親族経営中小企業のセキュリティ・レディは今日もダレる。   作:ウェットルver.2

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セキュリティ・レディも浪漫に手は伸ばす。

 ただならぬ雰囲気だった。

 全身タイツで独特な髪型をする青少年が、うちの父親の会社のサーバーを睨んでいた。

 

「ここがGhost girlの言っていた、旧式電脳世界(ロストワールド)……。」

 

 なるほど、幽霊(ゴス)女のお知り合いか。

 よし、あいつは今度きたら【スキドレ墓守】でボコしてやろう。

 一生こなくていいけど。くるんだろうなあ。

 白い壁の前で神妙な顔をする青少年なアバターの子は別として。

 そう、青少年の声に、なんだか聞き覚えがあるから、いまいち怒りきれない気がする。

 というより、万年引きこもり未満のヤングケアラーが就職活動に失敗したすがた、もとい深層の御令嬢である自分が「聞き覚えがあるな……?」と思ったのなら、十中八九、昔の知り合いか、近所のアルバイターの声くらいなものだ。なんかのフラグではなく。

 スーパーマーケットで働くおばちゃん、おじさんの顔を二、三人おぼえるくらい楽勝である。

 なんなら店長さんの顔を覚えてしまうほどにお世話になることだってある。

 そのくらい主婦同然の生活を送るからだろうか、または休日とあらばカフェに足を運ぶからだろうか、まったく表を出歩かないということは、特別なことがないかぎり、ずっと表の日常の変化を見続けはしない、表の変化に慣れて見飽きることがない、というわけで。

 これまでに見覚えのないアルバイターがすきなカフェに現れたのならば、その印象はどこかのアルバイターを何十人もみることのない自分にとって、あまりにも印象深いほど強くなる。

 

 客商売する気があるのかも怪しい雰囲気。

 未経験者が研修をしていると思えば可愛く思える仏頂面。

 未経験者なりにマニュアルどおりの対応に努めているとわかる声色の硬さ。

 そんな子が普通に独り言でも言おうものならば、なるほどこうなるだろうね。

 

「あー、ねえ、そこのキミ。」

 

 話しかけてみる。

 するどい目つきが頭を貫いてくる。

 まるで包丁を向けられたかのような強い視線が、ぼくを見つめていた。

 うん、なんだかいいね、彼。

 お父さんなら「なんだこいつ!?」とか言いそうな脈絡のなさ。

 社会人としての体裁や体面や良識とか以前に、突拍子もなくて友達ができそうにない感じ。

 友達ができるとしたら、彼が自分から頑張った結果というより、彼の友達になってくれた子が心砕いて真摯に語りかけてくれたおかげで彼も「友達だ」と思えるようになれたから、のような、ちょっと強引な子の青春パワーの流れに流されてようやく友達ができるタイプの。

 最初から心を閉ざすのが自然体の子だろう。

 そういう子は、何考えているのか、いまいちわからない仕草や言動の切り替えが多い。

 そのはずなのに、なんだかわかる。

 口数が少ないだけで、この子、さては。

 

 けっこう熱くなるタイプのオタクくんだな?

 

「ここはね、うちの会社の独自のネットワークなんだ。

 原型が古いから、VRアバターで触られると回線ごと処理落ちしちゃうけど。

 ちゃあんとした企業の空間。いたずらしたら大変だよ?」

「あんたが Security Ladyか。」

 

 うーん、このコミュ障め。

 いや、狙いがなんであれ、最初の目的を伝えてくれるだけマシか。

 

「ははあ、なるほど、ぼくに用事があるわけだね?」

「此処にSOL社製の拡張子データが迷い込むと聞いた。

 この五週間、SOL社製のデータが紛れ込んだことは?」

 

 ここまで強気で聞いてくるということは、実力に自信があるのだろうし。

 あんまり挑発するような物言いはやめておこう。

 デュエルの腕か、それともクラッキングの腕前か。

 どっちであれ実は雑魚だとしても、あるいは笑えるほどの強豪だとしても。

 ただの乱暴者になった気位の強いやつなんて、法的に対処しても後腐れはよくない。

 うちのパパも真面目に問い詰めたら、気持ちまで追い詰められてハジけるからね。

 

 おとこのこってこわい。

 

「……ああ、うん、いくつかきたとも。

 迷惑メールにしては容量が重すぎてね。

 “白い壁”にデータがひっかっかちゃうのさ、それで?」

「デリートはしたのか?」

「まさかあ。

 このVRアバターじゃないと消せないとはいえ、正体不明の塊だよ?」

 

 パラソルを回しながら、最近拾ったデータの塊を思い返す。

 

「LINK VRAINSのオブジェクトでもなければ、データストームとかいう災害でもない。

 トロイの木馬だとしても、ウネウネ動くなんて消去されかねない生々しさはいらないし。

 壁から引き剥がしても動いているものだから、つい惜しくなっちゃって、」

 

 それにしても。

 あれを拾ったあたり、今から五週間前までか。

 SOL社の新事業がポシャった時期だったような。

 ええと、ロボットの生産工場で事故が起こって出荷できなくなったんだっけ?

 

「なんだかナマコみたいだったから、とりあえず観察はしてたけども。」

「ナマコ……。」

 

 へえ、ナマコが苦手なのかな。

 ずいぶんと変な顔をするものだ。

 

「あれってやっぱりさ。

 SOL社サービスでのデリート、そのまま起動スイッチになるタイプのウイルス?」

()()()()()()()()()()。」

「ふうん?」

 

 あんな有害そうな見た目の、無害そうな挙動しかしないオブジェクトが。

 

「じゃあ、しょうがないか。」

 

 ぼくがそう言うと、一瞬でデュエルディスクを構えてきた。

 なんでだ。意味がわからない。

 ああ、そうか、「手持ちに資金がないし、賭け勝負で手にいれよう」とか、そういうあれか。

 

「いや、ちがうからね?

 なんで落とし物を渡すのにデュエルするのさ?」

「……信用するのか?」

「するよ?」

 

 むしろ、なんで信用されないと思ったんだ、この子。

 

「うちのネット回線からパソコン内部まで侵入できてないし。

 社員さんが調べたかぎりでも、うちのデータバンクに異常はないし。

 ただの落とし物がデータストームか何かに運ばれてきたなら、まあ、ねえ?」

 

 情報の出所が幽霊女なことは気に食わないけれども。

 いちいち他人に任せて攻撃するくらいなら、自分で攻撃してくるはずだ。

 よくわからない矜持で、どこぞの企業の依頼であれ、うちの旧式電脳世界に大企業から首を突っ込まれかねないような真似は本当にしなかったようだから、さすがに幽霊女も信用できる。

 今回だけは。

 というか、だ。

 

()()()()()()()()が、

 “こんなところ”までこなきゃいけないのがおかしいんだよ。」

「……っ!?」

 

 相手の素性に見当がついたなら。

 社員さんに頼んで調べてもらうくらいは、ね。

 メールが届く。開けば添付された顔写真が。

 うん、やっぱりだ。

 

「だれかくんの真似をしてやらかすクラッカーも多いからね。

 きみの顔と声は覚えさせてもらったから、もう見間違えようもないけれども。」

 

 ナマコっぽいデータの塊をストレージから出して、少年に手渡す。

 

「誰彼問わず、己の正義を疑わず、

 『ただ正しければよい』みたいな。

 そういう剣を向けない姿勢は素晴らしいと思うよ。」

 

 ヒーローごっこに付き合ってくれる悪なんて、いないものだからね。

 そそくさと用意しておいた勝手口から逃げたり。

 法的に問題ない範疇で対処したりして、それで終わりだ。

 表舞台に立って大立ち回りだの、舞台裏に乗り込まれて仁義なき戦いだの、そんなものが起ころうものならば警察だって動いてしまう。もちろん、だれが悪か犯罪者かとかではなく、両方ともが危険人物として扱われるし、両方の経歴に警察沙汰の四字熟語がつく。

 そうなるくらいなら、「平和に」終わる方が一番だろうさ。

 

「Play Makerとやらが、どんな英雄だったのかは知らないけれども、」

 

 そんな世知辛い現実に、電脳世界も現実世界も大差はなく。

 簡潔に要望を伝えて、最短で終わらせようとする。

 この彼の姿勢は、いきなり悪役扱いされるより、ずっとマシだ。

 穏便だと言ってもいい。ながながと語られて結局は悪役扱い、とかもない。

 かっこうつけるための“敵役”作りもしない。

 大義名分で強盗行為を犯したりもしない。

 こちらを対等の決闘者(デュエリスト)として扱う。

 うん、なるほど英雄だ。

 必要最低限の果たすべき目的、やってはならない線引き。

 ちゃんと見定めてから来てくれている。

 おねえさんの好感度がぐんとあがっちゃうぞ。

 

「見飽きるモノマネよりは。

 コーヒーのほうが、よっぽど楽しめるものさ。

 仏頂面な店員さんから商品を受け取るのも、案外面白いし。」

「あんたは、……まさか。」

「あんまり長くいると、いろんなひとの目に入るよ?」

「……感謝する。」

 

 そう簡潔に伝えると、スライダーに乗ってどこかへと去ってしまった。

 あのデータの中身がなんなのか、ぼくは欠片も知らないけれども。

 神秘もへったくれもない、フツーの現代。

 ましてや現実世界でもなんでもない今の電脳世界にも、英雄だの伝説だのと言うものは、どうやら本当に生まれるものらしい。

 ネットワークの歴史に埋もれる出会いだとしても、今日を忘れる日はないだろう。

 今日を過ぎれば、どうせいつもどおりの自宅警備と会社警備の日々だろうし。

 

 

 

 

 

 

「すみませーん。

 ブラックコーヒー、ホットドッグひとつずつで!」

 

 いつかの明日に。

 こうやって、ホットドッグを食べに行くし、ボク。

 

「了解した、……しました。番号札を持ってお待ちください。」

『へー、こいつが噂のSecurity Ladyの正体ねえ?』

「黙れAi。」




 これにて完結です。
 本作のセキュリティ・レディの本名がなんなのか、彼女の実家の家業はなんなのか、スキドレ墓守以外のデッキは何があるのか、そのあたりは公開しません。
 読者の自由な自己解釈にお任せします。

 あくまでも介護者の電脳警備員は、冒険をする青少年たちにとっての通りすがりのだれかであり、浪漫に手を伸ばさなくはない一般人ですので、冒険はしません。
 浪漫に歩いて会える日常ならば、(この主人公は)それでよいのです。
 (愛す)るものがいっぱいある。

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