烏丸超常探偵事務所の超常事件簿   作:ゲーマーN

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CASE 2 裏S区
第20話 特務課


 それは、遠い昔の記憶。

 

「多分、もう遊べなくなる……」

 

「なんで?」

 

「ここに居なくなるから」

 

「どうして? そんなのヤダよ。どこに行っちゃうの?」

 

「分からないけど。でも明日からは来ないでね……もう、さよなら」

 

「嫌だ! 嫌だ、嫌だ! そんなの絶対嫌だよ!」

 

「……ありがとう。私、嬉しいよ。でも、今日はもう帰ってね。もう暗いし、危ないからね」

 

「帰ったら、もう会えないんでしょ?」

 

「……そうだね」

 

 男の子と女の子の会話を、彼等の周囲に並び立つ木々と流れ行く風だけが聞いていた。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 2016年 6月 30日(木)

 菊川市 菊川警察署 特務課

 

「皆さん、こんにちわ。中川です」

 

 そう告げたのは、菊川警察署で特務課の長を務める中川良助(ナカガワ・リョウスケ)という初老の警察官だ。

 中川の指揮する特務課は怪異事件を担当する部署であり、これまで数多くの怪異事件を解決してきた実績がある。怪異に対抗できる人材は特務課に優先的に配属されることになっており、中川に視線を向ける四人の警察官もまた例に漏れず霊能力の類を持つ者ばかりである。

 霊能力を持たない一般警官からは人材の墓場等と揶揄されているが、この特務課は怪異事件から市民を守るためには欠かせない部署である。

 

「では早速ですが、用件をお伝えします。もう既に気付いているでしょうが、ここのところ怪異の目撃情報が相次いでいます。この三日間で報告されただけでも、七件。果たして実際の数はどれくらいか……」

 

 本来、一般人が怪異に遭遇する確率は何百万分の一。それが三日で七件も報告されるなど、明らかに尋常ではない事態である。一度の怪異事件で発生する死傷者は通常は数人程度、余程の怪異でもなければ死者十人を超える規模にはならない。

 しかし、塵も積もれば山となる。このまま怪異事件が頻発すれば、過去に前例が無いほどの死傷者が出ることになるのは、特務課に所属している者達には容易に想像できた。

 

「これは異常事態です。怪異の規模が小さい内に、早めに手を打ちましょう」

 

「何か原因でもあんの?」

 

 中川の言葉に、疑問の声を上げたサングラスの男は高木健二(タカギ・ケンジ)。真っ黒なサングラス越しにも突き刺さる鋭い眼差しに怯みもせず、一冊のファイルを取り出しながら中川は推測を告げた。

 

「恐らく……例の事件のせいかと。事件ファイル048『コトリバコ』」

 

 コトリバコとは、正確な発祥は不明だが、道教の流れを組んだ呪術の一つとされている。この呪いは「対象の一族を根絶やしにする」ことを目的としており、呪いを受ける対象となるのは「幼い子供」と「子供を産むことができる女性」に限られる。

 ある程度以上の年齢の男性と、高齢で閉経している女性には効果がない。しかし、呪いが掛けられた本人は、腸等の内蔵が少しずつ「捻じれて」いき、血反吐を吐いて死んでいくという……。

 

 寄木細工等の見た目のよい箱の中に動物の雌の臓物や血で満たす。そこに、水子の死体の一部を捧げた上で、決して開けられないように厳重に封をすることでコトリバコは完成する。生贄にされる肉片は一人分とは限らず、犠牲にした子供の人数に応じて呪いの強さは飛躍的に上昇する。

 一人から順に、『イッポウ』『ニホウ』『サンポウ』『シホウ』『ゴホウ』『ロッポウ』『チッポウ』『ハッカイ』という順番で名前が変わり、呪いも強力になっていく。

 

 今回、発見されたコトリバコはその最上位に位置する【ハッカイ】のコトリバコだ。その世代で家系を絶やすことも珍しくはないコトリバコの最上位となれば、なるほど、他の怪異に影響を及ぼすこともあるだろう。

 だが本来、コトリバコの効果範囲は一つの家である。1個のコトリバコが菊川市全域という広範囲に影響を及ぼすというのは、それが【ハッカイ】なのを勘定に入れたとしても有り得ない。

 

「その当事者である呪術師の家系……神代伊代(カジロ・イヨ)が、怪異に巻き込まれてしまった」

 

 尤も、その前提も被害に遭ったのが神代家というだけで意味を成さないものとなる。

 

 三ヶ月前、菊川市では『怪異症候群』と命名された怪異事件が発生した。それまで怪異と何の縁もなかった普通の女子高生、姫野美琴(ヒメノ・ミコト)が神代家で行われた『ひとりかくれんぼ』を切欠に、複数の怪異に連続で襲われたという怪異の連続発生事件である。

 この事件は、怪異に耐性を持つ姫野美琴こそ無事に生還したものの、それ以外に二十人前後の死者を出すという甚大な被害をもたらした。

 

 神代家の祖先は渡来系の『巫医』。即ち『呪術師(シャーマン)』の家系として数百年の歴史を持っており、四百年前まで、幾つかの法術を一族の秘法として子孫に伝えていた。しかし四百年前を境に、神代家の呪術師としての歴史は途絶えることになる。

 そして、神代家の歴史に幕を下ろしたのが姫野美琴の祖先に当たる姫野家だった。人を貶めることが業の神代家を、僅か数年足らずで、多大なる信頼と人望を獲得した姫野家が討ち取った。

 

 その後、姫野家は神代家を幽閉した。それから十数年の後、姫野家は、過去のいざこざを精算するために神代家の末裔にある話を持ちかけた。土地と財産を神代家に譲り渡す。その代わり、もう二度と争わず、怨恨も、呪術師の肩書きも、全て捨てて生きていく。その契約は、両家の了承により正式に結ばれた。

 こうして姫野家と神代家は、数年の月日を経て呪術の業を捨て去り、和解を遂げることになる。

 

 だが、その契約にも姫野家の真の目的が存在していた。いくら衰退したとはいえ、神代の血筋には古くから続く呪術師としての歴史、即ち神代の秘法が刻み込まれている。何が切欠で周囲に影響が及ぶか分からない。だからこそ当時の姫野は、その土地に神代一族を置いて姫野の秘法で封印することにした。もう二度と、神代家が力を振るうことがないように。

 ……その願いは、神代の末裔が『ひとりかくれんぼ』を行ったことで破られてしまう。

 

 長い年月を経たことで姫野との契約を忘却した神代家は、姫野家が封印を施した土地を離れたことで封印の範疇外になってしまう。その状況下で、神代の末裔、神代由佳(カジロ・ユカ)が『ひとりかくれんぼ』という名の呪術を施した。それにより古より縛られた神代の怨霊が目を覚ますことになる。

 姫野美琴は、姫野の血を受け継ぐ者として、何より神代由佳の友達として、神代の怨霊に立ち向かい、これを見事に討ち果たす。そうして『怪異症候群』は無事に終息を迎えた。

 

 神代の血筋には『呪術師』としての力がある。その血を引いた者達が暮らす屋敷で、コトリバコほどの呪術が発動したとなれば、菊川市全域に影響が出るというのも有り得ないことではない。

 

「ついこの間のやつですね」

 

 中川の言葉に、嫌悪感をあからさまに顔に出した青年の名は小暮紳一(コグレ・シンイチ)だ。怪異に対して憎悪を抱いている節のある小暮は、「呪われた一族」である神代家にも強い嫌悪感を抱いていた。

 

《また怪異に襲われる危険性があるのに……ノコノコ戻ってきてこの有様ですよ? 同情は出来ませんよね》

 

《全く……迷惑な話ですよね。また怪異を呼び寄せるくらいなら、あのまま山奥に引き籠もってれば良かったのに》

 

 以上は、コトリバコの事件の際に小暮が口にした言葉だ。これだけでも、小暮伸一という人間がいかに神代家を毛嫌いしているのか、それがよく分かることだろう。小暮にとって神代の血筋は怪異を撒き散らす病原菌とそう変わらないものなのだ。

 

「ええ。どうもあの事件以降、この菊川市で怪異現象が頻繁に目撃・報告されています。そう……例えるなら、水面に石を投げて波紋が広がるように、怪異がこの町に伝染し始めているということです」

 

「そりゃヤバイね。早めに手を打たんとね」

 

 静かに中川の話を聞いていた高木健二がポツリと呟いた。

 

「……それでは本題に入りましょうか」

 

 長い前置きであったが、ここからが今回の招集の本題である。

 

「本日より、我ら特務課のメンバー全員にて、怪異撲滅キャンペーンを実施します。

 総合指揮は私、中川が。情報伝達はヒナ。氷室さん、高木さん、それと……小暮くん。君達三人は、協力者の方々と共に現場の方で活動してもらいます」

 

「…協力者?」

 

 疑問の声を上げたのは特務課の紅一点。金森雛子(カナモリ・ヒナコ)という二十歳前後と思しき容姿の女性だ。

 雛子は「正当」な巫女の血を引く金森家の跡取りであり、呪術を生業とする姫野家や神代家とは対極の存在である。雛子の【制作】する御札は特務課の活動には欠かせないものであり、特務課のメンバーは雛子謹製の御札を常に持ち歩いている。

 その出生故に、異能持ちの稀少性をよく知っている雛子は訝しげな表情を中川に向けた。

 

「はい。皆さん、部屋の中に入ってきてください」

 

 その言葉で、部屋の中に入ってきたのは三人の男女だった。その内の一人、メガネを掛けたインテリ風の男性がにこやかに微笑んだ。

 

「特務課の皆さん、はじめまして。烏丸超常探偵事務所の所長をしている烏丸健吾と申します。今回は、中川さんからの御依頼で怪異撲滅キャンペーンに参加することになりました。こちらは、弊探偵事務所に所属する浪川礼子さんと九条大悟さん」

 

「浪川礼子です。治癒能力を持っているので、怪我をした時は言ってください」

 

「九条大悟です。短い間になりますが、よろしくお願いします」

 

 烏丸健吾と名乗った青年に続き、その後ろに立つ二人が自己紹介を行う。彼等三人の自己紹介を聞いた雛子は「九条?」と怪訝な声を出したものの、その次の瞬間には三人から感じ取ったチカラのあまりの強大さに大きく目を見開いた。

 規格外に過ぎる。これほどのチカラの持ち主は、雛子の実家にも存在していない。

 

「氷室さん」

 

 中川が視線を向けた先には特務課に所属する最後の一人の姿があった。銀色を帯びた短髪が特徴の彼の名前は氷室等(ヒムロ・ヒトシ)。勤務中は常に黒いスーツを着用している菊川警察署の刑事である。腰のホルスターに銃を携帯している氷室は、その銃口の如き冷たい眼差しを中川に向けた。

 

「あなたには烏丸超常探偵事務所の皆さんと共に、今、最も怪異が多発している地帯……【菊川市S区】を調査して頂きます」

 

「……了解した」

 

「『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気を付けなくてはならない。深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いているのだ』……私の好きな言葉です。肝に銘じておいて下さい」

 

 怪異と戦う時には自分自身も怪異の狂気に飲まれないように気を付けなければならない。特務課に所属する者には今更すぎる忠告であったが、それでもその場にいる全員が神妙な顔で頷いた。

 

「……以上で解散です。皆さん、お気をつけて」

 

 これが、烏丸超常探偵事務所と菊川警察署特務課が共闘する初めての事件の幕開けだった。




九条大悟
Lv  31
HP  50/50
MP  14/14
SAN 65/65

浪川礼子
Lv  30
HP  48/48
MP  15/15
SAN 70/70

烏丸健吾
Lv  30
HP  40/40
MP  12/12
SAN 55/55

氷室等
Lv  30
HP  48/48
MP  11/11
SAN 55/55
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