「ただいまー」
家に入るなりそう告げる。返事が無いことはわかってた。玄関にランドセルを放り投げ、おれはそのまま用意しておいた百円玉を握りしめて、外へ飛び出した。家に居た時間はたぶん三十秒もなかった。
そのまま住宅街を走って、三番目の家を超えた先の路地へ曲がる。行き止まりにある鉄網の破れた所に潜り込んで、その先の木々の茂った場所を蟹歩きでムリヤリ通る。枝とか葉っぱがちょっと刺さって痛いけど、何回も通る内に慣れて気にならない。
その木の隙間から出た道を真っ直ぐ進めば、見知った駄菓子屋が現れる。
「おばちゃん、こんにちはー」
「はい、こんにちは」
おれが勢い良く扉を開けて挨拶すると、店主のおばちゃんが顔を出す。そしておれの顔を見るなり、にっこりと笑いかけてくれた。
学校が終わったらすぐにこの駄菓子屋に来るのが、おれの日課だった。家には誰も居なくてつまらないし、クラスの奴らは最近ゲームばっかりしてて、ゲーム機すら持っていないおれはその輪の中に入れないのだ。だから、この店を見つけて以来、ここに入り浸っている。
「うーん、どれにしようかな・・・・・・」
おれは棚や机に並んだお菓子を睨み付けるように見て、唸る。お菓子の種類は多くないけど、おれは百円しか持ってきてないから、いつも悩んでしまう。
それに、早く決めちゃったら、それだけここに居られる時間が短くなる。だから、買うお菓子の候補が決まっていても、五分くらい、悩むふりをしてしまう。
「好きなだけお悩み。ゆっくり選んでいいからね」
そんなおれを、おばちゃんはにこにこしながら眺めている。何が面白いのかわかんないけど、おれがここに来てる時はいつもそんな感じだ。
「やっほーおばあちゃん、って、アンタまた来てるの?」
「げ」
扉を開ける音と、甲高い声に、おれは
「『げ』って何よ『げ』って! 失礼じゃない!?」
おれの呟きが聞こえていたらしく、ソイツは『私、怒ってます』と主張するように足音を立てて近くまで来る。メンドくさいな・・・・・・。
「今おれ、お菓子えらんでるんだけど」
「あっそ!
おばあちゃん、疲れた~!」
おれの返事が気に入らなかったのか、一つ鼻を鳴らしてアイツはおばちゃんのところに向かう。アイツはおばちゃんの孫なのだ。正直、ちょっと羨ましい。だから、アイツとはあんまり仲良くしたくない。
「はいはい、今日はどうしたの?」
それに、おばちゃんはアイツに甘い。実の孫だから当たり前なんだろうけど、やっぱりちょっとムカつく。
アイツがおばちゃんに学校の愚痴を零すのを、右から左へと聞き流しながらお菓子選びを再開する。
ちょうど百円になるようにお菓子を四つ手に取ってレジまで向かったところで、おばちゃんもレジへと移動する。そこに、何でかアイツも付いてきた。
おれが会計を済ませて奥の休憩スペースで食べようとすると、ソイツは向かいの席に座って話しかけてくる。
「アンタ、アタシが来る時いつも居るわよね。なに? ヒマなの?」
ヒマなのか、と言われておれは思いっきり顔を顰めた後、嫌々返事をする。
「べつに。ただ、家に誰も居ないから。ここならおばちゃん居るし」
「ふーん」
自分で訊いておいてそこまで興味が無かったのか、ソイツはそれだけ言って口を閉じる。なんだコイツ。
「ならアタシと一緒だ。アタシも、家でいつも独りなの」
「・・・・・・そう、なんだ」
なんて返したら良いのかわからず、おれは取りあえず同意しておいた。急に何の話だ。でもソイツはそれだけで満足したのか、一人でしきりに頷いている。本当に何なんだろう。
その後もしつこく話しかけてくるソイツに、よくわからないまま返事をしていると、そろそろ母さんが帰ってくる時間になった。
「おれ、そろそろ帰らないとだ」
「え、ウソ!? もうこんな時間!?」
おれに釣られて時計を見たソイツは、かなり驚いた様子だった。確かに、いつもより早く時間が過ぎた気がする。
「気を付けてお帰り」
「うん、ありがとおばちゃん。じゃあね」
「またね、おばあちゃん!」
成り行きで、おれはソイツと一緒に店を出た。どうやら家の方向が反対らしく、すぐに別れることになったけど。
「じゃあね」
「うん。・・・・・・また明日」
ソイツはそう言って、恥ずかしそうにはにかんで、すぐに走って行った。そんなに急いで家に帰らないといけないのか。大変だなとぼんやり思う。
アイツの言った、『また明日』の意味を理解したのは、電気を消してベッドに入った後だった。
執筆日 八月十六日