親族経営中小企業のセキュリティ・レディは今日もダレる。   作:ウェットルver.2

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 求められたので書きました。


ゴーストガールは今日も浮かれる。

 ゴーストガール/別所エマは楽しんでいた。

 彼女はデュエリスト。()めた言い方をすれば、己が選んだカードに己の尊厳(そんげん)()ける、かつ尊厳を()けるタイプのゲームジャンキーである。

 またクラッカーであり、電脳犯罪においては電子情報の窃盗(せっとう)を主な手口とするアンダーグラウンドの情報屋でもある。

 情報の売り込み先は犯罪組織、違法捜査を望む権力者……「ハノイの塔事件」での活躍においては、SOLテクノロジー本社に務める財前晃の依頼のもとに「電脳トレジャーハンター」として活動していた時期もあった。

 しかし、どれだけ活躍しても、手放しで称賛(しょうさん)される(たぐい)の英雄ではない。

 あくまでも「LINK VRAINS」のユーザーであったPlay-Markerとは話がちがう。

 どれだけ言葉を綺麗に整えても、彼女の生業(なりわい)にあるものは犯罪性のみ。

 無意識に(くす)ぶる感情は、「己の技量を試したくて仕方がない」……常軌(じょうき)(いっ)した技術を持つ者の(さが)が、そのまま犯罪性に繋がっていくタイプの危険人物でもあった。

 

 そんな彼女が楽しむといえば、それこそ趣味を除けば。

 数多の企業から依頼された通りに、電脳トレジャーハンター、もとい電脳犯罪者としてのクラッキングによる電子情報の窃盗に他ならない。

 今日も今日とて、攻撃するべき企業へと歩を進めていた。

 

 常に最新の環境へと更新されるはずの、電脳世界で。

 

 己の眼前では悠然と広がり、果てが見えない、あまりにもフォーマットが旧いネットワークで構成された「白い壁」の()を見ながら。

 

 感慨深げに。

 その唇から溜息(ためいき)を、ゆっくりと吐いた。

 

「―――旧式電脳世界(ロストワールド)なんていう、VR未対応の空間。

 こんな発想で無理やり情報保護を強化する企業は、どんな企業のセキュリティを突破し続けても、他に出会えることはなかったわね……」

 

 現在、物理エンジンを搭載したVR空間は利便性に長けたオフィスとして多用されている。そのきっかけは世界各国が問題視した国際問題だったとか、あるいは単純に定年退職するはずの高齢者でも働ける環境を実装するためだったとか。

 あるいは両方かもしれないが、間違いなくVR空間は今でもなお、交通手段に依存しないヴァーチャル・オフィスとしての機能を期待されている。

 

 ゆえに、ほとんどの企業にはSOLテクノロジーのVR技術が使われていた。

 あくまでも「LINK VRAINS」は代表的な、民間に提供するネットワークサービスであって、企業に提供するネットワークサービスとしては「LINK VRAINS」とは同一規格ながらも別のサービスがある。だからこそ、「LINK VRAINS」へと報道機関のスタッフが自社のVRアバターを使って出入りできただけでなく、「LINK VRAINS」が受けたネットワーク障害やクラッキングなどを報道機関もまた受けてしまう、という脆弱性を持っていたのだ。

 もちろん、これはゴーストガールたる彼女が「LINK VRAINS」のサービスでしかないはずのVR空間を介し、あらゆる企業へと電子情報の窃盗がおこなえる原因でもある。

 

 よって、VR環境に大企業も中小企業も関係なく、どこも同じ脆弱性を抱え、そうであるがゆえにVR空間での物理的なセキュリティの穴には、SOLテクノロジーの強固なセキュリティAIで埋め合わせるのが常識だった。

 

「あたりまえよね。

 どんな大企業や中小企業にだって、SOLテクノロジーの息がかかって当然だもの。

 セキュリティソフトひとつをとっても、『SOLテクノロジーと関係のない企業』なんて、めったにお目にかからない……まさにロストワールド。」

 

 あらゆるものは、時代の推移(すいい)と共に忘れ去られていく。

 かつてのコンピューターは軍事利用のみの目的で開発された。

 もともとの名前通りの、ただの計算機として。ロケットを攻撃先に着弾させるために用意された標準機能、それが最初期のコンピューターだったのだ。

 そんな兵器が戦後まもなくして、経済活動のために利用され、各企業が利便性を求めた結果、通信機能としてのネットワークが確立されていく。

 やがてネットワークはビジネスマンが利用するものとして、しばらくしてはいわゆる「オタク」が娯楽目的でゲームやFLASH動画を作るための機材として、ついにはブログや電子掲示板、動画サイトのような今あるSNSの原型にアクセスするための道具として。

 

 次から次へと、だれにでも使える普遍(ふへん)的な娯楽の道具へと変化し、世界を幅広くつなげていく。かくして別所エマの生きる現代に繋がったわけだが、あまりにも多様な進化を続けたネットワークの利用者は原始的な世界を忘れてしまっていた。

 あらゆるサービスに埋没し、本来の用途、コンピューターの利用法の基礎が、いつの間にか「専門的な利用法」へと変わってしまったのだ。

 

 だれもが簡単にできる、VR技術を介した電脳世界への()()()アクセスではない。

 ただ画面をにらんでキーボードを打ち続けるしかない、あまりにも(いろど)りのない文字と黒いコマンドプロンプトだけの―――忘れ去られた、旧すぎる世界を。

 

()()はVR空間においては、SOLテクノロジーの規格では表示可能なオブジェクトが存在しない……未対応なせいで、エラーとして真っ白な空間が発生し、接触はできても進行不可能な『壁』として可視化される。

 二次元的な壁、なのに立体感は可視化された異空間……ロストワールドの中には、今あるSOLのテクノロジーではVR空間として機能させたうえでの出入りができないから。」

 

 旧式の電脳世界、ロストワールドは最早、知る人ぞ知る伝説である。

 その存在そのものが、クラッカーの技量を問う天国への扉、あるいは地獄の門。

 恐竜の化石から旧き時代の生命力を感じ入るように、ゴーストガールの華奢な手が「壁」に接触し、そっと「壁」の表面をなでおろしていく。

 名残惜しくも手を離し、虚空を指でなぞり、コマンドプロンプトを表示させた。

 

「ほかの同業の子なら、()()()()で諦めて当然でしょうね。

 まさか、あるとは思わないもの。VR空間ではセキュリティの(もろ)い場所まで、物理エンジン的に移動できるのに。コマンドでしか接近は許されない世界があるなんて。

 だから、この企業を攻撃したうえで生還できる私が呼ばれる……必ずね。」

 

 ここは、SOLテクノロジーの天下あってのクラッカーでは厳しい世界だ。

 それこそPlay-Markerのバディのような、旧式かつ原始的なクラッキングに長けたウィザード級の実力者でなければ辿(たど)りつけない。便利なSOLテクノロジー製のツールに依存していては、ロストワールドへの接触まではともかく攻撃までは不可能に近い。

 半端者ができたとしても、あまりにも原始的すぎて慣れが追いつかないだろう。

 

「それが嬉しくてしょうがないのよ。

 ロストワールドのガーディアンに挑めるなんて、光栄じゃない?」

 

 やがて、ロストワールドの()から、イルカの絵が近づいてくる。

 VRアバターではない。ただのドット絵で構成された愛嬌(あいきょう)のあるイラスト。

 それが決められたアニメーションとして動き、「きゅー」と泣いてはメッセージウィンドウを表示させる。ほかの動作はない。なんのこだわりも見受けられない。簡単なプログラムすぎて欠伸(あくび)が出るほどのものだ。まばたきすらしないのだから。*1

 

 しかし、このイルカこそが。

 ゴーストガールを()らおうとするガーディアンなのである。

 

「あなたには理解できるかしら。

 ……セキュリティ・レディ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぁっ きゅー。

 とだけ、返事(鳴き声)が返ってきた。

 

*1
Windows社製のパソコンでかつて表示されていたサポート・キャラクター「カイル君」のこと。「おまえを消す方法」で御馴染みになるほど、どうやったら表示を消せるのかに苦戦するWindowsユーザーは多かった。

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