烏丸超常探偵事務所の超常事件簿   作:ゲーマーN

11 / 28
新9話 一巡目の世界(一度目の今日)

 遠藤健二は、決死の探索の末に霊魂の淵叢の祭壇の間に辿り着いた。これまでの祭壇はいかにもな部屋の中央に設置されていたが、霊魂の淵叢は、石の洞窟の中央に設置されていた。憎悪を振りまく影に追われていた彼は、必死の表情で勾玉を祭壇に納める。

 すると、彼を追っていた殺意は何事も無かったかのように消え去ってしまう。安堵の息を吐いた健二は開かれた扉の先に歩みを進め――

 

 シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン……!

 

 前方から聞こえてきたその音に全身が凍りついた。よく見れば、神楽鈴の徘徊者が進行方向の通路から迫ってきていた。今まで、祭壇の間の先で徘徊者に襲われることはなかった。予想外の事態に驚愕と恐怖のあまり健二は身動きが取れない。

 神楽鈴の徘徊者が目の前まで迫り来る。そのまま健二は努力の甲斐もなく暗闇に息絶える――

 

「…え?」

 

 寸前、眩いばかりの光が部屋の中に差し込んできた。視界の全体を覆い尽くすほどの光が神楽鈴の徘徊者の全身を包み込む。否、神楽鈴の徘徊者を包み込むのではない。神楽鈴の徘徊者が光を発していることに、目の前に立つ健二は気が付いた。

 動きを止めた神楽鈴の徘徊者の全身から光が抜け落ちていく。その光が完全に抜けた後には、まるで電池が抜けた玩具のように倒れ伏す神楽鈴の徘徊者の身体だけが残されていた。

 

 健二は恐る恐る床に倒れ伏した神楽鈴の徘徊者の傍に寄って行くと、ここまでの道中で拾った木の棒で能面の辺りをツンツンと突っついてみる。反応はない。どうやらあの光が抜けたことで完全に活動を停止したようだ。

 何が起きたのか正確にはわからない。それでも自分が九死に一生を得たということは、この世界に迷い込んで一日も過ごしてない健二にも理解できた。

 

《あなたの魂に用があるの。細工をさせてもらうから、大人しくしていなさい》

 

「今のは…魂、か?」

 

 ふと、健二の脳裏を過ぎるのは黒い着物を着た少女の言葉だ。彼女は、健二の魂に用事があると言っていた。あの結晶体を化け物に変性した健児(大食らい)に破壊されたことで余裕を失った彼女が、形振り構わずに徘徊者の魂を回収しているのかもしれない。

 その推測を裏付けるように神楽鈴の徘徊者の来た方向に健二が進んでいくと、奥の部屋には力を失った徘徊者が無数に転がっていた。

 

 突然、回廊全体が震動する。転びそうになる体をどうにか抑えつけて、走り廻る徘徊者の背後にある黒塗りの扉を開く。三つ目の勾玉を入手してからというもの、数分間隔で回廊が度々揺れるようになった。その中でも今の震動は最も激しいものだった。

 扉を開けた先には広大な空間が広がっていた。健二が居るのは高台に当たる場所なのだが、そこから部屋の全体像を把握できないほどだ。

 

「あの蜘蛛のような徘徊者(忍び寄る徘徊者)まで…取り敢えず、次の揺れが来る前に階段を降りるべきか」

 

 今の内に、階段を下りておくべきだろう。そう判断を下した健二が階段を降りると、部屋の中央には巨大な穴が空いていた。穴の底には美しい翡翠色の光を放つ巨大な結晶体が存在しており、その結晶体から生えた二本の角状の柱を通して上に何かを注ぎ込んでいる。

 穴の中央には円形の太い柱があり、その上部とは木造の橋で繋がっている。その橋を渡った先にはミイラに似た状態の人型の何かが眠っていた。

 

「私のお母さんよ」

 

 咄嗟に後ろを振り返ると、そこにいたのは両目を包帯で覆い隠した黒い着物の少女だった。

 

「もうずっと長い間眠ったまま。その魂は体を離れ、底知れぬ憎悪に苛まれながらも、今もこの世界を彷徨い続けている。何とか体は維持していたけど……」

 

 少女特有の可愛らしい声に憤怒と憎悪の色が混じる。

 

「あの男が器を壊してしまった。もう時間がない、今すぐ生き返らせなければ……」

 

「どういうことだ?」

 

「魂と体を一体化させるためには、途方もない力が必要なの。あの器で普通の魂を集めても、お母さんの体を維持するのでやっと。だから、これを被せた」

 

 そう告げた黒い着物の少女は闇の中から1枚の能面を取り出した。先程、健二が彼女と対峙した時にも目にしたその面は、被った者に正気を失うほどの大きな力を与える機能を持っている。あの時は、危うく人で無くなるところだった。

 今回は、祖父の助けはない。警戒心を露わにする健二に、少女は静かな声で淡々と言った。

 

「この面を被れば、魂の力が何倍にも増幅される。元となる魂が強ければ強いほどね。その力の大きさ故に大抵は自我を失い、人ならざる者へと変異する。でも、そういう者達は普通の魂を集めるのに役に立った」

 

 それが、徘徊者の正体。この回廊に迷い込んだ人間の成れの果てこそが【徘徊者】だった。

 

「あの男は素晴らしい魂を持っていた。あんなに自我を保っていられるなんて、正直驚いたわ。そしてその魂は、あなたに受け継がれている。本当は、増幅した魂を収穫したかったけど……」

 

 黒い着物の少女の言いたいことはオカルト素人の健二にも想像することができた。

 

「わかるでしょ、もう時間がないの」

 

 少女の母親の肉体を維持していたエネルギー源である魂の器が破壊された以上、今すぐにでも死者蘇生の儀式を実行する必要がある。そうでなければ、少女の母親の肉体は完全に腐り果てる。

 即ち、

 

「あなたには、今死んでもらうわ……」

 

 黒い着物の少女は顔の前まで右手を上げると目には見えないナニカを収束させていく。それがわかったのは少女の前方の空間が歪んで見えたからであり、そのナニカそのものを目視することは健二にはできなかった。

 こうなってはもはや万事休すということは健二にも理解できた。それでも、生きることを諦めたくないと相対する黒い着物の少女を睨みつける。

 

《来ちゃだめ! 逃げなさい!》

 

《おい、俺から離れていろ……》

 

 その時、黒い着物の少女が思い出したのは二人の親の姿だった。

 

 自分を庇い、社を取り囲む村人の前に立ったお母さん。

 健二を庇い、深淵にて自分の前に立った仲間殺しの男。

 

 ゆっくりと手を下ろす。少女には、もはや健二に対する殺意は宿っていなかった。

 

「まあいいわ…素の魂なんて、足しにもならない。そこで見てるといい」

 

 穴の底にある翡翠色の結晶体から角状の柱が急速に力を吸い上げる。その光は彼等の頭上で緑色の球体を作り出し、光の奔流となって母親の肉体へと降り注ぐ。その神秘的な光景を眺めていた健二は、妙な胸騒ぎを感じていた。

 このままでは良くないことが起きる気がする。しかし、何をする力もない健二には、そこで見ていることしかできない。

 

「なんで…!? こんなはずじゃない!!」

 

 その結果、少女の母親は未だ嘗て見たことがないほどの怪獣に変貌を遂げた。少女の母親が生き返ることはなく、憎悪のままに動き回る化け物に成り果てた。想像を絶する巨大な体躯で天井を突き破り、黄昏の空に飛び出していく。

 

「待って、お母さん!!」

 

 母の後を追うように部屋を飛び出した黒い着物の少女。ただ一人、部屋に取り残された健二に話しかける者は一人もいないはずだった。

 

「…遅かった」

 

 その声に振り返ると橋の前に黒猫が座っていた。その首には、五つの勾玉が連なる首飾りが掛けられている。翡翠の勾玉の放つ神秘的な光が影の中に佇む黒猫の姿を照らし出す。

 

「…君が話したのか?」

 

「やっと私の声が届きましたね」

 

 猫が喋る。十分に異常なことのはずなのに、健二はその異常を自然に受け入れていた。この世界で過ごす内に感覚が麻痺したのか、それとも驚くだけの余裕(SAN)がないのか。いずれの理由にせよ、その冷静さは現状で有利に働くものだった。

 

「事態は一刻を争うので、手短に話します。私のことは、一先ず置いておいてください」

 

「分かった。私にも分かるように、今の状況を説明してほしい」

 

「はい。彼女は、復活に不足していた力をこの世界を構成する力で補填したようです。お陰で私の声が届くようになりましたが…この世界は間もなく崩壊するでしょう」

 

 世界が崩壊する。創作物の世界では稀によくあることであるが、現実として目の前で起きるとなると理解が追いつかない。それでも、自分なりに理解しようと必死に情報を咀嚼する。

 

「復活のために集められた魂はどれも苦痛や憎悪によって歪んでいた。それがあの人を変えてしまいました。今のあの人は、もはや人ではありません。肥大化した憎悪そのものです」

 

「肥大化した憎悪……」

 

「あの怪物は、やがてあなたの世界に現れることになります。人の魂を食らい、更にその力を増し、途轍もない災厄になる…まだ力が弱い内に、こちらの世界で対処しなければなりません」

 

「どうやって?」

 

「この世界の礎となった27の人柱、その魂が燻っている場所があります。今なら、私でもその封印を解けるでしょう。27の人柱は膨大な力を蓄えている。とても制御はできませんが、真っ先にあの怪物に向かっていくはずです」

 

 27の人柱、この時の健二は即座にその意味を察することができなかった。だが、後にその意味を正しく理解することになる。阿地市中央部の山陰で土砂の中から発見された27の人骨。始まりの日に消えた27人の村人こそが人柱の正体――

 故に、人柱の27人は自分達を苦しめた化け物の親子を付け狙う。苦痛を、憎悪を、恐怖を、化け物に味わわせるために。

 

「後は、彼等が足止めしてくれます。時間が稼げれば、あの怪物もこの世界と共に消え去るでしょう」

 

「私はどうすればいい?」

 

「あなたが、その場所まで怪物を誘導してください。道中は私が力を貸します。上手くいけば、あなたを元の世界に返しましょう。……それでいいですね?」

 

「ああ」

 

「この首飾りを持って行ってください。あなたの身を守ってくれます。封印を解くためにも必要ですので、くれぐれも無くさないように」

 

 黒猫は勾玉の首飾りを床に落とす。

 

「私は先回りしています。また後で会いましょう」

 

 そして、首飾りを拾うのを見届けると再会の約束をしてその部屋を後にした。その後を追うように部屋の奥に進んだ健二は転移用の鏡に触れることで、天井から飛び出した『肥大化した憎悪』を止めるために追いかける。

 

 転移先は、ヒグラシの回廊のように夕陽の差し込む木造の屋敷だった。道なりに通路を進んでいくと、直ぐに屋敷の外に出る。そこに架けられた橋を渡った先にある断崖の上に、黒い着物の少女は健二に背中を向けるように静かに立っていた。

 元々、目が見えてないはずなのに健二や健児を見ていた黒い着物の少女は、後ろを振り返ることなく言の葉を紡ぎ出す。

 

「私は昔、人間として生きようとした。でも、大切なものは全て人間が奪っていった。あの時の光景は…今も、光を失った目に焼き付いている…私は、人間であることを捨て、心を捨てた。そして、数え切れない人間を殺した」

 

 黒い着物の少女は一度、そこで言葉を切ると、万感の思いを込めて自らの願いを告げた。

 

「全ては、もう一度お母さんに会うため…そのためだけに…」

 

 彼女の目的は母親を取り戻すこと。人間を殺すのは、そのために必要な力を蓄えるため。長い時をかけて、ようやく儀式を執り行うことができた。このまま失敗で終わらせるわけにはいかない。

 

「これで終わらせない。もう、あの時の私とは違う…今度こそ、絶対にお母さんを助ける…!」

 

 黒い着物の少女は拳を強く握り込む。それと同時に、肥大化した憎悪は地上に飛び出した。引き連れた小型の分身が、黒い着物の少女に向けて突進してくる。神楽鈴の一振りで、無数の分身を纏めて破裂させた黒い着物の少女は、肥大化した憎悪の前方に転移する。

 その直後、黒い着物の少女は衝撃を受けた。転移直後の隙に攻撃を受けた黒い着物の少女は、そのまま断崖の下に落ちていく。

 

 そして、肥大化した憎悪はその憎悪と殺意を黒い着物の少女の傍に居た健二に向ける。全身に走る寒気を必死に堪え、健二は、自らが生き残るために黄昏の回廊を走り出した。

 

 

 

「……私は、確かに肥大化した憎悪を人柱の下にまで誘導してみせた。首飾りの力で解けた封印から伸びてきた何本もの巨大な腕に、肥大化した憎悪は奈落の底に引きずり込まれた。その後を黒い着物の少女が追いかけ……気が付けば、私はこの世界の入り口に戻っていた」

 

 にわかには、信じ難い話だった。健二の経験した一度目の今日の出来事も、今日一日が何度も繰り返しているというのも、あまりにも現実離れしている。この世界を訪れる前の自分に、今の話を伝えたとしても、きっと鼻で笑ったことだろう。

 

「どうか…どうか彼女達のことも助けてほしい。何度時を繰り返しても、私には彼女達を救うことはできなかった。だが、君達ならば……!」

 

 だが、健二の話を作り話と切り捨てることは今の健児にはできなかった。

 

「報酬は幾らでも払う! 元の世界に戻った暁には必ず用意する! だから!!」

 

 必死に頭を下げる健二()の姿に、健児は――

 

「はぁ…孫がこれだけ頭を下げているのに俺が下げない訳にはいかないな」

 

「…祖父(じい)さん?」

 

「正直、あの化け物のことは許せない。…だが、大切な誰かに会いたいという気持ちは俺にも痛いほど理解できる。頼む。どうか()()()を助けてやってくれ」

 

 頭を下げた。本音で言えば、あの化け物を憎悪する気持ちは今でも彼の中に残っている。

 それでも、向こうの世界に置いてきた妻が産んでくれた子供の、そのまた息子の願いを無下にするようなことは健児には出来なかった。

 そして、

 

「…分かりました」

 

 大悟もまた、彼等の想いを汲み取った。

 

「必ず、彼女達を助けてみせます」

 

 神妙な表情で頷いた大悟の言葉に安堵の吐息を漏らす健二。彼等の会話を静かに聞いていた姫子は橋の袂の方に体を向けると、上から下へゆっくりと【アイゾード】を振り抜いた。

 

「…それならノロノロしてる時間はねぇな」

 

 技能:【古き血族】

 小鳥遊姫子:MP  5+ 2= 7

 

 技能:【古き血族】

 小鳥遊姫子:MP  7+ 2= 9

 

 呪文:【門の呪文】

 小鳥遊姫子:MP  9- 8= 1

 

 時間経過により回復した魔力で門の呪文を行使する姫子。すると、姫子の目の前の空間に裂け目が走る。その裂け目の先には、彼等がこの世界に来る前に通り抜けた路地が広がっていた。

 

「この先に行けば、元の世界に帰ることができるぜ」

 

「本当か!?」

 

「おう。お前らは元の世界に戻ってろ。先を急ぐならアタシ達だけの方が早いからな」

 

 この先、戦闘能力を持たない二人の存在は邪魔になる。先程の戦闘を見て、それをよく理解していた健児と健二は、ならばとそれぞれ自らの持ち物を大悟達に手渡した。

 

「それなら、この回廊で集めた道具を君達に託しておく」

 

「それと、これも受け取ってほしい」

 

 そう言って、健二がポケットから取り出したのは大勾玉の一つだった。

 

「きっと、この大きな勾玉にも何かの意味があるはずだ」

 

 この回廊で役に立つ全ての道具を大悟達に差し出した健児と健二は、まるで双子の兄弟のように全く同じ動きで裂け目の向こうに消えていく。

 

「後は、任せたぞ」

 

 その言葉を最後に、健児と健二の二人は影の回廊から脱出を遂げるのだった。




九条大悟
Lv  31
HP  50/50
MP   4/14
SAN 65/65

榊凛太郎
Lv  31
HP  48/48
MP   9/12
SAN 55/65

秋本楓
Lv  31
HP  48/48
MP   7/12
SAN 55/60

小鳥遊姫子
Lv  31
HP  48/48
MP   1/21
SAN 78/90

所持品
・混沌の神楽鈴×6
・金色の鍵×沢山
・ひかり石×沢山
・爆竹×沢山
・古いカメラ×沢山
・コンパス
・勾玉×3
・特別な勾玉×3
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。