位――頭部へと放った。凄まじい反動が彼を後ろに押し込む。たとえ一撃で壊せなくとも、何回も同じ部位を狙えば、地道であろうともそこは当然脆くなる。それは否めない事実だ。ザンはそれを考慮した上で同じ部位へ狙った。

 再び弾丸が、空気を切り裂きながらレウスへと向かう。放たれた弾は着弾し、その後激しく炎を上げて爆発する。

 だがしかし、奴は彼の予想以上だった。

 レウスは自らの翼で爆発を防ぎ、頭部を護ったのだ。防いだ翼の翼膜は焦げているが、とても致命傷とは言い難い。レウスはザンの方を向き、強く咆えた。

 咆哮が轟く。

 「くそったれ…」

 ザンは吐き捨てるように言った。

 ――先ほどと、まるで形勢が逆転してしまっている。

 

ザンは焦り始めていた。

レウスの攻撃を避けながら、彼は思った。

 この火竜、明らかに戦い慣れしている。恐らくハンターとも幾度と戦っているのだろう。しかし、奴を見て帰って来た者はいない。つまり、奴は目の前に現れた者を全て葬ってきたということになるのか。

 その数々の経験が、ここに居る漆黒の王者を作り上げた。

 

 レウスが攻撃に移ろうと飛行体勢をとり始める。筋肉の塊のような脚が一気に太みを増し、王者は禍々しい漆黒のマントのような翼を大きく広げた。

 「しまった…!」

 ザンは辺りを確認する。いつの間にか、彼の左右は瓦礫と火焔に阻まれていた。火炎は、むやみに吐き出していたのではない、確実に、彼の行く手をふさいでいたのだ。

 無言で弾丸を装填する。それは先端が鋭い金属の貫通弾。そして、引き金を引く。反動に構わず、のけぞりながらひたすらレウスの頭部へ弾丸を撃ち続けるザン。

 「うおおぉらあああ!!」

 銃弾の雨を受け、徐々にリオレウスの頭部がひび割れていき、遂に甲殻が剥がれ飛んだ。

 それでもレウスは止まらない。その漆黒の翼を広げ、血の線を宙に引きながら自分へ一直線に向かってくる。

 「くっ!」

 ザンはボウガンを放り出して、レウスの攻撃…その直前で決死の回避行動を行う。

 風を切り裂く音が、耳元でした。

レウスの足爪はザンの擦れ擦れ、鎧を掠めて易々と抉り、通り過ぎていった。

 「っつ…」

肩当てが吹き飛んで、流血している。

 肩を押さえながら起き上がって、そこでザンは息を呑んだ。

 奴が突進してきていたのだ。

 行動が早い。

着地後、すぐに旋回したのか。あの勢いを殺すとしたら恐ろしい脚力だ。

 「畜生!」

 一か八か。ボウガンを急いで拾い、レウスへ向ける。

 駄目か。

 「目を閉じろぉ!!ザン!!」

 ザンはその声に咄嗟的に従う。

 刹那、閉じた目からも眩しく感じる光が轟いた。

 グオォォン……

 短い悲鳴のような声があがり、ザンはおそるおそる目を開くと、向こう側には視界を奪われ、我武者羅に暴れまわる漆黒の王者がいた。

 それだけではない、彼の隣には彼が居た。ボロボロで、それでも必死に生きている男が。

 「エレイサス…」

 ザンは思わず、動揺してしまった。

 生きているとは信じていた。だが、その姿があまりに無残だったから。

 

「何とかうまくいったよ。でも、見たところ奴に同じ手は二度通用しない…。この閃光玉だって次は見切られるに違いない。決めるなら一撃に賭けるしかない。そうだろ?」

エレイサスは冷静に言った。

 「お前…」

 ザンは思わず声を詰まらせる。鎧は所々砕け、煤けた赤い甲殻と鱗。額から流れ続けている血。裂かれた鎖帷子から覗かせている皮膚は、火傷を負っているに違いない。

 それでも彼は狩人としての誇りを、一片たりとも捨ててはいない。まだあきらめていいないのだ。

 ザンの眼光が鋭さを増した。

 「考えがある。よく聞いてくれ」

 エレイサスは声を潜めてザンに語りかける。その顔はまさに真剣そのものであった。ザンはそのまま無言で頷く。

 「今、雨降っているだろ」

 「あ…気づかなかった。降っているがそれがどうかしたか?」

 ザンは気づかなかったが、というよりも気にする暇も無かったのだが、確かに雨が降っていた。

 一時的な天気雨だろう。

 雨は強い。それこそまだ降り出して間もないというのに、地面が濡れていないところが無いくらいに。

 「これを利用する。でもこれはザンにしかできないからな」

 それを聞いてザンの表情が引き締まる。エレイサスは引き続き説明する。

 「その弾丸と…この辺はザンの方が詳しいだろ?これにこの雨を利用して…それと」

 「大体わかった。これだろう?」

 ザンはバックパックに入っているある弾丸を指差す。

 バックパックはゴム質だった。

 絶縁体。

 「ああ、その通り。でもタイミングが大事だから」

 拡散弾を含め様々な弾丸の連続発射や回避時の衝撃等で、ザンのボウガンは既に悲鳴を上げていた。

 なにより、彼ら自身も。

 これが最後の賭けだった。

 「…了解、任せろ。絶対に成功させる」

 託された願いを、ザンは受け入れた。

 

 視界を取り戻したレウスは辺りを舐めるように見回している。あの二匹の獲物は何処へ行ったと、その眼を鋭く狩場へ向けている。

 ふとそのとき。レウスの眼中に獲物が現れた。

 彼らを見つけると同時、レウスは歓喜にも似た雄叫びを上げる。

 エレイサスはレウスの元へ走った。

 これ以上の戦闘は危険すぎる。なるべく早く片をつけなければならない。槍を抜き払い、レウスの足元を何度も攻撃する。鋭い爪がギラギラと視界に入り込んでくる。この足踏みに巻き込まれれば、即死する。

 恐怖との闘い。

 自分との戦い。

 「うおおおおおおおおぉぉらああ!」

 叫ぶ。もう何を叫んでいるか分からないくらいに。

 バックステップをした瞬間、丸太のような尻尾が頭の上を通り抜ける。と同時、懐にもぐりこみ、真上に突き出しをお見舞いした。レウスの腹に亀裂が入り、絶叫と共に血が噴出す。

 レウスの反撃がくる――避けられない。

 咄嗟にガードする。強靭な脚で蹴り飛ばされ、エレイサスはその場から一瞬で吹き飛ばされた。肋骨が何本かまとめて、折れた気もする。

 「ぐほっ……!」

 転がり、血の塊をゴボリと地面に吐き出す。

 ――それでもまだ、立ち上がれる。

 まだ戦える。

 レウスは空高く飛び上がった。その鋭い、獣の視線はエレイサスへと一直線に向けられている。

 火球を撃つのか、それとも。

 エレイサスはもう死人のような姿で、その行動を伺っていた。

 その場の空気が止まる。レウスは広げていた翼を更に大きく広げ、その周囲に風の渦ができるほどに力強く羽ばたいた。

 その瞬間。

 グギャァアアン!!

 その雄叫びは、まるで「死ね!」と叫んでいるようであった。レウスは瞬時にエレイサスとの距離を縮め、強烈な蹴りを放った。目にも留まらぬ早業。

 エレイサスもまたその瞬間に盾を構えていたが。

 「ぐあぁっ…あ!」

 王者の全力をかけた攻撃は、エレイサスの立っていた大地ごと抉った。左腕に激痛が走り、骨が軋み、嫌な音を立てる。どうなっているか、垣間見る余裕もない。攻撃の威力を完全には殺しきれず、彼はそのまま体ごと宙に投げ出された。

 エレイサスは半ば気絶していた。地面に叩きつけられ、レウスメイルの鱗が弾け跳び宙を舞う。

 エレイサスは力なく仰向けに倒れた。

 「エレイサァス!!」

 ザンが叫ぶが、エレイサスの反応はなかった。

 

 やがて暗くなってゆく視界の中で、エレイサスは人の温かみに似た安堵さえ感じ始めていた。時間がやけに遅く感じた。視界が逆転している。

 ――終わった、もう何もかも。エレイサスは自棄になりかける。

 「…て」

 誰だろう。声が聞こえる。

 ふと、ぼやける中に小さな銀の光が輝いた。そして彼は次の瞬間、不思議と何者かの視線を感じる。

 

 「あなたはあなたの誇りを持って生きて」

 

 心に直接語りかけてきた、それは紛れもなく自分が愛した人の言葉。

 トクン。鼓動が一つ、再びエレイサスに命を吹き込んだ。

 

 「っ!」

 世界に色が戻ってきた。状況を把握して、すぐに行動を起こす。立ち上がると右肩に鋭い痛みが走った。それを無視し、エレイサスは黒い王者と向き合う。赤い筋を頭から流しながら、吹き飛んだ面貌のおかげですっかり視野が広まった兜の間から、その姿を見据える。

 「まだだ…」

 エレイサスは確りと、二本の脚で地に立った。

 確実に獲物を葬ったと思っていたレウスは、その光景に目を疑う。しかしレウスは、「一度でだめなら二度だ」といわんばかりに、同じ攻撃を繰り出そうと体勢を立て直していた。

 このままでは確実にエレイサスはやられてしまう。

 レウスは攻撃しようと翼を羽ばたかせる――しかし。

 「あいにくさま、俺たちにも同じ手は通用しないぜ」

 そう言い放ったザン。構えたヘビィボウガンの銃口からは、既に煙が上がっている。

 「少し…熱かったな」

 ザンの腕は黒く煤けていた。一部機構が破損してしまい、ボウガンの逆火を素に腕へ受けてしまっていた。

彼は未だ煙る腕を上げ、指をたてた。その直後、レウスの羽ばたきが嘘のように鈍くなる。

 ザンが今まさに放った弾丸は――〈電撃弾〉。それは着弾時に小範囲に電撃を放つ属性弾だった。

 「一撃で決めなきゃならないなら、決めればいいんだよ。『一撃』で」

 撃ち出された無数の弾丸は、レウスの甲殻に突き刺さったまま残っていた。彼が狙ったのは、自らが両翼へ撃ち込んだ弾丸。

 

 王は一時的であるものの、己の象徴ともいうべき――翼を失った。レウスは無様に地面へと墜落する。体勢を立て直そうと試みるが、動けない。

 ザンは様々な部位に弾を撃ち込んでいた。硬い相手の体が貫通とまではさせなかったが、それでよかった。それが彼の狙いだったのだから。

 

 各部位に撃ち込まれた弾の金属部分に、電撃弾の電流が、天から降り注ぐ雨を通して伝わり、エレイサスが負わした傷から滴り続ける血と混ざって、効率よく「感電」への回路をつくる。

 「感電」それはレウスにとっては軽い痺れだったのかもしれない。しかし今は……弱ってしまった今では、もう痺れ程度では済まされない。

 レウスが弱っていたかどうか。その確証は二人には無かった。だから、「勘」という狩人最大の武器を用いて――イチかバチかの賭けをした。

 

 状況。

 天候。

 地形。

 道具。

 経験。

 動物的勘。

 利用できるものはとことん利用するという、ハンターならではのやり方で。

 

 「頭脳戦ってやつだ」

 ザンは呟き、

 「…エレイサス!急げ!」

 大きく叫ぶ。

 感電が、一時的だがレウスの動きを止めている。

 麻痺し、身動きが取れずにもがく「大空の王者」は、低い唸り声を上げながらも――今は何も出来ない。

 しかし。

 それも長くは続かなかった。レウスは麻痺していた筋肉の感覚を徐々に取り戻していく。

 やがて立ち上がれるまでになり、獲物の方を向く――

 一突。

 一つの輝き、白槍が。レウスの生命の中心――胸部を貫いていた。

 次の瞬間、エレイサスの鎧の右側が砕け散り、ヘルムの間からは小さな血飛沫が飛ぶ。衝突の反動だった。

 彼の全身全霊をかけた攻撃は、ランスの矛先をレウスの胸から背中へ突き通すに至った。完全に貫通させたのである。

 おびただしい量の血が、地面を紅く染め上げた。

 

 グルルルル…

 しかしそれでもレウスは生きていた。

 強く握られたランスが、レウスの胸からずるりと抜ける。その刹那、力を失った右手はランスを地面へと手放した。重々しい音を立て、地面に落ち、ミラージュはエレイサスの足元に転がる。

 …なぜ。

 エレイサスは戸惑った。

 目の前にいる自分の命を奪うことは、いたって簡単なことであろう。貪欲な肉食竜ならば、道連れにしてでも獲物を殺すに違いない。

 でも。

 グルル…

 レウスは何もせずに彼を見つめる。

 その眼には殺意はないのだと、そう感じた。

 

 オオォォォォォォォン………

 レウスは天に向かって高々と雄叫びを上げる。その叫びは、遥か遠くの空の彼方へと響き渡った。

 まるで彼等を認めるように。

 そしてそれを世界へ伝えたように。

 

 レウスは彼を潰すことなく、地面へと倒れ伏した。

 小さな地響きを立てて、大きな頭はこちらを見た。その瞳には、自分が揺れて映っている。エレイサスはそれを見据え…見据え…見つめ合ううちに気が付く。

 そして空の王者はそのまま――まるで石のように硬くなり、

 そりきりもう、動かないことに。

 

 「…はあ…」

 エレイサスは力が抜けてその場に仰向けに倒れこんだ。すぐ近くには亡骸となったレウスの頭がある。その眼は未だにエレイサスを見続けていた。

 エレイサスは兜を外した。顔に当たる雨が、徐々に弱まっていくのがわかる。雨雲から顔を覗かせる青が、彼の目に映った。

 「…終わったんだよな」

 ザンの問いかけに、エレイサスは無言で頷いた。それから彼はエレイサスの元へ歩み寄ってくる。エレイサスは立ち上がろうとしたが全身に痛みが走り、また寝転がってしまった。

 「おっと、無理するなよ。ほら薬だ、飲め」

 ザンは痛み止め薬の〈回復薬〉と、自己回復能力促進の薬、〈活力剤〉、劇的に人間の回復力を上げる薬〈秘薬〉…等の殆どを、エレイサスに差し出した。

 「い…い…のか?だ…だって…お前、も…」

 声という声が出ない。

 「遠慮するなら、その掠れきった声を何とかしてからにするんだな」

 半ば無理やり、彼は薬を押し付けてきた。

 ザン本人も傷を負っていたのに。

 たぶん、気遣ってくれたのだろうと思う。

 

 エレイサスは激しい近接戦闘で、腰に下げていた袋の中の瓶がすべて割れてしまった。ザンは無事だった自分の分を彼に渡したのだった。回復薬には痛み止めの効果もある。エレイサスはすぐに小ビンに入った液体状の薬を飲んで、少しずつだが、動けるようになってきた。それから色々な薬を飲み、やがて身体の痛みが引き、もう立ち上がれるくらいにまで回復した。

 

 彼に深く礼を言いたかったが、

 どうしてだろう。

 今は何も、言葉が出なかった。

 

エレイサスはふと、隣のレウスに目を移した。

 命の力に満ち溢れていた王者は既に息絶え、この世には存在しない。

 先程まで、この巨体は行きものとして縦横無尽に空を飛びまわっていた。しかし今は、見る影も無い、重たい石造のような存在感があるだけの、ただの抜け殻。

 この竜の命を、彼らは奪った。エレイサスもザンも、このようなことを幾度と経験してきた。命を奪いとり、生き残る狩人として。

 「エレイサス」

 いつの間にか目の前に来ていたザンが、彼に「それ」を渡した。

 「…これは」

 目を見開いたのは、決して戸惑いからではない。

 エレイサスの篭手の中に納まった一枚の鱗は、その命の色を表していた。

 「黒」。それがこの王者の色。いわば、それぞれが持つ生命の色。決して同じ色は無い持ち主だけの色。

 「うん…」

 漆黒の鱗を手に握り締め、エレイサスは少しだけ笑った。

 

 まるで今、ハンターの一歩を踏み出したかのような気持ちになった、それがどこかおかしくて、そしてなにより…誇らしかった。

 他者の命を刈り取る事を生業にするハンター。そして刈り取った命を生かすハンターとして生き残り、自分も確かに――ここに居る。

 「生に誇りを」それをこの王者の最期に、再度教えられた。

 

 「…感謝しなくては、命にね」

 自らの想いを言葉にしてから、エレイサスは漆黒の王者の亡骸に歩み寄っていく。そして目の前に来たところで王者に一礼をし、腰から大降りのナイフ、ハンター達御用の剥ぎ取り用ナイフを抜いた。

 ギラリと鋭い、鋼の刀身が現れる。

 それを手に構え、甲殻と甲殻の間、柔らかい部位に刃を走らせた。サクサクと、慣れた手つきで彼は手際良くバラし、剥ぎ取っていく。

 そのときだった。彼がナイフを扱う手を動かしていると、ふと。

 「…まさか、ね」

 小さく笑うエレイサス。

 艶消しの甲殻の中に一度だけ、眩い輝きを見たような気がしたから。

 

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