篁さんに憧れた男。   作:ミスター髑髏

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《幕間》ORDERと艮 その③

 

ORDER 6 (カナグリ)

 

 

 某日(X(スラー)一派による騒動よりも少し前)、早朝。

 昨日南雲からもらったチケットを携え、京は映画館に来た。

 新作を公開初日、最速で観るために。

 

 

 彼自身これが特段見たかった、という訳ではないが、新しいものに触れなければやがて感覚(センス)が腐っていく、というのが京の持論であり、だから来た。

 

 

 受付の女にチケットを渡してゲートを通る。

 ちぎられ戻ってきたチケットには、シアターと座席の番号があった。

 

 

 シアター4 K-06。

 

 

 座席は奥の方で、首の角度に苦労しない席だった。

 

 

 ゆっくりと、まだ明るいシアターを歩く。

 いつも通り一番乗りかと思ったが先客がいて、しかもK-06はその隣だった。

 

 

 言葉もなく、京は着席する。

 まばたきの間、横目で見る。先客の正体は艮だった。

 

 

 京は艮に気付いたが彼の方はどうなのか、表情や態度からさっぱり読み取れなかった。艮はピクリとも動かなかった。

 しかし敢えて読み取るとするならば、艮は京を無いものとして扱っているのだろう。

 「話しかけるな」、「放っておいてくれ」、「余計な真似はするな」。

 そんな感情が不動の様から伝わってくる。

 

 

 結局二人は同僚どうしだというのに会話もなく無表情で、そんな彼らを明るい予告編が照らしだす。

 

 

 さて。

 ここで一旦、視点は艮へと移る。

 

 

 艮は今まで映画を見たことも、ましてや映画館に来たことも無い。世間一般で言う娯楽にほとんど触れてこなかった。

 

 

 南雲に半ば強引に誘われたとは言え、無断で放り出す訳にはいかないから、上映開始時間よりも早く映画館に到着していた。

 

 

 普段は家族連れなど色んなグループでにぎわうロビーには、予告映像が響き渡っていた。

 艮はその場でしばらく立ち尽くし、歩いて、合皮張りで背の低いかろうじて椅子としての機能を保っているソファに腰かけた。

 

 

 ドリンクサーバーのチェックをしていたスタッフはシアターの清掃が一通り終わっているのを知っていたので、艮のチケットをちぎって、シアターへ通した。

 艮を見送ったスタッフは彼のことを、平日の早朝から来る熱心な映画マニアだと思っているだろう。

 

 

 艮の見たシアターは、空っぽだった。しかし驚きはせず、こういうものなのだと思ってシートに深く座った。

 

 

 上映開始まで真っ暗なスクリーンと向かい合ってしばらくして京は現れ、隣に座ってきた。

 

 

 京は艮が自分の存在に気付いていたのか疑問に思っていたが、実際のところ彼は京についてシアターに入ってきた時から気付いていた。

 ではなぜ彼を無視したのかというと、シンプルに関わりたくないからである。

 

 

 口を開けば映画の演説ばかりで、そういう話しかしないくせに妙に癪にさわる。こちらを見下げるような声色をしているせいだろうか。あと振る舞いや仕草もくどい。

 

 

 こうして不満を挙げていくとキリがなくて、南雲とは別方向(ベクトル)で鬱陶しい男だった。

 

 

 そんな男が、今自分の隣に座っている。

 

 

 やはりすっぽかした方が良かったろうか。

 

 

 仏頂面の奥で、艮はなぜこんなことになったのか思い返していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会食中、ナイフを弄びながらふと、南雲が口を開く。

 

 

「映画のチケット余ったんだけど、ぼくと行く人いる~?」

 

 

 空中でなにか握るような仕草のあと、二枚のチケットが二本指に挟まれて現れる。

 もしこれを衆人に見せたのならたくさんの感嘆を呼べたであろうが、ORDERの面々にとってはこれが普通なのか、誰ひとり気にも留めずフレンチを味わっている。

 

 

 カチャカチャ、カチャカチャ。

 銀色の優雅で小さな音色が華奢に響く。

 カトラリーが料理(ディッシュ)に踊る。

 それを遮るように、ヒラヒラ、ヒラヒラ。

 疑似餌(ルアー)が魚を煽るみたいにチケットが揺れる。

 

 

 わざとらしい揶揄いが癪にさわったのか、豹はカトラリーを握る手をテーブルに叩きつけて、吼えた。

 

 

「誰がテメェと行くかよ」豹は南雲の誘いを断った。

 それに続いて、

「あ~、その日は予定入っとるわ。 たぶん

 せやからパス」

「私も······」

 

 

 神々廻と大佛は未来の予定を口実に断った。

 巻き込まれたくないからだ。

 仕事の時ならいざ知らず、プライベートの南雲はふざけるのがほとんどで、もし彼の誘いに乗ったなら、最終的に面倒事になるのは目に見えている。

 

 

 こうして、南雲の提案は断られてしまった。

 一人を除いて。

 

 

「······(篁さんは遅れてるのか)」

 

 

 その一人とは、篁の不在が気になってみんなのやり取りに気付いていなかった艮だった。

 

 

 艮が先ほどまでのやり取りに気付いていないと踏んだ南雲は、強引に押しきることにした。

 

「それじゃあ一緒に行くのは艮さんかな~。最後まで残ったしね」

「ん?なんの話だ」

「なんでもないよ。

 あ、艮さんってこの日予定ある?」

「何も無いが」

「じゃ決定~!」

「だからなんの話なんだ」

「いいから、いいから。気にしないで~」

「いや、だから······」

 

 

 艮の質問を舌先三寸でかわす南雲。

 その光景を見て絶句する三人。

 彼らは不憫な艮を助けに行くべきか逡巡したが、助けに行くとこちらに飛び火しかねないので無視を決め込んだ。

 

 

 艮に合掌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今に至るまでを思い出した艮は、南雲がまだ来ていないのに気付いてスマホを確認する。

 メッセージアプリに通知が一つ入っていた。

 差出人はやはり南雲だった。

 

 

 

 本気になんなんだ?
 

 

 え~?

 ほんとに気付いてなかったの~?

 一緒に映画見にいくって話してたじゃん 

 

 

 

X月X日

 

 

 やっほ~。艮さん元気~?

 実は今日行けなくなっちゃったんだよね

 ホントは艮さんと映画見たかったんだけど

 依頼入っちゃってさ~

 でもチケットがもったいないから京にあげたよ 

 ぼくの代わりに一緒に楽しんで来てね~

 

 

 

 

 

 

 

 殺す。

 この軽薄なメッセージを見て艮は思った。

 

 

 そもそもチケットを譲る相手が間違っているだろう。

 艮が心の中でそう悪態をついた時、隣でベキリと嫌な音がした。

 

 

「おい。映画館ではスマホの電源は切れ······」

 

 

 声の方を振り向くと、いつの間に取ったのか京の手にスマホがあった。

 彼はスマホの電源ボタンを握り締めるみたいに押している。

 

 

 京から返ってきたスマホは画面にヒビが入り、フレームが歪んでしまっている。

 

 

 やはりこいつから先に殺すか。

 艮は思った。

 

 

 艮が行動に移すより先に、京が喋りはじめた。

 

 

「しかし、俺より早くスクリーンの前にいるとはな。

俺が知らないだけで、お前も相当な映画好きなのか?」

「そもそも俺は映画を見たことがない。これが初めてだ」

 

 

 答えになっていない答えを聞いて、京は愕然とした。

 

 

 京にとって映画とは、その出会いだけで人生を変えるほどのエネルギーを有するものであり、情熱そのものであった。

 

 

 それを知らないとは、なんて、なんて─────

 

 

「なんて悲しい人生なんだ······っ!」

 京は本気で目の前の男を哀れんだ。

 

 

「映画の無い人生なんて、俺は耐えられない。想像さえ出来ん。

 ─────だが、知ってはいる」

 

 

 予告編も中盤に差し掛かり、まばらにシートが埋りはじめる。

 

 

 騒がしいスクリーンの方を見ながら、冷たい目で京は話し出した。

 

 

「19xx年10月4日。

 ある男の子は祝福を受け産声をあげる。

 

 

 父親はボクサー崩れのヤクザの用心棒。

 元々彼はチャンピオンだったが防衛戦の最中反則技を使用。即刻ボクシング界から追放処分が下り、生活は荒れ、薬物に手を出すようになる。

 売春の数も以前よりも増え、そこで孕ませた女が母親になる。

 五度目の取引でヤクザとも繋がりを持つようになり、やがて組の用心棒として使われるようになった。

 

 

 彼は産まれてきた子供に対し日常的に虐待を繰り返していた。母親は子供に興味すらなく、食事を与えないこともしばしばだった。

 父も母も家にいないのがほとんどで、子供は泣いて、泣きつかれて寝るのがいつもだった。

 いつしか子供は泣いても無駄だと言うことを理解して、ただ怯えて夜を過ごすようになった。

 

 

 子供が六つになった頃、父親の暴力は苛烈さを増した。

 だが、子供はその全てを見極め全て躱したのだ。

 その動きにかつての輝きを見出だした父親はヤクザに我が子を売り込み、彼を少年暗殺者(ヒットマン)として使「黙れ

 

 む?」

 

 

 どこにどうやって仕舞っていたのか。

 日本刀が京の首にそえられていた。

 

 

 予告編も終わってシアター内が薄暗くなり、席が後ろの方ということもあって一人として鈍い光に気付く者はいなかった。

 

 

 首に刀があって、動くと首が刎ねられるというのに、彼は少しも怯えていない。

 むしろ話を中途半端に遮られて、逆に不満げな顔になっている。

 

 

「ここから盛り上がるのに······っ!」

「············呆れたな。

 お前には映画以外の全てが欠落している。

 映画でしか人を見れないし、映画の中でしか生きられない。

 哀れなやつだ、お前は」

 

 

 艮はゆっくりと席を立って京を横切る。

 

 

「だが、次俺の前に姿を見せたのならその時は殺す」

 

 

 京の足を跨いで通り過ぎる際に京だけに聞こえる声でそう宣告した。

 

 刀はいつの間にかどこかへ消えていて、手ぶらのまま艮はシアターを出る。

 

 

 本格的に暗くなり、艮の背中は闇に溶けてなくなった。

 京はスクリーンへ向き直る。

 しばらくして、映画が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その映画は世間一般で言う『駄作』ではなかったが、彼の思う『傑作』でもなかった。

 面だけの俳優と世間の話題だけで浮き上がってきたアイドルが主役を張っている。内容の方は王道の展開を踏襲しているが、それゆえ次が予測出来てしまう。

 盛り上がりの無いつまらない話だった。

 

 

「やはり『真の傑作』は自らの手で作らねばならないな!」

 

 

 シアターを出て、昼前に差し掛かり賑わいを見せるロビーを歩きながら、ひとり宣言した。

 

 

「しかし、主役というものは観客の目を射止めなければいけないからな······。最低限の容姿が必要だ。

 シルエットは丸く、人を惹き付ける印象のある人物にしなければ。

 そう、例えば可憐で溌剌な少女にひそむ暗い過去の影!

 こういうギャップがあると印象に残りやすい。

 

 そして芝居がかった演技ではなく生でリアルな反応!これが欲しい。それに、ある程度動ける人物の方が良いな。

 アクションも撮れてダラダラとつまらないカットが続かず、画に映える。

 そうすると主役のキャスティングは俺と同じ殺し屋が適任か······。

 どこかにいるだろうか、このすべてに合致する完璧な人間は──────」

 

 

 頭の中で構想を練って口からそれを垂れ流しながら、京は足取り軽く去って行った。

 

 

 

 

 

 

 





ほんへに艮の過去を入れる隙は無いので《幕間》で小出しにしようかなと思います。
あと、なんだかんだ言って京のことは好きです。一周回って。
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