ウマ娘論考   作:┗┻━( ・`ω・´)┻┛

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余談「メジロマックイーンの懊悩」後半

「次……ですか?」

 

 自分がイメージしていた相談内容通りの話を聞いたのに、納得ができなかったという事実に対して表情を固くしていた少女が男性を見上げる。

 

「その通り、次の次もあれば別の展開もあるがね。話を戻そうか。他人のイメージと自分のイメージのズレが起こす事の一つに、自我同一性の揺らぎやそれが悪化したアイデンティティクライシスと言うのがある」

「自我同一性……アイデンティティというと自分らしさという意味合いで宜しいでしょうか?」

 

 男は満足そうに笑って頷く。

 

「んー、まぁその認識で一先ず問題ない。この問題は思春期にはよくある話だが、トレセン学園は殊更起こり易い土壌だ。マックちゃんの話からはズレるが、他人と比較して自分らしさを失ったり何が出来ると思い悩むことがある」

「自分らしさ……」

「ん、例えば地元で最も速いという自分らしさを持っていた子がルドルフのような()()()を見て心折られる、とかな?」

 

 少女は話を聞いて何かを言葉にしようと口を開くが、うまく言語化出来ずに口を閉じてしまう。その代わりに男が口を開いた。

 

「突然だがマックちゃんは昨日の自分と今日の自分は同じだと思うかい?」

「……はい?何を仰られるのですか?」

「眠る際に意識が途切れるだろう?つまり眠る前と後で意識は続いてない訳だ。あるのは過去の記憶を持つ今のマックちゃんだけ、さて昨日の自分と今日の自分は同じかな?」

「い、いきなり怖い事を言わないでくださいまし!」

 

 唐突に語られる話に、少女は尻尾をピンと立てて動揺を露わにする。

 

「ははは、すまないすまない。だが自我同一性では大切なことでね?これまで他人と関わってきた中で得た自己認識が過去から現在まで繋がってる感覚ってのが自分らしさを裏打ちする」

「は、はぁ……?」

「例えばマックちゃんが可愛いという自己認識を持ってたとして、それは昔から他人に可愛いとちやほやされることで自己認識を強めるわけだ。逆に可愛いではなく格好良いと言われ続けると可愛いという自己認識が弱まる」

「成程、ようやく話が繋がりましたわ」

 

 可愛いと言われて、年頃の少女としては嬉しいのか耳を前に向けて尻尾を振る。表情だけは平静を保っているが少しだけ声も上機嫌に戻り。お茶に口をつけるだけの余裕も出てきたのか、少女も喉を潤す。

 

「自己イメージと反する評価がされ続けると、普通の人は自己同一性がどうしても弱ってしまう。イメージの齟齬の次に起き易い問題として、自己同一性の揺らぎが起きている可能性を示唆するが……どうかな?」

 

 男が簡潔にまとめた話を受けて、少女は瞑目する。男は何も言わずに、それを見つめて少女の思案を眺めた。少女は一分も立たずして眉を顰め、難しい顔をしてしまう。そして意を決して目を開けると少しだけ申し訳なさそうにして「これも近いけど別な気がします」と告げる。

 

「んー……というとそう言う悩みも()()()()、が本題とは違うと言うことかな?」

「えぇ、申し訳ありません……」

「いやいや、こうやって悩みを探っていくのも相談の一つだとも。では次の話の前に一つ尋ねさせて貰おう。()からのイメージが一番気になる?」

 

 楽しそうに笑って首肯してる男に、頼り甲斐を覚えた少女は「誰と言うと」と復唱して首を傾げる。そしてすぐに「あっ」という声を漏らした。

 

「…………です」

「聞こえないな、誰からのイメージが気になる?」

 

 少女の中で、男の笑みに感じた頼り甲斐が腹立たしさに変わってくる。手元のグラスを掴んでグイっと中身を飲み干し、据わった目で男を見つめる。しかし男は「んー?」などと言って素知らぬ顔をするものだから、少女は言葉を濁しきれず、顔を赤らめて言葉を溢した。

 

「私のトレーナーさんに、どう見られてるかが気になりますわ……」

 

 くつくつと喉の奥で笑いだした男に対して「なんで笑うんですの!」と少女は少し立ち上がって抗議の声を投げる。男は笑ったまま、軽薄な謝罪を口にする。

 

「いやはや、他意はないんだ。マックちゃんも乙女だものな、ナイト様に恋してしまうのも無理はない」

「まだ恋と決まった訳では……!」

「ふぅん、ではナイトが誰かに取っていかれても良いと?言うまでもないがアレは人気が高いぞー?」

 

 メジロマックイーンのトレーナーをナイトと呼ぶ男は、赤ら顔で抗議する少女に問いかける。問いの中身を想像した少女は、大きく瞳を開いて動揺した様に視線を揺らし、尻尾を垂らした。

 

「黄金の鉄の塊事件のこともあるし、そもそも志操堅固の体現だしな」

「おう……てつ……?何を言ってらっしゃるんですの……?」

「知らなかったのか。すまないすまない」

 

 男の意味不明な物言いは少女の預かり知らぬことだったらしい。少女は眉を寄せ、より強い困惑を示す。男は首を左右に振って、今度こそ真面目な顔つきで身を前に傾けて、ゆっくりとはっきり話し出す。

 

「メジロマックイーンはトレーナーをどうしたい?」

「どうしたい……とは……?」

 

 まだ歳幼い少女は男の雰囲気に呑まれる。

 

「例えばトレーナーと横並びで歩くのか、一歩先に居てもらって手を引いて貰うのか、一歩後ろから見守って貰うのか」

 

 少女は耳を前に向ける。

 

「例えばトレーナーに傅くのか、トレーナーを傅かせるのか」

 

 少女はゆらりと尻尾を揺らす。

 

「例えば、トレーナーを支配するのか支配されるのか」

 

 少女は唾を飲みこむ。

 

「この話は恋愛に限らない。ウマ娘とトレーナーが息を合わすことを人バ一体と言うが、その極意は()()()()だ」

「一心同体……」

「そうだ。そして心を重ねるために担当ウマ娘と担当トレーナーは互いを知って、その二人にとって最も合う関係を築き上げなければならない。ともすれば、マックちゃんの感じた不安は、これを問い直すものかもしれないな」

 

 男は左目を瞑り、右の口角を上げる。曖昧な笑みをマックイーンは解釈しきれない。男の言葉が頭の中をふわふわと巡って、今までもずっと香っていた甘く華やかな香りが今になって理性を蕩かせる。

 

「盾の栄誉を手にするためにトレーナーと一心同体となる。一心同体となるためにお互いを深く知り認識を合わせる。何も不自然な話ではないな」

「……えぇ、そうですわ。これはメジロ家にも有意義な事……ですのよね?」

「勿論、そして盾の栄誉を齎した男を家に引き込むのもだ。メジロ家()家の専属計画が頓挫したなら尚更、家の方々は欲しがるだろうよ」

 

 男は甘言を弄し少女の目的に紐づけて刷り込む。そして少女が自分にとって都合の良い話を飲み込むためにした確認に、力強く頷く。

 

「えぇ、えぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 少女も力強さを取り戻し、瞳にハッキリとした強い意志が宿る。

 

「……マックちゃん、ジョジョ読むんだ?」

「……?この前ゴールドシップさんが仰っていたのですが」

「あー、なるほど。……一先ずトレーナーからのイメージ自体はさっき話したジョハリの窓のサンプルと言えば教えてくれると思うから、アプローチ自体はそれからかな。逆にマックちゃんがトレーナーに自分のどの個性を、どういう風に受け入れられたいとかはうちに考えた方がいいかもね?」

 

 話が逸れかけたが、男の話が必ず話を戻す。少女は真剣な表情で口元を片手で押さえて悩みこんだ。興奮が混ざってるのか、起伏に薄い胸が呼吸で上下する。ただ興奮が先行し過ぎてるらしく瞳孔が開きかける、男はその中に行き詰まりを見たらしい。

 

「急がない急がない、これ自体もある程度は柔軟にな?……そうだ、後から少女漫画を持ってくるから参考に読んでみるかい?」

「少女漫画ですか……?」

「そうそう、ポニー少女とオオカミ王子とか彼氏彼女の事情、トレウマ合同、墜落JKと廃人教師とか色々あるからな」

「あ、ポニー少女とオオカミ王子はライアンと映画で見ましたわ、王子様が格好よくって」

「わかる、わかるぞ。キャスティングも良かったし、追加カットも原作の補完としてハマっててな、是非原作も読んで欲しい。他の本はライアンに貸す話になってるから、読み終わったらそのまま全部ライアンの所に持ってってくれれば良いからな」

 

 興奮冷めやらぬ態度には変わらないが、手を合わせてはしゃぐように少女が喜ぶ様を見て男は一安心と言わんばかりに破顔する。

 

「手広くやってますわね……?」

「何、寮室に置ける本も図書室に入れられる本にも限りがあるからな。勿論、TSUTAYAの宅配レンタルや電子書籍という手もあるが、本で読みたいという子のためにな」

 

 手をひらひらと仰がせながら説明する男は「お茶のおかわりを持ってこよう」とゆっくりと立ち上がる。少女は慣れた素振りで「あら、ありがとうございます」とその提案に乗る。

 少女のトレーナーから呼び出しが鳴るまで、二人は映画や流行りのスイーツについて情報を交換するように話に花を咲かせた。




Tips:トレーナーの名門と日本のトレーナー業界が抱える問題について
 トレセン学園に勤めるトレーナーの数は多く、その中では親子二代に渡ってトレーナーというのも珍しくはない。では、現在でもトレセン学園で続いているトレーナーの名門一族を挙げろと言われた時に、挙げられるのは桐生院家と精々がジュエルの一門くらいであろうと言われる。
 名門の条件として、何代にも渡って重賞勝利ウマ娘を輩出すると言う条件が挙げられる。これはトレーナーという職業において、この条件は異常な厳しさである。
 要因は幾つかあるが、よく挙げられるのは競争環境の変化だ。新たなトレーニング器具を始めとして、蹄鉄や勝負服に使われる繊維と言った新たな技術とそれによって従来とは異なるトレーニング方法の開発やレース戦術の変化、そしてそれまでは才能がないとされた子が再評価されるという一連の流れを指す。また近隣地域に有力な遠征先がないレース大国における環境の先鋭化は、従来より指摘されてきた通りである。
 引退したウマ娘がトレーナーとして大成するのは極僅かとされるが、ヒトの想いというジンクスを除いても、この競争環境の変化に適応出来ないことがウマ娘のトレーナー化を妨げると言われる。それほどに競争環境はレースに与える影響が強く、ドリームトロフィーリーグに招待される極まった者たちや各世代の上澄みを除けば競争環境に応じることは間違いなく勝敗に関わってくる。
 トレーナーの一門として淘汰された一族で、真っ先に槍玉に挙げられるのはシンボリ家とメジロ家であろう。自分の家が輩出した有力なウマ娘に信用がおけるトレーナーをつけると言う戦略は一見して正しいものとされた。しかし歴史が証明する通り、閉じた環境においての育成には限界があった。結果として、自家から輩出するウマ娘を持たず偏りなく育成を行なってきた桐生院家や、外部からトレーナーを大量に招き続け、自家から大量に輩出するウマ娘のトレーナーとパズルの様に組み合わせたジュエル家のみが残った形となる。
 しかし、この外部からトレーナーを大量に取り込む動きは賛否が大きく分かれる。これはジュエル家の中だけではなく日本の内外においても関心が高い問題である。本来は長く続くと見込まれる優秀なトレーナーの技術が世界から集められた上で一国の流行に淘汰される。集めた上で世界に戻すことが出来ない点を揶揄して「日本はトレーナーの墓場」と呼ばれることもある。
 特に現役時代はケンタッキー・ダービー、ブリーダーズカップ・クラシックを優勝しエクリプス賞年度代表バとなり、後年は日本で中央トレセン学園トレーナーとなったファーディナンドの事件は有名な話である。一応簡単な説明を述べるとアメリカでは大きな騒動となったファーディナンド事件は、中央トレセン学園で敗戦続くファーディナンドと契約するウマ娘が居なくなり、重ねて元担当ウマ娘との諍いから心的外傷後ストレス障害を負って引退した事件である。
 また日本がトレーナーの墓場と呼ばれる現状については英国のエリザベス女王も憂いを抱いている。現在はこれらの反省からトレーナーを補助する制度が多数導入されているが、それでもトレーナーとして成功することは大変難しいとされる。

出典:就職活動大百科 人気の職からお薦めの職まで
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