親族経営中小企業のセキュリティ・レディは今日もダレる。   作:ウェットルver.2

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 新年あけましておめでとうございます。
 つい唐突な遊戯王作品投稿ラッシュに呑まれてしまいました。なにあれ怖い。


家族そろって、怖がりの淑女は今日もわらう。

「はあ? LINK VRAINSの完全封鎖ぁ?」

 

 電話越しに聞いたパパの問いかけには、さすがに意識が遠くなった。

 

『おい、だから、おまえLINK VRAINSで遊んでるのか?』

「まさかあ、アバターは前の駆除作業で使ったきりだよ?」

 

 うちのネットワーク環境は意図的なVR未対応の旧環境ではあるものの、だからといって肝心のメールサービスなどの回線にまでVR電脳空間との接触がないわけではない。

 どうしても例のオバケ女が口ずさむような「VR空間上の白い壁」だの、「忘れ去られた旧式電脳世界」だのといった暗部の都市伝説が広がってしまうのだ。

 

 傍から見れば「珍妙な映像を流し続ける白い豆腐建築」としか思えないはず。

 いや、だからこそ、ということなのか、たまに通称“白い壁”へといたずら半分で落書きをされてしまったり、やけくそで蹴り飛ばされてしまったりして、セキュリティシステムからクラッキングだと判断されて警報が鳴るのだ。あれは困る。

 

 最近は破損済みのデータの塊がオブジェクトとしてぶつかるし。

 “白い壁”の前での掃除や警告のためだけにVRアバターを作ってから数か月、いまだに清掃業務以外でVRアバターを使わない“週”がない。

 いちおう、“日”ではないだけマシかも……そうか? そうかも……?。

 

『あっそう。

 とにかく別部署に予算が移るらしいから。

 最終的にはそうなるかも、な! 俺がやった小遣いで課金するなよ!?』

「だれが使うかっつうの。

 セキュリティ雑魚すぎて課金したくない。……って、前に言ったじゃん。」

『がはは、さすがは俺の娘だな!

 そうそう、おまえが最初に「SOL社のは使うな」って言ったんだからな!』

 

 うーん下品。ひとを笑わんと話せんのか、ウチのパッパは。

 まあ実際、SOL社製のVR空間での情報保護って、まず物理エンジンでだいたい接近(攻撃)されうるから、そのあたりに強いSOL社のセキュリティAIが負けてもいいように基礎的なセキュリティソフトでも対応しよう、ってできれば強いと思うのだけど。

 VR空間上の情報へは既存のセキュリティソフトが併用できない仕様だから、本当に使わないほうがマシっていうか、安全に顧客情報や機密情報を取り扱えるのよね。

 

 簡単に言えば、だ。

 SOL社の警備員がいて金庫の施錠(パスワード ロック)もできるのに、肝心の金庫は物理的にも持ち運びが簡単なゲームのアイテムでしかないに等しい。

 最悪、「五十メートル四方の金庫が五センチ四方のポケットに入る」とか悪夢じゃん?

 どこの動物がたくさん住んでいる森という名の魔境なんですかねぇ……。

 しかも金庫のある部屋は物理エンジンをバグらせれば壁抜け(ケツを段差や壁にこすりつけたワープとか)で入れる可能性があって、だから武器を持たせた全自動の警備ロボットや罠で迎撃したいのに、その警備ロボットも罠も使えないって感じ。

 

 このあたりの問題をしっかり解決できたとしても、まずSOL社管理のアカウントありきでVRアバターを操作するので、アカウント乗っ取りの危険は付きまとう。

 社内外で使用すれば、なりすましがいちばん信用問題に繋がってしまう。

 

 うーん、……だれが使うのさ、SOL社の製品。

 ご高齢の方でもばりばり仕事してほしい! そんなアットホーム(よかれと思って)なブラック企業でもないと、VR使う意味なくないかな……あるのかな……。

 流行り病や悪天候があっても支障なく業務できる強みはあるらしいけれど。

 パッパの企業には関係ないかな。

 

『じゃっ、あとはやれよ。』

「はーい。……対戦よろしくお願いしまーす。」

 

 とにかく、そういうわけで、今日もSecurity Ladyの仕事だ。

 こんな時間帯に攻撃する余裕があるクラッカーを相手するなら、こんな時間帯に暇になる無職のひとり娘しかいないでしょーガハハですと。彼氏ほしー。

 介護関係に理解がある彼氏がマジでほしい。

 おま、パパあんた、ママに逃げられるからおまえさーマジでさー。

 とか言いたいけれど、なんだかんだ真面目だからガチへこみするのよなー。

 

「……あーあ、SOLの株は買い時かもなあ、これ。

 えらい勢いで株価さがってまあ。値上がりすれば爆アドだね。」

 

 愚痴る間にも音声メッセージで罵倒が飛んでくる。

 犯罪者がなに粋がっとんのじゃワレ。はい親父の社員さんに個人情報特定されて通報までのコンボ入りましたーざまーみろ。やったぜ。

 

「…………Ghost Girlのやつ、毎回これ逃げるから面倒だよねー!」

 

 デュエルディスクをソファへ放り投げる。

 もちろん非SOL製なので、VR空間へのアクセス権限もない。

 旧き良き旧世代の貫録を保った最新版のデュエルディスクだからね。なに言っているのか自分でもわからんけどガラケーみたいなものだから格好いいのさ。

 こう、ガシャンガシャン(`・ω・´)シャキーン!

 ……って感じの動きが格好良くて素敵だ。ロボスーツっぽくて。

 

「いやいや、おいおい次があるかもしれないのにダメだろ、ぼくよ。

 社員さんからのメッセージは、……なし。

 こっちのパソコンへの警告メッセージもなし、まだ大丈夫か。」

 

 そそくさとデュエルディスクをパソコン前に戻して、コネクタを接続し直す。

 無線だとセンサーの異常と送受信の遅れで何が起きるかわからないうえ、有線なら接続不良が起きても対処しやすいので、ぼくは有線派だ。

 デュエルディスクの操作ミスで負けて会社が潰れるとか嫌だからね。

 想像しただけで胃が焼けそうだよ。だから「パパすごい」って思うけどさ。

 

「じゃあ、今のうちに休憩し、……ほーん?」

 

 そういえばパパ忘れ物してない?

 なんて気になってソファを見直してみると、本当にあった忘れ物。

 パパの業界で定期的に発行される新聞。そこに一際(ひときわ)目立つニュースが載っていた。

 

「なになに?

 【SOL社、新型アンドロイド開発部署を設立。】

 株主総会で? 高性能AIの人型の研究? へーえ?

 パパが言ってた、新しいカネの流れる先、……SOLの新事業ってやつ?」

 

 ほうほう、試作機の段階でそんなに人間そっくりな顔になるのね。

 理解のある彼氏を作れたりするのかな、年下でもいいけど。

 やーでも窓口業務以外はパパの会社だとないわー、だって人間がやらなきゃ給料出せない仕事ばかりだもの、ロボット代行とか商品壊れたらだれが責任取るのさ。AI?

 どこまでスポンサーがつくのか怪しいなあ、宣伝文句が悪いし。

 とかなんとか思っているうちに携帯が鳴った。

 

「へ?

 あ、はい、Security Ladyです。

 ……え、また、VR空間側でオブジェクト? トロイの木馬だったりしません?

 …………消去はSOL社の規格じゃないと無理なやつ? またですか。」

 

 電話で社員さんと話しながら、ぼくは別のデュエルディスクを起動する。

 

「はいっ、今すぐ駆除します!

 ……なんだよ、またかい、まったくもう!

 こいつの起動パスワードはえっと、ええっと……?」

 

 最近、こいつを使う機会がやたら多いなあ。

 本当は他社製のVR対応デュエルディスクがほしいけど、会社の経費だし。

 しょうがないか。安売りでまとめ買いできちゃったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Into the VRAINS? だっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとは、このあたりよね。」

 

 Ghost Girlは今、ある企業の依頼により調査を進めていた。

 顔馴染みのPlay makerらとの共同戦線とも言える、「イグニス」なる人工知能生命体についての調査ではなく、本業のトレジャーハンターとしての調査。

 DEN-CITYの暗部から依頼された、こどもには見せられない仕事。

 

 LINK VRAINS内部で起きた「ハノイの塔事件」における爆発的な情報エネルギーの奔流は、LINK VRAINSの外ではデータストームとしても発生したのではないか?

 あわよくば、SOL社の技術をデータの断片でも回収できないだろうか?

 

 つまるところ、悪く言えば。

 SOL社の失われた栄光へのドブさらいである。

 

 いいところの企業が裏で依頼する事ではない、とは彼女とて思うが。

 オカネになって、暗部における自分の信用にも繋がるのならば、まあまあの悪くないお宝探しじゃあないかしらと、Ghost Girlは思えなくもなかった。

 もちろん横流しはしない、信用に関わる。

 

 しかし、それでも、と続けて思い、彼女は周囲を見渡す。

 

「Security Ladyちゃんの旧式電脳世界(ロストワールド)の近くじゃないの。

 あのあたりまで調査を進めておいて、このあたりは私の仕事……?」

 

 複数のトレジャーハンターに分けて依頼した結果が、今の自分の依頼なのか。

 企業の暗部が既に調査し、途中でなんらかの断念する理由が生じたのか。

 どちらにしても「旧式電脳世界(ロストワールド)まで潜って調査をしろ」という意味であれば、なるほど毎回生還するGhost Girlこそが適任である。

 

 旧式電脳世界(ロストワールド)がなんたるかを知れば、ほとんど無駄に近い、含みある依頼だが。

 

「データストームはSOL社製共通の独自プラットフォームありきの現象よ。

 VR環境が非対応の旧式電脳世界(ロストワールド)で、立体映像化されたデータストームが観測される可能性はゼロに近い。高度な情報処理を要求する次元軸がない旧式電脳世界では、そもそものデータストームは干渉できても次元軸を失って物理演算も生じない。」

 

 白い壁は究極の、対データストームに特化した「防風柵」でもある。

 Security Ladyが意図して用意させたのであれば、おそらくはSOL社のVR技術と物理エンジンを前提とした、現代特有の攻撃手段への対策としてのもの。

 あくまでも、旧世代のクラッキングしか受け付けない聖域なのだ。

 

「LINK VRAINSの風が通りぬけたとしても。

 情報の嵐ではなく、洪水でもなく、水道管を走る水にしかならない。

 さながら防風柵や防風ネットで、かぼそい弱風へと作り替えられるように、白い壁のむこう側の情報領域だけは安全が保障される。」

 

 そのぶんだけ情報処理に遅延が生じ、突然の処理落ちという形で可視化される。

 具体的に攻撃されたとかどうだとかの話ではない。立体的に渦を巻くことで次元軸を三つ持ち、VR空間を移動することで四次元へと至るのがデータストームなのに、そのすべてが物理エンジンありきなのだから、それを失えば情報量も劇的に失われる。

 

 VR空間を移動できないので三次元へ、奥行きがないので二次元へ。

 次元軸をふたつも損なえば、運動する立体物ならば片面と線しか残らない。

 元が平面ならば線、線ならば点になって、あるべき次元軸の情報を破損し消えうる。ほとんどの平面がオーバーレイされて情報が重なり混ざり、壊れる場合もありえる。

 そんなものが旧式電脳世界(ロストワールド)の脅威になるだろうか。爪跡を遺せるのか?

 

 なるわけがない。

 これがGhost Girl、否、別所エマの結論だった。

 いくら莫大な情報量の濁流といっても、それらが強引にダウンロードされるためには、まず相手側のパソコンやネットワーク回線の性能へ依存しなければならない。

 おそらく処理落ちしか起こせず、旧式電脳世界(ロストワールド)の利用者が異常を察知して回線を切断する可能性が高い。そうなるとデータストームの情報でも一割さえ残留できるのか怪しいところだ、セキュリティソフトで削除もされるだろう。

 よくて一分か一厘かまで破損され、もはや復元不可能になるはず。

 

 データストームは脅威だが、旧式電脳世界(ロストワールド)では本来の脅威が発揮されないのだ。

 ならば、ほとんど、……まさしく聖域としか言いようがない。

 

「ほとんど無駄足よね。

 まあ、逆に言えば、旧式電脳世界(ロストワールド)の白い壁になら、……あったわ!」

 

 Ghost Girlは指を鳴らす。

 白い壁の表面をうごめく、異常な挙動を繰り返すオブジェクト。

 これこそが彼女がこれまで集めてきた、データストームの残留物だ。

 ただし、あくまでもVR空間での意味を持たない状態、結晶化した残留物とは何もかもが異なり、風と結晶の中間とも言える奇妙な状態になっている。

 通常の、……元から異常なのだが、……挙動を続けようとする情報の奔流が、物理エンジンの存在しない旧式電脳世界(ロストワールド)に接触した結果、内部情報を強制的にダウンロードさせながらも減衰しきれず、ぐにゃぐにゃとアメーバのように挙動を乱したのだ。

 奇しくもそれは、Play makerの相方であるAiの仕草にも似ていた。

 

 依頼完了ね、と、つぶやきかけて、

 

「―――え?」

 

 息を呑む。

 

 VR環境に対応していない旧式電脳世界(ロストワールド)

 此方(こなた)彼方(かなた)を区切る白い壁のむこうから、人型の映像が近づいてくる。

 立体映像化などされていない。そう見えるだけの平面の映像でしかない。

 それが白い壁を蹴るように足を延ばして、するりと足が伸びていく。

 

 二次元映像から、三次元映像へ。

 前へ進まない絵が前へと進み、足踏みする絵が歩きだす。

 

 イルカと各種メッセージウィンドウがあしらわれた、可愛らしくも、見る者によっては消せない悪夢(Error)を思い出して絶叫するディテールの日傘をくるくると回す。

 衣装はロリータ調だが、なぜかひねりのないホワイト基調のドレスに黒い数字や英文字が記されている。「404」、「not found」、あまり考えたくない文字だ。

 髪は地毛なのか色を抜いたのか、区別がつかないほど真っ白で、銀髪なのか白髪なのかの区別がまったくできない。病的な白い蝋燭じみた肌は、より白髪を連想させる。

 

 童話から飛び出た御嬢様が黒い皮肉をつれてやってきた?

 

 Ghost Girlの理解は及ばない。

 何世代か昔、VR空間が電脳世界の常識になかった時代において、だれもが夢見た浪漫のかたちであり、こどもが胸を躍らせる物語の続きでもあるからだ。

 実在しないものが限りなく現実に近づいていく、最先端技術による奇跡。

 別所エマたちにとっては見慣れた、しかし見慣れたからこそ忘れてしまったもの。

 

 Account name(アカウント ネーム)Security(セキュリティ) Lady(レディ)

 

 出会えるはずのないキャラクターへの精神的再会である。

 ただし、Security Ladyの場合、業務内容が夢もへったくれもないクラッカー相手の防衛戦ばかりなので、浪漫はあっても内なる毒は吐きだす。

 白雪姫が毒リンゴを自分で含んで毒矢のように噴くような所業で。

 なんかもう、いろいろと台無しである。

 

「……へ、へえ、ずいぶんとかわいいのね?」

 

 顔は自前なのか、ただのキャラメイクの産物なのか。

 そこまで思考が回るようになって、ふと、Ghost Girlは思い出す。

 

 イルカとメッセージウィンドウの意匠。

 まるで四六時中、家の中にいるかのような白い肌。

 ここまで特徴的な白い髪を持つ、なんだか関わり合いになりたくない厭な気配と嫌な予感がする客が、Play makerの働くカフェにいなかっただろうか。

 

「……まさかとは思うけどね。

 きみ、さては『幽霊部員の女の子』みたいな名前のひとじゃないよね?」

 

 おだやかに響く鈴虫のような声は、まさかの名前いじりから始まった。

 

「お生憎様。部活動は積極的に楽しんだのよ。」

「本当に? SNS越しとかゲームチャット越しとかじゃなく?」

 

 相手の心の隙間に足を踏み入れて、つま先を傷口へぐりぐりとねじこむような、えげつない物言い。間違いない、このクソ女はSecurity Lady本人だ。

 ぴくぴくと頬が引きつりながらも、別所エマの青春をふりかえり、胸を張る。

 

「ええ、それだけだなんて退屈でしょう?」

「今のさあ、本気で言ったの?

 そんな人気者がアングラな仕事なんて、冗談きついよ。」

 

 遠回しに「え、なんで真っ当な仕事に就けなかったの?」と犯罪者を煽る口調で責めたてる彼女は、物言いのわりに嘲笑もせず真顔で傘をくるくるとまわしている。

 ()()()()()()彼女の背後にある企業はまっとうであり、堅気であり、彼女の態度は社員の、そして社員の()()の生活を守る側の人間だからこその、厳しいものだ。

 自分の非を知らぬわけではないGhost Girlは、一瞬、家族の顔を浮かべて苦笑いする。

 

「本気よ。それだけじゃなくても退屈だったのよ。」

「うわあ、いるよねえ!

 犯罪行為を『デキる女の特権』って思っている痛いコ。

 不良な学生気分は義務教育までに、……っつか、マジでいい加減にしろよ、オイ。」

 

 初めて聞いたライバルの声は、軽薄ながらも叱るときは真剣そのもの。

 どこまでも白く、白く、光の当たる場所を生き続けるまっとうな人間の無垢な悪意と、人間の人生の暗がりや絶望をもてあそぶ悪意への正当な怒りがあった。

 まっとうな道から外れた人間には、問答無用で良心を抉り出させる。そういうことができる凄みの、……間違いなく、自分や、どこかのだれかちゃんの天敵だ。

 

「あら、怖い、怖い。

 今回は別件よ、データストームの残留データの調査と回収が仕事なの。」

「はい? データストームぅ?」

 

 眉根を寄せて、反時計回りに傘を回し始めた。

 

「……ああ、あの都市伝説の?

 よく掲示板とかで転がっている噂の?」

 

 ぴたりと傘を止めて問う言葉は、思ったよりも和やかなものだ。

 “風”の噂に興味を示し井戸端会議をする気なのか、と疑いたくなるほどの。

 

「こまったことに現実なの。

 旧式電脳世界(ロストワールド)があるエリアにまで残留データがあったなんて思わなかったし、残留データのオブジェクトの接触でも警報が鳴るなんて知らなかったわ。本当よ?」

「…………ふうん?」

 

 ものは言いよう。

 残留物がある可能性は聞き及んでいたが、実在するとまでは確信していない。

 実在するならば白い壁にあると思ってはいたが、推測は推測、根拠なく確信などしきれてはいなかった。警報が鳴る件に関しては本気で知らない。

 これらの曖昧な感情をいっぺんに言えば、どれが真実でどれが嘘かは気づかれにくい。だというのに何を読み取ったのか、Security Ladyは笑みを深める。

 

 しまった。

 わざわざ真偽を強調するような物言いがまずかったのだろうか。

 

「これがいるのかい?」

 

 ところが、冷や汗をかくGhost Girlに気にも留めず、現物を指さした。

 

「いいえ。この場所は報告しないでおきたいのよ。」

 

 これも本心。

 

「SOLのLINK VRAINSで起きた“不祥事”が別の企業のセキュリティに悪さをした、なんて案件になったら、理由をつけて旧式電脳世界を解析したSOLがどう動くのやら。

 浪漫の欠片もない方法で突破されると思うと、さすがに後味が悪いもの。」

 

 こちらも本心。

 今のSOLは落ち目の国際企業になりつつある。

 株価が下がるとかどうとか、ニュースから目に見える結果だけではない。

 あくまでもLINK VRAINSは、ネットワークサービス。

 国際規模であれ国内規模であれ、動画配信や生放送の配信、イラストや記事の配信、ゲーム配信サービス、通販サービスなどを含めても多岐にわたる。

 これらがLINK VRAINSに限り、すべて一斉に使えなくなるのだ。

 復旧作業が長引けば長引くほど、ほかのSNSに顧客が移るのは当然の摂理であり、今さらLINK VRAINSを完全復旧させてユーザーアカウントを有効化させても半数以上が帰ってくれば幸運と言えよう。

 

 今、無理やりに中小企業を丸め込んで、新たなLINK VRAINSやSOLブランドのネットワークサービスを安売りする“営業”が始まってもおかしな話ではない。

 

「あー、『わが社のセキュリティを買わないから攻撃されたんだ!』、とか?

 当たり屋根性の商売をしてくるかも、ってこと?」

 

 そんな話を楽しそうに嗤うあたり、Security Ladyの性格もなかなかだ。

 あきらかに荒みすぎている。なんだか旧式電脳世界(ロストワールド)へ何度も挑むのが申し訳ない。

 ……仕事だからやるけど。

 

 だからこそ、Ghost GirlとSecurity Ladyは相容れない。

 

「最近、バウンディハンターを雇ったらしいもの。

 やりようによっては、まあ、ねっ?」

 

 あまりコイツの調子にあわせたくないな、と思い、人差し指を立てて頬に寄せ、そのままウィンクで可愛らしく誤魔化してみる。

 

「わあ可愛い。」

「ありがと。」

 

 心にない賛辞、……なのかと思えば、半ば本気のようだ。

 平坦な声色を作ろうとして、ほんのわずかに喜色と嫌悪が混ざっている。

 

 じっとりと、Ghost Girlへの目線を外さない。

 

「……えっと、そんな情熱的に見られても困るわよ?」

「いやさあ、掃除する最中って、背中が無防備になるでしょ?」

 

 ぱたんと傘を閉じ、銃を撃つように構えてくる。

 思いついたように「BANG(ばん)! 」と叫んで、へらへらと笑った。

 

「そりゃあ警戒はするさ!

 アカウント乗っ取りとか怖いし?」

「しないわよ、趣味じゃないもの。(なりすましは別だけど。)」

 

 なんというか、……ここまで余裕がない乙女なのか。

 そう動揺しながらも、それもそうだ、自分を知る守護者だものと身を引く。

 あのカフェでの仕草が素の性格ならば、彼女が使用するVRアバターは「心穏やかでありたい自分の姿」なのだろう。無垢な白装束のドレスが日常の象徴なのだ。

 わざとらしく皮肉をこめた絵や文字を加えたのは、悪意が外界への牙だから。

 

「……なるほど、だからSecurity Lady(おそれのない女)。」

「んー?」

「いえ、なんでもないわ。」

 

 一歩ずつ、一歩ずつ。

 現実で出会ったら、それとなく話しかけてみようかしら。

 メッセージウィンドウつきのイルカ、どこで買えるの? とか。

 あれこれ思いながら距離を離しつつ、ログアウトの準備をする。

 

「また会いましょう、Security Lady(こわがりやさん)?」

 

 彼女は親指を一本だけ立てて、

 

「あはは、次は墓場がいいね、Ghost Girl(おばけ女)!」

 

 くるりと、ひっくり返した。

 




 LINK VRAINS外部かつ他企業側の御令嬢ゆえに、業界誌とかでSOLの動向を知るのも推理するのも早いけど、「(イグニスとか)なにそれ知らん……こわ……」がウチのコです。

 本当に なんの苦労もない生活なら、可愛いイルカしか描かれてないですね。

続きがあるなら?

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