「それで?あなたはどんな言葉をかけてくれるの?」
新人も古参も、彼女に声をかけたトレーナーたちが背中を向けて去っていく。残ったのは後ろから見ていたアタシと、見ていた人々の目に焼き付いた女だけ。その女は最後に残ったアタシに口説いてくださるの?なんて甘い声をかけてきた。
「そうね、アタシはアナタの走りに目が焼かれちゃったわ」
アタシは肩を竦めて笑ってしまう。彼女の話は入学当初から噂にはなっていた。今、学園を席巻している貴公子と天マの二人さえも彼女には敵わないなんて言うトレーナーもいるくらい。でも目の前であの走りを魅せられてしまえばそれも否定は出来なかった。彼女は黙って微笑む。それだけで続きを促されてるのが分かる。
「アナタがアナタらしく、自由に走れるお手伝いをさせて貰いたいの。そのためなら栄誉も賞金も要らないわ。アナタが走る姿を人の目に焼き付けたいのよ。それがアタシの夢になるわ」
彼女はキョトンとしてから、ふふふと笑い出した。
「あなた変わってるわねぇ。私が自由に走るだけで良いの?」
「自由に走るからこそ、アナタはそこまで人を惹きつけるのよ」
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マルゼンスキーがデビューを果たした。大量に舞い込む取材依頼をまとめて断り、マルゼンスキーがしたい事を出来る様に手配する。彼女が免許を取る前はアタシが彼女を助手席に乗せてドライブに繰り出した。
「サイコー!マルゼン、もっとかっ飛ばすわよー!」
「うっ、ちょっと酔ってきちゃった」
流行りの話になれば、アタシが昔から懇意にしてた遊園地——バブリーランド——に連れて行った。当然、アタシと同じでマルゼンスキーの最先端を行く感性にあったらしくて、一緒にお立ち台に立って踊り明かした。
「フゥー!」
「フゥー!フゥー!」
そして彼女が走って、観客や後輩の目に焼き付く。誰もが彼女を忘れられなくなる。それは彼女と共に走ったウマ娘たちも変わらない。そして、マルゼンスキーと共に走ることを嫌がるウマ娘が出てくるかもしれない。それがヒトの目に焼き付くということだ。マルゼンスキーが居ないところであっても、彼女の姿を幻視してしまうほどに彼女の走りは強烈で、私はそれが良いと思っていた。けれどあの子は、それを気に病んでしまった。
マルゼンスキーが、私は走らない方が良いのかと聞いてきた時にアタシは雷に撃たれた気持ちだった。
(そんなことはない。アナタが走って、周りの心が折れてしまうのは、一時的なショック症状に過ぎないのよ)
悲しそうな顔をしたマルゼンスキーにそう言うことは出来なくて、私は彼女を強く抱きしめることしか出来なかった。彼女が落ち着くまで抱き締めて、話を聞いて上げることしか出来なかった。
「アンタ!
話はこうだった。『マルゼンスキーがレースで圧勝する。余りにも強すぎて勝ち目がないどころか、同じレースに出た担当ウマ娘がタイムオーバーになってしまう。これじゃ担当の学費も稼がせてやれない。手加減の一つでもして欲しい』そんな話をしたトレーナーが居たのだ。誰にも知られない様な個人の愚痴であれば無視できたが、それを子供に直接するのは、どういうつもりなのか。マルゼンを大人と勘違いしているそのトレーナーの神経が理解出来なかった。
後日、
「ねぇマルゼン。ちょっと授業サボろっか?」
アタシは確信した。彼女はヒトの目に焼き付いて、そのままそのヒトの情熱の炎になれる。彼女をはじめて見た時から疑ってはなかった。でも思い返せば、アタシはマルゼンスキーに直接伝えたことなどなかったのだ。だからアタシは素直に胸の内を話すべく、彼女を誘った。使いたくもないコネクションを使って、昔よく使った
「マルゼンは知ってると思うけど、アタシは昔、ここでアイドルをしてたんだ。時代の最先端を駆けて、誰もが憧れる存在になりたかった」
マルゼンスキーは、アタシの後ろで黙って聞いている。
「アタシに憧れました!ってプロダクションに来る子もいた。でも、アタシはどこか納得してなかった。それは時代ってのもあったけど、アタシには人々の目にいつまでも焼き付いてられるだけの器じゃなかったのよ」
「トレーナーちゃん……」
「アタシはいいの。でもアタシじゃなくても、人々の目に焼き付いて、その姿がいつまでもその人にとっての熱になれるってことを証明したかった。だからアタシはトレセン学園にトレーナーとして入ったの」
アタシはマルゼンスキーのセリフを遮って話を続けた。もしかしたらこんな自分語り、彼女は聞きたくなかったのかもしれない。あるいは、夢を彼女に押し付けてるだけなのかもしれない。失望されるのは怖かった。でも怖いからって逃げるのはもっと嫌で、アタシは振り返って彼女の目を見た。
「そしてアナタに出会った。アナタの魅力はルックスでも速さでもない。誰よりも自由に、誰よりも楽しそうに走る姿よ。アナタの姿は誰の目にも羨ましく映る。だから!……だから、誰もがアナタに惹かれるの」
感情が昂る。彼女のことを思うとどうしても熱が篭ってしまう。
「確かに今は、みんな負けたショックで落ち込んじゃってるわ。でも、彼女たちは華のトレセン学園生よ。アナタの背を見て、またアナタに勝とうと挑んでくるわ。それがどんなに遠くても!憧れは、消えたりしない!」
「だから、走らない方が良いなんて言わないでよ……」
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キーンコーンカーンコーン
男が熱烈に語る中、急に鳴り響くチャイムに現実に引き戻される。高度な読み聞かせ技能に戦慄するが、寧ろ話を聞くには好都合だった。チャイムは鳴ったが続きを催促する様に、ウマ娘たちは男に熱い視線を向ける。
「あ、チャイム鳴ったな。では講義は以上!私はこれから多摩川を遡上してカスミサンショウウオを探しに行くのでな!これで失礼する!」
男は知った事ないと言わんばかりに鞄を引っ掴んで切り上げる。話の続きを期待していたウマ娘たちはポカンと呆気に取られてしまう。その間に男は講義室から出て行き。一足遅れて、ウマ娘たちの怒号が講義室を揺るがした。
Tips トレセン学園の学費
中央トレセン学園の学費負担は余人が想像するよりも安い。中央トレセン学園は権威の場ではなく、ウマ娘たちの研鑽の場として全国各地から優駿を集めることを目的にしている。そのため、学費に関しては家庭事情による授業料減免制度やレースに限らず各方面の成果に対する給付奨学金などといった奨学金制度が充実している。さらに国際競争の観点から国が出す補助金を始めとして、レース及びライブの放映権料、学園を窓口としたウマ娘たちのタレント出演料や広告料、グッズ販売他、様々な資金源を持つからである。
当然、ロイヤリティはウマ娘たちに収入の一定割合が支払われる。これに加えてレースの本賞金や出走奨励金、特別出走手当などがレース参加者に支払われる。結果としてオープンやリステッドに勝利するウマ娘たちは学費を払っても余りある賞金を手にし、デビュー戦や未勝利戦で一勝上げるだけで胸を張って帰ることが出来る。しかし学費の負担自体は存在するため、許可制ではあるものの生徒がアルバイトをする事例があり。そして故障や家庭の事情により学費という負担のみを持って学園を後にする生徒が存在することも事実である。
ちなみに地方トレセン学園は中央よりも学費が高額であり、中央と同様の制度はあるが学費を返すためには多くのレースに出る必要があるとされる。また地方ならではの制度として中央に移籍するウマ娘たちを応援する制度もあり、これが地方と中央にある格差の原因ともされる。
出典:極秘 トレセン学園の台所事情