男が卓上に広げられたノートを指差して説明する。
「は……?じゃあ、この軽種・重種・温血種・冷血種ってのは?何が違うん?」
目の前で勉強を見て貰っている少女は、他の項目を交互に指差す。
「温血種と軽種、冷血種と重種はほとんど同じだ。本格化を経て、走ることに特化したウマ娘を温血種・軽種、輓曳や筋力に特化したウマ娘を冷血種・重種という。この間のウマ娘が中間種だ」
「冷血種ってどんだけ体温低いの?血が冷たいのヤバない?病院行けだし」
「ジョーダン、それ多分違うって」
ジョーダンと呼ばれたツインテールの少女が、男に検討外れな質問攻めをする。それを見兼ねたのか、ツインテールの少女と隣り合わせに座っていた
「んむ、シチーの言う通りだ。教科書には載ってない内容になるが、昔は住んでる土地の条件で本格化がどう起きるかが概ね決まっていたんだ」
世界地図の上の方——北ヨーロッパなどに丸を描いて、重種と書き加える。そして世界地図の真ん中あたり——アフリカや中東の地域に丸を描いて、軽種と書き加えた。
「寒
「へぇ……ジョーダン、分かった?」
「んー……多分イケる!」
男にシチーと呼ばれた少女の方は、十分に話を理解したのか頷いて隣の娘に確認する。確認された少女は、腕を組んで少し悩んで見せたのちに強く頷く。それを見た男と金髪の少女はお互いを見合って、肩を竦めてこりゃダメかもという気持ちを共有した。
「最初にやったUMAMUSUMEとhorse girlの違い言ってみてくれ」
ジョーダンは当然のようにノートを捲り確認しようとする。その手をシチーが制して止めた。
「はいはい、見ない見ない」
「マ?えー……!ホースはウマで、ガールは女の子!」
男を指差して元気良く言い切るジョーダン。それに男は頭を左右に振って見せた。
「それは単なる和訳だな……今、復習しておくがUMAMUSUMEと言う単語は原初の言葉でありながら、人類共通語として存在している」
「げん……?なんて?」
「古い言葉で色んなところで使われてるってことだ」
少女が素直に分からないと言うので男がすぐに言い換える。
「あーセンセーが言ってたわ、パピプペポが崩れた残りとかなんとか」
「パピ……?あー、バベルの塔が崩れた名残、か。その伝説は話が逸れるから置いておくが、ウマ娘と言う単語は世界中で見られる言葉だ。ただ例えば日本語ではヒトも一緒に指す少女や娘と妖怪やウマ娘の走る姿の意味でウマやバという言葉に別れ変化した」
「それがガールとホースでしょ?あってんじゃん」
当然のように抗議するジョーダンをシチーが諫める。
「バ少女なんて言わないじゃん?ユージンの言ってるのはそう言うことっしょ?」
「あー……?シチーの話わかりやす、スゲー」
男は言われように苦笑して肩を竦める。
「でもそれならホースもウマで良くね?ホースって何なん?」
「ウマという言葉がhorseやequineに変化した由来はハッキリしていない。跳ねる生き物を指すhorsyからの変化という説が有力だが……これも話としては置いておこうか」
またも疑問を提示した少女がポカンとしてる様子に男はもう一度首を振って、渋々だが大好きな余談を打ち切った。
「でさー!ゴルシの奴がさ!」
追試に向けた対策も途中で飽きたのか、
「どうぞ」
「失礼しまーす。って居た居たジョーダンにシチー!」
男の許可を聞いて、元気よく扉を開け一礼する二人。入口に置かれたパーテーションから顔を出したのは彼女たちの友人。それとその家族の一人だった。
「パーマーじゃん、どしたん?」
一番最初に呼ばれたジョーダンが、目をぱちくりとさせながらパーマーと呼ばれたポニーテールの少女に声をかける。男は入ってくるもう一人の芦毛の少女見て、小首を傾げた。
「二人ともセンセーが呼んでるよ、なんか反省文がどうって」
「ヤバ」
「あー……寝坊の奴だ」
「ほんじゃマックイーンちゃんは?どったん?」
「あー、俺が呼んだんだわ。ほらお前ら、呼ばれてるなら怒られる前に行ってこい」
高等部の先輩に声をかけられた中等部の少女は「えっと」などと口籠って耳を折ってしまう。そこに口を挟んだ男は座っていた椅子から腰を起こして立ち上がって、ソファに腰掛けてる二人に帰るように促した。
「芦毛スキーはヤバいって」
「あはは、まぁ悪い様にはしないでしょ」
何となく雰囲気を察しつつも、茶化すことで空気を和ませようとしたゴールドシチーは苦笑を浮かべながら立ち上がる。イマイチ理解しきってないトーセンジョーダンをメジロパーマーが軽く引っ張る。
「パーマーの家族に変なことしたら絶許だかんね!」
ジョーダンはやる気の無くなってた勉強道具を片付けると鞄を担いで男に釘を刺す。男は散々な言われ様に頬を引き攣らせつつも、マックイーンを置いて出て行く三人を見送る。部屋を出る直前にパーマーが意味深にウィンクした。部屋に残った二人がそれぞれその意味を考えてると、扉が閉まる音に続けてカタンと外から何かが扉に当たる音がする。
「さ、お座りよ。飲み物は……話のお供は紅茶でいいか?」
「え、えぇ……」
男は依然と立ち続ける少女に、先ほどまで人が使っていたソファを勧める。少女はまだ何も話して居ないのに、歓迎の準備を始めた男に困惑しながらも勧められた様に腰をかける。男は室内にイランイランのアロマを焚いてから、ガラスコップに淹れられた紅茶と個包装のクッキーをお盆に載せて少女の目の前の席に着いた。
「もしも嫌いな匂いだったら言ってくれ、午後の紅茶で悪いがおかわりはあるから
「あの、私はまだ何も言っていないのですが……」
明らかに相談だろうと決めて掛かる男に一抹の不安を覚えた少女は目尻を下げて男に言葉を返す。しかし男はメモ帳を開きながら、不思議そうに少女を見返して口を開く。
「パーマーがこうやって連れてくるから相談事かと思ったよ。いや何、スプラッシュレクでは世話になったみたいだから、ともすれば何か苦言の一つでも……?」
少女の顔色を伺う男とは対照的に、言葉に引っ掛かりを覚えた少女は「パーマーが、ですか……?」と男の問いには答えないまま、更に疑問を重ねる。ただ男は気にした素振りも見せず、一口自分の飲み物に口をつけてから答える。
「あぁ、パーマーが色んな子の世話焼いてるのは知ってるだろう?その中で、パーマーが必要だと思ったら私の所に連れてくるんだ。話を聞いてあげて、とな。外の看板も相談中にひっくり返していったようだったから思い込んでしまったが、聞きもせずに相談事と決めて掛かるのは確かに失礼だったな、すまない」
男は頭を下げる。その一方で一言「パーマーが……」と呟いて何やら思い悩むように一度少女は押し黙り、沈黙が訪れる。しかし、僅かな間をおいてから沈黙を破ったのも少女であった。少女は意を決した様に男へと正面から向かい合う。
「いえ、相談事に違いありませんわ。話を聞いて頂けますか?」
「勿論、私は君たちの
急に堅苦しい言い回しをする男性が、なんだか可笑しくなってしまって少女は漸く笑みを零した。それから彼女は飲み物に口をつけてゆっくりと話し出す。
「言うまでもありませんが、私はメジロ家に盾の栄誉を持ち帰るべくここに来ました。それを辛く思ったこともなければ、誇りにさえ思っています。そして同じ誇りを持つ家族や切磋琢磨出来る友人、一時の評価さえ捨てて寄り添ってくれるトレーナーや我儘を許してくれる周りの人、ファンたち……私は間違いなく恵まれています。
男は少女の細かな仕草にまで注意を払って話を聞き続ける。
「もうあなたには知られてしまったから言いますが、私は野球……スポーツ観戦が好きですしスイーツやぬいぐるみも好きです。ただメジロ家の誇りを保つためと言って、それらを隠したまま愛されてる私は私なのかと思い悩みまして……」
男は前のめりになって話を聞く。少女の話を遮らず、少女が話たいだけ話せるように相槌を返して話させた。そして少女の口から出た本題を聴くと少し悩んだ様に腕を組んで見せた。
(もう割とみんな知ってるとは言えんしな……)
男は、この学園ではよく見られる考えるデビルマンのポーズを取って目を細める。
「他人から見える自分と自分が思う自分のズレが気になるというところかな?」
少女が頷いたので、男は姿勢を正して開いていたメモ帳におそらくは男しか読めない様な文字を書いていく。
「まずこの話は何も珍しい話ではない。名家ではメジロ家に限らずジュエル家、良家ならパルフェ家の子たちも家の名を気にしているのは知っているだろう?」
「えぇ、あまり詳しくは話しませんが……」
「そして大人であってもパブリックイメージとセルフイメージの齟齬はある。この齟齬自体は珍しく無いものだ」
男はメモに読める表を書いて少女に見せる。メモには四つに区切られたマス目があり、マス目の上には自分が知っていると自分が知らないという言葉が区切られて書かれていた。またマス目の中には他人が知ってるという言葉と他人が知らないと書かれている。少女がメモ帳に目を通したと確認した男はマス目に言葉を書き足しながら話し始める。
「これはジョハリの窓という心理モデルだ。これはマス目を窓に見立てたもので、四つに分けられる。自分も他人も知っている窓は開放、自分が知っていて他人が知らない窓は秘密、自分が知らず他人が知ってる窓は盲点、そして他人も自分も知らない窓は未知と呼ばれる」
「これに従うと私自身は知らないけど他人が知ってることがあるという訳ですね……?」
頭の回転が早い少女はジョハリの窓と呼ばれた図を見て、話を察する。
「その通りだ、一般に開放を広げ秘密を狭めることが良いとされる。ただし、開放のみにすることは出来ないし秘密がないことも不健康だがね。もしもやるなら他人から自分のイメージを聞いて集め、自分の思う自分と掛け合わせることでこのモデルが作れる」
男が片手をひらひらと返して振るのは無意識の癖なのかなんなのか。しかし、視線は少女だけをじっと見ている。少女は黙って何かを考え込んでいる。男は急かさず、考える少女をただ見守る。
「何か私の思ってる悩みとは違う気が、します」
少女が不安そうに言葉を絞り出すを聞いて男は頷いて笑いかける。「では話を進めようか」なんて言って。
Tips:トレセン学園における家柄
⑴名家
全国的に著名であり、重賞勝利ウマ娘を継続的に複数人以上輩出している血統・家系を指して名家と呼ぶ。またレース業界に限らず、様々な事業で目にする名前であり影響力は幅広い。
特筆すべきはウマ娘の名門の場合は当主がウマ娘であることである。これはファミリーラインと呼ばれる元々の家柄の血統を基礎とし、他所からサイアーラインとして男性の血を入れることで発展してきた事に由来する。
特殊な点として、冠名が同じウマ娘が家全体で産まれ易い傾向にある。また血統を同じくしても家から外れていると冠名がつかないウマ娘が産まれることが多くウマ娘出生の大きな謎とされている。
例:シンボリ家,メジロ家,ジュエル家,リズム家など
⑵良家
重賞勝利ウマ娘および重賞勝利トレーナーを複数人は排出したことのある家系を指して良家と呼ぶ。一般には名家の格落ちの様な扱い方を受けることが多いが、一般家庭に比べると金銭的な余裕がある。特筆する点としては名家と比べてファミリーラインの繋がりが薄い、もしくは浅い点である。そのため婚姻による親戚関係によって良家と呼ばれる水準に達した家も存在する。冠名の連続が一部では見られるが、名家ほどの連続性は見られない。
例:パルフェ家,ミニ家,ハート家,ロイヤル家など
※アグネスタキオンの実家などもこれに相当する。
⑶旧家
元々は名家もしくは名家に連なっていたが、名家とは交友が断絶した由緒ある家系や冠名で統一されない名家を指して呼ぶ。またファミリーラインを維持していることも条件とされる。名家のウマ娘が出奔したり地方へと嫁ぎに出た後、交友が途切れることで地方に散らばってしまったケースが多い。
細々とファミリーラインを保ちつつ、外から異なるサイアーラインを引くことで一気に盛り上がるケースもあるが当人に旧家としての自覚があるかは別である。冠名の共通性は低い。
例:星旗の血統,星友の血統,種正の血統,華麗なる一族など
追記⑴
⑷王家
一国の王の血筋を引くもの。太古の王権はウマ娘と共にあり、その血統を遡ると伝説の域に及ぶため血統的価値は評価不能である。現在のトレセン学園に所属する王族はアイルランド王家のファインモーション殿下のみ。
要点として独立時に立憲君主制を敷いた事により現在の王家が成立している。それ以前の由来については資料を当たったが辿れなかった。成立以来はウマ娘のファミリーラインを中心に血統が成立しており、伝説上の初代女王であったウマ娘のファミリーラインを辿っていれば王位継承権を持つとされる。つまり女系継承が認められている。しかしこれは政治的事情を多分に含んでおり、冠名の連続性が極めて低いことからも当該Xu遺伝子が入れ替わってる可能性がありえる。
出典:[削除済み]