烏丸超常探偵事務所の超常事件簿   作:ゲーマーN

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Ver2.00 2022/11/20


第2話 夕焼けに染まる路地

 2016年 6月26日(日)

 阿地市 中央部

 

「今日も収穫はありませんでしたね」

 

 翌日の夕暮れ時。一日を振り返り、凛太郎は「はぁ」と大きな溜め息を漏らした。

 予想通りと言えば予想通りではあるのだが、その日の調査は何の成果もなく終わりを迎えた。大学に職場、その他捜索対象の行動範囲で聞き込みをした。その対象は人間のみならず、野良犬や野良猫、カラス等のこの一帯に生息する動物にも亘る。

 だが、それでも大悟達は、遠藤健二の行方に関する有力な目撃証言を見つけられずにいた。

 

「今回の件も、超常現象絡みなのは間違いなさそうですね」

 

「…ああ。だけど、それこそ僕達の本業だよ」

 

「大悟さんの言うとおりです! 頑張って皆さんをお守りします!」

 

 むんっ! と胸を張る楓に、大悟は思わず笑みを零してしまう。

 

「うん、今回も頼りにしてるよ」

 

「は、はい!!」

 

 楓のSIZは8。SIZ7の姫子に次ぐ小柄な体躯の持ち主であり、SIZ13の大悟からすると撫でるのに丁度いい位置に頭がある。

 ぽんぽん、と頭を撫でると、楓は恥ずかしそうな、でも嬉しそうな笑顔を見せる。

 その様子を見て、姫子は「やれやれ」と言わんばかりの表情で肩を竦めた。その隣では「仕方がないですね」と凛太郎が苦笑いしている。

 

「相変わらず仲がいい奴らだな」

 

「いや、姫子も大概じゃん」

 

 凛太郎は知っていた。大悟と姫子の二人がよくたこ焼きデートをしていることを。

 自宅でたこ焼きを作るための道具があると聞いて、興味を持った姫子のためにたこ焼き器を購入したことを、大悟の家で一緒にたこ焼きパーティをした凛太郎は知っていた。

 とはいえ、触らぬ邪神に祟りなし。人ならざる姫子の黄金の瞳に、剣呑な光が生まれた。

 

「あぁ? 狂わせるぞ」

 

「やめて」

 

 理不尽だ、と凛太郎は思ったものの、神とは得てしてそういうものである。

 

「…取り敢えず、神隠しの調査の続きは明日からにしよう。多分、これ以上聞き込みをしても時間の無駄だ。虎穴に入らずんば虎子を得ず。僕達の側から神隠しに遭いに行くべきだ」

 

「それに関しては俺も同意見です。問題は、その神隠しの手掛かりが少ないことですが……」

 

「それなら、まずは『蛭南村の神隠し』について図書館で調べてみよう」

 

 等と、大悟と凛太郎が明日以降の予定について相談していた時のことだった。

 

『――こちらです』

 

 声が、聞こえた。

 

「え…? ま、待ってください…!」

 

 楓が振り向けば、そこには一匹の黒猫の姿があった。

 黒猫は細い路地の入り口に立っていた。再び、こちらです(にゃん)と鳴き声を上げた黒猫は、その路地の中に入り込んでいく。

 楓が思わず「あっ」と声を漏らした時には、既に黒猫は路地の奥深くにその姿を消していた。

 

「き、消えました……」

 

 夕立の後の蒸し暑い湿気の中、奥から冷たい風が吹き抜けてくる。本能的に、その風が良くないものだと感じ取った楓は声と表情を強張らせる。

 突然、駆け出した楓の後を追いかけて、残りの三人も寂れた路地の入口へと辿り着いた。

 

「楓、どうしたんだ?」

 

「声が聞こえました」

 

「声?」

 

「こちらです、って。多分、黒猫さんの声だと思います」

 

 本来、人と言葉を交わすことの出来ない動物と会話を可能とする超能力【ワイルド】。この超能力を有する楓にのみ声が聞こえたということは、声の主の正体が動物であるのは間違いない。そして、その声の主と思しき黒猫が目の前の路地の奥に消えて行った。

 

「予定変更だ。このまま、この路地の奥を調査しよう」

 

「分かりました。ようやく見つけた手掛かりを逃がす訳には行きませんからね」

 

 この先に進めば、調査に何らかの進展があるだろう。良きにつけ、悪しきにつけ、この先に行かなければ調査が進むことはない。それを直感的に感じ取った大悟達は互いに顔を見合わせると、寂れた路地に足を踏み入れた。

 その路地を真っ直ぐに突き進んだ大悟達は古い横丁らしき場所の側面に辿り着いた。その横丁は外部からの侵入者を阻むように、鉄格子の扉によって固く閉ざされていた。

 

「…鍵、ですか。礼子さんがいれば、鍵開けをしてもらえたんですが……」

 

「遠回りするしかないか」

 

「あぁ? こんなもん、ぶっ壊せばいいだけだろ?」

 

 そう言って、姫子は右掌を鉄格子に向けると。

 

「【破壊】!」

 

 技能:【破壊】

 小鳥遊姫子:MP 21- 9=12

 

 技能:【古き血族】

 小鳥遊姫子:SAN90- 1=89

 

 普通の人間であれば、それだけで魔力が枯渇するほどの莫大な魔力消費と引き換えに、純然たる【破壊】の力が周囲の空間ごと鉄格子を破壊した。

 古き血族である姫子に人間の道理が通用するはずもない。何の躊躇いもなく目の前に立ち塞がる障壁を破壊した姫子は、突然の暴挙に呆然とする人間三人を置き去りにして、鉄格子が封じていたその先へと暴虐無人に足を踏み入れた。

 

「……大悟さん。これ、まずいですよね?」

 

 大悟は、顔を引き攣らせた凛太郎の問いに無言で頷いた。考えるまでもなく、あの鉄格子を破壊したのは非常にまずいことである。どうしよう、と数秒ほど逡巡した後、

 

「よし、ここでは何もなかった」

 

「え?」

 

「元々、鉄格子は壊れていた。いいね?」

 

「アッハイ」

 

 何も見なかったことにした。経理担当の恵里がいないとすぐ赤字になるような貧乏事務所にこの鉄格子を弁償するだけのお金はない。幸いなことに破壊の痕跡が人間業ではないので、自分達が破壊した犯人であることが露見することはないだろう。

 

 何もよくないが、ヨシ! と声を上げた大悟は、鉄格子のあった場所を堂々と通り抜ける。

 

 鉄格子の先はシャッター街だ。ほぼ全ての建物にシャッターが降りており、電飾看板の灯りがチカチカと点滅している。上を見れば、ガラスのない骨組みだけの老朽化した天上が横丁を覆うように拡がっている。この老朽化した設備の危険性から進入禁止の状態にしていたのだろう。

 

「大悟さん、これを見てください!」

 

 大悟が周囲を見回していると、楓がシャッターの前に置かれていた新聞紙を持ってきた。なになに、とその新聞紙に目を通した大悟の表情は真剣なものになる。

 

『1989年 9月10日 日曜日

 

 8月27日、四国を通過した台風17号による大雨の影響で阿地市中央部の山陰で土砂崩れが発生し、土砂の中から27体の人骨が発見された。

 鑑定の結果、発見された人骨はいずれも成人男性のもので、およそ120年前のものだと判明。

 今から112年前の1877年、蛭南村で謎の集団同時失踪事件が起こっており、その失踪者の人骨だとの味方が有力である。(蛭南村は合併により消滅、現在の阿地市中央部)

 

 集団同時失踪事件が起きた当時は、失踪者の手掛かりが何一つ掴めず捜査が打ち切られており、大勢が忽然と何の痕跡もなく消えたことから「蛭南村の神隠し」として知られていたが、その事件が112年越しに初めて進展を見せることとなった。

 しかし、唯一の手掛かりとなる人骨は、不自然にねじ曲がっていたり、驚くほど綺麗な断面で切断されていたりと不可解な点が多く、捜査は難航している。

 

 また、「蛭南村の神隠し」事件には興味深い逸話がある。

 112年前、神隠しの瞬間を見たという唯一の目撃者は、「化け物が連れ去った」というような証言を残している。

 当時の警察は、証言者がショックのあまり記憶障害を起こしているものと判断し、カウンセリングを受けさせ……』

 

 これ以上は濡れているせいで文字を読み取れないが、読み取れた部分だけでも十分すぎるほどの情報を手に入れることができた。

 

「多分、この唯一の目撃者は俺達と同じようにチカラを持った人ですよね」

 

「…だろうね」

 

 この世界には異形の怪物が実在している。それを正しく認識できる者は超能力や霊能力等のチカラを持つ者に限られており、大多数の人間は異形の存在を認識することなく一生を終えるが、確かに人ならざるモノは存在している。

 凛太郎の言う通り、この唯一の目撃者はチカラを持っている側の人間だったのだろう。或いは、不幸にも人ならざるモノと波長が合ってしまったか。

 何れにせよ、『蛭南村の神隠し』に人ならざるモノが関わっているのは間違いないだろう。

 

 カランコロン……

 

 突然、空き缶の転がる音が向かい側の通路から聞こえてきた。大悟達が音の聞こえてきた方に歩みを進めると、室外機の並ぶ細い路地に、シャランという鈴の音と共に黒猫が姿を見せた。その黒猫は大悟達とは反対の方向に走り去っていく。

 

「あっ、さっきの黒猫さんです!」

 

「追いかけよう!」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

 黒猫の後を追いかける大悟達の前に、再び錠付きの鉄格子の扉が立ち塞がる。尤も、今度は鍵が掛けられておらず、普通に扉を引くだけで先に進むことができた。先程のように【破壊】するには左右の幅が狭い道だったので、鍵が開いているのは有り難い限りである。

 既に黒猫の姿はなく、鉄格子の先には二股道があった。大悟達は、迷うことなく鉄格子の扉に塞がれた右の方の道に歩みを進める。

 

「…神社、ですね」

 

 石垣に囲まれた道を進んだ先には大きな川が流れていた。川沿いには、赤い鳥居と小ぢんまりとした社らしきものが立っている。御神体なのだろうか、柵があり中に入ることはできないが、社の中に狐面が飾られているのを見ることができた。

 

 また、社の傍には慰霊碑が立っている。

 

『明治十二年 七月二十日

 慰霊碑 蛭南村 桑食川大氾濫』

 

 どうやら明治十二年、つまり1879年に発生した大氾濫で亡くなった人を慰めるために建てられたもののようだ。

 

「どうやら、こちらは外れだったみたいですね」

 

「黒猫さんの姿が見つかりません」

 

 この社も気になるが、今は先程の黒猫を追いかけるのを優先するべきだ。大悟達が分かれ道まで戻ってくると、またしても鈴の音がシャランと聞こえてきた。

 その鈴の音が普通でないことに大悟達は二度目にして気が付いた。まるで空間全体に音が響いているような不思議な音色をしている。より一層、警戒心を強めた一行がもう片方の道を進むと”蛭南トンネル”というトンネルに辿り着いた。

 

「蛭南トンネル……多分、この先に僕達が捜しているモノがある」

 

「そうですね。正直、あまり入りたくない雰囲気ですが……」

 

「行きます! 黒猫さんを追いかけましょう!」

 

 蛭南トンネルは人が二人並ぶのが精々の横幅しかない非常に狭苦しいトンネルだった。

 恐らくは、このトンネルは封鎖されたものなのだろう。直ぐ側にはトンネルの入口にピッタリ嵌りそうな鉄格子が転がっており、トンネル自体にも鉄格子が取り付けられている。

 尤も、肝心の鉄格子は開かれたままの状態で放置されており、トンネルの中には誰でも侵入できるようになっていたが……。

 

 トンネルの中には薄暗い道が奥に続いている。天上でチカチカと点滅を繰り返す電灯だけが唯一の光源であり、苔の生したレンガ造りのトンネルを照らしていた。

 その灯りではあまりにも心許ない。鞄の中から懐中電灯を取り出した大悟は、その懐中電灯の灯りを頼りに先頭を進んでいく。

 曲がり角を曲がり、その先を真っ直ぐに進んでいくと――

 

 シャラン、シャラン、シャラン……!

 

 鈴の音が木霊した。

 

「…これは…!?」

 

「瘴気だな。どうやら当たりを引いたみたいだぜ?」

 

 意識の暗転。視界を暗闇が覆うと同時に、世界が変わるのを大悟達は感じ取る。

 瘴気――異界の空気のことであり、魔物にとって酸素のようなもの。以前の事件のように可視化している訳ではないが、この場所の大気には瘴気が満ちている。人ならざるモノの巣くう空間に迷い込んだのは疑いようもない。

 異界の魔物…強敵との戦いを予感した姫子は、幼い顔立ちに見合わない好戦的な笑みを見せる。

 

「行き止まりになってます」

 

「入口の方に戻るしかないみたいですね」

 

 戻る、という表現が適切なものではないことを大悟達はすぐに理解することになる。正面の道が塞がれていたので、後ろの方に道を進むことになったのだが、入ってきた時とは明らかにトンネル内部の形状が変化していた。入ってきた時は、一度曲がるだけでトンネルの入口に辿り着く構造になっていたはずなのに、トンネルの外に出るまでニ度も道を曲がる必要があった。

 何よりも、トンネルの外が見覚えのない、草木の繁茂する自然豊かな場所に変化している。薄汚れた鳥居の下を潜り抜けた大悟達は、鬱蒼と生い茂る草木を掻き分け、道なき道を進んでいく。

 

「あっ! 黒猫さん!」

 

『皆さん、来てくれたんですね』

 

「はい! 黒猫さん、お話を聞かせては――」

 

 灯籠の前に座る黒猫に楓が歩み寄って、その時。

 

『時間がありません。この記憶を見てください』

 

 大悟達の脳内に、白と黒(モノクロ)で構成された存在しない記憶が溢れ出した。

 

 横たわる黒猫の死骸。

 

 手を繋ぐ二人の人影。

 

 炎上する山の中の家。

 

 鍬を持つ何人もの人。

 

 そして、炎上する建物を中心に広がる光が周囲の全てを飲み込んでいく光景。

 

「あっ、え、黒猫さん……?」

 

 気が付いた時には、四人の眼の前から黒猫はその姿を消していた。

 

「今のは……何を伝えようとしていたんだろう」

 

 場面がバラバラのせいで、あの黒猫が何を伝えようとしていたのかはよくわからない。

 よくわからないが……それが、碌でもないことであるのは間違いないだろう。

 

「…行こう」

 

 大悟達が灯籠を道標に進んでいくと、彼岸花の咲き誇る境内に辿り着く。再び、赤い鳥居を潜り抜けた先には神社と思しき木造建築が立っていた。大悟達がその木造建築に歩み寄ると、来客を歓迎するように両開きの扉が音を立てて内側から開かれた。

 

「どうやら、アタシ達を歓迎してくれるみたいだな」

 

 建物の内部はボロボロだ。

 障子は黄ばみ、大きな穴が幾つも空いている。抜けた床からは外でも見た彼岸花が生えている。

 その中に一つだけ、明らかに異質な物が一番奥の部屋に安置されていた。

 

 それは鏡だ。

 

 澄んだ水面のように曇り一つない鏡が棚の上に置かれていた。

 

「この鏡、門になってるぜ」

 

「門?」

 

「つまり、この鏡に触ると別の場所に飛ばされるってことだ」

 

 姫子の説明に、凛太郎は納得の表情をする。

 古くから「鏡」は不思議な力を持つと世界各地で信じられてきた。鏡の向こうにもう一つの世界がある、という観念は世界中で通文化的に存在しており、何かを映し出すことで様々な現象を引き起こす神秘的なモノとして扱われてきた。

 超常現象に携わる者として、鏡が「門」の役割を果たすというのは納得の行く話だった。

 

「…よし、行こう!」

 

「はい!」

 

「押忍!」

 

「おう!」

 

 大悟の号令で、四人は一斉に鏡に触れ――再び、視界が暗闇に閉ざされた。




九条大悟
HP  50/50
MP  14/14
SAN 65/65

榊凛太郎
HP  48/48
MP  12/12
SAN 65/65

秋本楓
HP  48/48
MP  12/12
SAN 60/60

小鳥遊姫子
HP  48/48
MP  21/21
SAN 89/90
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