烏丸超常探偵事務所の超常事件簿   作:ゲーマーN

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新23話 悪魔の預言

 2016年 6月 30日(木)

 神津市・東区 九条大悟の家

 

 数時間前。その日、朝早くに目を覚ました大悟は部屋の片隅に居るソレに視線を向けた。

 

「おはよう」

 

「主よ。昨夜は暗い顔をしていたが、疲れを取ることはできたか?」

 

 大悟に返事をした一つ目のスラ○ムベスの名前はダンセイニ。超古代から姫子の一族に仕えてきた■■■■(ショゴス)と呼ばれる種族の一体であり、今は大悟を主としている異星起源の生命体だ。本来の姿は常人ならば目撃するだけで大幅に正気を失う(1D6/1D20)ような悍ましいものであるのだが、そのことに苦言を呈した大悟の命に応じて、今の姿に形状を変化させたという経緯がある。

 ダンセイニは、ぷるぷるとした体全体で心配を表現する。その様子に思わず破顔した大悟は、大丈夫だ、と精神の安定を伝えた。

 

「大丈夫。今更、翌日に引き摺るほど軟弱な精神はしてないさ」

 

「それならいいのだが……まあいい。何かあった時は我を呼ぶがいい。主の力になろう」

 

「ありがとう」

 

 心強い言葉に感謝を述べつつ、部屋の中を見回した大悟は目的の物を見つけた。それを手にした大悟が赤いボタンを押すと、どこからか人の声が聞こえてくる。その声の聞こえる方に視線を向けると、そこには人が閉じ込められた黒い箱のようなものが置かれていた。

 非常に仰々しい描写をしたが、要するにリモコンでテレビの電源を入れただけである。

 時計を見ると、まだ六時前。出勤時間まで大分間があるので、朝のニュースを見ることにした。

 

『――「過度の疲労」により入院していたピアニストの小鳥遊藍子さん(10)が退院したと、所属事務所から発表がありました。7月2日、神津市中央区のコンサートホールにて、事務所移籍後の初コンサートをするとのことで――』

 

「小鳥遊藍子……姫子様の器であった適能者(デュナミスト)の少女か。無事に回復されたようで何よりだ」

 

「本当にね。胸のつかえが下りる思いだよ」

 

 ダンセイニの口にした適能者(デュナミスト)とは神の器に選ばれた人間の名称だ。姫子、即ち■■■■■(クトゥルフ)の娘である■■■■■(クティーラ)適能者(デュナミスト)に選ばれた藍子は、その父親である■■■■■(クトゥルフ)の干渉をもろに受ける体質になってしまう。

 長い間、姫子を抑え込むほどの強靭な精神力を持つ藍子でも、本体には及ばないながらも強大な力を持つ邪神の影に抗えるほどではなく、この世界に対する干渉が原因で倒れてしまった。

 

 尤も、その真実を公の場で話すわけにはいかない。いずれは異形の存在に関して公表する必要があるのは事実だが、原因や対策が不明なまま公表するとパニックを引き起こす可能性があり、異形の存在は未だ一般に周知されていない。この状況で藍子の入院理由を邪神復活の影響等と馬鹿正直に発表するわけにはいかず、そのために表向きの理由(カバーストーリー)を用意する必要があった。

 それが『過度の疲労』である。丁度、元マネージャーが児童虐待防止法等違反の容疑で逮捕されたこともあり、その入院理由に疑いを持つ者は殆どいなかった。

 

「だが…演奏会(コンサート)か。姫子様の適能者(デュナミスト)の奏でる音色とあらば、一度は我も聞いてみたいものだ」

 

「音楽に興味があるのかい?」

 

「無論だ。古くより、神に捧げる儀式とは音楽と共にあるものなのでな」

 

 信仰に於いて、音楽は非常に大きな役割を果たしている。信者達は音楽を通して、共に神に感謝を捧げ、共に神を褒め称え、同時に信仰を捧げる神の存在を再確認する。音楽と信仰は、決して切り離すことはできない密接な関係にある。

 姫子の一族に奉仕してきた■■■■(ショゴス)の一個体として、ダンセイニが藍子の演奏に興味を抱くのは当然の事だった。

 

「それなら一緒に聞きに行く?」

 

「……いいのか?」

 

「大丈夫だよ。きっと事務所の皆と一緒に聞きに行くだろうから、その時にね」

 

 大悟には、終わることのないマシンガントークでまくし立てる恵里と、そんな恵里に苦笑いしながら付いて行く自分達の姿が容易に想像できた。

 

「礼を言う、我が主よ」

 

 見た目がスライムのダンセイニには表情など無いはずなのに、大悟には、ダンセイニが満面の笑みを浮かべているように見えた。

 

「むっ!? 主よ、テレビを見よ!!」

 

 突然、ダンセイニが険しい声で警告を発する。何事かと思いつつ、大悟がテレビの方に視線を戻すと、テレビ画面には想像だにしない光景が映り込んでいた。

 

「なんだ…これは…!?」

 

 画面の中央で白い渦が巻いている。元々、放送されていた映像が画面の奥に吸い込まれるように消えていき、何もない黒い背景のみがテレビの画面に映し出された。光も、闇も、影も、本当に何一つとして存在しない世界に突如として青い炎が燃え上がる。

 

「お久しぶり……いえ、はじめましてと言うべきかな? ウルトラマンティガ」

 

「僕のことを知っているのか……!?」

 

 その炎の中から、全身茶色の衣装に身を包む一人の男が姿を見せた。貼り付けたかのような無表情にも拘らず口元に笑みを称えたその男は、テレビ画面の向こう側から大悟(ティガ)を見ていた。

 

「ええ、知っていますとも。我々キリエル人はずっと昔からこの星を導いてきたのですから」

 

「キリエル人……それがお前達の名前なのか?」

 

 大悟の問いに答えたのはテレビ画面に映る男ではなく隣に居るダンセイニだった。

 

「キリエル人とはまた随分と懐かしい名前が出てきたことだ。■■■■■(クトゥルフ)様に怯え、竦み、身を隠していただけの卑怯者がこの星を導いてきたなどとは。この星を導いてきたのは貴様らのようなコウモリやハイエナではない。光の勢力と共に勝利を掴んだこの星の人間達だ」

 

「……その言葉。光の従僕に成り果てた■■■■(ショゴス)の言えたことではないな。よく見れば、かつての力の大半を失っているようではないか。その生き汚さは貴様らの本性同様に醜悪極まりないな」

 

 怒り、妬み、敵意、殺意、嫌悪、憎悪。その他、人間の言葉では表現できないほどに負の感情に満たされた言葉の応酬を繰り広げるダンセイニとキリエル人。大悟は彼等の関係を知らないが、それでも太古の昔から両者が敵対関係にあるのだけは察することができた。

 その身から憎悪と憤怒の炎を溢れさせるキリエル人は、しかし、大悟に視線を戻すと燃え滾る炎を自らの内に抑え込む。

 

「……まぁ、いいでしょう。今回、私は預言者としてキリエルの神々の意志を、言葉を伝えるためにここへ来たのです。貴方のような■■■■(ショゴス)如きを相手にしている時間はありません」

 

「預言者だって?」

 

「ティガよ、キリエルの神々にその命を捧げなさい。さもなければ……」

 

「さもなければ、どうなる?」

 

「聖なる炎が穢れに満ちた人類の都市を焼き払います。そうですね、私の予言では【菊川市S区】が浄化させるでしょう。今、あの地は悍ましい呪詛と怨念に満ちていますから」

 

「ふざけるな!! 何が予言だ! ただの脅迫じゃないか!!」

 

 大悟が怒りの声を上げると、預言者を名乗る男は心外だと言わんばかりの表情をする。

 

 預言と予言。この二つは読みこそ同じだが、それぞれ別の意味を持っている。

 

 預言とは、神から預けられた言葉を人々に伝えることや、その言葉そのものを意味している。預言は神の言葉を伝えるものであり、キリエルの神々の言葉を代弁する目の前の男は、神と人とを仲介する預言者である。

 尤も、それは預言者の男の口にした言葉が真実であるならばの話だ。予言の意味を曲解している預言者の男の口にした言葉に、いったいどれほどの信憑性があるものだろうか。

 

 予言の定義は、ある事象に関してその実現に先立ち「予め言明すること」である。神秘的事象としての「予言」は、その中でも合理的には説明することのできない推論の方法によって未来の事象を語ることを指している。

 預言者の男は、予言と称して自分達のチカラで都市を焼くつもりだ。そんなもの、予言でもなんでもない。自分達が起こす事件を「予告」しているだけである。

 

「それで? ウルトラマンティガ、あなたはキリエルの神々にその命を捧げるのですか?」

 

 大悟は唇を噛んだ。預言者の男の言葉を信用も信頼もしていないが、だからこそ、この男の要求を断れば、本当に都市を焼くという確信にも似た予感があった。かと言って、キリエル人に自らの命を捧げるというのも論外である。

 どうすれば、と苦悩する大悟の姿を見て、預言者は口の端を吊り上げて、悪魔のような嘲笑を浮かべた。さも愉快で堪らないとでも言うように、「ふふっ」と喉の奥から笑い声が漏れてきた。

 

「ご安心を。ご友人に別れを告げる時間くらいは差し上げますよ。キリエルの神々に命を捧げる覚悟が決まりましたら、【菊川市S区】まで来てください。……ああでも、あまりに来るのが遅いようでしたら、どうなるかは分かりませんがね」

 

 その言葉を最後に、預言者の男はテレビ画面の中から姿を消してしまう。数秒後、テレビ画面に戻ってきたニュース番組を眺めながら、身動きひとつせずに大悟は一つの疑問を投げかけた。

 

「ダンセイニ……いったい、キリエル人って何者なんだ?」

 

「炎魔人、キリエル人。人類発生以前の地球を支配していた勢力の一つ。3000万年前、人類と共に闇の勢力に立ち向かった『イスの偉大なる種族』の裏切り者がキリエル人だ」

 

 ダンセイニ曰く、『イスの偉大なる種族』は滅亡に向かう銀河系『イス』から十数億年前の地球にやってきた精神生命体であり、人類発生以前の地球を支配していた勢力の一つ。時間の秘密を解き明かした唯一の生物とされており、その大偉業から「偉大なる」を付けて呼ばれている。

 

 イス人は途轍もない科学力を有しており、互いに精神を交換する装置を使って時間と空間を超越する。また知性というものを何よりも尊いものとしており、高い価値を置いている。肉体を持つ生物と精神交換してはその生物の文化・知識を収集し続けており、文化や技術等は集めた知識から気に入ったものを採用している。故にこそ「お気に入り」の消失を認められるはずがなかった。

 

 闇の勢力との戦争で地球人類の文化が喪失する可能性を観測したイス人は、その可能性を破却するために3000万年前の超古代人に接触した。そして、光の勢力が勝利するために、超古代人と共に闇の勢力との戦いに身を投じた。

 

「これはあくまで推測であるのだが、この水晶玉を主の下に送り込んだのはイス人であろう」

 

「え? それはどういう……」

 

「イス人の能力であれば、■■■■■(クトゥルフ)様の封印が弱まるのを観測していたはずだ。その時、人類が闇の勢力に支配されることのないように、イス人の打った布石がこの水晶玉なのだろう」

 

 ダンセイニが触手を伸ばした棚の中には水晶玉が収められている。D・D・L曰く、その水晶玉は別の宇宙に繋がっている可能性があり、姫子曰く、無限に近いチカラを秘めているという。あの邪神対策に送り込んだモノとすれば、納得の行く代物である。

 仮に、今の人類が自力で■■■■■(クトゥルフ)の復活を妨げることができたとすれば、■■■■■(クトゥルフ)の復活を警告するタイムカプセルを残したのではないか、とダンセイニは自らの推測を述べる。

 

「……少し、脱線したな。要するに、イス人は当時の人類と協力関係にあったわけだ。彼等は共に闇の勢力に立ち向かい、遂に闇の勢力の封印を成し遂げた。そして、協力関係にあった者達との別れを惜しみながらも元の時代に帰った……はずだった」

 

 そこで一度言葉を切ったダンセイニは、「その頃には異次元を彷徨っていたので、我も正確なところは知らないのだがな」と前置きをしてから続きを話し始めた。

 

「何事にも例外というものはある。人類と共通する精神性を持つイス人の中にも、人類同様に自己顕示欲が強く、人類を支配しようとする考えの者達がいた。それが――」

 

「……キリエル人」

 

「いかにも。光と闇、神々の戦争で疲弊した隙に付け入り、漁夫の利を狙ったキリエル人は3000万年前の人類に猛威を振るった。だが、光の勢力はその程度で倒れるような者達ではない。多くの犠牲を出しながらも、当時の人類と共にキリエル人を追い詰めた」

 

 ダンセイニは、異次元から覗き見た当時の戦いを思い出す。自分達と死闘を繰り広げた光の勢力を卑劣な手段で追い詰めるキリエル人の姿は、腸が煮え返るほどに気に食わないものだった。

 

「だが、仮にもイス人の末端であるキリエル人は逃げ道を残していた。肉の器を捨て、精神交換装置で時空を超えたのだ。逃げた先は不明だが、少なくとも中世の時代には奴らは存在していた。その頃から人類に干渉を行い、「より良い方向に導く」と嘯いて支配しようとしていたのだ」

 

 因みに、中世に活動していたキリエル人は人類の支配に失敗している。キリエル人に精神を支配された人間を悪魔と契約した魔女と見做した宗教関係者によって、多くの無辜の民と共にキリエル人に支配された人間が火刑になったことで、人間社会に直接干渉することが不可能になった。

 精神生命体であるキリエル人が人間の起こす炎で命の危機に陥るようなことはないが、人間社会に干渉するための器の方は容易に死んでしまう。人間社会に干渉する足掛かりを失ったキリエル人は、ほとぼりが冷めるまで雌伏の時を過ごすことにしたのである。

 

「主よ。キリエル人の言葉を信じてはならないぞ。奴らは、最大の障害である主を排除してから人類を支配するつもりだ。今の人類では、キリエル人に抗うなど到底不可能なことであるからな」

 

「…分かったよ。キリエル人対策について、どうにか考えてみるよ」

 

「うむ、それでよい。キリエル人の策略を破る方法について、我も共に考えよう」

 

 主従関係にある一人と一匹(?)は共にキリエル人の対策を話し合う。ああでもないこうでもないと意見をぶつけ合う内に、時間はあっという間に過ぎていく。そうして朝7時を回った頃に、事務所のトークルームにメッセージが届いた。 

 

『皆さん、おはようございます』

 

 SNSに届いた健吾からの挨拶メッセージに、探偵事務所のメンバーの何人かが「おはよう」と返事の挨拶を打ち込む。勿論、大悟も「おはようございます」とメッセージを打ち込んだ。

 

『突然ですが、本日から僕と礼子さんは菊川警察署に出向することになりました』

 

「菊川警察署!?」

 

 その報告は、まさに晴天の霹靂であった。

 

「これが運命と言うものか。よもや、キリエル人の呼び出した先に行くことになるとは……」

 

 ダンセイニの言葉を聞きながら、大悟は反射的に以下の文章を打ち込んでいた。

 

『その出向、僕も行くことはできませんか? 丁度、菊川市に重大な用事があるんです』

 

 斯くして大悟は、健吾と礼子の二人と共に【菊川市S区】を訪れることになる。そうして菊川市を訪れた後の出来事に関しては既に語られたとおりだ。ようやくキリエル人の手掛かりを掴んだ大悟は、キリエル人の名前を口にした中島に突き刺すような視線を向けた。

 

「中島さん。そのキリエルについて詳細にお聞きしてもよろしいですか?」




九条大悟
Lv  31
HP  50/50
MP  14/14
SAN 65/65

浪川礼子
Lv  30
HP  48/48
MP  15/15
SAN 70/70

烏丸健吾
Lv  30
HP  40/40
MP  12/12
SAN 55/55

氷室等
Lv  30
HP  48/48
MP  11/11
SAN 55/55
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