篁さんに憧れた男。   作:ミスター髑髏

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今日の月と、明日の月

 

 ある日の昼下がり、殺し屋会社で、その精鋭たちが死んでいた。その死に様は、異様なものだった。

 

 

 男は急いで隠れていた部屋から飛び出し、脇目もふらず走って逃げた。

 まさか、身体中に穴が空いて殺されるなんて······。

 

 

 廊下を走っていると、大きく転んでしまった。

 

 

 何かに足を取られたのか。

 振り返って見ると、それは死んだ同僚だった。さっきまで生きて動いていた体が、今はもう冷たい物体に成り果てていた。

 

 

 男は恐ろしくなって腰を抜かした。手足を必死にバタバタ動かして、死体から遠ざかろうとする。

 

 

 その時、男の動きを咎めるように、うす暗い廊下の奥から、ヒールの床を突く音が反響した。

 

 

 男は瞬時に悟った。死が来る、と。

 

 

 ヒールの音が近付く。克明になって行く。うす闇でぼやけていた輪郭が、段々と鮮明になってくる。

 

 

 怯える男の前に姿を現した襲撃者の名は“ダンプ”。

 

 

 X(スラー)の援助により東南アジアの刑務所から脱獄した死刑囚の一人であり、好きになった相手を実感するために痛め付け殺してしまう、生粋の異常者である。

 そして今も、怯える男をきつく抱いて愛を囁く。

 

 

「あー、かわいい。すき♡」

 

 

 ダンプの()の告白を最後に、男は全身に穴を開けて死んだ。

 

 

 体に仕込まれた槍のような、棘のような武器で殺された。

 刺し貫いたあと、ダンプのそれは熊手のように引っ込んだ。

 

 

 ダンプは思う。死んだということは、もう自分を見てくれることは無いということ。

 

 

 愛す(殺す)べき相手が死んで、すっかり身体の火照りが冷めたダンプは男の死に顔を「ブス」と断じて、殺し屋会社を後にした。

 

 

 出てすぐのところでタクシーを拾い、車内でターゲットのリストにバツ印をつける。

 

 

 これで3人目。

 次は誰を殺そう。

 

 

 ダンプはリストを眺める。

 

 

 ターゲットは選り取りみどりで悪くはなかったが、どうしてか気乗りしなかった*1

 

 

 ふて腐れてリストをパラパラと流し見ていると、ある男を見つけた。

 心に釘でも打ち込まれたかのように、目が離せなくなった。

 

 

 写真の中の彼は緑色の髪をなびかせて、鋭い目付きで明日の方を向いていた。

 ふと、ダンプは考えた。

 

 

 どんな恐怖も退けて来たようなこの顔は、アタシを前にしたら、どんな表情を見せてくれるんだろう?

 

 

 純粋な気持ちだった。そうして、初恋を煩った少女のようにあれこれ妄想する。始まってしまうと、もう手がつけられない。他のターゲットなんてダンプの視界にすら入らなかった。

 燃え盛る情欲の炎は脳を甘く溶かし、身も心も、この男に釘付けになった。

 

 

 そうと決まればダンプの行動は早かった。

 

 

 すぐさまリストに書かれてある情報を読み込み、滞在しているとされるホテルの近くにタクシーを向かわせたのち、その足でホテルの周囲を探索してエントランスを見下ろせる斜向かいの雑居ビルに陣取った。

 彼女の背後には穴だらけになった死体が転がっていた。

 

 

 コンビニで調達した弁当とスープを堪能している途中、ダンプはホテルの近くを歩き回ったときに見つけた神社を思い出していた。自分の直感を信じて、ときどき神社にも顔を出すことにした。

 

 

 そうすれば獲物に出会えるはずだ。と、ダンプはもはや確信すらしていた。

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

 ダンプが潜伏を始めてから3日。神社の足もとに位置する露店街に軒を連ねるカツ丼屋に、黒スーツの男と喪服にベールをまとった女が二人でいた。

 

 

 ORDERの神々廻(シシバ)大佛(オサラギ)だ。

 

 

 神々廻は頬杖をついて、暇そうに遠くの人形焼き屋を見ていた。大佛は気にせずマイペースにカツ丼をほお張っている。

 

 

 この手持ち無沙汰が我慢できなくなったのか、神々廻は口を開いた。

 

 

「そういや、(ウシトラ)さんもこのへん来とるらしいで」

「うしとら?だれ······?」

「だれってお前、俺ら(ORDER )の会食とかに来てくれとったやろ。南雲がよう呼んでいっつも払わしてる────」

「あぁ。あの人なんだ。南雲さんのサイフなのかと思った」

「(ウソやろ大佛······。ほんでカワイそやなぁトラさん。今度サシ飲み誘ったげよ)」

 

 

 神々廻が心の中で今週末の予定を埋めると、大佛と目が合った。箸を止めた大佛が口を開く。

 

 

「───で、その人って、強いの?」

 

 

 大佛の真っ黒な瞳が神々廻を射抜く。初めから、彼女が気になっていたのはこの一点だけだった。

 

 

 ならば、答えは決まっている。神々廻は堂々と答えた。

 

 

「ものごっつ強いで。あの人」

「そうなんだ」

 

 

 この答えに満足したのか、大佛は再びカツ丼を頬張り始めた。

 

 

 それからしばらくして、南雲から電話がかかってきた。南雲に煽られた大佛は食べ残したカツ丼*2を神々廻に押し付け、神社の方へ走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 神々廻たちに噂されていた男、(ウシトラ)は死刑囚を探す道すがら、神社に訪れていた。

 

 

 露店街は特段惹かれるものが無かったし、客引きのおばちゃんが強すぎたので、這う這うの体で撤退してきたのだ。

 

 

 艮は何よりも先におみくじを買いに行った。

 いくら探しても見つからないから、おみくじの結果次第ではふて寝を決め込む腹積もりである。

 

 

 巫女さんにお金を渡し、おみくじを引く。

 

 

 大吉。

 

 

 おみくじの一番上に書かれてある「大吉」の文字は、燦然と輝いていた。

 

 

 これで、体よくサボろうとした艮の目論見は外れることとなった。

 わざとらしく大きく舌打ちして、巫女さんをドン引きさせたところで一旦冷静になって考える。

 

 

 まぁせっかく大吉が出たんだし、参拝でもしていくか。

 

 

 自分を納得させた艮はまず手水舎へ向かった。参拝の作法なんて微塵も知らなかったが、何となくこれがはじめだろうと思った。

 

 

 杓子を取ろうとした時、ナニかが頭上の本殿を突き破りこちらへ向かってくる。

 

 

 機敏に反応して飛来したナニかを()け、素早く距離を取る。隠し持っていた刀はこの時すでに腰に据えられていた。

 

 

 吹き飛んできたナニかは、悪態を吐きながらを杓子をひったくって頭に水をぶっかけた。

 

 

 これを見て、作法を知らない外国人観光客だと思った艮は、自分も何も知らないが、違うということは伝えようと思い、驚かせないように刀は上着の内に隠して近づいた。

 

 

「おい。杓子の使い方はそうじゃないぞ」

「あぁっ!?ンだてめ······ぇ」

 

 

 艮の顔を見た途端、獣の眼光は恋する乙女の眼差しへと豹変した。その変わりようは狂気的だった。

 

 

 吹き飛んできたナニか──艮が探していた死刑囚の一人──ダンプは初めて神へ感謝を捧げ、興奮を隠しもせず大きく吼える。

 

 

「会いたかったぜ艮ぁッ!!」

 

 

 艮がその言葉の意味を理解するよりも速く、腕に仕込んだ武器を突き出した。不意を完璧についた一撃。

 

 

 ダンプは確信した。

 

 

 脳裏にはすでに艮のおびえた(カワイイ)顔が浮かんでいた。

 

 

 しかし、どうしてだろう。肉に突き刺さった時のやわらかい感触がない。と言うより、何かに固いものに阻まれているような······?

 

 

 武器を伝わって来る感触に違和感を抱いて艮を見てみると、期待に満ちたダンプの顔は一転、驚愕の表情へと変貌した。

 

 

 ダンプの攻撃は刀の柄で、しかも片手で防がれていた。

 

 

 威力も、スピードも十分に殺し得るモノだったはず。それを、コイツは片手で防いだのか?

 

 

 ダンプが真っ先に感じたのは、興奮でも恐怖でもなく怒りだった。

 

 

 こいつは、明らかにアタシを舐めている。

 なら、わからせてやらないと。

 アタシがどれだけ愛してるか、なぶってやって、わからせないと。

 

 

 普段のダンプであったなら、今は大佛との戦闘の最中だったし、艮という敵が増えたこの時点で逃走の選択ができただろう。しかし喜びと怒りでグチャグチャになった頭が、ダンプの判断力を鈍らせていた。

 

 

「殺してやるよ!艮ぁッ!!」

 

 

 ダンプが再び躍動する。怒りからか、その動きはひどく野性的だった。先ほどの不意打ちより、手数はもちろん、威力もはるかに増していた。

 

 

 沛雨を思わせる刺突の連続は、けれども柄に手をやるには至らなかった。

 艮は右手で鍔のすぐ下を握り柄で受け、そらし、弾いていく。

 

 

 怒りが源動力の攻撃は、艮にとって直線的に過ぎたようだ。攻防の最中、艮は口を開く。

 

 

「忙しいやつだな。会えたと思ったら殺したくなるなんて」

「うるさい!アタシが殺してやるよ!!」

「癇癪娘か? ところでお前、例の死刑囚だろう」艮が冷たく言う。

「ならどうしたってんだよ! ビビったのかぁッ!?」

 

 

 ダンプは分かりやすく艮を煽る。だが、それでもやはり艮は刀を抜かなかった。

 ダンプの怒りが焦燥に変わり始めた頃、艮は一段と大きく跳んで距離を開ける。不審に思ったダンプが鋭く睨むと、心胆寒からしめる声が響いた。

 

 

「───なんだよ。俺も忙しくなったじゃねぇか

 

 

 砂利の擦れる音がして、足もとへ目線を移して初めて、自分が一歩退いたことに気づいた。

 

 

 アタシはいま、自分が一目惚れした男に恐怖し(あいされ)ている。殺気なんて無い、ただの威圧に。

 

 

 その自覚が、怒りに吠え恐怖に沈んでいた褐色の顔を恍惚に歪ませた。ダンプの異様な変わりようを見て、艮はようやく柄に手をかけた。

 

 

 警戒のランクを上げた艮をよそに、ダンプは走馬灯のように今まで愛した人を思い出していた。

 

 

 アタシを“好き”だと言ったヒト。

 

 

 アタシが“好き”だと言ったヒト。

 

 

 みんな愛してくれたし、愛してきた。

 

 

 でも、たまに、私のことを本当に愛しているのか不安に感じることがあった。

 不安で、不安で、どうにかなりそうだった。

 愛せば愛すほど小さなことが引っ掛かって、信じられなくなった。

 

 

 ある日、彼が他の女と二人で歩いているのを見かけた日の夜に、ナイフで滅多刺しにして問いただした。

 

 

 結局その女はサークルの同期らしくて、たまたま一緒に歩いていただけだったらしい。だけどそんなことより、彼をたくさんたくさん刺した時にアタシの名前をいっぱい呼んでくれたことが、とっても嬉しかった。

 

 

「ダンプ!」

おい!ダンプ!」

「ダンプ!なあ!やめてくれ!

おねがい⋯⋯、やめ⋯⋯ダンプ⋯⋯」

 

 

 この瞬間は彼の視線も心も、全部アタシだけのものだった。

 

 

 それがたまらなく嬉しかった。

 それと同時に理解した。

 

 

 愛する人のすべてを独占するには、恐怖が最適だって。

 

 

 それから不安になったらいつも刺して、刺して、刺してみんなの愛を確かめて、満足していた。

 

 

 でも、血まみれになった愛する人を抱き締めているとき、どうして心がこんなにもさみしいのか理解できなかった。

 

 

 アタシはみんながアタシのことを愛してくれてるって知れて、満足だったのに。アタシの恋は終わってばかりだった。

 

 

 最初に殺したその時から、自問自答は止まなかった。

 

 

 アタシの愛し方がいけないの?

  ほかの愛し方なんて知らない。

 

 

 

 アタシが悪いの?

  わからない。ちゃんと愛してきたはず。

 

 

 

 アタシは間違ってない。

  あれ?でも、

   ドウシテコンナニムナシイノ?

 

 

 

 殺しても殺されても、アタシの恋は終わってしまう。

 

 

 今回もいつも通り終わると思ってた。けど、そんなことはなかった。艮はちがう。特別だ。

 艮は真正面からアタシを(ころ)そうとしてくれた。

 

 

 (ころ)したい。彼を(あい)したい。

 (ころ)されたい。彼に(あい)されたい。

 

 

 「艮。アタシはお前のことが大好きだ。一目惚れなんだ。だから、アタシはお前を(ころ)したいんだ。

艮······、愛してる」

「·······はじめてだ。こんなに真っ直ぐ愛を向けられたのは。存外、悪くはないな。ありがとう。

そしてよく分かった。俺がお前を(ころ)してやるよ」

 

 

 そう言って、艮はようやく刀を抜いた。構えた刀が、二人の姿を映し出す。

 

 

 片や、愛に飢えた棘。片や、愛を知らぬ剣。

 

 

 ダンプの心は、彼女自身が驚くほどにおだやかだった。

 ダンプは空を仰ぎ見て、ふと思った。

 

 

 あぁ。

 きっと。

 明日の夜も、月がきれいだ。

 

 

 

*1
途中リスト一番のブスを見つけたせいでもある

*2
神々廻の嫌いなタマネギは抜いてない






失踪してました。
なんとなく筆が進まない日々をずるずる過ごす内に、こんなところまで来てしまいました。
これからもぼちぼち投稿していきますので、長い目で見守っていただけましたら幸いです。
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