ウマ娘論考   作:┗┻━( ・`ω・´)┻┛

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特別講義
特別講義「中央トレーナー」 #1


 

「定刻になったな。ただ今より特別講義を開始する」

 

 大講義室と銘打たれた部屋に、マイクを通して低くて渋い男性の声が響いた。それまでのざわめきはピタリと止んで衆目が教壇に集まる。

 半円形に段床が敷き詰められた——嫌でも話者に視線が集まる形をした——教室の教壇に、堂々と立つ男は早口で時候の挨拶と簡単な紹介を済ませてから講義の簡単な概要を話し始めた。ちらりと教壇に視線と耳を向けるが、興味のない話を熱心に聞く気にもなれない。

 普段の教養科目がない土曜日、お腹いっぱいに美味しいお昼ご飯を食べた後の午睡の誘惑に抗う気持ちが湧くわけもなく。普段は使われないお偉いさん向けの柔らかい椅子に体重を預けて上半身を机に寝そべらせた。

 

「この講義は中等部高等部、それぞれの社会系科目の補講を主目的としている。対象の授業は卓上資料を参照してくれ。評価基準は後日提出のレポートのみ。書式と字数は指定しないが————流石に白紙提出は認めないからな」

 

 年若い男性が半笑いで、ぐるりと聴講席を見渡して釘を刺す。

 

(あーあー、当然といえば当然なんですけどねー)

 

 壇上の見知った顔がこちらにも視線を向けてくるからこそ、口には出さないものの心の中で抗議したくなる。一ヶ月もこの学園に通えば、この講義をはじめとして、学園の仕組み自体が生徒にとても甘いことがわかるからだ。

 そもそも地方でも中央でもトレセン学園は単位制を()()()()()()()()()。レースに伴う遠征を筆頭に、ある者(勝利者)には華やかな取材やメディア露出がある。また、ある者(敗北者)には勝利を掴むために多くの機会(未勝利戦)が与えられる。ほかにも様々な理由で授業を休む生徒は多いのだ。

 とどのつまり、単純な学年制では学生側にも、運営する学園にも不都合が多すぎる。いくらトレセン学園がデビューから引退までを最大化するために、自主留年を推奨しているとはいえ、プロ選手であると同時に学生であることを忘れてしまっては生徒の将来に影響が出る。トレセンという組織が学園という形で運営を行う以上、生徒の将来を蔑ろにすることを世間様は許さなかった。

 

 勿論、単位制だからと言っても、中には飛び級の小学生だって入って来る若い学生に自主性を押し付けることを学園側は良しとしなかった。学園側は基本的な学習プランを準備し、プラン通りに履修すれば卒業までの道のりは保証されている。

 その上で学力が足りなければ学習指導教員(先生)が補習を行なってくれる。出席数が——公欠でも自主休講でも——足りないなら、この講義のように休祝日に行われる特別講義や補講に参加すれば良く、それでも足りないならば追認試験を通して単位分の学習時間を認定してくれる。その上に、突出した才覚や資格に対する授業の免除と飛び級制度。

 

〈無憂無風。皆が万全な状態で挑戦出来るように彼らが支えてくれるとも。〉

 

 入学式での生徒会長の言葉が自然と脳裏を過る。言い換えれば、言い訳の余地を学園に残さない。死力を尽くすのだと。だからこそ私は今日ここにいるのだ。そう思うと少しだけ、眠気が覚める気がした。

 

「さて、続けていつもの説明をするぞ。この講義は補習や補講ではない。講義内容は試験に出ないし、教科書の中身とも一致しない。中等部・高等部ともに試験勉強には全く向かない与太話をする心算だ」

「主題はトレーナーについて。アンケート内容に沿って講義を行う予定だったが……うん、まぁ頑張って期待に応えて見せるとも、うん」

「ちなみに授業妨害にならない範囲での睡眠、内職、そして摘む程度の飲食を認める。もしも質問があれば隣で話し合わないこと。時間が余れば質問時間を設けるし、後ほど相談室に持ち込んでくれても構わない」

「ここまでで思い違いや用事を思い出したという者は退席してくれて構わない。勿論、それで悪い評価なんてつけないしカマ掛けでもない。カマはない(構わない)ということだな、ふっ」

 

 男性から流される説明を聞き流して、聞き流して、聞き流す。周りをちらりと見渡しても立ち上がる生徒も笑ってる生徒も見当たらない。そして面白くないことを指摘してくれる人も見当たらない。

 聴衆の反応を見た男性は腕を組んで首を傾げて見せる。不思議だ、という台詞が顔に張り付いたような表情を浮かべている。顎を上向けて指先で撫でて、何かを考える素振りを見せると嫌な予感さえしてくる。

 

「伝わらなかったか……?まぁ良いとも、講義を始めようか。テキストの頭から、まずはトレーナーのざっくりとした説明からいくぞ。遅れない様に気にしておくれ(遅れ)よ」




Tips
 トレセン学園は中高一貫校——ドリームトロフィーリーグに参加するために留年した生徒向けの大学課程も有するが——当然だがプロ選手である以前に学生として扱われる。そのため、カリキュラムとして午前中は一般学校と同様の教養科目を行い、午後からはレース座学やトレーニング授業などの専門科目を行う。教養・専門の両方に必修科目と選択科目があり、合計単位数が足りることで進級することができる。
 単位条件は各科目ごとに異なるが必修教養科目は学生としての姿勢を問う側面があり、出席を重視する傾向にある。他方、選択科目や専門科目はその知識や技術を重視するため、試験結果や期末レポートの点数のみで単位付与するケースが多い。
 これを逆手に取って、授業時間は被っているが試験やレポートのみで単位を与える授業を同年に取って済ませるという暴挙を成し遂げた生徒がいるとかなんとか。

注意事項:特別講義に関しては、講義者が飲食を可としている授業料もありす。ですが、大盛りカレーや食堂の定食を持ち込んで授業に参加するのは、講義者に対する飯テロになるので控えてください。
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