そこには、今までとは明らかに違う異様な雰囲気が漂っていた。壁や床一面が丹塗りの豪華な屋敷であったことを思わせるが、水濡れの影響と経年劣化によりボロボロになり、血痕のようにすら見える不気味な回廊だ。
ぴちゃぴちゃ、と水音混じりの足音を立てながら大悟達が暗い通路を進んでいくと、直ぐに前方と左側へ分かれ道のある二股道に出た。左側には扉が見えたので、正面の通路に進む前に扉の先を調べようと、ズズッと引き戸を横に動かした。
「あっ!? 棚の上に健児さんのメモが置いてあります!」
「…本当だ。でも、どうしてこんなところに…?」
『霊魂の淵叢はこの世界の全てが最期に流れ着く場所です。恐らくは、別の場所で彼の落としたメモがこの場所に流れ着いたのではないかと…』
なるほど、と楓の翻訳する黒猫の言葉に頷きつつ、凛太郎は新しいメモに目を通す。
『 11
遂に、痺れを切らした男の一人が、女にクワを振り下ろし、他の男もそれに続いた。
女が悲鳴を上げると、すぐに少女が社の中から飛び出し、女の前に立ち塞がった。
危険を感じた男達は、神通力を使わせまいと、すぐさま数人で少女を押さえつけた。
この間にも女は地に倒れ、辺りは血の海だったという。
取り押さえられた少女は身動きが取れず、こうなってしまえば神通力など恐るに足りなかった。
ここぞとばかりに、殺された少年の父が少女の目を潰した。
少女が悲鳴を上げると、次の瞬間、安喜さんは想像を絶する光景を目撃した。
少女の辺りから眩い光が溢れ、あまりの強烈な光にその場の全員が倒れ伏した。
その光は瞬く間に広がり、村の男達、少女とその母親、そして社まで包み込んだ。 』
「目を…!?」
「酷いです!」
「村人の方がよほど化け物じゃないか! 人の心と命を踏み躙って、何が化け物だ!」
少女とその母親、親子を襲った悲劇に憤慨する三人。現代を生きる日本人として真っ当な倫理観を持つ彼等には、村の男達の所業はひどく悍ましいものに映った。
確かに、村人からすれば神通力で少年を殺した化け物には違いないだろう。しかし、少女に少年を殺す動機付けをしたのは村人の側であり、村人が余計なことをしなければ少女が村人を害するようなこともなかったはずだ。
言うに事欠いて、「とうとう化け物が本性を現した」とは、なんと傲慢なことなのだろう。
「……でも、そうか。それであの子は両目に包帯を……」
黒い着物の少女は両目を覆い隠すように包帯を巻いていた。大悟の【光線】を防ぐほどの神通力の持ち主である彼女が、なぜ両目を損なうことになったのか疑問ではあったが、この11ページ目のお陰でようやく理解することができた。
全て、原因は人間の側にある。1877年に起きた『蛭南村の神隠し』、その原因と切欠は旧蛭南村の人間の愚行だ。
本当に少女が村人の少年3人を神通力で殺したのだとしても、それは少女を『化け物』と囃し立てた少年達と、少年達に少女が神通力を操る化け物だと教え込んだ大人が原因だ。
少女の事情を知り、自分達も超常の力を持つ者として、少女の肩を持つ節があるものの、村人側の自業自得という意見は間違いではないはずだ。無論、村人ではない後世の人間まで被害に遭っているのは見逃すわけにはいかないが。
「急ごう。これ以上、彼女を苦しませるわけにはいかない」
「はい…!」
改めて、少女を救う決意を固めた四人は回廊の奥に進んでいく。歩く度に水音の響く通路は徘徊者に有利に働く環境であり、異形の存在と戦うことができない健二がこの場所を踏破したことには称賛の言葉しかない。
この世界は普通の人間が生存できる場所ではない。数十年もの間、この世界で人で在り続けた遠藤健児、超常の力を持たぬ身で影の回廊を踏破した遠藤健二、彼等は本当に規格外である。
二股道を真っ直ぐに進んだ先にも引き戸があり、その引き戸を開けた大悟は盛大に顔を顰めた。
「うげっ!?」
その部屋の中央には地下に続く階段がドーン! と設置されていた。これまでの回廊は大勾玉の安置されている部屋以外は、基本的に一層構造のほぼ平坦な迷路であったのだが、この霊魂の淵叢は二層以上の立体構造ということになる。
しかし、黒猫の案内があるだけ四人はまだマシな方である。遠藤健二は、この複雑に入り組んだ回廊を黒猫の【ナビゲート】無しで踏破してみせた。
本当に、遠藤親子は規格外である。それこそ烏丸超常探偵事務所の調査員に勧誘したいほどだ。
『この階段を降りる必要はありません。大勾玉があるのは外周部の地下一階なので、壁沿いに左側の通路を進んで下さい』
黒猫の指示で、四人は階段の左側の通路に歩みを進める。燭台に【紅蓮】で火を灯しつつ進んでいくと、またしても地下一階に続く階段を見つけた。
黒猫曰く、聖域を目指す上でこの階段を降りる必要は無いらしいが、この階段を降りた先にメモがあるとのことなので、メモを回収するために大悟達は少しだけ寄り道をすることにした。
一緒に置いてある勾玉を回収した大悟達は、凛太郎を中心に12ページ目の内容に目を通す。
『 12
その光が消え去ると、安喜さんが目撃した光景は更に信じ難いものだった。
そこには何も無かったという。
村人も、化け物の親子も、そして社も。
まるで、そこには初めから何も無かったかのように、ただ開けた林があるだけだった。
先程まで響いていた怒号も、鳴いていたヒグラシ声も無く。
ただただ異様な静けさだったという。
それ以来、消えた村人、化け物と呼ばれた親子を見たものは誰もいない。
警察による捜査も行われたか、何一つ手掛かりはなく
安喜さんの証言も信憑性を疑われたため、謎の集団失踪事件として迷宮入りとなった。
この事件は「蛭南村の神隠し」として周辺地域で語り継がれることとなった。
以上が、安喜さんとの対談と、後のリサーチによって得られた情報である。 』
12ページ目の内容は起承転結の結の部分だ。11ページ目の続きとして光の包み込んだものの末路と、その後の事件の流れについて軽く触れられている。文章のまとめ部分が無いので、あと1ページくらいは続きがありそうだ。
取り敢えず、これで欠けているページは4ページと7ページの2枚だ。残りのページの回収も目指しつつ、黒猫の案内のままに探索を進めていくと神楽鈴の音が遠くから聞こえてきた。霊魂の淵叢にも神楽鈴の徘徊者は徘徊しているらしい。
別に、神楽鈴の徘徊者くらいならワンパンで対処することができる。そこまで気にするようなこともないだろう。
チリーン……!
その油断が致命的だった。
「チィッ!」
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:SAN78- 1=77
舌打ちを一つ。闇の中から引き抜いた【アゾット】で手首を斬り落としたものの、姫子の足にはくっきりと手の形をしたアザができていた。水溜りに落ちた手首は溶けるように液体状となり、水溜りは四人から離れた場所に移動すると異形の姿を形作る。
その異形は、提灯と鐘を持った腰の曲がった老人の姿をしていた。老人はその場を動くことなく只管に左手の鐘を振り回す。
シャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャンシャン……!
ドドドドドドドド――!
その鐘の音は、他の徘徊者に侵入者の存在を知らせるための警鐘である。神楽鈴の徘徊者のみならず、走り廻る徘徊者の足音も近付いてくる。目の前の老人が鳴らす鐘の音に反応していることはすぐに察することができた。
水で構成された肉体を完全に消滅させるために【紅蓮】の炎を作り出す凛太郎の横で、黒猫の翻訳を担当している楓が老人の正体を説明してくれる。
『あれは警鐘の徘徊者です! 周囲の徘徊者を呼び寄せる性質があります!』
曰く、普段は黒い水溜りのような姿で回廊全体を高速で移動しているが、獲物を見つけると今の姿に実体化した上で周囲の徘徊者を呼び寄せるという。実体化状態の警鐘の徘徊者は他の徘徊者に比べ足がかなり遅いものの、この性質から特に危険度の高い徘徊者と健二から認識されていた。
そう言いながら、楓が警鐘の徘徊者の写真を撮ったのを確認すると、凛太郎は【紅蓮】を警鐘の徘徊者の胸部中央に炸裂させる。
技能:【紅蓮】
榊凛太郎 :MP 12- 4= 8
これ以上、新しい徘徊者を呼ばれないように【紅蓮】で焼滅させたものの、その前に警鐘を聞いていた徘徊者達が、一行を挟み撃ちにするように通路の前後から騒音と共に姿を現した。神楽鈴の徘徊者の反対側から走り廻る徘徊者が押し寄せてくる。
神楽鈴の徘徊者ごと轢き潰すつもりなのか、猛烈な勢いで突進してくる走り廻る徘徊者の前に飛び出した大悟が両腕を前に突き出した。
「【ウルトラシールド】!」
技能:【念力】
九条大悟 :MP 14- 4=10
光の防御壁が正面から走り廻る徘徊者の突進を受け止める。あまりの圧力に数歩ほど後ろへ押し出されたものの、それ以上は許さないと足に力を入れてその場に踏み止まる。
技能:【超能力】
榊凛太郎 :MP 8+ 1= 9
技能:【銀の兆し】
九条大悟 :MP 10+ 1=11
技能:【光を継ぐもの】
九条大悟 :MP 11+ 2=13
一方、神楽鈴の徘徊者は姫子の頭部を目掛けて混沌の神楽鈴を降り下ろす。その渾身の一振りを【アゾット】で受け流した姫子は、もう片方の手を神楽鈴の徘徊者の胴体に押し付ける。赤黒い闇の力が掌に収束していき――
「【雷撃】!!」
技能:【雷撃】
小鳥遊姫子:MP 21- 5=16
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:SAN77- 1=76
闇黒の雷が神楽鈴の徘徊者の胴体を撃ち抜いた。ゼロ距離から放たれた【雷撃】は神楽鈴の徘徊者を後方に吹き飛ばすことなく、その場で神楽鈴の徘徊者の身体に風穴を開ける。崩れ落ちた神楽鈴の徘徊者は全身をピクピクと痙攣させた。
これで残りは走り廻る徘徊者のみ。黒猫を抱える楓は近接戦闘をすることができないため、彼女にしては珍しく純粋なチカラの行使での攻撃を選択する。
「榊さん! 一緒に行きましょう!」
「はい! 合わせますよ!」
「「【火炎旋風】!!」」
技能:【火炎旋風】
秋本楓 :MP12- 4= 8
榊凛太郎 :MP 9- 4= 5
大悟の展開する光の防壁の向こう側に炎を伴う旋風が発生する。荒れ狂う【疾風】の刃が身体中を斬り裂き、燃え盛る【紅蓮】の炎が傷口を焼き払う。【火炎旋風】は、その名の通り、火炎旋風を引き起こす連携技能だ。
火炎旋風の発生メカニズムは現在でも完全には判明していない。しかし、個々に発生した火炎が空気中の酸素を消費し、火炎の発生していない周囲から空気を取り込むことで、局地的な上昇気流が生じ、これによって、燃焼している中心部分から熱された空気が上層へ吐き出され、それが炎を伴った旋風になると考えられている。
連携技能【火炎旋風】はこの現象を超能力により模倣したものであり、【紅蓮】の作り出す火炎を【疾風】で煽ることで火炎旋風を再現している。
走り廻る徘徊者はその巨体に見合うタフネスを持っている。だが、邪神殺しの二人が力を合わせて具現した災害を耐えられるほどではなく、【火炎旋風】が収まる頃には黒焦げのバラバラ死体と化していた。
ふぅ、と光の防壁を解除した大悟は、後ろを振り返ると普段通りの表情で仲間達に告げた。
「探索に戻ろう。今度は、足元にも気を付けてね」
仲間を呼ぶ、警鐘の徘徊者のその性質は非常に厄介なものである。また、通路が暗いので黒い水溜りは目視が非常に困難であり、今回のように気付いたら足元にいるという事態も起こりえる。
結局、細心の注意を払うことしか対処法がない。残りの三人、特に足首を掴まれた姫子は真剣な面持ちで大悟の言葉に頷くのだった。
それから、外周部を移動する大悟達は何度か徘徊者と遭遇しつつ、寄り道を挟みながら黒猫の案内で大勾玉の安置された部屋を目指していく。徘徊者の他にも面蟲や大蜘蛛、ミミズのような姿をした
その道中、再び地下一階に降りたところで取材記録の後書きを見つけることができた。後書きの内容は執筆者である健児の独白だった。
『 後書き
安喜さんの話はあまりにも現実離れしていて、そのままそっくり信じて良いのか、疑う者もいるだろう。
しかし、直接安喜さんの話を聞いた私としては、とても事細かな描写に説得力を感じたし
彼が嘘をつくような人にも思えない。
仮に、化け物と呼ばれるほどの神通力を持つ少女と、千里眼を持つその母親が実在したのなら
ぜひ一度は会って取材したいものである。
私には、この親子が冷酷な化け物だとは、一概には思えない。
話を聞くと、この親子は少なくとも、家族愛や動物を慈しむ愛情は持ち合わせていた。
また、少女の肩を持つわけではないが、少女に少年を殺す動機付けをしたのは村人側だ。
(しかし、村人からすれば神通力で少年を殺した化け物に違いない。)
ここまでの調査によって集団同時失踪事件の概要は分かったが
肝心である失踪者の行方の手掛かりは、まだ何も掴めていない。
私は、もうしばらく旧蛭南村周辺に留まり、調査を続けることにした。
(体が言うことを聞かなくなってきた。妻から隠れるように赴いた取材だったが…そろそろ本当のことを話すべきかもしれない。帰って無事に出産を見届けたら、全てを打ち明けよう) 』
文章中にもあるように、大悟達のように親子の肩を持っているわけではないが、健児もまた村人側に原因があると考えていたようだ。その健児が少女を化け物と呼ぶようになったのは、面を被った時の出来事が原因なのだろう。
その件に関しては少女の肩を持つ大悟達も擁護の仕様がない。それは、少女が贖わないといけない彼女の罪だ。
そして、大悟達が見つけたのはそれだけではない。黒猫に案内されるままに霊魂の淵叢を探索していた彼等は、遂に最後の大勾玉が封印されている部屋へ辿り着いた。
九条大悟
Lv 31
HP 50/50
MP 14/14
SAN 65/65
榊凛太郎
Lv 31
HP 48/48
MP 12/12
SAN 55/65
秋本楓
Lv 31
HP 48/48
MP 12/12
SAN 55/60
小鳥遊姫子
Lv 31
HP 48/48
MP 21/21
SAN 76/90
所持品
・混沌の神楽鈴×6
・金色の鍵×沢山
・ひかり石×沢山
・爆竹×沢山
・古いカメラ×沢山
・コンパス
・勾玉×4
・特別な勾玉×5