烏丸超常探偵事務所の超常事件簿   作:ゲーマーN

3 / 28
Ver2.00 2022/11/19


CASE 1 Shadow Corridor
第1話 神隠し


 ――肥大化した憎悪。

 

 黄昏に染まる空を泳ぐのは『金魚』のような見た目をした化け物だ。

 この影の領域に集う憎悪と苦痛、恐怖の写し身。邪神の域にまで昇華された憎悪そのもの。

 常人であれば、目にするだけで正気を奪われる悪夢の化身。

 それは、あの海底神殿で対峙した旧支配者にも匹敵するような巨躯の怪物だった。

 

「時間がありません、どうかお願いします……」

 

 両目を包帯で覆い隠した黒い着物の少女が頭を下げる。

 

「いや、その能面は使わない」

 

「そんな……いえ、当然ですね。私たちのためにあなたたちが無茶をする理由は――」

 

「これ以上、君達が苦しむ必要はない。後は僕達に任せてほしい」

 

「――――――…………え?」

 

「それは、どういう…………」

 

 困惑する二人の少女を後ろに、四人の男女が【肥大化した憎悪】の前に立つ。

 

「行こう、皆!」

 

 その内の一人で右手を前に突き出すと、溢れ出る光がその掌中で光の翼を形作る。

 

「凛太郎!」

 

「はい!」

 

「楓!」

 

「押忍!」

 

「二人の光、お借りします!」

 

 両腕をクロスさせ、腕を大きく回すことで三人の光を翼に収束させる。

 光の翼を持つ青年を中心に広がる光が、夕陽が映し出す三人の影を一つに纏め上げる。

 

「アタシも行くぜ! 深淵の闇よ、我が下に集え!」

 

 同時に、三人と並び立つピンク色の髪の少女が闇の翼を空に掲げる。

 

 影を光が照らす。

 影を闇が染める。

 

 光の巨人と闇の巨人、二柱の旧き神が影の領域に降り立った。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 2016年 6月25日(土)

 神津市 東区 烏丸超常探偵事務所

 

 烏丸探偵事務所――そこは、超常現象の調査を専門とする探偵事務所である。

 4月11日よりこの探偵事務所に所属している九条大悟(クジョウ・ダイゴ)は、探偵事務所の仲間と共にとある大きな事件を解決した。

 謎の水晶玉を発端とする一連の事件は終わりを告げたものの、この世界には未だ狂気と恐怖に満ちた事件の数々が存在しており、それらの事件を解決するために彼等は活動を続けている。

 その日、そんな彼等の下に一つの依頼が舞い込んできた。

 

「……神隠し?」

 

「はい。今回の依頼内容は『阿地市の神隠し』の調査です」

 

 大悟の問いに頷いたのは烏丸超常探偵事務所の所長である烏丸健吾(カラスマ・ケンゴ)だ。如何にもなインテリ系眼鏡の彼は真面目な表情で頷くと、探偵事務所の面々に今回の依頼に関する説明を開始した。

 依頼人の名は遠藤貴理子(エンドウ・キリコ)。徳島県南東部にある阿地市・東区に在住の女性だ。

 曰く、息子である遠藤健二(エンドウ・ケンジ)が行方不明になったという。これだけならば探偵事務所ではなく警察の仕事であるのだが、依頼人の暮らす周辺地域では昔から神隠しが起きていたそうだ。

 

 神隠し――人間がある日忽然と消え失せる超常現象。神域である山や森で人が行方不明になったり、街や里から何の前触れもなく失踪することを昔の人は神の仕業として捉えてきた。

 ここで言う「神」とは、神奈備、神籬、磐座などに鎮座する抽象的ないわゆる古神道の神だけでなく、天狗に代表される民間信仰としての山の神や山姥・鬼・狐等の山や原野に係わる妖怪の類などもあり、総じて人ならざる者のことを示している。

 

 阿地市中央部、その前身に当たる蛭南(ひるな)村ではこの神隠しで27人もの人物が行方不明になった。

 この『蛭南村の神隠し』を追っていた依頼人の父も行方不明になったこともあり、依頼人は母である遠藤神奈(エンドウ・カンナ)から蛭南村には近付かないように言われてきたという。

 そこに、今回の行方不明だ。

 息子も神隠しに遭ったと考えた依頼人は藁にもすがる思いで烏丸超常探偵事務所を訪れた。

 

「詳細は以上です」

 

「はぁ……邪神の次は神隠しですか」

 

 溜息を吐いた彼の名は榊凛太郎(サカキ・リンタロウ)。爽やかな見た目と明るい性格を持ち合わせる好青年だ。

 この探偵事務所に所属してから既に四年が経過しているが、無駄遣いで何度も赤字にしてきたことが原因か、彼が正式に調査員になったのは大悟が事務所に所属した四月のことである。

 彼の性格も相まって、大悟から先輩ではなく同期として認識されている残念なイケメンだった。

 

 凛太郎の口にした邪神とは四月頃に頻発していた怪死事件の元凶である古き神のことである。

 超古代、神同士の対立により発生した神々の争い。その戦で敗北した旧き支配者は本体を対立する神々に封印された。しかし、その神は己の”影”を海底神殿に残していた。星辰の揃う日、海底神殿が浮上すると同時に本体の封印を解き、世界を再び混沌と狂気で満たすために。

 その絶望の未来を変えるために、海底神殿に乗り込んだ探偵事務所の面々は、死闘の末に旧支配者■■■■■(クトゥルフ)の”影”の討滅を成し遂げた。

 

 その矢先に”神”隠しである。

 

 邪神を討伐したばかりというのに、また神様関係の依頼が事務所に舞い込んできた。凛太郎が嫌な表情をしてしまうのも無理のないことだろう。

 実際、事務所の全員が二度と神様と対峙するような事件は起きてほしくないと考えている。

 それほどまでに例の事件は彼等の記憶に深く刻まれている。しかし、だからこそ、余裕の表情と態度をするだけの胆力を持つ者がいた。

 

「問題ねーだろ。オヤジほど理不尽なカミサマが出てくることはねぇだろーしさ」

 

「それは、そうだろうけど……」

 

 凛太郎の言葉に、呆れたような表情をするピンク色の髪の少女の名前は小鳥遊姫子(タカナシ・ヒメコ)

 顔立ちは小学生くらいの年齢に見えるのだが、その胸部装甲は小柄な体躯とは裏腹に豊満。見事なトランジスタグラマーである。白のオフショルダーの上に黒いジャケットを着ており、身長や体格以外は成熟した大人の女性を思わせる。

 そんな彼女はその豊満なおっぱいにも負けないほどに大きな秘密を抱えている。

 

 それは、彼女が旧支配者■■■■■(クトゥルフ)の娘であるということ。

 

 彼女の真名は■■■■■(クティーラ)。だが、普通の人間には彼女の真名を認識することができないため、超古代の人間からは”古き姫”と呼ばれていた。その名と、彼女の人間態の模倣元である少女の名前から取って小鳥遊姫子の名を与えられた。

 人の姿をしているが、根本的な感性が人外である彼女は人間のように恐怖することはなく、オヤジほどの脅威ではないだろう、と余裕の笑みを崩すことはなかった。

 

「で、所長。僕達は阿地市中央部を調査すればいいですか?」

 

「そうですね。まだ何とも言えませんが、まずは中央部で聞き込みを行うべきでしょう。

 なので、この件は凛太郎君、大悟君、秋本さん、姫子さんの四人にお願いしようと思います」

 

「はい!」

 

「了解です」

 

「分かりました」

 

「おう」

 

 大悟、凛太郎、姫子の三人に先んじて元気よく返事をした少女の名前は秋元楓(アキモト・カエデ)

 見た目、言動と共にやや幼いが、その年齢は19歳とあと一年で成人年齢のレディである。

 烏丸超常探偵事務所でも随一の戦闘能力を持つ空手少女の楓は、何らかの存在と戦闘になった際は他の誰よりも頼りになる。

 だが、今回彼女が調査員に選ばれたのは空手の実力だけが理由ではない。

 

「今回の件、秋本さんの『動物と話すチカラ』が解決には必要であると僕は考えています」

 

 楓は【ワイルド】という言葉を持たない動物との意思疎通を可能とするチカラを持っている。

 今までにも彼女のチカラが依頼解決の鍵となったことがあるため、健吾の采配に、大悟は「なるほど」と納得の表情を浮かべた。

 

「……行方不明の彼がホールに取り込まれた可能性もありますからね」

 

「はい。ホールに限らず、普通の人間には見えないナニカが原因の可能性は十分にあり得ます」

 

 この世界には『ホール』という発生原因が不明の超常現象が存在している。

 ホールとは空間の穴であり、超能力や霊能力といった特殊なチカラを持つ者のみが認識できる。

 ホールの中には、人の精神を喰らう異形の存在が生息している。その正体は不明だが、土地や情勢、噂などで見た目が変化するという性質を持っている。

 このホールに取り込まれた者は、これら異形の存在によって命を落とすことになる。

 

「人の目撃証言が無くとも動物は目撃していた可能性はありますからね。行方不明になった息子さんの写真を預かっているので、それを頼りに捜索をお願いします」

 

「頑張ります!」

 

 無論、今回の件とホールに関係があると決めつけるわけではないが、チカラを持たない者には認識すら出来ないというホールの性質は無視できる要素ではない。

 同様の性質を持つナニカが原因の場合、一般人を相手に聞き込みをする意味がない。

 そのため、人間とは別の視点を持つ動物と話すチカラを持つ楓に白羽の矢が立つことになった。

 

「頑張るのはいいですけど……経費の無駄遣いはダメですからね?」

 

「大丈夫ですよ。オレもいますから」

 

「だから心配なんですけど」

 

 自信満々に胸を張る凛太郎にジト目を向ける茶髪の女性が経理担当の高野恵里(タカノ・エリ)

 事務所の中で唯一の非戦闘員ではあるが、彼女も一度だけ戦闘に参加したことがある。どう見ても違法改造されたスタンガンを振り回す彼女の雄姿は忘れたくとも忘れられない記憶の一つだ。

 二年以上、事務所で一緒に仕事をしているはずなのに、自分のことを全く信用していない恵里の言葉に、凛太郎は不満そうな表情をする。

 

「恵里さん、それ酷くないですか?」

 

「今までどれだけアンタの無駄遣いのせいで赤字になったと思ってんの?」

 

「……あー、すいません」

 

「一応、今回は大悟さんも一緒なので大丈夫だとは思いますけど……くれぐれも無駄遣いはしないでくださいね? もし、凄く高い物とか買ってたら、ネットで売りますから」

 

「了解です」

 

 没収です! とにこやかに告げる恵里からは凄まじいまでの迫力を感じ取ることができた。

 笑うという行為は本来攻撃的なものであるとどこかで見たことがあるが、それが真実であると分かるほどに恐ろしい笑顔がそこにはあった。

 具体的には、彼女の雷が落ちると1D3ほどの正気度減少が起きそうな迫力である。

 

「あ、あと! 大悟さん、藍ちゃんがもう少しで退院できるみたいなんです!」

 

「この間、お見舞いに行った時に担当医の方に僕も聞きました。無事に退院できるみたいでよかったですね」

 

「はい! これも事務所の皆があの邪神を倒してくれたおかげです!」

 

「あのまま藍子が死んでたら、アタシも消えちまうかもしれねぇところだったからな。そいつを聞いて安心したぜ」

 

 恵里の口にした「藍ちゃん」とはピアノ少女の小鳥遊藍子(タカナシ・アイコ)のことである。恵里の親戚であり、若干10歳ながらプロデビューをしている、テレビ出演なども多い人気ピアニストだ。

 尤も、人気を獲得したことで厄介な男に目を付けられたのだが、その件に関しては既に問題を解決済みである。病院から退院すれば、また心置きなくピアノを弾くことができるだろう。

 

 藍子の本名から予想がつくかもしれないが、姫子の人間態の模倣元とは藍子のことであり、姫子と藍子の間には、血の繋がり以上に深い繋がりが存在している。その繋がりこそが、姫子が父である旧支配者■■■■■(クトゥルフ)と敵対を決めた理由の一つだ。

 

 ■■■■■(クトゥルフ)の娘である姫子と繋がりのある藍子は、姫子の父である■■■■■(クトゥルフ)とも強い繋がりを持っている。そのせいで■■■■■(クトゥルフ)の影響をより強く受けてしまう藍子は、自身と繋がりを持つ姫子と共に命を落とす未来にあった。

 ようやく自分の体を得て自由に動けるようになったというのに、その矢先に消滅することになるなど冗談ではない。それ故に姫子は探偵事務所の面々と共に■■■■■(クトゥルフ)を討つことにした。

 

 そして、探偵事務所の面々が■■■■■(クトゥルフ)の”影”を討伐してから数週間が経過した。経過観察ということで入院していた藍子もようやく退院することができる。その事実に、藍子と知り合いである探偵事務所の面々は笑みを浮かべた。

 これで藍子は、恵里と姫子という二人の家族と一緒に暮らすことができる。それだけならば、よかったね、で話が終わるのだが、それで終わりにしてくれないのが恵里の悪癖だった。

 

「本当によかったです! よかったら、藍ちゃんのピアノを聞きに来てくださいね! あ、あと、藍ちゃんのサインとかも――」

 

「恵里ちゃん。藍子ちゃんの動画、また見せてもらってもいいかしら?」

 

「オッケー! あれホント可愛いよねー!」

 

 限界オタクと化した恵里の早口を止めた女性の名前は浪川礼子。見た目はおっとりした印象を受ける大人の女性の色気と魅力に溢れた美女だが、その実年齢はよんじゅ…「あ゛?」…なので、彼女に年齢の話をするのは御法度である。

 ウィンクする彼女は、「ここはあたしに任せて先に行って」と言外に言っていた。

 

「……じゃあ、行きましょうか」

 

「…うん。今の内に調査に向かおう」

 

 凛太郎の言葉に大悟も同意する。礼子が恵里を引き付けている今の内に、目的地である阿地市に出発するべきだろう。徳島県、即ち四国にある阿地市に向かうには相応の時間を要する。残念ながら恵里の長話を聞いている時間的余裕はない。

 それぞれ事務所の倉庫から必要な装備や物資を取り出した四人は、事務所の入り口に立つと出発の挨拶を告げた。

 

「それでは……行ってきます!」

 

「「「行ってきます!」!!

 

「行ってらっしゃい」

 

 斯くして烏丸探偵事務所の面々は新たな事件に挑むことになる。

 

 

 

 

 

CASE 1

Shadow Corridor

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。