その日の夜、凛太郎と共に件のアルバイト先のオフィスビルを訪れた大悟は、美雪から受け取った募集要項に目を通していた。募集要項には、アルバイトの内容は「ライトを消すだけ」と記載されている。それだけで、一人千五百円という高額な時給が支給される。
「ただライトを消すだけでこの時給……随分と高待遇のアルバイトですね」
「ところがぎっちょん。ユゴス出版に寄せられた情報によると、このアルバイトに行ったはずの人達が次々と行方不明になっているそうだよ」
「うまい話には裏があるってことですか…なるほど、それで俺達に白羽の矢が立ったわけですね」
小山美雪の務めるユゴス出版はホラー雑誌を専門とする出版社だ。読者からの情報提供を常に求めており、その中にこの会社に関する情報が存在していた。宿直のアルバイトに出た家族や友人が帰ってこないという情報が複数件寄せられたのだ。
この一件には
「そう言えば、姫子は大丈夫なんですか? 大悟さんの部屋で暮らしているはずですよね」
「姫子なら今日は恵里の家に泊まることになったよ」
「えっ、恵里さんの家に? それって、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。ああ見えて、恵里は姫子のことを大切にしているからさ」
「へぇ~。事務所では適当に扱っていますけど……恵里さんってツンデレなんですね」
「……それ、本人の前では言わない方がいいよ」
「え? …言いませんよ? 言うわけないじゃないですか」
本当かな、と疑いの目を向けながらも懐中電灯を片手に暗い廊下を進んでいく。今の所、幽霊や異形の類が姿を見せる気配はない。気配はないが、曰く付きのビルと知る身からすれば、無機質な壁に不気味な雰囲気を感じずにはいられない。
一部屋、二部屋とオフィスのライトが消えているのを確認しつつ、今度は大悟の方から凛太郎に話を振ることにした。
「凛太郎こそ大丈夫なのか? 被花と彼岸を預かったはずだけど……」
「大丈夫ですよ。昔の人らしく早寝早起きみたいで…家を出る頃にはもうグッスリでした」
「…ああ、そっか。当時は灯りの無駄遣いなんてできなかっただろうしな~」
「そういうことです。……と、ようやくオフィスのライトの消し忘れがありましたね」
「よし、僕が消してくる。何かあった時には写真撮影を頼んだよ」
「了解しました」
しかし、ライトを消したところで異形の存在から干渉を受けることはなかった。そのことを残念に思いつつ、残りの部屋の確認に戻ることにした。身構えている時には、死神は来ないものだ。それがこの世の摂理である。
逆説的に、油断している時にこそ死神はやってくる。廊下の突き当りに辿り着くと、その窓をドンドンドンと叩く音が響き渡る。よく見れば、窓の外には真っ白な顔の女が張り付いていた。
「うわッ!? びっくりしたぁ……!」
「うーん…なんという典型的なホラー演出。烏丸所長ならビビリ散らかしそうだなぁ…」
「小山さんの予想通り、行方不明には超常現象が関わっていたようですね」
忽然と姿を見せた女に驚きつつも写真を撮る凛太郎だったが、カメラのフラッシュの後には、その女は既に姿を消していた。どうやら、まだ仕掛けてくるつもりはないようだ。ふと、大悟が思い出したのは、以前姫子と対峙した時の記憶だった。
《凛太郎君、恐らく精神的なことを言っているのだと思いますよ。僕達人が狂う時、彼女達が満たされる何かが出るのでしょう……》
《えぇ……》
《流石、メガネだな。よく分かってんじゃねーか》
恐らくは精神的に追い詰めるための行動の一つが今の演出なのだろう。姫子曰く、本気で絶望している時の方が美味いらしい。つまり、より美味しくするための調理手順というわけだ。
「……取り敢えず、奴さんが尻尾を出すまで仕事の続きをしようか」
「ええ。必ず、どこかで仕掛けてくるはずです。それまでは素直に仕事をしておきましょう」
後ろを振り返り、二階へ行くためにエレベーターまで真っ直ぐ廊下を進んでいく。その途中、背後から窓ガラスの割れる音が聞こえたものの、確認してみても窓ガラスは割れていない。また女幽霊監督の恐怖演出だったようだ。
因みに、残業をしている者がいないことは既に確認済みである。残業してる人がいるならば、わざわざ外の人間に高い給料を払ってまで、照明を消すアルバイトなど募集をする必要はない。
「この張り紙は……」
エレベーターの中には1枚の張り紙が貼られていた。
『
弊社では10年前に、ハラスメントによる自殺者を出してしまっています。
私達は二度とあのような過ちを繰り返してはいけません。
ハラスメントに該当する行動をしないよう、常に心掛けましょう。
従業員全員が働きやすい職場を作りましょう! 』
「…大悟さん。もしかして、あの幽霊は…」
「その可能性は否定できないよ。けど、関係のない一般人にまで被害を出すのは放置できない」
「……ですね」
凛太郎の言わんとすることは大悟も考えていることだった。霊の正体、それはハラスメントを苦に自殺した従業員の亡霊ではないか。だが、仮にその推測が正しいものだったとしても、関係のない一般人に被害を出した時点でただの加害者でしかない。
被花は、蛭南村と関係のない人間に害を成したことを反省している。その上で、罪を購うために世のため人のため力を尽くそうとしている。その一方、このビルに巣くう霊は……
チーン!
エレベーターが二階に到着する。大悟達が心霊現象に恐怖しないことに業を煮やしたのか、ビルに巣くう霊は次々と心霊現象を引き起こす。二階の廊下に歩み出た瞬間に、背後から何かが落ちるような音が聞こえてきた。二人はさっと振り返ったものの、そこには閉じたエレベーター以外は何も存在していない。
また、廊下には血のように赤い服を着た女が描かれた絵画が飾られていた。一階にも似たような絵画が飾られていたが、そこには女の姿は無かったはずだ。恐らくはこの場所に戻ってくると、或いは三階の絵画は更に女が近付いていることだろう。
極めつけは、ライトの付いている部屋の中からノック音が聞こえてきたことだろう。やれやれと内心で肩を竦めながら、部屋の照明を落としに行く。そうして、部屋の照明を消して廊下に戻ってきたところで次の事件は起きた。
「あぁああああぁぁぁぁ……!」
と、うめき声を上げながら赤い服を着た女が目の前に迫ってきた。人ならざる者の気配を感じた大悟は咄嗟に拳を握ると、その女の顔面にナックルダスター付きの拳を叩き込む。しかし、大悟の拳が女に命中することはなく、そのまま女の体の中を通り抜けてしまう。
「霊体……!?」
「ここは俺が……って、もういない!?」
直ぐ様、凛太郎が攻撃しようとしたものの、振り返ると女はまたも姿を消していた。余程、用心深い性格・性質をしているのだろう。大悟の攻撃は空振りに終わったはずなのに、追撃に出ることなくその身を隠すことにした。
これは厄介だぞ、と二階廊下も突き当たりまでライトの確認をした大悟は、予想以上の執念深さと慎重さに眉を顰める。
「……大悟さん、張り紙を見てください」
「え? って、これは……」
三階に行くためにエレベーターまで戻ってきた二人は張り紙が変化したことに気が付いた。
『
10年前 私 告発 殺された
犯人 社長 役員
ほかの奴らも 加担した
絶対 許さない 』
「…凛太郎、写真は撮った?」
「はい。この件は、小山さんに調査してもらいましょう」
この血文字で書かれた張り紙は先程の女の霊が用意したものだろう。これが本当ならば、彼女の死因はハラスメント等という生易しいものではない。この会社の上層部が何らかの口封じのために彼女を殺した。そして、その殺害には他の従業員も関わっている。
この証言を鵜呑みにすることはできないが、少なくとも本人はこの会社の従業員に殺されたと認識しており、その復讐として会社に居る人間を殺していた。憎悪に歪められた魂では自分の死に関わっている人間の見分けもつかず、生きている人間を皆殺しにしていた。
ライトを消すだけの簡単な仕事がこれほど高時給であるのも、会社側には最初から給料を支払うつもりがないからだろう。本当の職務内容は彼女を鎮めるための人柱だったというわけだ。
無論、これはあくまで推測の域を出るものではない。会社に殺された悲劇の女性が実在するかどうかすら大悟達にはわからない。しかし、調査する必要がある事柄なのは間違いないだろう。証拠写真として、血文字の張り紙の写真も撮っておく。
「…で、三階にはいつ着くのかな?」
「何度ボタンを押しても反応しないですね。他の階にも行けないみたいです」
「困ったなぁ。さっさと仕事を終わらせたいんだけど……」
バンバン! バンバン!
唐突に、エレベーターの扉が凄まじい勢いで何度も叩かれる。フッフッフッ、と笑い声がどこからか聞こえてきたり、ゾンビのようなうめき声が耳元で聞こえてきたり、エレベーターの中が暗くなったりと、思いつく限りの心霊現象が巻き起こる。
……が、そんな心霊現象の数々に直面している二人はというと呆れた顔をしていた。
「早く三階に行きたいんだけど……」
大悟がそうボヤくと、ようやくエレベーターは三階に向けて動き出した。
チーン!
扉が開いた直後に飛び込んできたのは天井から逆さ吊りになった女の顔だった。今度こそ、と凛太郎が攻撃しようとエレベーターの外に飛び出したものの、そのまま下に落ちた女は溶けるように廊下の下に消えていく。
次こそは、と廊下を進んでいく二人が見つけたのは赤い服を着た女が描かれた絵だ。予想と異なり女の立ち位置に変化は無かったものの、瞬き一つする間に女は絵の中から姿を消していた。
通路の奥の方には異様な雰囲気を放つ赤い照明の付いている部屋があった。その照明を消すと女の顔が扉の窓に映り込み、気が付けば、廊下は赤い服を着た女の絵が収められた赤黒い額縁で壁一面がびっしり埋め尽くされていた。
ようやく本腰を入れてきた、それを確信した二人は絵画からの襲撃に警戒しつつ、エレベーターのある方へ向けて歩みを進めることにした。
「…流石に気味が悪いですね」
その言葉に、大悟もコクリと頷いた。今更、幽霊の一人や二人で怖気づくような繊細な精神はしてないが、流石にこの光景は肝が冷えるものがある。
「エレベーターまで真っ赤だ……これは、碌でもないものを見せられることになりそうだ」
一見すると、エレベーターの中は変化がないように見えた。張り紙も『ストップ!隠蔽』から別のものには変化していない。一階に移動するためにボタンを押そうとしたところで、ようやく二人も変化が起きていることに気が付いた。
このビルは三階建てである。四階など存在しないはずであるのに、別の階に移動するためのボタンの数字が全て4に変化していた。
「
などと呟きながら、何の躊躇もなく大悟は四階行きのボタンを押した。
「…いよいよって感じの場所ですね」
四階は、天井や壁一面が赤黒い地獄のような場所だった。壁には赤と黒で描かれた女の絵が廊下の先まで並んでおり、その真っ黒な双眸が生者である大悟達を睨みつけている。そこかしこから憎悪嫌厭の情を向けられている。
突き当たりには、全体が黒く塗り潰された窓ガラスが嵌められていた。
その窓に近付くと……
「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ!!!!!」
窓から女の腕が飛び出してきた。女は、大悟の両肩にガッシリと掴みかかり――
「せいやぁっ!!!」
その腕を掴まえた大悟に廊下へ叩きつけられた。
「ガハッ!」
霊体に通常の物理攻撃は通用しない。なのに、大悟の【格闘技】が女の霊に通じているのは仕掛けがある。大悟は自らの身体に【念力】を纏わせていた。そのお陰で霊体である女の霊を掴むことが可能となり、同じく【念力】で作り出した力場に女の霊を叩きつけたのだ。
技能:【念力波】
九条大悟 :MP14-5=9
「大人しく、成仏するのなら君を滅するようなことはしない。けど、これからも君の死と関係のない人達に手を出すつもりなら――」
「憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、苦シイ、殺ス、殺ス、殺ス殺ス殺ス死ネ死ネ死ネ死ネ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死――」
「大悟さん…これはもうダメですよ。交渉が通じるような状態じゃありません」
可能であれば、この会社の被害者である彼女を滅するような真似はしたくなかった。しかし、憎悪によって歪められた彼女の魂は、もはや取り返しのつかない状態に陥っていた。こうなれば、力尽くで人の世から退場してもらうしかない。
「…そうだね。せめて、彼女の来世に幸福があることを祈っておこう」
そう言いながら大悟は
その刀の銘は【
闇を薙ぐその一振りは、女の霊の体ごと周囲の空間を斬り裂き、気が付いた時には、二人は一階のエレベーター前に立っていた。
「これは、もう一度オフィスの確認をする必要がありそうだ」
「はい。しっかりとお給料を搾り取りましょう」
技能:【光を継ぐもの】
九条大悟 :SAN65- 1=64
その後、再び三階までライトを確認した二人は交代交代で仮眠を取りつつ、何事もなく翌朝を迎えることになる。信じられないものを見たような顔をする社員から給料を受け取った二人は、凛太郎の家で被花と彼岸を回収してから探偵事務所に向かうのだった。
九条大悟
Lv 31
HP 50/50
MP 14/14
SAN 64/65
榊凛太郎
Lv 31
HP 48/48
MP 12/12
SAN 55/65
この作品と【スーパーロボット大戦30】のクロスオーバーを思いつきました。
本編開始七年前、つまり一年戦争から三年後に邪神ガタノゾーアとの戦いがあったという、地獄の坩堝のような世界に烏丸超常探偵事務所の面々が異世界転移します。
烏丸超常探偵事務所の敵として宇宙球体スフィアがストーリー上に登場することになります。