駅前の、やや小さめな噴水の前に、青年が立っていた。シャツにスキニータイプのパンツというシンプルなスタイルながら、芋臭さを感じさせない装いで、誰かを待っている様子だった。けれどスマホを見るでもなく、町行く人々を眺めている。
少しして、彼はこちらへと向かってくる一人の女性を目に留めた。シースルー生地の白いブラウスに、桜色のワイドパンツ。首から下げたスマホに視線を向けながら歩く彼女は、白い有線のイヤホンをして、まるで周囲に目を向けていなかった。
彼の視線に気付いたのか、低いヒールを響かせながらやや足早に歩いてくる。
「お待たせ。久しぶり」
「久しぶりだね。そんなに待ってないよ」
イヤホンを外しながらの言葉に、青年は微笑みで返した。その反応に、彼女は目を細めて不満を露わにする。
「・・・・・・なんか、言うことないの?」
「今日もとっても可愛らしいね。言うまでも無いことだけど」
「そういうの、ちゃんと口に出さないと伝わらないから」
不機嫌そうにそう言って、彼女はスマホの電源を落としてバッグへと放り込んだ。
「じゃ、行こうか」
青年の差し出した手を、彼女は躊躇無く取って頷く。なんなら、食い気味に握っていた。
「エスコート、よろしく」
「もちろん」
そして歩き出して、繋ぎ方が不満だったのか彼女は一度手を離し、彼の手を開かせて指を絡ませるようにしてから、再び歩き出した。
二人が向かったのは、オシャレなカフェだった。木造の、白が多く使われている外観に、飾り文字で記された店名。都会らしい、いかにもなお店の扉を、青年は押し開ける。
外装もオシャレなら、内装もオシャレだった。テーブルや椅子は白く、壁紙はレンガ風になっていてシックな空気感を作っている。窓は鎧戸になっていて、外の景色こそ見えないものの、店内のシックな雰囲気に合っていた。
「外、見れないんだね。残念」
だが、彼女はそうは思わなかったらしい。日光すら殆ど通さない窓を、少し残念そうに眺めている。
間もなく店員に案内されて座ったのは、店のちょうど真ん中あたりの席だった。
対面に座った彼女はメニューを手に取り、真っ先にドリンクのページを開いた。二つあったので、彼も手に取ろうとすると、隣へと移動してメニューを見せてくる。
「ここ、クリームソーダが美味しいんだって」
「あー僕、炭酸飲めない」
「そうだっけ。じゃあどうする? コーヒー?」
「カフェインも摂らないようにしてる。トイレ近くなるから」
「もー、何なら飲めるの? 紅茶?」
「紅茶の味、苦手」
「・・・・・・お冷やでも頼む?」
「正直、そうしたい」
こちらに呆れるような目線を向けてくる彼女に、苦笑で返す。結局、無難なウーロン茶を頼むことにした。店員さんを呼んで、注文を済ませる。彼女は目玉商品のクリームソーダにしたようだ。
「そういえば、お冷やって元々水商売で使う言葉だったんだって」
「・・・・・・それ、私が言って直ぐに言う?」
「え、ごめん。嫌だった?」
「ちょっと、ムってなった」
言いながら、片足を青年の足に絡ませてくる。足と足を交差させた形だ。
「そっか。気をつけるよ」
「別にいいよ。面白いし。それで、何でそれが浸透したの?」
「ごめん、そこまでは・・・・・・」
「あっそ」
大して興味もなかったのか、彼女はそう言って会話を打ち切る。彼自身、会話の中でなんとなく聞いただけだったから、詳しく知らないのだ。
肩にもたれかかってくる彼女に、彼は再び苦笑する。
「で、どうなの? そっちは。大学、上手くやれてる?」
「まあまあかな。来年からゼミとか始まるし。就活とかやらなきゃだし」
「あー、そうじゃんメンドくさっ。就職とか、誰か勝手に決めてくれないかなー」
「それで合わない仕事させられたら嫌がるんでしょ?」
「当たり前じゃん」
何とも理不尽だが、そんなものだろう。自分で決めるのは面倒なのに、誰かに押しつけられるのも嫌い。誰だってそうだ。
洋服に頭を擦りつけるようにしながら、彼女は彼の目を覗き込むようにして見る。
「ねー私、どんな企業が向いてると思う?」
「君なら、どんなところでもやっていけそうだけど」
「そういう話してるんじゃない」
「わかってるって。
そうだなー、コミュニケーションが重視されてる会社、とか」
「社風の話もしてないー。それに人と話すのとか、面倒だし」
自身の憂鬱がそのまま態度に出たように、ぐでーっと机に身体を預ける。その直後、頼んだ飲み物が届いて、彼女は慌てて身体を起こした。
「そう言えば私、アイス苦手なんだよね」
「だよね。なんで頼んだの?」
「食べて?」
「そんなことだろうと思った」
彼女はカトラリーボックスからティースプーンを取り出し、アイスをすくって青年へと差し出す。彼はそれを躊躇無く食べた。
「ん、美味しい」
「なら良かった。こういうのって、混ぜる前提で手抜きされてるのかと思ってたから」
「それを食べさせてきたんだ・・・・・・。
飲み方は人それぞれだし、別々に楽しむ人もいるんじゃない?」
「私たちみたいに?」
「そういう別々って意味じゃ、んぐ」
都合が悪いからか、アイスを突っ込むようにして食べさせられる。やや危険を感じたが、悪戯っぽい笑みの前にどうでも良くなって、青年はアイスを味わった。
「ねぇ、お腹空かない?」
「アイス全部食べさせた後によく言うよ」
「だって、私は食べてないし」
そう言って、ただのメロンソーダになったクリームソーダを飲んだ後、寄りかかりながら彼女はメニュー表を開いた。
「あ、ハンバーガーあるよ。ハンバーガー」
「ホントだ。美味しそう」
「それ以外にしてね」
「えー?」
「白い服だから、汚したくないの。察して」
「もし汚すとしたら、君が横から食べようとするからだよ・・・・・・」
そう言いつつ、青年はハンバーガーのページをめくって次を開いた。
あーでもない、こーでもないと言いながら、メニューが決まったのは暫く経ってからだった。
「え、ねぇ、カップル専用メニューとかあるよ。頼む?」
「飲みにくそうだし、これ炭酸っぽいんだけど」
「食後のデザートこれで良くない?」
「話を聞いて欲しいんだけどなぁ」
注文するまでに、更に五分ほど使って、彼らは店員を呼んだ。青年はパスタ、彼女がフレンチトーストだ。
少しすると料理が届き、二人はようやく食事を始める。
「あ、ごめん」
食べながら、青年の肘が彼女に当たってしまった。というのも、右利きである彼の右隣に彼女が座っている上、足と足が触れ合うほど近距離にいるからなのだが。
彼の言葉に、彼女は半眼を向けた後、にんまり笑った。
「えいっ」
左手を彼の右手の内側に通し、絡める。腕の可動域が狭まって食べにくかったが、彼は苦笑するたけだった。
「君、いっつも笑ってるよね。なに、笑顔ポイント貯めていつか交換するの?」
「それ、百合わせても何も交換できなそうじゃない?」
「じゃあ千貯めて、良い感じの景品と交換して私に送ってよ」
「渡せるの、いつになるんだろうなぁ」
学生である二人は、中々こうして二人で出かける時間を作れずにいた。講義をサボればできないことは無いが、一度そうやって学業を疎かにしたら歯止めが効かなくなると、自覚しているのだ。
「楽しみにしてるから。よろしくね」
「なら今年の誕生日あたりに渡そうかな」
「プレゼント二つってこと?」
「欲張りすぎだよ」
「えー、良いじゃん別に。ほら、分けてあげるからさ」
そう言いながら、彼女は切ったフレンチトーストをフォークに刺してズイッと差し出す。先程もそんなやりとりをしたことを思い出しながら、彼はトーストを食べた。
「ん、美味しい」
「ねね、私、そっちのパスタも気になってたんだよね」
「じゃあ、ちょっと食べる?」
言いながら、パスタの皿を彼女の前へと僅かに滑らせる。彼女はわざとらしく不服そうな顔をした。
「そーゆーことじゃない」
「冗談だって。はい、どうぞ」
青年は自身のフォークにパスタを巻き付け、同じように差し出した。彼女は機嫌良く微笑んで、パスタをしっかりと口に含む。
「え、待ってメッチャ美味しい。もうちょっと食べていい?」
「いいけど、そんなに食べられる?」
「食べきれなかったら、私の分食べてくれるでしょ」
「そりゃ、残すのは抵抗あるし食べきるけどさ・・・・・・」
何度目かわからない苦笑をする青年を尻目に、彼女はパスタを自分のフォークで食べ始める。時折、思い出したかのように彼の方を向いて待ってみれば、青年は黙ってパスタを巻いて差し出すのだった。
「ふー、美味しかった」
「それなら良かった」
結局、彼女は彼のパスタと自身のフレンチトーストも食べきった。青年もちょっと驚くほどの健啖家っぷりだった。
「ごめんね、思ったよりも食べられちゃった。追加でなんか頼む?」
「いいよ。デザートで何か食べるから」
「それと、カップル専用メニューもね」
「忘れてなかったかぁ・・・・・・」
彼女は知っている。困ったように苦笑する彼が、結局は自分のワガママを許してくれることを。さっきパスタを食べきったのだって、彼だったら気にしないとわかりきっているからだ。予想以上に美味しかったのも、本当だが。
「あ、このティラミス美味しそう」
「まだ食べるんだ・・・・・・」
「スイーツは別腹だよ。
とはいえ、流石にお腹が厳しいから、ちょっと食べて欲しいけど・・・・・・」
「僕、まだ食べられるから、三つくらいなら頼んでいいよ。ちょっとずつ摘まんでいいから」
「ホント? じゃあ遠慮無く頼むね。すみませーん!」
その後、スイーツを五つほど頼んだ彼女だったが、青年は苦笑しつつも全部食べきるのだった。