烏丸超常探偵事務所の超常事件簿   作:ゲーマーN

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【推奨BGM:愛のテーマ】ウルトラマンティガより


第16話 邂逅

 巨人化を解除した大悟達がヒバナとヒガナの下に向かうと、二人は彼岸花の花畑に寝かせられた女性の体を必死の形相で揺さぶっていた。それでも微動だにしない女性の様子に、二人の声に帯びた悲痛の色が濃くなってくる。

 

「お母さん! お母さん!」

 

「お母さん! ねぇ、起きてよ…!」

 

 ヒガナの目尻には涙が浮かんでおり、ほろほろと頬をつたい流れ落ちていく。

 

「私、お母さんに会うために…そのためだけに、ずっと独りで頑張ってきたの…」

 

 目元を覆う包帯が徐々に滲み出す。疾うの昔に枯れ果てたはずの涙が、体の内から流れ出るのをヒバナは感じていた。人間を辞めたはずの彼女の奥底から何か大切なものが溢れ出してくる。

 

「ずっとずっと…独りで…頑張ってきたの……」

 

「ヒバナ…」

 

「お願いだから…目を覚ましてよ…」

 

 ぽつり、と一滴の涙が女性の頬に零れ落ちる。

 

「う…うぅ…」

 

 その時、奇跡が起きた。女性はうめき声を漏らしながらゆっくりと目を開いた。そして、ぼーっとした瞳で順々に二人の顔を見ると、不思議そうな表情で彼女たちの名前を口にした。

 

「ヒバナ…ヒガナ…?」

 

「「…お母さん!」」

 

 二人の体を抱きとめながら、女性はぼんやりと辺りを見回す。

 

「ここは……」

 

 赤一面の彼岸花は、まるで別世界に来たかのような美しさを誇っている。否、真実、この場所が別世界であるのを人ならざる者である女性は感じ取っていた。幼い頃、人ならざる者に命を救われた彼女の中には、それ以来、人の血と、人ならざる者の血が流れている。彼女の中に流れる人なざる者の血が、この世界の異常性を認識させていた。

 けれど、そんなことはどうでもいいことだった。泣いている娘たちの方が女性には大切だった。

 

「お母さん…私…」

 

「ヒバナ、ありがとう…私のために、いっぱい頑張ってくれたのね」

 

 女性は優しくヒバナとヒガナの頭を撫でる。

 

「お母さん…私…私は…もう、お母さんの知っている私じゃないの…」

 

 しかし、ヒバナは再会の喜びを享受することなく、その身を自ら女性から遠ざけてしまう。俯いたまま顔を上げようとしない姉の姿に、ヒガナもまた女性から身を離れさせる。

 

「沢山の人を殺した……殺しても、殺しても…もう何も感じなくなっちゃったの…」

 

「ヒバナ…」

 

「私、どうしちゃったの…? 本当に…化け物になっちゃったの?」

 

 女性は、両腕でヒバナの体を抱きしめる。もう二度と離さないと言わんばかりにしっかりと。

 

「ごめんね…あなたがそんなに大きな力を宿していたなんて、私は気付かなかった」

 

 左腕で抱きしめた状態のまま、慈しむように何度も何度もヒバナの頭を撫でる。

 

「確かに、私たちの半分は人ではないわ。でも、人間とか(あやかし)とか、そんなことはどうだっていいの。ヒバナはヒバナよ。ずっと私のことを思っててくれたんでしょ? 自分の良心を押し殺してまで…」

 

 その言葉が女性の本心であることは赤の他人である大悟達にも理解できた。それならば、彼女の娘であるヒバナにはより強く、より深く伝わっているはずだ。「う、うぅ……」とこらえきれない泣き声が聞こえてくる。

 

「あなたはいつも、自分のことよりも、私とヒガナのことばかり考えてくれてた。昔からそうだったわね。あの時から何も変わっていないわ。そんな優しい子が、化け物なはずないでしょ? とってもとっても優しい、私の自慢の娘よ」

 

「ううっ、うっうっ……」

 

 ヒガナが泣き止むまでしばしの時間を必要とした。その場にいる全員が温かい目で見守っていたのだが、泣き止み、周りの視線に気が付いたヒバナは頬を赤くした。だが、言わなければならないことがあると、立ち上がると大悟達に深々と頭を下げた。

 

「迷惑をかけて…本当にごめんなさい…そして、お母さんとヒガナを助けてくれてありがとう」

 

「気にしないでほしい…僕達が、君達を助けたいと思ってしたことなんだ」

 

「そうですよ! それに、健児さんと健二さんからも『助けてほしい』と依頼されましたからね」

 

「あの二人が……」

 

 凛太郎の言葉に、ヒガナは心の底から驚いたような顔をする。

 

 あの二人には、本当に長い苦しみを与えた自覚がある。憎まれはすれども助けてほしいなどと願われるような覚えのない彼女にとって、二人が残した依頼はあまりにも予想外のものだった。

 

「私は狐堂採花(コドウ・サイカ)と申します。娘たちを助けて頂いて、本当にありがとうございました。この御恩は、終生忘れません。そんな恩人に厚かましいお願いなのは重々承知ですが、もう一つだけ、私からも依頼を引き受けてはいただけませんか?」

 

「依頼ですか…?」

 

「はい。娘たちを預かってほしいのです」

 

「「お母さん!?」」

 

 その場にいた誰もが採花の言葉に驚いた。

 

「私達のために多くの命が失われた……そして私達は、人の世で生きるには、もう取り返しのつかない領域まで踏み込んでしまいました」

 

「それは……」

 

「ですが…人の世にも皆さんのような人ならざる者に理解のある者がいることを知りました。償っても、償いきれることではないのは承知の上です。それでも、少しでも罪を償うために私たちは贖罪をしなければなりません」

 

 そのためには、人の世で善行を積まなければならない。言外にそう言っていることをヒバナとヒガナの二人は理解した。人の命を奪った罪は、人の命を救うことで償うべきである。そう、『八尾の狐の昔話』に登場する妖狐のように。

 

「あなたはどうするつもりですか?」

 

「…この世界を立て直し、ここに留まることにします。そしてここが、迷える魂や、私たちのような半端者の救いの場になれば……そのために、出来るだけのことをしていこうと思います」

 

「分かりました……その依頼、確かに引き受けました」

 

「ありがとうございます。では、御礼の方もしなければなりませんね」

 

 大悟達四人の顔を見回した採花は、ふと凛太郎のところで動きを止めた。

 

「あなたは火の術を得意としていますね?」

 

「…は、はい。そうですけど……それがどうかしましたか?」

 

「私も火の術が得意でして。あのお方から授かった術をお教え致します」

 

「どういうのですか?」

 

「”魔の炎”を呼び出す術です」

 

「え…?」

 

 凛太郎の顔が引き攣る。魔の炎、嫌な予感しかしない響きである。

 

「では、その……」

 

「あっ、俺の名前は榊凛太郎です」

 

「凛太郎さんですね。あなたに、【魔炎】を授けます」

 

 そう告げた、採花の背後に四本の赤い尾が生える。その尾から溢れ出す力は、一本一本が並の異形を鼻で笑うほどの力を秘めている。全ての尾を合わせれば、それこそ本気の姫子とも対等に渡り合うことができるだろう。

 両手の間に採花の体から溢れ出す赤い光が収束していき、そこに一筋の闇が混じることで赤紫色の勾玉が生成される。

 

「この勾玉に【魔炎】を宿しました。どうぞ、受け取ってください」

 

「…はい…」

 

 凛太郎が手に取ると、その勾玉は凛太郎の体の中に吸い込まれるように消えていった。

 

「どうですか?」

 

「…いやなんか…ちょっと吐きそうな感じがするんですけど……」

 

「…気分が悪い、ですか。その程度で済むなんて…凛太郎さん、あなたは天賦の才の持ち主かもしれません」

 

「ええ…?」

 

 採花の言葉に困惑したような顔をする凛太郎。採花が語ることはなかったが、彼女がこの術を授かった時は「気分が悪い」程度で済むことはなかった。それこそ、魂ごと燃え尽きてしまうかのような苦しみを味わったものである。

 

(あのお方曰く、裸同然の剥き出しの魂で神力を浴びたことで、蘇生の際に力の一欠片が混じったとのことらしいですが、それでも才能がある方だと幼少の私を褒めそやしていました。ならば、凛太郎さんは一体どれほどの……)

 

 想定以上の才覚に驚きを禁じえない採花であったが、このまま黙っている訳にもいかないので話を進めることにした。

 

「ヒバナ…ヒガナ、この方たちを送り届けてくれますか?」

 

「…うん」

 

 別れを惜しむように浮かない顔をするヒバナに採花は微笑みかける。

 

「…別に帰ってくるなと言っているわけではないの。この世界は私達の家なのだからいつでも帰ってきていいの。ただ、ヒバナとヒガナにはもっと広い世界を知ってほしいのよ」

 

「広い世界を…?」

 

「あなたたちはあの山奥の小さな社とその周りの小さな世界しか知らないわ。だから、もっと広い世界を知ってきてほしいの。それで帰ってきたら、何を見てきたのか私にも教えてちょうだい」

 

「…うん」

 

 ヒバナは顔を上げると、ヒガナと共に腕を前の方に突き出した。ヒガナが左腕を、ヒバナが右腕を同時に突き出すと、その先に人間と同じくらいの大きさをした光り輝く鏡が出現する。

 

「あの門を潜れば元の世界に帰ることができます」

 

「にゃー」

 

 どこからか駆けてきた黒猫が真っ先に門の中に飛び込む。光の中に消えていく黒猫の姿にヒバナはキョトンとした顔をした。

 

「猫? なんでこの世界に?」

 

「ふふ、後で教えてあげる」

 

 楽しそうに会話を交わしながら、ヒバナとヒガナは門の先に歩みを進める。

 

「…皆さん、娘達のことをよろしくお願いします」

 

 その言葉を最後に、大悟達は影の回廊からの脱出を果たした。門を潜り抜けた先は蛭南トンネルの入口であり、空を見れば、青空と白い雲、そして太陽が燦々と輝いている。影の領域の瘴気混じりの空気ではなく、現世の新鮮な空気が六人の鼻孔を擽った。

 

 

 

 

 

CASE 1

Shadow Corridor

日数 3日

出費 ¥0

遠藤健二が 生還した

遠藤健児が 生還した

 

 

 

 

 

 

 2016年 6月 27日(月)

 阿地市 中央部

 

 ある一件の家に揺り椅子に座る老女の姿があった。その老女の過ごす部屋の扉がコンコンとノックされると、返事を待つことなく扉が開かれる。ふと老女が視線を向けた先には、先日から行方不明になっていた老女の孫の姿が――

 

「……え?」

 

 否、その人物が孫――遠藤健二でないことを老女は一目で見抜いた。確かに顔は瓜二つというほどよく似ているが、雰囲気が孫のそれではない。そして、その雰囲気が誰のものであるかを老女は知っていた。

 

「まさか……健児さんなの?」

 

「…ああ。随分と君のことを待たせてしまったな」

 

 数十年も前に行方不明になった彼があの頃と変わりない姿で目の前に現れるなんて、遂にお迎えが来たのだと考えてもおかしくないほどにありえないことだ。それでも老女は、遠藤健児の妻である遠藤神奈は、目の前の男が遠藤健児その人であると確信していた。

 

「…お帰りなさい、健児さん」

 

「ああ、ただいま。神奈」

 

 その日、二つの家族が長い時を経て邂逅を果たす。引き裂かれた家族が、再び一つに繋がった。




九条大悟
Lv  31
HP  50/50
MP  14/14
SAN 64/65

榊凛太郎
Lv  31
HP  48/48
MP  12/12
SAN 55/65

秋本楓
Lv  31
HP  48/48
MP  12/12
SAN 55/60

小鳥遊姫子
Lv  31
HP  48/48
MP  21/21
SAN 41/90
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