シンと晶が構えたのを確認した艮に生徒が質問を投げかける。
「せんせー、あの子たちは~?」
「気にするな。お前たちには関係ない」
ぶっきらぼうに答えて話の流れを断ち切ってから、座らせた生徒たちに授業内容を話していく。
「狸田の説明の通り、前回は攻撃の授業だったから今日は刀での防御や受けの仕方を教えていく。
木刀借りるぞ。まず、防御で肝要なのは────」
木刀を振ったり流したり、身振り手振りで説明している艮の姿は一見隙だらけに見えたが、二人には異なる風に見えているようだった。
視界の端の端まで捉える艮に対してどのように動けば良いのか考えあぐねて、闇雲に突撃するわけにもいかないから、二人は息を潜めて観察することにした。
「いいか。攻撃には必ず
「ハイ、艮先生」
気になることがあったのか
「
「あの、どのように見極めれば良いのでしょうか。ふつう、
「いい質問だ」
艮は質問に答えるために角へ視線を向ける。この時、完全に艮の視界から二人の姿が消えた。
それを見てシンは一気に駆け出した。
背を向けている。死角がある。
チャンスは
背中を捉えた。
「攻撃の方向を見る方法なんて一つだ」
こちらに気付いたような素振りはなく艮は説明を続けている。駆ける足に力を込めてあと少しの距離を跳躍で潰す。
(いける!当たる!!)
自らの刃圏に持ち込んで思いきり刀を振り下ろす。
刀が艮の肩を食む寸前、茶褐色の影が割り込んで
背を狙って死角から打ち込んだ真剣の一撃は、なんとただの木刀で防がれてしまった。
「場数を踏め」
艮は背中越しに、射殺すような瞳でシンを見つめていた。
シンは刀を正中に構え艮と向き合い、かすかな動きも見逃すまいと再び観察を始めた。一瞬の気のゆるみが死に直結する、そんな緊張をもって。
シンの一撃を防いだ木刀には溝のような傷が刻まれていたが、切断や折損へ至らしめるにはほど遠いものだった。
一通り傷を眺めてから艮は別の生徒に木刀を新しく借りて、シンではなく生徒の方へ体を向けた。
「場慣れさえしてしまえばこんなことも出来る」
なんてこと無いように言い放って、何事も無かったかのように説明を続ける。
出鼻を挫かれたシンには現状なす術が無かった。果たしてどう攻略すれば良いのか、思考を回らせ足を摺るしかなかった。
「本来ならここで演習をしてもらおうと思ったんだが、丁度いい所に教材が来てくれた。
シン。出番だ」
かかって来いと言わんばかりに木刀を前後に揺らして、シンを挑発する。
不意打ちという当初のプランを崩されたシンにとってこの提案は好都合だった。伸るか反るかで悩むほどの余裕は無い。
シンは決意して、刀をきつく握る。
「お言葉に甘えていきます───よっ!」
木刀の艮にシンは再び真剣を振り下ろす。
木刀を持つ手が掻き消えたかと思えば、シンの刀が弾かれ大きく跳ね上がる。体ごと後ろに持っていかれそうな衝撃に耐えて、次々と打ち込んでいく。
シンの打ち込む速度は目まぐるしく、残像を追うのがやっとのほどだった。
怒涛の打ち込みは艮を一歩退けたけれども、彼のジャケットを掠めるだけで裂くことさえ叶わない。
何度も何度も木刀に弾かれるうち、シンは気付いた。
刀を片手で往なし時折り生徒の方へ視線を向け解説する余裕さえ、艮にあることに。そして木刀が真剣を弾くその訳についても、シンは攻防の中で目の当たりにした。
「(何なんだこの人······っ。なんで刀の側面を正確に打って弾けるんだ······!)」
真剣の打ち込みを木刀でまともに受けると一々食い込んで歯切れが悪くなるから、艮は刀の腹を叩いて授業に滞りないよう配慮していた。
異次元とも言える力の差を前にして、シンはひときわ大きく距離を取った。
乱れた呼吸を整えつつ、思考する。
「(今の俺じゃ真正面から
───なら、持てる全てを使って攻略してやる!)」
シンは改めて艮を正中に見据える。彼は相変わらず生徒に向けて動きの解説をしていたが何かを感じ取ったのか、それがピタリと止んだ。
「準備が出来たか。いつでも良いぞ」
艮の言葉を受けてシンは駆ける。その瞳には青い光が
シンの目に
再度、真正面から突っ込んで刀を振り下ろす。
それに吸い寄せられるように木刀が飛来した。
先ほどと同様弾かれるかに見えたが、突如として刀が消え失せる。
木刀の軌道を視たシンは弾かれる直前に腕を引いて、艮の迎撃を見事に躱したのだ。おかげで木刀は不恰好に空を切った。
あまりに完璧で出来すぎたフェイントに艮は目を見開く。
木刀を振って伸びきった腕を
今度こそ。シンはそう思った。
実際シンの視ている艮は反応できていないし、これが確定している────はずだった。
決定された未来の中、いつぞやの
シンが焦りを感じるより早く、艮が動く。
瞬間、木刀が消えた。
神速の木刀は切っ先で迫る刀を打ちつつ、そのまま独楽のように
決死の一撃が受け流される中で不思議なことではあるが、今のこの状況と佐藤田の妙な技とにシンは既視感を覚えた。
艮が往なしたことにより今度はシンが無防備に陥る。しかも体勢が悪い。勢いをそのまま後ろに流されたから、前のめりになって踏ん張りがきかない。
「(ヤバ······)」
すかさず艮は一つ踏み出し、
「ッグ······!」
強烈な一撃を食らったシンは場外へ吹っ飛んでいった。痛々しい音と共にシンは廊下に激突する。
武道場の戸の近くでシンはひとり伸びて、
「流れを見極めることと円運動。これを意識して攻防を一体化させろ。では、次に進むぞ。次は────」
やはり艮は何事もなかったように授業を再開した。
唐突に始まり瞬く間に終わった攻防を前に生徒たちは唖然としてもう付いていけなかった。
そんな生徒たちに構うことなく艮は淡々と授業を進めていく。
「さっきは正面の対処を見せたから、次は背面の対処を教えていく······と言っても、これも簡単だ」
突っ立っている艮の背後を、今度は蛇の這うように距離を詰めた晶が襲い掛かる。
短刀を握り狙うは首。一息のうちに掻き切る
浮かび上がる殺しの道をなぞるように晶は短刀を振るったがあえなく空を切った。艮が首を下げ背を丸めたからだ。
「このように」
空振った短刀。それと交差して木刀が鳩尾を突く。晶は激痛で体が硬直して受け身も取れずに墜ちた。
「事前に察知してしまえば問題ないな」
浅い呼吸もままならず、木張りの床の冷たさがしみわたる。
鳩尾に渦巻く激痛の中、晶はボンヤリと思考していた。
「(いたい。痛い。痛い。
なんで地べたで寝てるんだろう。確か、頭が消えたと思ったらみぞおちが痛くなって、それから─────。
······だめです。何も分かりません。
艮先生はとても強くて、やっぱり、私なんかが勝つことなんて······)」
思考に影が落ちてきて、徐々に黒が大きくなっていく。目に映る景色の輪郭も曖昧になっていく。
意識が暗転する直前、彼女を呼ぶ声がした。
「
「リオン······さん」
声がしただけで、行方不明となった叔母の姿こそ無かったが、晶を呼んだその声が彼女の意識を繋ぎとめた。
晶はフラフラと足もと覚束なく立ち上がる。
気にしていないような素振りの艮だったが、彼女から視線を外さなかった。
「起きたのか」
「······」
晶は艮の言葉に反応せず、うつむいたままだった。
立ちながらも全身を脱力させており、隙だらけのようで一切隙がない。彼女は静かに立ち尽くしていた。
そんな様子の晶を見て、艮もまた不動を貫く。しかし晶と違って、こちらは隙を露呈させている。格好の獲物を演じている。
二人が向かい合ってしばらく。
先に動いたのは晶だった。
三足。
たったこれだけで距離を潰した。
迷いのない軌道の人差し指が喉笛を狙う。
常人では反応すら出来なかっただろうが、艮は晶の一挙手一投足すべてを捉えていた。だから首を反らすだけで指を躱して、追加の短刀もふわりと跳んで空を切らせた。
過去、
加えて人が変わったような晶の動きを見て、艮が先ほどから抱いていた既視感が確信に変わった。
悠長な思考の着地するタイミングを狙いすましたように投擲された短刀が眼前に迫る。
艮は驚くことなく木刀で受け致命の直撃を防いだ。
「(短刀の投擲を防がせて視界を腕と木刀で埋めたな。あの子の行動から見て、一手
なら左右だが、右には生徒たちがいるから距離的に狙えたものではない。だったら必然的に────)」
「左だな」
やはり左から飛来した晶の一撃を、彼女の手首に左腕を直撃させ受け止める。
晶の全身から追撃の起こりを
腕と腕の鍔迫り合いで睨みあう中、艮が跳んで距離を取る。今度はこちらの番だとでも言うように、真っ直ぐ突っ込む。
それを見た晶はアッパーを打つみたいに右手を飛ばす。
視野より外からの一手一撃。
しかし直撃には遠く、手の甲で受けられる。
であればと、晶は次々急所への一手を繰り出していく。
高速で飛来する攻撃たちを受けて弾いて艮は凌ぐ。
「(威力、スピード、キレ。どれをとっても『秀』以上だな。そしてもし、アカオと同じ眼なら······。
そうと決まれば少し、誘ってみるか)」
そう思案してから、艮は攻防で一瞬生じた空白に右手刀を大きく薙いだ。
晶は深く体を屈めて手刀を回避した。自分でも驚くほど速く、反射で体が動いていた。
何故といって、艮が手刀を構えたとき晶は一瞬、それが日本刀に
ひどく大降りの手刀で無防備となり阻むものがなくなった艮の喉へ指を突き立てるべく、晶は腕を伸ばした。
迷いも諦めもない。
今の晶には、当たるという確信があ「確信するのは、殺してからだ」
伸ばした
「(止められた······なんでっ、どうして!
それよりとにかく抜け出さないと······!)」
「無理に動くな。折れるぞ」
諦めずもがこうとした晶を諫めて、艮は生徒へ解説するみたいに話し始めた。
「えー、今のお前の状態を『
これは肘関節を極める技で、下手に動くと折れてしまうしこちらの力加減でもへし折ることが出来る。確か、元は相撲の技術だったか。
とは言え、実践で使う機会はあまりないだろう。極めてる時間で殺した方が早く終わる」
一通り話を終えて、艮は空いた左手で襟を掴む。
晶がその意図を汲めないでいると、艮は小さく忠告した。
「
「え?どういうことで」
言葉を待たず、艮は晶を後ろへ思い切り放り投げた。
「ゲッホ、エ゛ホッ······!」
喉元の激痛と共に覚醒したシンは、自分が気絶するまでのいきさつを思い返していた。
「(訳わかんねー躱し方されたあと、喉に······)
今の俺じゃいい勝負にすら持っていけない······あれがORDER······!」
「シンさぁぁぁぁぁぁぁあん!!!」
改めて壁の高さを認識し、今よりもさらに強くなることを誓ったシンを呼び叫ぶ声が聞こえる。
声の聞こえた方へ顔を向けると物凄い勢いでこちらへ飛んで来る晶と目が合った。
「たすけてくださいいいいぃぃぃい!!」
「ちょっまっ」
目醒めたばかりのシンがそんな直ぐに動ける訳もなく、二人は激突した。軽い事故みたいな衝撃だった。
戦闘の終了を告げるように、終業のチャイムが鳴り渡る。
「授業は以上だ。次回も二週間後だからそれぞれ自主練に······」
道場の戸口から顔を動かして生徒を確認すると、彼らは既に立ち上がり、組み手を始めようとしていた。
授業に飛び込んできた二人は、かつての自分たちとは違ってあの先生を攻防の中で一歩二歩とは言え、動かしたのだ。
技術の差。力の差。才能の差。
いくら嘆こうと変わらない現実をまざまざと見せつけられたが、そんなことで挫けるほど彼らはヤワではなかった。
彼らの瞳は今まで以上に活力に輝いていた。
「わざわざ言う必要はなかったか。
あの二人が良い刺激になったようだな」
研鑽に励む生徒たちを眺めてから、艮は戸口へ向かう。
「ぁ、晶。どいてくれ······」
「すっ、すいません!」
「お前たち」
艮は全力で挑んできたチャレンジャーたちに近づいて話しかける。やはり二人の表情は暗かった。
「お前たちは結局、俺に一撃も当てられなかった訳だが」
「ッ······」
「う······」
「────合格だ。
あと一つ、何かが違えばお前たちは俺を殺すことが出来た。これは紛れもない事実。だから合格だ。
────ではな。励めよ」
ぶっきらぼうに言って、艮は去っていった。
想像だすらしていなかった言葉に二人は顔を見合わせる。
「し、シンさん!」
「あぁ!やったな俺たち!!」
まさしく急転直下。青天の霹靂。
二人は合格の喜びを噛み締めた。
「で、次は佐藤田先生だけど······」
「······先に保健室に行きましょうか」
「······だな」
二人はヨロヨロと、保健室へ歩いていった。
この話から試験的に行間を二行にしてみました。
アンケートを設置しましたのでぜひ、投票していって下さい。
行間の読みやすさについて
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これ(二行)くらいでちょうど良い!
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以前(一行)のまま良かったかもね!
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もっと(三行以上)行間ちょうだい!