三題噺   作:高々鷹々

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お題『オフィスビルの一室』『花束』『殴る』

 平日の朝。誰も彼もが陰鬱な雰囲気を携えて各々の仕事場や学び舎へと向かう人混みの中、一人だけ、跳ねるように軽やかな足取りで歩く青年が居た。

 

 大学生か、それより少し上くらいだろうか。茶色がかった黒髪を七対三の比率で揃え、紺色に近い黒のスーツに身を包み、今にも踊り出しそうな軽やかなステップで道を歩く。周囲の人々の奇妙なモノを見る視線すら気にせず、終いにはその場で回転してトリプルアクセルを繰り出すと、着地に失敗してすっ転んだ。どう見ても莫迦か狂人である。

 何事も無かったかのように起き上がった青年はそのままの足取りで花屋へと入店し、赤い薔薇を中心にいくつもの花を合わせた花束を購入すると、今まで以上に上機嫌な様子でスキップで進む。向かう先は、とあるオフィスビルの一室だ。

 そのまま周囲の視線を集めながらもそれらを気にせず目的地に到着した彼は、扉の前で大きく深呼吸し、手鏡を取り出して自分の外見を整え、発声練習を行い、もう一度手鏡を確認した後に扉をノックする。

 

「おっせぇぞさっさと入れ!」

 

 返ってきたのは返事というよりは怒声に近いものだったが、彼は慣れているのか驚くこともなく扉を開けた。瞬間、明らかな刺激臭が鼻を貫く。

 

「お久しぶりですね朝倉さん! 実に十時間と二十二分ぶりです!」

 

「うるっせぇぞ何カウントしてんだ気持ち(わり)ぃ」

 

 再びの怒声と共に投げつけられたスニーカーを難なく顔面でキャッチしつつ、青年は自分を振り返ることなく机に向かって作業を続ける女性──朝倉(あさくら)(みやび)の姿に感激した。何が起きようと仕事の手を止めることはなく、決して仕事道具を粗末に扱わない。どこまでも真っ直ぐなその姿に青年は涙すら滲ませた──誰から見ても変質者だ。

 

「何ボサッと突っ立ってんだ仕事しろ! 終わった依頼のデータ纏めてあるからそれ送っとけ、あと催促のメール来てたら『うるっせぇタコ』って返信しろ。あと何よりこの辺のゴミ退かせ邪魔だ」

 

「はい、朝倉さんのためなら喜んで!」

 

「気色悪い返事するなさっさとしろ!」

 

 そうして青年は仕事を開始する。靴跡の付いた顔いっぱいに笑みを浮かべ、まずは半日経たない内に散らかった彼女の仕事場の片付けに取りかかった。

 

 朝倉雅はフリーランスのイラストレーターだ。それも超売れっ子の。その仕事は多岐に渡り、キャラクターの絵を描くこともあれば本の表紙・挿絵を描いたりゲームのイラストを描いたり風景画やらリアルな人物画を描くこともある。彼女は多才なのだ。

 そのため依頼はたくさん来るし休む暇どころか身の回りの片付けをする時間すら無い──実際は生活能力が皆無なだけなのだが、青年は時間が無いのだと信じて止まない。

 イラストレーターとは本来こういったオフィスを借りる必要の無い仕事のはずなのだが、彼女の家は荒れに荒れており、とてもではないが仕事できるような環境じゃない。具体的には、物が多すぎて床を埋め尽くしている上にゴミやホコリが積もって城壁を作り上げている。彼が空き時間に掃除しているが、片付くまでには暫く時間がかかるだろう。

 そんな彼女を支えるために、掃除洗濯炊事等の雑用を引き受けるのが、彼の仕事である。最初こそ戸惑ったが、今では散乱したゴミをゴミ袋に纏めながら彼女の代わりに仕事のメールを打ちつつ献立を考えられるようになった。マルチタスクが過ぎる。

 

 「だぁ~~クッソ何でアタシこんなに仕事してんだ誰だよこんなに依頼引き受けたのアタシだなアタシだよクソッタレぇ!」という彼女の嘆きなのか罵倒なのかよくわからない鳴き声をBGMに、青年は持ってきた花束の花を転がっていた花瓶に活けて飾る。先程まで部屋が汚すぎて置き場が無かったのだ。多分明日にはさっき片付けたゴミと同じように床に転がって無残な姿を晒しているだろうが、特に気にしない。こういうのは気持ちが大事なのだ。

 

 片付けと連絡が一段落した彼は、そのことを意識から外したまま液タブにペンを走らせる彼女に近づくと、スンスンと鼻を鳴らす。

 

「朝倉さん、三日もシャワー浴びてないのはマズいですよ?」

 

「嗅ぐな近付くなそして臭いで判別するな気色悪い!!」

 

「ぶげらっ!?」

 

 悲鳴に近い声と共に鼻を殴られた青年だが、その顔から笑みは消えなかった。どうやら筋金入りの変態らしい。垂れる鼻血は殴られたからなのか、それとも彼が変態だからなのか判断に困るところだ。

 

「あ、そういえばさっき新しく三件ほど仕事の依頼来てましたよ朝倉さん」

 

「クソがようやく仕事が一段落すると思ってたのにコンチクショウ!」

 

 その仕事が増えたことを嘆く姿に、『断る』という判断を考えもしない彼女のひたむきさに、青年は喜色満面の笑みを更に濃くした。こういう、馬鹿みたいに真っ直ぐな人を支えられる仕事とは、なんて幸せなんだろうか。

 

「でも、朝倉さんの仕事が減らないのって断らないのもそうですけどこうして叫びながら直ぐに納品しちゃうからなのでは?」

 

「うるっせぇ意図的にそのこと無視してんだから指摘するなばかぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 飛んできたもう一足のスニーカーを、彼は喜んで受け止めた。




執筆日 八月十七日
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