リコリス・リコイル 〜W-licorice-extreme〜 作:goat
「ここが、風都……」
黒色のトランクケースを引きずりながら、羽濡色の長髪と大きな黒い瞳が特徴的な少女──井ノ上たきなは、「風の街」を歩いていた。
あちこちに風車が立てられ、公園に目をやれば大量の
「電波塔」跡地の横を通り過ぎ、駅前の大通りに沿って進んでいけば、古き良き下町という感じのする閑静な住宅街へと抜ける。彼女に渡されている地図にはこの通りの奥の方に、目的地である「鳴海探偵事務所」は位置している。
「あそこ…?」
しかし、地図中に印が付けられているところには「かもめビリヤード」という看板の建物しか存在していない。もしかして、地図読み間違えちゃったかな…とたきなが右往左往していると、後ろから1台のバイクが近付いてくる。
「そこのレディ。もしかして、井ノ上たきなさんですか?」
バイクに乗っていた、白いジャケットをパリッと着こなしている男性が、ウロウロするたきなを見てそう声を掛ける。キザな表現に首を傾げそうになりながら、彼女が頷くと男はパッパっと服のちりを払いたきなに名刺を差し出す。
「俺は
「
「勿論、そこまでが今回の依頼だからな。たとえ道案内だろうとハードボイルドに決めてやるよ」
ふふん、とキメ顔の新に困惑気味のたきな。
「ハードボイルド?」
「あーいや、こっちの話だから。気にしないでくれ」
「そうですか?」
荷物を新のバイクに載せて、二人は歩き出す。途中通った商店街では「おいおい死んちゃん、高校生に手を出しちゃダメだよ」と八百屋のおじさんにからかわれ、新は「手出してねぇよ!」と真っ赤になって反論していた。
地元の人に愛されている、と言うか顔が広いのだなとたきなは感心する。
「顔が広いんですね」
「ん?あぁ、そりゃこの街で十何年探偵やってきてるからな。色んな人の依頼を受けてきたし、顔が広いってことはそれだけ情報が入ってくるっ事だからな」
「なるほど…参考になります」
「そ、そうか?」
「はい、とても」
たきなの視線に、むず痒そうな顔をして新は話題を変える。
「ほ…ほら、そろそろ着くと思うぞ、”リコリコ”に」
「そうですかね?まだかかると思ってたんですが…早く見てみたいです、”例のリコリス”」
無事に話題の転換に成功した新は、たきなに”リコリコ”のメンバーについて色々と話し始める。
「オーナーの人、ミカさんって言うんだけどさ。ミカさんが入れるコーヒーがこりゃまた旨いんだよ!」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ、昔はほんと泥水みたいな味だったんだけど…」
「泥水みたい!?」
リコリコの面々について話しているうちに、二人は店の前へと着いた。吊るされている看板には「喫茶リコリコ」と可愛らしい文字で書かれており、レトロな雰囲気が漂う外見もたきなは気に入った様子だった。
「素敵な外観ですね」
「だろ?俺も毎日昼休みにはここでミカさんのコーヒー飲むのが日課になっちまうくらい気に入ってるんだが…っと、悪い悪い。つい喋りすぎちまった。早く入りたかったよな」
「いえ、気にしないでください」
そう言ってたきなはすぐにドアを開ける。内装は座敷と2階席が中心で、ザ・和風な雰囲気を創り出していた。店員も全員和装なのが更にその雰囲気を増している。
「本日付でこちらに配属になりました、井ノ上たきなです」
入ってそうそう、綺麗な角度で腰を折っての挨拶。たきなの後ろから入ってきた新がそのあまりの美しさに「おぉ…」ともらす。
「来たか、たきな。わざわざ風都までご苦労だったな」
褐色肌にドレッドヘアーの大男・ミカがたきなが入ってくると同時に彼女を労う。
「噂のDAクビになった子?」
「クビじゃないです」
すると、カウンター席に座っていたメガネの女性がたきなを見て指差す。そして即座の否定。あんまりにデリカシーがなさすぎるぞ、とミカがため息を吐く。
「そんなんだから結婚できねぇんだろ」
「うるせーぞこのハーフボイルド探偵!」
「んだとこのやろう!」
新がメガネの女性といがみ合ってるのを尻目に、ミカはたきなに彼女のことを説明しようとする。
「コイツは…」
「知っています。彼女から学べ、とのことでしたから。不本意な異動ではありますが、東京で1番優れたリコリスから多くを吸収して本部に戻ろうと思います」
強い意志を持って、彼女は千束(仮)の方を改めて向く。
「いやこれは千束じゃねぇぞ」
「これって言うな!」
千束(仮)とやいのやいのしていた新が、たきなにそう言う。驚いた様子のたきなは一瞬だけミカを見るが、そんなわけないかと再び千束(仮)の方をむく。
「コイツはミズキ、元DAだ。所属は…どこだったっけ?」
「情報部よ情報部!…嫌気が差したのよ、子供集めて殺し屋育ててるキモイ組織に」
怪訝な顔をするたきな。無理もないことだ、と新は思う。幼い頃に親を無くし、「DA」の擁する国家公認の殺し屋となるべく厳しい訓練を積み外の世界なんて知らぬまま育つ──詳しいところまでは知らないが、「リコリス」とはそういうものだと彼は「おやっさん」から教えられていた。
「では、錦木千束さんはどこに?」
「さっき買い出しに行かせたからそろそろ帰ってくる頃だと思うが…」
ミカがそう言うと、外から愉快な声が聞こえてきてミズキが「来たわね」とドアの方を見る。
「先生大変〜!食べログでスタッフの女の子がめっちゃ可愛いって書き込まれてる!これって私のことだよね!?」
「私のことだよ!」
白いボブカットにアクセントのように付けられた赤いリボンが特徴的な少女──そう、
「飲みすぎだっつーのこの酔っ払い」
ミズキのボケなのかガチなのか分からないツッコミを冷徹にいなして、千束は「あっシン兄!」と新の方へと駆け寄ってくる。
「おはよーシン兄!そっちの女の子は…リコリス?もしかして──」
新の横に座るたきなを見つけて、千束は彼女に近寄る。たきなも立ち上がって1歩、前に出る。
「おはようございます、錦木千束さん。本日付で…「きゃーっ可愛い!よろしくねたきな!」…よろしく、お願いします」
「おい千束、たきなちゃんちょっと引いてるぞ」
いきなり抱きつかれ困惑気味というか引いてるたきなを見かねて、新は千束を彼女からひっぺがす。
「いやーごめんね。…じゃ、早速お仕事行こうか、たきな!」
「っ、はい!」
興奮を隠せない様子のたきなを微笑ましく思いながら、新は思い出したように自身のジャケットの内側をまさぐる。
「おい、千束!」
「なぁーに?シン兄」
仕事着に着替えに行った奥の千束に聞こえるよう、新は声を張り上げて言う。彼の手には、赤い何かのベルトが握られていた。
「頼まれてた例のヤツ、直したけどどうする?」
「あー…そうだ、たきなに渡してあげて!」
「渡してあげてって…お前、そんなノリでいいのか?」
何やら口論になりそうな雰囲気で、ミカもミズキも何やら深刻そうな表情でたきなを見つめている。どういうことかたきなが聞こうとすると、新は帽子を深く被り直してから「赤いベルト」をたきなに手渡した。
「ソイツは”ダブルドライバー”。この街でリコリスをやっていくなら、絶対に必要になる代物だ。正直あんまり説明もしないでたきなちゃんに渡すのは気が引けるが…受け取ってくれ」
最後に「すまん」と付け加える新。断る理由も特に無かったので、たきなはダブルドライバーを受け取る。デザインは変わっているが、別に普通のベルトと大して変わらない印象をたきなは受けた。
「それじゃ、ミカさん。俺は依頼があるんでこれで失礼します」
「悪いな、手間かけちまって」
「いえ・・・それじゃ、たきなちゃんもまた」
それだけ言って、新は足早に「リコリコ」を去っていった。
・風都…ビルが溶け、人が死ぬことが日常の街。どこにでも風が吹く、変わった街でもある。
・鳴海探偵事務所…数十年もの間風都の人達に頼られてきた探偵事務所。”現在の”所長は鳴海新。前任の所長は、10年前の”電波塔”での事件に関わりがあったとか。