「さて、問題はウマ並みだが……うん、
「む、だが私のトレーナーは普通に話していたぞ?」
「聴けば分かるさ。トレーナー君、話を続けてくれるかな?」
前の話に区切りをつけて。その次に進めたくない話を持ってこざるを得ない男の苦虫を噛み潰した顔よ。ちらりとカフェの黒髪から覗く瞳に視線を送るが、カフェは小さく首を横に振るのみ。しかしながら、端的に推測が違うと言われたタキオンは腕を組んでソファに深く腰掛け直し、耳を前に向けて話を聞く姿勢を取る。オグリキャップもまた、自身のトレーナーを信じる故に引く気配はなかった。
「後から怒るなよ?……まず、前提だがウマ並みのウマは三女神を指す。この三女神には歴としたモチーフが存在する」
「ふぅん……話に乗ってあげようじゃないか。ウマ娘が持つミトコンドリアを追った研究から、ウマ娘もアフリカに起源を持つと言う説が主流で、三人が全てのウマ娘の始祖と言うのは伝説のはずでは?」
話が大きく変えられたからか、アグネスタキオンは顎を突き出して、不機嫌さを表に出した。しかしながら、この突拍子もない話題を前提だと言い張るならと男の話を掘り下げる様に問いを投げかける。一方で、知らない話に変わったことにカフェは困惑し、小さく小首を傾げては何も言うことが出来ない。
「その通り、伝説なんだよ。世界各地に類型として存在するウマ娘の起源神話が、時代経過と人類の移動・コミュニティの併合に伴って習合した結果が現在の三女神信仰だ」
「日本で言う……神仏習合や国家神道の様なものでしょうか……?」
「その通りだ。習合はエジプト神話やキリスト教などにも見られる普遍的な行為だ。そして創作的側面や現代では遺失した無名数多のモチーフが入り混ざる場合、伝承の解体は困難を極める。その中で現代で可能な限り解体した時に行き当たる伝説のウマ娘がダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリータークの三人だ」
流れは兎も角として、現在行われている話を理解し始めたカフェは男に確認を取った。理数系に特化した反面、興味を持てないことには疎いタキオンは、その地頭の良さだけで話に追いついてくる。ただ唯一、この場にいるウマ娘の中では最年長のオグリキャップだけは理解が追いついていない様でパチパチと瞬きをして、耳を左右に向けていた。男はそれぞれの反応を見て、オグリキャップに集中すべく彼女に向き直る。
「三女神の由来になったウマ娘たちが居るとだけ理解してくれ。この三女神の逸話は私たちの身近なところにも関係してる。例えば、一バ身差は何mか言えるか?」
「確か2.5mだ。これは私も気になってたのだが、一バとは何なんだ……?」
「勿論、三女神だとも。逸話では三女神の誰かが両腕を広げた長さが2.5mあり、これを一バ身とした。まぁ、現実的には考え難い話であり、そんな巨人であったなんてことはないだろうな」
男の言葉に端的に頷いていた芦毛の少女は、男からの問いに選手としての知識から即答するものの、その由来を覚えていなかった。その少女の後輩にして、
「つまり、ウマ並みのウマとは三女神であり、大きなウマである。このことから大きいモノという意味で……」
「主語が足りてないんじゃないかい?君の背丈はどれだけ大きく見積もっても一八〇はないだろう?オグリ君のトレーナーの方が大きかったはずだ」
「間違っては……ないのですけど……」
オグリキャップが流れで納得しかけたことを良いことに、男は話を有耶無耶にしようとした。しかしながら、そうは研究屋が許さなかった。彼女は男の話の途中にも関わらず、中途半端は許さないぞと言わんばかりに男を凝視する。黒髪の少女の精一杯の後押しも虚しく男はまた口を開く。
「ふー……良いだろう。三女神の三人が、何で始祖とされたと思う?厳密さは求めないから好きに答えてみろ」
「え……始まりだから周りにウマ娘が居なかった……とかでしょうか?」
「初めてレースを行った、だろうか」
覚悟が決まってきたのか、話してる最中に男の目が据わる。
その変化はある
「沢山の子供が居た、だろう?現在に残るウマ娘の始祖、つまり血縁の始まりと考えるならばこの答えが適切なはずだ」
そして男の反応を胡乱げに観察していたアグネスタキオンは、きっちりと定義された言葉を好んで答える。そこまで聞いて男は、こくりと頷く。
「オグリのは否定は出来ないが、証明がされてないのが難点だな。ウマ娘の競争が文献上完全な形で出てくるのは、紀元前八世紀にホメロスが執筆したイリアスの戦車競争だ」
「競技として成立以前なら、紀元前一六世紀のエジプト王朝が行ったメソポタミア遠征とその戦利品としてアラビアのウマ娘たちを持ち帰り、宮廷で競争させたとパピルスに残されている。……が、ウマ娘とヒトが共存したとされる最古の集落が紀元前四千年頃、それよりも古い時代ではウマ娘のみの遊牧民あたりだな」
オグリキャップが理解の是非をおいてこくりと頷く。
「次にカフェとタキオンだが、足して大当たりだ。宗教によっては、三女神によってウマ娘は創られたとされることもあるが、神話の類型でいえば、この三女神が産んだ子供が今のウマ娘たちになる。……あぁ、アメリカ大陸だけは一五世紀になるまでウマ娘が存在しなかったから、あそこの神話は別モノだがね」
「三女神は王冠・太陽・海などのモチーフと共に描かれることが多いが、これは主神の側にいると言うニュアンスで解釈される。多くのヒトや神と共にあったのがウマ娘という話だ」
当然と言う表情をするタキオンに対して、カフェは俯く。垂れた髪の毛で表情が読めない。
「三女神は母なる神であり多産の神であり、故に豊穣の神とされた。同時に家庭を守る神であり、狩猟や戦争の神ともされる。ここはギリシャ神話の三大処女神の文脈が載ってるわけだが、あの処女と言うのは誤訳で本来は未婚を意味する。未婚だがお気に入りを侍らせ、多産で豊穣の神様だ」
「つまりだ、三女神は本質的に淫蕩だったと言う話も、当然存在するんだ」
「……は?モルモット君は何を言ってるんだ」
話の急展開に呆然としたオグリキャップと、辛うじて問い掛けを出せたアグネスタキオンをそれぞれ視認しても男は話すのを止めない。
「そして主神が三女神を満足させた者に褒美を与えると言って、色々な者が挑戦した。そして三女神と一昼夜語り合った男が彼女たちを満足させて人々の王になったと言う説話がある。一昼夜の語り合いは原文と当時の文化から性行為の隠喩であり、この逸話からウマ娘が産まれたと」
「ちょ、ちょっと待ち給え!」
男はもう誰とも目を目を合わせない。すぐに意味を理解した栗毛の少女は、頬を赤くして立ち上がり、慌てて男に静止をかけた。その隣に座る黒髪の少女に至っては髪色とは対比的に白い首筋さえ赤く染めており、芦毛の少女も恥ずかしさからか耳を倒していた。
「もう分かっただろうが、
より直接的な発言が出たことでアグネスタキオンが、さらに顔を赤く染め耳を絞りながら男を睨みつける。そして口を開く、その直前に閉じた室内で暴風が巻き起こった。その暴風は卓上の紙を全て巻き上げ、狙ったかの様に男の顎を下から叩く。男は直撃を受けて上体を仰け反らせ、軽く意識を飛ばしてしまうと風は何もなかったの様に消えたのだ。タキオンは更に驚くも、その現象に既視感を覚えて自身の隣に視線を移す。そこには顔を真っ赤にして、両手で耳を塞ぐマンハッタンカフェの姿があった。
話を冒頭に戻そう。
「君は!恥というものをだね!」
「……うぅ」
「まさか、そんな意味だったなんて……」
室内は阿鼻叫喚に包まれていた。顔を真っ赤にした女の子たちが三人。ほんの僅かな気絶から冷めてから、漸く冷静になったのか冷や汗を流してる男。汚された机と床、窓も戸口も閉まっているのに巻き上がった紙はひらりひらりと落ちてくる。
「済まない、自棄になった勢いでセクハラ紛いの話をしてしまった」
「セクハラ紛いというか、セクハラだろう!」
話をせがんだオグリキャップは口元でモゴモゴとしていて上手く話せず、マンハッタンカフェも最初から分かっていたもののストレートな言葉に恥じらいを隠しきれず、また見せてしまった幼い振る舞いを恥ずかしがっていた。唯一、男に対して強気に出れるアグネスタキオンだけが男を糾弾する。
「む……話をせがんだのは私だ。巻き込んですまなかった……」
ただ一人が怒りを見せたからこそ、残り二人は少しずつ冷静になって行く。先に話せるくらい落ち着きを見せたオグリキャップは、改めて男が静止しようとしていたこと思い出しては、遅れてやってきた後悔の念から反省の言葉を絞り出す。ただ、栗毛の少女は担当トレーナーに当たりたいだけ故、ハッキリと否定する様に首を左右に振った。
「いいや、これは俺が悪い。そしてオグリのトレーナーが悪い、俺に在らぬ噂を吹っ掛けた
担当ウマ娘の恥ずかしさからの八つ当たりを理解していた彼は、タキオンよりも早く口を開く。そして場を和ませようとしたのか繰り出した下手な洒落は、オグリキャップの顔色を悪くさせてしまった為に男は撤回して頭を下げる。
「モルモット君。これは何かしらお詫びが必要なんじゃないかな……!」
「……いえ、タキオンさんも無理やり喋らせたことを反省してください」
それぞれ自分に咎をつけようとして、男と天然気質の少女が二人で詫びあっている。その様を見て、少しは溜飲を下げた担当ウマ娘は、それでも興奮さめやらぬ雰囲気で自身のトレーナーに手打ちを求め、男の身に迫る。一方でようやく恥じらいから抜け出した黒髪の少女は、感情が今になって怒りに転嫁し始めた。男の身に迫る少女の服の裾を引っ張り、無理やり座らせ、その反動で自身は立ち上がった。
「モルモットさんもです……意固地になるのは分かりますが、あなたがタキオンさんを止めなくてどうするんですか」
口調も声音も、普段同様に物静かなままマンハッタンカフェは滔々と二人に語りかける。しかし話しかけられた二人は静けさの中で、その金色の瞳に怒りを感じる。見るまでもなく耳は絞られているのだろう、二人ともが怒る少女から視線を逸らさない。唯一槍玉に挙げられず、一人残された少女が状況が読めず、三人を見回す。
「はい」
男の一言が虚しく響いた。
Tips キリスト教における三女神信仰
三女神と言う単語から一神教では排斥されたと感じるウマ娘は少なくない。例えばユダヤ教においてはウマ娘も神に造られた存在とされ、彼女もまた知恵の実を食べたことで追放されたとされ、三女神の存在は出てこない。
一方のキリスト教では産女神の立ち位置が大きく異なり、父なる神・神の子に並ぶ一側面である聖霊の遣わす天使に三女神が併合されている。聖霊の役割は人に信仰を育ませ成長させ、信仰を通して聖霊は人に宿る。これは信仰により神からの想いを伝えてくれる聖霊が宿るという点と三女神に祈ることで想いを継承する逸話の類似とされる。そして聖霊の遣わす天使に似せて神がこの世界に創りだした者がウマ娘であり、人間として生き、救世主を信じるなら人と共に救われるとされた。
出典:一神教におけるウマ娘の立ち位置