篁さんに憧れた男。   作:ミスター髑髏

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篁さんに憧れた男。

 

 

 長く、鮮やかな緑髪をたなびかせる男と、しわの刻まれた無機質な顔に影のかかる小柄な老人が相対している。

 

 

 槁木が寂れた場所で、乾いた葉が落ちていく。ふたりを眺めていたカラスが飛び去っていった。

 その手には刀が握られ、頭上の空と同じく鈍色の光を二つ放っていた。

 

 

 風が一陣、ヒュウと吹いて彼らの頬をなぞる。

 それが斬り合い(殺し合い)の合図だった。

 

 

 男の踏み込みによりふたりの間にあった距離が消え失せ、数多の斬撃が飛び交う。

 一撃がかち合ったかと思えば、次の瞬間には別の火花が散っている。

 太刀筋の一つさえ見えない。その様は嵐と言うに相応しかった。

 

 

 突いて、薙いで、斬る。

 

 

 搦め手は存在せず、在るのは真白な殺意と二振りの刀のみ。

 彼らが死合う場所は斬撃によりえぐれ、溝があちこちに深く刻まれていく。

 

 

 突如として斬撃が止んだ。先ほどまでの殺意の嵐が嘘のように、静謐に満ちていた。

 

 

 風さえ過ぎず、静止していた。

 二人は刀を鞘に納めて見つめ合う。この張り詰めた沈黙を破ったのは、男の方だった。

 

 

「篁(タカムラ)さん。何で、おれなんかの頼みを聞いてくれたんです?」

「·········」

 

 篁は答えることなく、思案する様子もなく、ただ経を読むようにぶつぶつとなにかを唱えているだけだった。

 まさか、呆けてしまったのか。まぁでも歳も歳だししかたないのかな。

 

 

 男がそう思った途端、神速の刃がその胴を上下に分断した幻を見た。篁の殺気だ。

 

 

 篁の殺気が激流のように押し寄せ、男に幻覚を見せた。それほどまでに強大だった。

 

 

 震えながら篁に目を向けると、変わらずに呟いていた。すこし勢いが強くなったような気がした。次は何が来るのか。男は柄を深く握り込んで備えたが、全く何も起きず、再び沈黙が訪れる。

 男は気まずくなった。

 

 

 さっきの思考に反応するんだったら、質問にくらい答えてくれても良くないですか···?

 

 

 そう思っても、答えが帰ってくるはずもなく。

 一応、男はこうなることを想定していたのか、半ば諦めの気持ちでため息を吐いて、改めて篁に向き合った。

 

 

「理由は答えてくれないか····。

 ま、それでも良い。おれはアンタに憧れてんだから────」

「········」

「なぁッ!!」

 

 

 叫んだ勢いそのままに、老人の懐へ飛び込む。最初の踏み込みよりも格段に速い。消え去ったかと見紛うほどの速さ。しかし、篁はそれに反応した素振りはない。

 いまだ小さく呟いていた。

 抜き身の刀を、今まさに振り下ろさんとしていても、変わらずに呟いていた。

 

 

 殺れる。

 

 

 全身全霊を込めて振った刀は、篁の首を刈る───はずだった。

 その一撃は右手一つで、しかも鞘の部分で防がれた。

 あまりに呆気なかった。

 

 

 男はこの光景に思わず目を見開く。

 

 

 本気の斬り合いでの思考の空白は、篁が刀を振るうには十分すぎる時間だった。

 老いた小さな体で、肩から腰までをするりと斬った。

 肉も骨も関係なくなめらかに斬った。

 

 

「ぐふァッ·····!」

 

 

 男は血を吹き出して木に激突する。衝撃で枯れ葉が落ちて、槁木はついに一人になった。

 

 

 落ち葉が男のまわりに敷かれ、流れ出ていく血で真紅に染まっていく。

 

 

 篁は頬を指でなでた。

 指先には血が掠れていて、血の源である頬の傷は肌を紙で切る程度の些細なものだった。

 篁は何も言わずに指先を見つめていた。

 

 

 男は腹を斜めに斬られながら、突きを放ったのだ。

 

 

 篁は刀を鞘に納めず男を見つめていた。

 まさか、袈裟に斬られた人間が、生きていると信じているのか。

 

 

 静寂。

 幾度も静寂が過ぎても篁はじっと構えていた。すると、落ち葉が激しく舞い上がり、血溜まりを踏み締める足音がひとつ鳴る。

 

 

 「あはははははは!」斬られてなお、豪快に笑う。

 

 

 身体中を真紅に染めて、髪を振り上げるその姿は幽鬼そのものだった。息を短く切らして、血にぬれた手で髪をかき上げる。ねばついた血が髪を固めた。

 

 

「ほんと、容赦ねぇなぁ···篁さん。

 でも、ありがとうございます。喝を入れて頂いて」

「········そうか」

 

 

 しゃがれているが芯の通った声が響く。喋ることまでは想定できていなかったのか、男の口が開いて塞がらなかった。

 

 

「············」

「驚くな。艮(ウシトラ)ァ、お前(め)ェ、俺がボケてると思ってんだろ」

「え、はい」

「ったく。

 俺がお前ェの頼みを受けたのはな、お前ェがしつこいからだ。

 いつも、いつも、顔合わせる度に、手合わせ、手合わせ······。

 しかも、俺はお前ェに居場所を教えたことはねェ。

 俺も暇じゃねぇんだ」

「それは、その、すいません」

「······謝ってんじゃねぇ。ほれ。続き、やるぞ」

「はい!!」

 

 

 艮と篁が刀を構える。

 

 

 踏み込んだのは、またしても艮だった。袈裟斬りを受けたとは思えぬほどの俊敏な動きで、篁に迫る。

 

 

 仕返しの意味も込めた袈裟斬り。だがそれは篁による一閃によって流れるように弾かれた。

 

 

 艮は後ろに跳躍して、突きの構えを取る。

 地が爆ぜて、銀色の閃光が走る。

 

 

「同じ手を、二度も食らうか」

 

 

 優しく、撫でるようにいなされてしまう。力が入り過ぎていた艮のバランスが容易く崩れる。

 

 

 篁はそれを見逃さず、刀を振るう。

 

 

 振るわれたのは一回に見えたが、襲い来るのは斬撃の波。

 腕や肩が裂かれてもひたすらに耐え忍んだ。

 最後の斬撃で弾き飛ばされて地面をすべって、土煙が舞う。

 

 

 すべてを受けきった代償は大きかった。

 刀の威力があまりに強く、手がひどくしびれた。しかし艮は更に握り込むという荒療治で、しびれを強引にかき消した。

 

 

 それと同時に刀身からピシリと嫌な音がして、腹から血が滲み出た。限界は近い。

 

 

 腹の裂傷に顔をしかめると、恐ろしい速さで影が飛来した。顔を振り上げ見れば、篁がいる。

 

 

 抜かれていた刀はいつの間にか鞘に納められていて、柄に手が掛かっている。鯉口から、銀がきらめいている。

 刀を抜くその動作は極限までスローに見えた。

 

 

(まず───)

 

 

 「まずい」。 そう思いきる前に刀で受け止めんと刀を逆さに構える。思考ではなく直感で。頭ではく体が瞬発力に動いた。

 

 

 刹那、大気が震える。

 胸に、横一文字の灼熱が迸る。

 

 

 篁の斬撃を受けることが出来たのは一秒にも満たぬ間。

 次の瞬間にはヒビの入った刀身ごと断たれ、胸が横に割れた。

 

 

 ボトボトと血が出ていく。

 とめどなく流れていく。

 

 

「がはっ······。

(嗚呼。遠い。遠すぎる。おれは、篁さんには近づくことも出来ないのか······)」

「直感で後ろへ避けたのか。

 ······まるで獣だなァ、お前ェ」

 

 

 篁の独り言も耳に入らず、膝から崩れ落ちる。

 

 

 完全に倒れ伏す事が無かったのは、剣士であり篁を目指す彼のプライド故だろう。しかし艮は、もはや戦える状態では無かった。

 

 

 刀は断たれ、腹と胸に一撃ずつもらった。

 

 

 体は血に塗れ、今なお溢れ出ている。

 

 

 艮の命の灯りが、静かに弱まって行く。

 それでも爪先で踏ん張り、鍔から先がほとんど無い刀をきつく握りしめている。

 

 

 朦朧とした意識の中、篁を真っ直ぐ見つめている。

 

 

 篁(死)が近づく。

 一歩と、二歩と。

 三歩目を踏み出そうとしたそのとき、艮は崩折れそうになりながらも、確かに立った。

 

 

 次に、ふるえる唇で弱々しく、言葉を紡いだ。

 

 

「おれの······負け、です······」

「そうだな」

「おれを、殺して、くだざい······」

 

 

 口から血が吹き出ても、体から血が滴っても、その眼に灯る意志が潰えることはない。

 

 

 己に敗れた本人が殺してくれと、そう言っている。 

 故に筋を通さねば、彼の意志を踏みにじり、侮辱することになる。

 

 

 どうするか。

 

 

 数秒の思案の末、篁は運命を彼自身に委ねることにした。

 

 

「そうか。目ェ、閉じてろ」

 

 

 静かに目が閉じられる。

 

 

 その直後に、篁は艮の首へ一撃を放った。刀を抜くこと無く、鞘のままで一撃を放った。

 

 

 無論、鞘から抜かずとも、その一撃は人の命を奪うことは容易い。それが篁であるのなら尚更だ。

 

 

 その事を示すように、艮は地面に地割れを作って倒れている。動き出す様子はない。

 

 

 生きているのか、死んでしまったのか。

 

 

 篁にはわからないし、知るつもりも無い。

 

 

 けれども、殺すつもりで放ったあの一撃を耐えて、彼が生きていることを願った。

 

 

「はァ······。俺も、年ィ食ったか······」

 

 

 篁の呟きは誰に届く訳でも無く、そよ風と共に消えた。

 

 

 篁は血だらけで倒れている艮を背に、すでに乾いていた頬の傷を撫でながら立ち去った。

 

 

 





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