四限の終わりを知らせるチャイムが鳴り、それに連なって教室から微かに聞こえていた声が大きくなる。ザワザワとし始めた廊下を疎ましく見やって、私は溜め息をついた。
その溜め息を聞く相手は、この理科室に居ない。科学部唯一の部員なのを良いことに、私はときどき授業をサボってここで時間を過ごしていた。理科室を使う時間割は壁に貼られているので、空いている時間は簡単にわかる。
教室や廊下に溢れる話し声、購買や食堂に向かう駆け足の音、まだ授業は終わっていないと告げる教師の叱咤。一気に増した騒がしさに、私は二度目のため息をついて、ややぬるくなったコーヒーに口づける。科学教師のインスタントコーヒーを、勝手に頂戴したものだ。視界の隅には、先ほどまで熱されてブクブクと泡立っていた三角フラスコがある。
音楽でも聞こうかな、とイヤホンを取り出したところで、理科室の扉がガラッと開いた。
「先輩、いらっしゃいます?」
「騒がしいのが来たな・・・・・・」
私の座る、並んだ実験机の一番前、教壇に当たる場所へと真っ直ぐやってきたのは、ニコニコと笑みを浮かべた男子生徒だ。以前、ここで偶然出会してから、たまに遊びに来るようになった。共犯者、とでも言うべき存在だ。
「全く、科学部でもない者が、そう何度も来られると困るのだがな。
どうぞ、粗茶ですが」
「そう言いつつコーヒーを出してくれる辺り、優しいですよね先輩って。
ありがたく頂戴します」
私の正面に座った彼に、新しくコーヒーをいれたマグカップを差し出す。客人に何も出さないのは失礼に当たるし、と誰に言うでもなく言い訳した。勿論、胸の中でだけ。
彼は両手で暖を取るようにマグカップを持ち、若干の躊躇の後に口元へ傾ける。
「あ、丁度いい温度」
「ふん、君にはぬるいくらいのコーヒーがお似合いさ」
「僕が猫舌なの、覚えててくれたんですね。ありがとうございます」
私の悪態にニコニコと都合のいい解釈をする彼のポジティブさに、私は口をつぐむ。顔が赤くなるのを自覚して、顔を隠すようにコーヒーを傾けた。
赤い顔を誤魔化すために話題を変えるべく、私は前から用意しておいた文言を口にする。
「・・・・・・そういえば。君が昼食を摂っているところを見た記憶が無いが、キチンと食べているのか。
いつもチャイムが鳴ってすぐここに来ているが」
「あー、僕、いつも昼食抜いちゃってるんですよね。昼の教室って騒がしくて、落ち着かないので」
その返事に、私は思わず眉を寄せた。それは余りに不摂生だ。せめて何かお腹に入れるべきだろう。
「ふむ。私はこれからお昼を食べるが、君がどうしてもと言うなら、少し分けてやらなくも無いが?」
「そう言いつつ二人分用意しようとしている辺り、優しいですよね先輩って。
どうしても食べたいので、是非お願いします」
仕方ないな、などと言いながら、私は科学教師の私物であろう紙皿に食パンを一枚乗せ、ジャムの瓶と共に差し出す。オーブントースターでもあれば焼くなりできたのだが、ガスバーナーでは難しいし衛生面に不安が残る。だから、今日はジャムを持ってきたのだ。
昼食が食パンなのは、安価でそこそこ栄養価が高い、という理由で買い貯めしているから。男子高校生の食欲がどれほどかはわからないが、食べないよりは良いはずだ。
「・・・・・・どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
「い、いただきます」
こうして一緒にご飯を食べる、という行為への緊張から、私の声は少し震えてしまった。同じ空間で同じものを食べるだなんて、何時ぶりだろう。
そんな私の気持ちなんてまるで察した様子も無い後輩は、暢気にジャムを塗っていた。そんな彼へ恨めしい視線を向けながら、私は両手で持った食パンをなるべくゆっくり食べながら昼休みを過ごした。