烏丸超常探偵事務所の超常事件簿   作:ゲーマーN

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新22話 生ける屍

「氷室さん!! 氷室さん、大丈夫ですか!」

 

「くっ……一体何が……」

 

 氷室が目を覚ますと、別行動を取っていたはずの大悟の顔が視界に飛び込んできた。あちこち痛む体を起こし、周りの状況を確認する。大悟と同じく別行動中だった礼子が、直前までの自分と同じように意識を失い、床に倒れる健吾を介抱している。

 

「俺は気を失っていたのか?」

 

「ええ。僕達が駆けつけた時には、二人共、ここで倒れていました」

 

「そうか……すまない、迷惑をかけたな」

 

「氷室さん!? ちょっ、何処に行くつもりですか!?」

 

 氷室は立ち上がると、大悟の制止を振り切り、そのまま入口の方に歩き出した。しかし、外の景色の見える位置まで来たところで、氷室はピタリとその足を止めた。

 

「死体が消えている……?」

 

「死体?」

 

「俺達が意識を失う前に、飛び降り自殺が起きたはずなんだが……あれも怪異だったのか?」

 

 そこには、気絶する前に氷室が見たはずの自殺死体が存在していなかった。死体どころか血痕すらも残されてはいない。同じ区内にいた大悟と礼子の二人が駆けつけるまでの短時間で、ここまで綺麗に死体を処理するなど人間には不可能だ。もしやあの飛び降りも怪異の引き起こす心霊現象の類だったのか、と氷室は首を傾げる。

 

 何れにせよ、まずは怪異を発見したと報告を上げるべきだろう。氷室は内ポケットからスマホを取り出すと特務課の上司である中川に電話をかけた。怪異事件に於いては一分一秒を争うような事態も珍しくはないため、普段であれば、捜査員からの電話にはすぐに出てくれる。

 尤も、それは中川と連絡を取ることが出来ればの話である。氷室からの電話に中川が出ることはなく、それどころか氷室のスマホからはジジジと耳障りなノイズ音だけが聞こえてきた。

 

「……くそっ、携帯が壊れている。まさか、この怪異センサーの影響か?」

 

 え? と鞄の中からスマホを取り出した大悟は礼子のスマホに電話をかけてみる。すると、直ぐ側からスマホの着信音が普通に聞こえてきた。後から来た二人のスマホは壊れていないようだ。その様子を見て、意識を取り戻したばかりの健吾が血の気のない顔で自らの推測を述べた。

 

「いえ、どうやら例の怪異が僕達のスマホを破壊したようですね」

 

「……連絡手段を断つだけの知能はあるというわけか」

 

 厄介だな、と顔を顰めた氷室は傍らに立つ大悟に視線を向ける。

 

「九条さん、スマホを貸してくれないか? 中川……俺の上司と連絡を取りたい」

 

「分かりました。そういうことなら、どうぞ、使ってください」

 

 大悟からスマホを借り受けた氷室は特務課の電話番号を打ち込んだ。『血染めの電話番号』等の怪異を警戒している中川は、知らない電話番号からの着信には出ないことにしている。それを知る氷室は、特務課の固定電話に電話をかけた。

 

『はい、こちら菊川警察署』

 

「ヒナか」

 

 数秒ほど間が空いた後、電話に出たのは目的の中川ではなく金森雛子だった。そう言えば、今回の調査で情報伝達を担当するのは雛子(ヒナ)だったな、と思い出しつつ、氷室は手短に要件を告げる。

 

「中川に代わってくれ」

 

『氷室? ……珍しいね。いいよ。じゃあ転送します』

 

 再度、数秒の間が開く。今度こそ目的の人物が電話に出た。

 

『どうしました? 氷室さん』

 

「俺達の居るS区内で怪異が出た。真っ昼間からだ」

 

『ほう……』

 

「そいつが無差別に厄をバラ撒くようであれば、必ず膨大な被害が出る。一先ず、市民の安全を確保したい」

 

『……了解しました。では、そのS区内から怪異が漏れないよう厳戒態勢を取ります』

 

 よし、と息を吐く。これで市民の安全は確保できる。後は、

 

『氷室さん、あなたはその怪異を迅速に処理してください。そのための戦力は用意してあります』

 

「ああ」

 

 怪異を処理するだけ。氷室は、中川からの命令に迷うことなく了承の意を伝える。普段通りの頼もしい返事に、電話の向こうで口元を緩めた中川は、『では』と言い残して電話を切った。

 

「……というわけだ。悪いが、あなたたちにも――」

 

「皆まで言わないください。元々、僕達はそのためにこの菊川市に来たのですから」

 

 ようやく調子を取り戻した健吾が探偵事務所組の総意を伝える。氷室が三人の顔を見れば、その顔にはやる気が満ち溢れていた。無理無茶無謀の類ではなく、自分達ならば怪異に対処できるという確かな自信を感じ取れるその表情に、特務課の人員不足から普段は単独で怪異に立ち向かうことの多い氷室は、今までにない心強さを感じていた。

 

「ああ、頼む」

 

 そう言って、氷室がマンションの外に出た――その瞬間。

 

「グオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 建物の中からは壁の死角になって見えない横の方からナニカが凄まじい勢いで突進してきた。不意打ち。その猛牛もかくやという突進速度も相まって普通の人間では回避不可能。だが、幾つもの怪異事件を解決してきた氷室が普通の人間であるはずがない。即座に情報を把握した氷室は、前方に飛び出すことで横からの不意打ちを回避。腰のホルスターから霊光銃を抜くと、突進してきたナニカの後頭部に六発の弾丸を撃ち込んだ。

 

「こいつは……さっきの!!」

 

 襲撃者の正体――それは、目が覚めた時には姿を消していた自殺者の遺体だった。落下した時のままの全身の彼方此方が損傷した死体が人間離れした身体能力で動き回る。目の前にいる存在が怪異であるのは火を見るよりも明らかだというのに、怪異センサーはまるで反応を示さない。

 

(高木め、また不良品を……)

 

 後頭部に弾丸を受けたはずの生ける屍は平然とした様子で氷室の方を振り返る。歪み、変形した顔で氷室を睨みつける生ける屍は、負の念の限りを込めた咆哮を上げると、氷室目掛けて真っ直ぐに突進してきた。

 

 氷室は身を屈めて生ける屍の脇の下を潜り抜けるように突進を回避すると、右足を軸に体の向きを反転させ、自身に背中を向ける生ける屍の両膝に霊光銃の弾丸を三発ずつ撃ち込んだ。霊光銃の威力では膝を打ち砕くまでには至らないものの、体を支える関節部に銃撃を受けた生ける屍は崩れ落ち、地面に両手と両膝をつく。

 

 その背中を全力で蹴り倒した氷室は、生ける屍の体を片足で抑え込みながら一切の容赦なく霊光銃の弾丸を只管に撃ち込む。その見事な早業には大悟達も呆気に取られてしまう。最初は助けに入ろうとしたのだが、助けに入る間もなく怪異を制圧してみせた。

 

「つ、強い…!」

 

「これが特務課のエース…氷室等の実力。まさか、ここまでの実力者だったなんて…」

 

 予想以上、等という陳腐な言葉で評価できるようなものではない。大悟は、自分達のような超能力を持たぬ身でありながら、この域まで肉体と技術を鍛え上げた氷室に尊敬の念を抱いていた。大悟も【格闘技】を身に付けているが、氷室のそれと比べれば児戯も同然である。仮に【格闘技】のみで真っ向から戦えば、一方的に敗北することになるだろう。それを確信するほどに、氷室との間には隔絶した実力差があるのを感じ取っていた。

 

「ですが、怪異の方も異様なまでのしぶとさです。このまま見ているわけにはいきません」

 

 十、二十、三十と弾丸を撃ち込むが、それでも息の根が止まる気配はない。実弾ではなく霊力の弾丸を発射する霊光銃に弾切れという概念はないが、このままでは生ける屍を滅するのにどれほどの時間を要するか分からない。

 

「氷室さん、退いてください!」

 

「っ!」

 

 健吾の言葉に、氷室が生ける屍の上から飛び退く。直ぐ様、生ける屍は身を起こそうとするが。

 

「【念力】!!」

 

 技能:【念力】

 九条大悟 :MP 14- 4=10

 

 技能:【銀の兆し】

 九条大悟 :MP 10+ 1=11

 

 起き上がりかけた生ける屍の体を抑え込むように不可視の圧力が降り注ぐ。その辺りの怪異が大悟の【ウルトラ念力】に抗えるはずもなく、異能のみならず体の動きすらも【封印】される。

 その間に、健吾は鞄の中から自らの武器を取り出していた。大型の銃器にも似たソレを見た氷室はギョッと目を見開く。礼子の「特例で銃火器の生成・所持・使用が認められています」という説明には、流石の氷室も「は!?」と驚愕の声を上げた。

 

「まずは動きを封じます!」

 

 引き金を引く(Pull the Trigger)。大型銃器の銃口から放たれる青白い光が倒れ伏す生ける屍に命中すると、光を浴びた場所から生ける屍の体が凍りついていく。異界の技術で作られた【冷凍銃】の冷凍光線は人ならざる者すらも容易に凍てつかせる。

 

 以前、説明したように烏丸超常探偵事務所はD・D・Lと協力関係にある。怪異等の超常現象を高次元からの干渉によって発生しているものとして研究を進めているD・D・Lでは、その高次元を異次元と見ていることから異次元空間の研究を行っている。

 その研究の成果こそがゲートと命名された異次元空間の入口である。このゲート内部の空間を調査することも烏丸超常探偵事務所の仕事の一つだ。

 

 異次元空間と言っても、D・D・L側で保護した空間の一部であり、広大な異次元空間のほんの一部でしかない。また、ゲート内部の空間はホールと同じ性質を持っており、ホールと同じように異形の存在の巣窟となっている。

 そのため、普通の人間ではゲート内部の空間に侵入することはできず、異形の存在に対抗できる力を持つ烏丸超常探偵事務所が内部調査を引き受けている。

 

 調査の際にはゲート内部の空間に安全な通路を設置するのだが、この通路には異次元から紛れ込んだ様々な道具が落ちている。原理は不明だが、異次元空間には様々な次元から様々なモノが紛れ込んでおり、その中には人間以外の技術で作られた道具や武器も存在している。

 健吾の使用している【冷凍銃】もそのような異界由来の武器の一つ。異界の文明が作り出したこの武器は怪異相手にも十分な威力を発揮する。

 

「大悟さん! トドメはお願いします!」

 

「はい! 【ゼペリオ――」

 

 技能:【銀の兆し】

 九条大悟 :MP 11+ 1=12

 

 技能:【光を継ぐもの】

 九条大悟 :MP 12+ 2=14

 

 技能:【光線】

 九条大悟 :MP 14- 9= 5

 

 完全に凍りついた生ける屍に向けて大悟は両腕を突き出す。交差させた両腕を大きく横に広げたところで、大悟は視界の隅に青い炎を幻視した。両腕の間に溜めたエネルギーで、咄嗟に自分達四人を覆う光の障壁を作り出す。

 

 技能:【煉獄】

 ???  :MP ??- 6=??

 

 その直後、生ける屍を中心に噴き上がる火柱が辺り一帯を包み込んだ。突然の事態に障壁を展開した大悟自身も理解が追いつかない中、炎の中から一つの影が障壁に向けて突進してきた。

 

「……っ、こいつ! このまま障壁を破るつもりか!!」

 

 煉獄の炎を纏う生ける屍はその強大な膂力で光の障壁に何度も殴りかかる。膨大な力を込めた光の障壁はそう簡単に壊れるようなものではないが、このまま人外の膂力で殴られていたら、そう遠くない内に障壁を破壊されてしまう。

 そうはさせまいと障壁の中で礼子と氷室が各々の武器を構えた。礼子は【コンパウンドボウ】に【鉄の矢】をつがえ、氷室は霊光銃の引き金に指をかける。

 

「消えなさい!」

 

「地獄に落ちろ!」

 

「グオオオオォォォォォォォォォォ!?」

 

 右目に矢を、左目に弾を。両方の目を同時に潰された生ける屍は悲鳴を上げ、視界を覆い隠す火柱の中にその悍ましい姿を消していく。

 それから数秒後、火柱が消えた頃には既に生ける屍の姿はなく、焼け焦げた駐車場のみが残されていた。障壁の外ではアスファルトがドロドロに溶けており、並んでいた自動車の外装も液体状となり地面に流れ落ちていく。もはや、あの車達がその役割を果たすことはないだろう。

 

「こんなことが……」

 

 目を疑うような惨状に氷室は呆然とするしかない。これまで『怪異症候群』を含む多くの怪異事件を解決してきたが、これほど物理的に甚大な被害を齎す怪異は見たことがない。健吾はそんな氷室の肩を叩くと、振り向いた彼に何時になく真剣な面持ちで告げた。

 

「…氷室さん、急いであの怪異を追いかけますよ。このまま放置するわけにはいきません」

 

 その言葉に無言で頷いた氷室は、大悟達三人と共に生ける屍の追跡を開始した。

 

 

 

 怪異センサーが役に立たない以上は自らの感覚を頼りにするしかない。生ける屍からの奇襲に備えて大悟達は四人全員でS区を歩き回る。そうしてS区を調査していた四人がとある民家の前を通り過ぎようとした時、

 

「天符到處、回死作生、神硯有勅、衆神護佑。誅戮凶悪、滅跡除形、急々如律令」

 

「!!」

 

 謎の呪文らしきものを口にする中年男性の石ころを投げつけられた。反射的に石ころを受け止めた氷室は「待て!」と声を上げるが、その中年男性は何も言わずに逃げ出そうとする。

 

「……逃がすか!」

 

「ぐえっ!?」

 

 それを許すような大悟ではない。自分の足を中年男性の踏み出した足の甲の上に差し出すように当てることで、逃げ出そうとした中年男性をうつ伏せになるように転倒させる。悲鳴を上げる中年男性の両腕を掴み上げ、背中を片足で押さえつけ、逃げられないように拘束してみせる。その流れるような逮捕術には警察官の氷室もほう、と息を漏らした。

 そのまま押さえ込んでおくように伝えると、氷室は石ころを投げてきた中年男性を問い詰める。

 

「目的は何だ? お前はこの怪異と何か関係があるのか?」

 

「怪異……な、なんで……」

 

「その様子だと何か知っているようだな。話はそこの公園でゆっくり聞かせてもらおうか」

 

「ひっ!? は、話します! ちゃんと話しますから許してください!」

 

 氷室の鋭い眼光を浴びた中年男性は蛇に睨まれた蛙のように体を竦ませていた。怯えながら、口にしたその返答を聞いた氷室は、中年男性を押さえ込んでいる大悟の方に視線を向ける。

 

「九条さん、解放してやってくれ」

 

「……いいんですか?」

 

「ああ、この男からは犯罪の臭いがしない。どうやら、ただの通り魔というわけではないようだ」

 

 分かりました、と氷室に答えた大悟は中年男性を拘束から解き放つ。直ぐ其処に有る民家がこの中年男性の家らしく、人目につく公園ではなく家の中で事情を話すと告げた中年男性の案内で、大悟達は、その中年男性…本名、中島三枝(ナカジマ・サンシ)の家に足を踏み入れた。

 中島に案内されたのは畳を敷いた和風の居間である。四人分の座布団を取り出した中島は自分だけ畳の上に正座すると、額が畳につきそうなほど身を低くして頭を下げた。

 

「この度は突然のご無礼をお許し頂きたい」

 

 と、中島は平身低頭したまま氷室に謝罪の言葉を述べる。その真摯な態度は彼が何の理由もなく人に危害を加えるような通り魔ではなく、何らかの理由から本当に仕方がなく先程のような凶行に及んだと思うに足るものだった。

 

理由(わけ)を話せ。そうでなければ、此方としても納得はできない」

 

「分かりました。では単刀直入に申し上げましょう。あなたは奇悧悦哢(きりえる)に取り憑かれました」

 

「キリエルだって!?」

 

「ああ……いけません。簡単にそれを言葉に出しちゃ駄目ですよ。すぐ人に移りますから」

 

 中島の口から出た思いも寄らない名前に大悟は思わず驚愕の声を上げた。中島は迂闊にその名前を口にした大悟を注意するが、それどころではない。健吾と礼子も声こそ出していないものの、その顔には驚愕の色がありありと浮かんでいた。

 

「その様子を見るに……九条さん、あなたはあの怪異の正体を知っているのか?」

 

「僕はそのキリエルに会うためにこの菊川市S区に来ましたから」

 

 事の発端は、今日の朝に起きた。氷室の問いに答えた大悟は、本来、健吾と礼子の二人のみで向かうはずだった依頼に、自分を同行することを決めた切欠となる出来事を思い出していた。




✕✕✕✕(名称不明)
(1):✕✕✕✕は憑依系の怪異である。
(2):生ける屍は、✕✕✕✕の影響で元・新S区の住人が第二、第三の✕✕✕✕と化したものである。

キリエル人
(1):人間の精神を遠隔的に支配した操る力を持つ。
(2):直接人間社会に干渉する際は人間の死体に憑依して暗躍する。

即ち、✕✕✕✕=キリエル人である。Q.E.D.証明終了



九条大悟
Lv  31
HP  50/50
MP   5/14
SAN 65/65

浪川礼子
Lv  30
HP  48/48
MP  15/15
SAN 70/70

烏丸健吾
Lv  30
HP  40/40
MP  12/12
SAN 55/55

氷室等
Lv  30
HP  48/48
MP  11/11
SAN 55/55
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