三題噺   作:高々鷹々

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お題『猫』『角に小指』『ケンカ』

 百年以上の歴史を持つ鬼の一族、『鬼月(ほおづき)家』の屋敷。その最奥にある襖に閉ざされた部屋で、二人の鬼が向かい合っていた。

 部屋の上手(かみて)にて、肘を突いて胡座をかいているのが、現在の当主である鬼だった。身体はがっしりとした筋肉の鎧に覆われており、身に着けた羽織と袴の上からでも肉体の堅牢さが覗える。そして、頭部には自らの力を主張するように、二本の黒角が力強く突き出していた。

 対して、下手(しもて)で当主に(こうべ)を垂れて跪いているのが、当主の息子であり鬼月家の跡取りでもある鬼月カガチだ。少年と青年のちょうど中間に居るような、若さと幼さを併せ持つ容貌。なで肩の肉体は鍛えられ、少なくない筋肉を纏っている。

「で、何の用だ、息子よ。私も暇では無いのだが」

 威厳の籠もった視線を感じながら、傅いた姿勢のまま、青年は己が父へと言葉を向ける。

「父上、どうか再考ください。何故私が次期当主なのですか。私よりも、姉さん達の方が当主に相応しいと思います」

「またそれか。何度も言わせるな。あれ()は女で、片角だ。そんな者を当主にすれば、いや当主の候補にするだけでも我が一族の沽券に関わる」

「しかし、竜道(りんどう)家は次期当主に女性を指名したと聞いております。であれば、少なくとも女性であることは問題ないはず──」

「くどい。何度も言わせるな。鬼月家を継ぐのはお前だ、カガチ。

 もうあれ等のことを姉とは呼ぶな」

 そう放言すると、当主は立ち上がって退室し、話を終わらせた。

 残されたカガチは、拳をきつく握りしめ、俯いていた。

 

 カガチには、二人の姉が居る。スミレとナツメという双子だ。姉であるスミレは黒く透き通るような髪を長く伸ばし、落ち着いた色の着物を好んで着るインドア系で、妹のナツメは同じく美しい黒髪を後頭部の高い位置で一つ結びにして、明るい色の丈の短い着物で外へと出て行くアウトドア系だ。

 そして、カガチや他の鬼の角が二本なのに対して、二人は一本ずつしか持っていない。スミレは額の右側、ナツメが左側にのみ角があり、二人で一対を成していた。双子として産まれた鬼は、鬼としての力が半減すると言われ、本来二本であるはずの角が一本しかないのだ。それ故、『片角』と呼ばれ、蔑まれている。

 けれども、カガチの姉である二人は、片角であるハンデを物ともしない実績があるのだ。スミレは薬学に精通しており、少し前はまた新しい薬を開発した。また、ナツメは動物好きが高じて生物学を学んでいて、作物を害獣から守るための方法をいくつも考え出した。

 そのため、身体が強いだけの自分よりも当主に相応しいと、父に何度も進言しているのだが、聞き入れて貰える様子は無い。

「ごめん、また駄目だった・・・・・・」

 二人の部屋を訪れたカガチは、申し訳なさそうに頭を下げる。その様子に、姉妹は顔を見合わせて苦笑した。

「お茶、入れてきますね」

 そう言って席を立つスミレ。ナツメはカガチの前に座り直すと、苦笑しながらカガチの肩を掴んで頭を上げさせる。

「また父上とケンカしたの? ホント、飽きないね」

「ケンカで済ませて良い問題じゃないよ! だって、僕よりも姉さん達の方が先に産まれてて、座学だってできるのに、次の当主は僕だなんて・・・・・・」

 納得いかない顔のカガチに、ナツメは苦笑いに嬉しさを滲ませながら、しかしお説教の姿勢を崩さない。

「私たちが家を継げないのは仕方ないことだって、いつも言ってるでしょ」

「でも、でもさ!」

 窘めながら弟に軽く手刀を当てようとしたナツメ。しかし、運悪く反論しようと振り返った弟の角の先端にぶつかり、彼女の小指に鋭い痛みが走った。

()ぃったぁい指がー!? 角に小指がー!?」

「な、ナツメ姉さん!? ごめん!」

 指を押さえて床を転がるナツメ。単なるオーバーリアクションだが、カガチは本気で心配している様子だった。

「今のはナツメの自業自得です。ほらナツメ、そんな大げさなことしてないで座りなさい」

「えー、良いじゃんこれくらい。もっとカガチくんに構って欲しい~」

 お盆にお茶を乗せて持ってきたスミレの言葉に、文句を言いながらも座り直すナツメ。しかしその指は、未だ赤く腫れ上がっていた。本来の鬼であればこの程度一秒ほどで完治するのだが、片角である二人は、些細な傷でさえ治りが遅いのだ。

「でもやっぱり、納得できないよ。二人は凄いのに、それが全然認められなくて、何もしていない僕が当主だなんて」

 浮かない表情でそう口にするカガチ。自分たちを高く評価してくれることに二人は嬉しくなるが、同時に悲しくもあった。

 カガチが褒め称える二人の実績も、純粋な鬼からすれば必要のないものなのだ。薬品など無くとも鬼の自己治癒力があれば大抵の怪我は治るし、鬼の気配だけで害獣は恐れをなして近寄ろうとはしない。片角であり、鬼としての力が弱い二人に技術は必要不可欠だが、鬼には不要なもの。認められないのも、当然であった。

 むしろ、それらを褒めるカガチの感性が姉妹に寄っているだけなのだ。そう告げられれば話は簡単だが、可愛い弟にそんな冷たい現実を突きつけることは、二人には出来なかった。何より、もし彼から自分たちへの尊敬の感情が消えてしまったらと思うと、耐えられなかった。

「よしよし、カガチは優しいですね。撫でて差し上げます」

「よーし、お姉さんが抱きしめてあげよう!」

「あっこらナツメ、抜け駆けは厳禁ですよ」

 だから二人は、いつも通りスキンシップで誤魔化す。猫撫で声でカガチの硬い短髪へと手を伸ばし、その筋張った肉体を抱きしめるようにしながら。どうか、彼の純粋さが損なわれないように願いながら。

「ちょ、からかわないでよ!」

 顔を赤くして手を払いのけようとするカガチ。だがもし彼が本気だったならば、今頃自分たちの腕はへし折れている。そうした気遣い一つですら、二人にとっては嬉しかった。

 二人が当主になれない理由には、未だ男尊女卑の文化が根付いていること、二人が片鬼であることの他に(めかけ)の子であることも理由だったりするのだが・・・・・・未だ若い彼はそのことを知らされていない。もしそれが知られてしまったら、彼はどんな顔をするのだろうか。軽蔑するだろうか。

 いずれはこうして触れ合えなくなることを自覚しながら、スミレとナツメは、カガチを撫で回していた。

 

 余談だが、数年後に当主となったカガチは、二人の技術を片角よりも弱い人間たちへと伝えることで人間との交易を成立させ、竜道家の当主となった女性も含めた大恋愛を繰り広げるとかなんとか。

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