烏丸超常探偵事務所の超常事件簿   作:ゲーマーN

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【推奨BGM:Caster, An Extra Life With Anyone She Wants】Fate/EXTRAより


第13話 八尾の狐の昔話

 白を基調とした和風の美しい内装の回廊を駆け抜ける。霊魂の淵叢のように立体構造であるので一階を真っ直ぐにとはいかないが、黒猫の案内のお陰で最短距離を一直線に進んでいく。

 石の大扉に堅く閉ざされていたこの聖域にも徘徊者は存在している。神楽鈴の徘徊者に走り廻る徘徊者、そして忍び寄る徘徊者。霊魂の淵叢にいた警鐘の徘徊者はいないものの、代わりに千里眼の徘徊者という新手の徘徊者が徘徊していた。

 

 例に漏れず、千里眼の徘徊者もまた不気味な姿をしていた。肉腫のように肥大化した頭部には徘徊者共通の能面と幾つもの目玉が埋め込まれており、その目玉は千里眼の徘徊者の名の通り、遠隔地の出来事を感知する千里眼となっている。

 尤も、本当に千里先(約三九三〇キロメートル)を見通すほどの能力はなく、この徘徊者が絶えず発している不気味な歌声の届く範囲までしか見通すことはできない。

 

 DEX以外は神楽鈴の徘徊者と大差はなく通常攻撃一発で沈む程度の耐久力しかない。そのDEXもワイルドハートの効力でDEX17の楓ほどではなく、開幕ワンパンで落とすことのできる遭遇率の高い雑魚である。

 けど、それは異形の存在と戦うことのできる大悟達だから言えることだ。仮に健二が此処に来ていたとすれば、警鐘の徘徊者を上回る脅威となっていたことだろう。

 

『…少し、昔話をしましょう』

 

 聖域の中を進んでいると、黒猫が唐突にそんなことを言い出した。

 昔話? と疑問の声を上げる大悟達に、黒猫はゆっくりとこの地域に伝わる昔話を語り出す。

 

『昔々、人里離れた山に、八つの尻尾を持つ化け狐がおりました。

 尻尾の数は強い妖力の証。その狐は、人が何十回と命終しても足りないくらいの長い年月の研鑽を積んで、ようやくもう少しで九つ目の尻尾を得られるところでした』

 

 泣き声の主。その泣き声が上の階から聞こえてくる。恐らくは二階で勾玉を守っている泣き声の主が泣いているのだろう。勾玉が足りないのならば取りに行くところだが、既に5つの勾玉を持つ大悟達が取りに行く必要はない。

 それでも泣き声を気にしてしまうのは大悟の美点にして欠点である。そわそわと上の階を気にする大悟の様子を見て、彼の仲間達は思わず苦笑いしてしまう。

 

『九尾となった狐は、天狐と呼ばれ、千里先のことを見通す力を持ち、妖狐たちを束ねる頭領となると言います』

 

「天狐は、中国に伝わる神獣または妖獣のことですね。狐が千年の時を経て天に通じると天狐に転じるとされています。確か千歳を過ぎると天に通じて人を(ばか)すことが無くなるとか……」

 

「僕の記憶が正しければ、明治・大正時代の平均寿命は44歳前後だったはず。その昔話の『人が何十回と命終しても足りないくらいの長い年月』というのも誇大表現とは言えないかな」

 

 その状況でも黒猫の昔話を聞いてないわけではない。烏丸超常探偵事務所の一員として四年の年月を過ごしてきた凛太郎と、実家の事情から【オカルト】関係に造詣が深い大悟は、黒猫の語る昔話の内容について冷静に分析していた。

 

 仮に、この昔話の起源が明治時代とすると、当時の平均寿命から考えると天狐になるまでに人生約23回分の研鑽を積む必要がある。何十回と言うには少ないかもしれないが、昔話の言語表現からすればおかしいほどではない。

 因みに、江戸時代の平均寿命は幅が広く32歳~44歳とされている。32歳を基準にすると人生約31回分となるため、よりこの表現が納得の行くものとなる。

 

『深い慈愛と、徳と、威厳を称えたその八尾の狐は、他の妖狐からの信頼も厚く、次の頭領となることを誰もが疑いませんでした』

 

 中国の『玄中記』には、狐が千年の年を経て天に通じると天狐になると記されている。また同書には千歳の狐は淫婦となり、百歳の狐は美女となるという人間を蠱惑する狐についてが語られているが、『五雑俎』には千歳を過ぎると天に通じて人を(ばか)すことが無くなるとも書かれている。

 但し、『五雑俎』の言う千歳を過ぎ天に通じた狐というものは、千年の間美女などに変じ人間から精気を吸い取った結果存在している。

 

 江戸時代の日本では、天狐は狐たちの間の最上位に当たる存在の呼称であるとされ、江戸時代末期の随筆『善庵随筆』や『北窓瑣談』には、『有斐斎箚記』に収められた当時の宗教者が語った天狐・空狐・気狐・野狐の順の狐の階級が収録されている。

 これらの狐の階級に於いて最上位であるとされる天狐は、ほとんど神のような存在であり、千里の先の事を見通す、野狐、気狐のように悪さをすることはない等と語られている。

 

『ある日、八尾の狐は人間の村近くの山に籠もり、いつものように研鑽に励んでいました。すると、藪の間から狸が出てきて、八尾の狐をからかいました。「もうすぐ頭領になるそうだが、お前が妖力を扱うところを見たことがない。その尻尾は飾りか?」、と。

 それに八尾の狐はこう答えました。「強い力というのは、軽々しく扱ってはいけないものだ」』

 

 その言葉は、超常の力を持つ者として大悟達の胸にも突き刺さる。特に高校三年生の時、無暗に力を使ったことで学校で孤立した凛太郎の胸には殊更深く突き刺さるものだった。

 人は、自分ではどうしようもない圧倒的な力に直面したりすると恐怖感を覚える生物である。それは力の持ち主が味方でも例外ではない。人間は怪物に勝てず、怪物は英雄に倒され、英雄は人間に粛清される。その結末を避けるためにも徒に力を振るうべきではない。

 しかし、それを理解できない輩はどの時代にも、どの土地にも、どの世界にも存在している。

 

『狸は鬼の首でも取ったように言いました。「お前の尻尾は飾り物だ、腰抜けめ。お前は頭領になりたいから、妖力がないことを隠しているんだろう!」』

 

 ドドド、と走り廻る徘徊者の足音が聞こえてくる。基本的に、徘徊者たちはそれほど戦闘能力が高くはないのだが、走り廻る徘徊者はその巨体に見合う尋常ならざる膂力を持つ。大悟達も決して油断できるような相手ではない。

 足を止めて、足音の聞こえる方向に視線と注意を向ける。徐々に足音が大きくなり、懐中電灯の照らす視界の先に走り廻る徘徊者がその姿を現した。

 

「ご苦労さん。邪魔者には消えてもらうぜ」

 

 技能:【雷撃】

 小鳥遊姫子:MP 21- 5=16

 

 技能:【古き血族】

 小鳥遊姫子:SAN76- 1=75

 

 姫子の指先から迸る赤黒い雷が走り廻る徘徊者の能面を撃ち貫く。能面が砕け散ると同時に走り廻る徘徊者は動きを止め、関節の全てが力を失ったように、その場にがくんと崩れ落ちる。力の要である能面を失ったことで完全に機能を停止した。

 そのまま何事もなかったように移動を再開しようとした大悟達だったが、走り廻る徘徊者の陰に隠れていた脅威がその背中に襲いかかる。

 

「うわあッ!?」

 

「凛太郎!?」

 

「榊さん!?」

 

 影のように音もなく忍び寄った暗殺者が凛太郎を床に押し倒す。悲鳴を聞きつけて、振り返った三人が目にしたのは凛太郎へと覆い被さる忍び寄る徘徊者。二本の腕で首を絞めようとする忍び寄る徘徊者の腹部に、凛太郎はポシェットから取り出したナイフを突き刺す。

 

「うっ、ぐ…【紅蓮】!!」

 

 技能:【紅蓮】

 榊凛太郎 :MP 12- 4= 8

 

 そのままナイフを通して忍び寄る徘徊者の体内に直接【紅蓮】を叩き込む。声にならない悲鳴を上げる忍び寄る徘徊者の頭部を大悟と楓が左右から同時に蹴り上げ、忍び寄る徘徊者を凛太郎の上から強引に引き剥がす。

 刀身の溶けたナイフが忍び寄る徘徊者の体から抜け落ちる。ナイフが床に落ちる甲高い音を聞きながら、大悟は倒れた凛太郎の体を抱き起こす。

 

「大丈夫か?」

 

「…は、はい。なんとか…」

 

「油断も隙もありません!」

 

「まったくです」

 

「走り廻る徘徊者に気を取られすぎたな」

 

 姫子の言う通り、走り廻る徘徊者ばかりに注意を向けていた節があるのは否めない。これは本当に深く反省しなければならないことだろう。下手をすれば、今の不意打ちで取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

 大悟達が徘徊者の襲撃を無事に切り抜けたことに、黒猫はにゃあと安堵の鳴き声を漏らした。

 

『そこで八尾の狐は、ひとつ思い知らせてやろうと、雨雲を呼び寄せました。すぐに大嵐となり、雷鳴が轟き、雨は土を砕き岩を押し流します。突然の大嵐に川は氾濫し、山間にあった村になだれ込み、家々が押し潰され、多くの人間が巻き込まれました』

 

 黒猫は昔話の続きを語り出す。八尾の狐も狸の言葉が挑発だとわかっていただろうに、我慢の限界が来たのか聞き流すことができなかった。その結果、八尾の狐は多くの無辜の民を巻き込む悲劇を引き起こしてしまう。

 一体、どれほどの人間が命を落としたことだろう。深い慈愛と徳を称えた、等と称される八尾の狐が己の愚行を後悔しないはずがない。

 

『八尾の狐は、大いに嘆き悲しみ軽率な自分を責めました。そして人間の屍の中に一人の子供を見つけると、その子に命を分け与えたのです。そうして力を分けた八尾の狐の尻尾は、四つになってしまいました』

 

「…命を分け与える、か。■■■■■■(ウルトラマン)…”光”の勢力の得意技だったな」

 

「え? そうなんですか?」

 

「ああ。死んだ人間と命を共有して一心同体になったり、時には自らの命を分け与えるってのは光の神々がよくやっていたことだ。特に■■――光の神々の長は、■■■■■の覚醒と共に消滅するはずだった宇宙全体と一体化することで、宇宙を修復するほどの力を持っていた」

 

「スケールがデカすぎて、なんか…話についていけません」

 

 この地球(ほし)の外に出ることもできない人の身には超古代の神々の物語はスケールが大きすぎた。前半の自らの命を分け与えるというところまでは理解できたものの、後半の宇宙全体と一体化するというのはまるで意味がわからない。

 そんなこと、一個の生命体ができるようなことなのか? と、純粋な疑問のみが心中を満たす。

 

「お前ら、ちいせぇもんなー」

 

「そっちの方が小さいじゃん…」

 

「あぁ? 狂わせるぞ」

 

「…やめて」

 

 姫子と凛太郎のやりとりを眺めていた、大悟と楓はクスッと笑い声を漏らした。こんな非日常的な世界に居るというのに、この二人はいつも通りのやりとりをしている。そんなどこまでも変わらない自分達の姿に、思わず笑みが溢れてしまったのだ。

 そんな二人の笑い声を聞きつけてやってきた神楽鈴の徘徊者を一蹴すると、大悟達は、呆然としている黒猫に昔話の続きを促した。

 

『狐の頭領は、四尾となった狐を強く叱責すると、彼の次期頭領としての座を剥奪してしまいました。四尾の狐は、一族の面汚しだとして仲間達から追放されると人里近くの山に住み着きました。そして、再び川で人が命を落とすことがないように、川の守り神になったといいます』

 

 祭壇の間に辿り着く。左右の壁に沿うように1.5階に続く階段が設置されているが、祭壇に辿り着くのを阻むように深い堀が室内を横断していた。普通の人間がここを通るには水位を下げる必要があるだろうが、生憎と大悟達は普通の人間などではない。

 大悟が氷結効果を持つ【蒼氷】で堀の水を凍りつかせることで、水位を下げることなく堀の向こう側に行くことを可能にする。

 

『これが桑食川(くわばみがわ)の川沿いの村々に伝わる『八尾の狐の昔話』です』

 

「桑食川? そう言えば、この世界に入る前に見た神社に狐の面が祀られていたような……」

 

 この影の回廊に入る直前のことを思い出す大悟。鉄格子の扉を進んだ先の川沿いに、桑食川の大氾濫の慰霊碑と、狐の面が祀られた小さな社が立っていた。

 もしや、あの社がこの昔話に出てきた八尾の狐を祀るものなのだろうか?

 その問いに、黒猫は『はい』と肯定の返事をした。桑食川の大氾濫を神の仕業として擬獣化したものが、今の『八尾の狐の昔話』なのだろうと納得の表情をする。

 

『ですが、この昔話には幾つもの誤りがあります』

 

「…え?」

 

 しかし、昔話の真実はもっと別のものだった。祭壇に五つの勾玉を納めたことで開いた扉の先にある通路を進んでいく。燭台の蝋燭が照らす廊下を道沿いに進んでいくと、建物の外に面した通路に出た。その通路の先に黒猫はとてとてと進んでいく。

 

『子供に命を分け与えたのは八尾の狐ではなく九尾の狐でした。人の子の一人を救うくらいで九尾の狐の神性が薄れるはずもなく。むしろ、九尾の狐の神通力を浴びた子供が四尾の半妖となり、その姿を目にした人々がこの昔話を生み出しました』

 

 左右の壁がない渡り廊下を進んだ先には一組の襖が張られていた。黒猫は、ちょこんと襖の前に腰を下ろすと、「にゃ~(開けて)」と鳴き声を上げる。

 

「…どうして、君がそんなことを?」

 

『その答えは簡単です。その子供が――』

 

 大悟達が目の前に来るとその襖はひとりでに開いた。

 

「私たちのお母さんだからです」

 

 黒猫の言葉の続きは目の前の部屋から聞こえてきた。畳が敷かれた壁のない部屋の奥に一人の少女が立っていた。赤い着物を着たその少女は、大悟達の方をゆっくりと振り返る。

 

「やっと会えましたね。あなたたちのことをずっと待っていました」

 

 般若の面を斜めに被るその少女は、心の底から嬉しそうに微笑んでいた。

 

「立ち話もなんですから、どうぞお掛けください」




九条大悟
Lv  31
HP  50/50
MP  14/14
SAN 65/65

榊凛太郎
Lv  31
HP  48/48
MP  12/12
SAN 55/65

秋本楓
Lv  31
HP  48/48
MP  12/12
SAN 55/60

小鳥遊姫子
Lv  31
HP  48/48
MP  21/21
SAN 75/90

所持品
・混沌の神楽鈴×6
・金色の鍵×沢山
・ひかり石×沢山
・爆竹×沢山
・古いカメラ×沢山
・コンパス
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