視界を覆う暗闇が晴れると、例によって目の前には門の機能を有する鏡が置かれていた。今までと異なるのは、その鏡以外にも机の上に置かれている物があったことだ。神楽鈴の徘徊者の身に纏う赤い着物と手鏡、そして20連爆竹が乱雑に置かれていた。
これまでは左右に燭台が祭壇のように配置された棚の上に鏡が置かれていたのだが、どうも今回の鏡の配置には適当なものを感じずにはいられない。
辺りを見回すと、転移前にいた長い歴史を感じさせる木造建築の回廊ではなく、むしろその回廊に飛ばされる前に辿り着いた廃屋を思わせる雰囲気の部屋に立っていた。
姫子は机の上に置かれた手鏡を覗き込むと、その鏡面を黄金の双眸でジーっと見つめる。普段は滅多に見せることのない真剣な眼差しで手鏡を見ていた姫子は、ふぅ、と息を吐くと、「なるほどな」と納得したように頷いた。
「この鏡も門になっているみたいだぜ」
「ということは、その鏡でも別の場所に移動することができるんですか?」
「太郎にしては物分りがいいな」
「俺にしてはって……というか、その呼び方は止めろよ」
凛太郎は渋い顔をする。どうも、自分に対する姫子の二人称が気に入らないようだ。
「ま、この鏡からは大した力を感じないからな。この辺りのどこかに転移するのが精々だろうな」
「ということは、この鏡で次のフロアに移動するのは無理ってことか」
「ああ。次の空間に移動するための”移動ポイント”はそっちの鏡と同じものだろうぜ」
一応、何かの役に立つかもしれないので爆竹と一緒に鞄の中に放り込むと、大悟達はその部屋の唯一の出入口である扉の方に向かう。その扉を開けた先、目の前の扉には古びた一枚の張り紙が貼られていた。
『 君の身に何が起こったのか。
理解できず混乱していると思うが、どうか私の言うことを信じてほしい。
奴らに見つかる前に、今すぐにそこから移動するんだ。
もし見つかってしまえば、君の命は無いだろう。
ここから更に奥に進むためには、勾玉を集めて祭壇に納める必要がある。
勾玉は鍵の掛かった部屋や、泣き声の主の近くに置いてある可能性が高い。
まずは、コンパスを探すんだ。コンパスの針が指す方向に祭壇がある。
私はこの回廊の奥で、君を待っている。
私たちがこの世界から出るためにも、君の協力が必要だ。
君と生きて会える事を願っている。
K 』
この張り紙を残したKという人物は随分とこの世界の内情に詳しいようだ。この回廊の奥に進むための方法だけでなく、この回廊に落ちている様々な道具の使い方等も記されており、この情報があるだけで生存率が大幅に変わると確信するほどの情報の宝庫だった。
仮に遠藤健二もこの張り紙の内容を読んだのだとすれば、今も何処かで生きている可能性があると僅かな希望を持てるほどに、Kの残した情報はこの世界で生き抜くのに役に立つものだった。
「鍵に、勾玉に、祭壇に……探しものがいっぱいです!」
更に言えば、遠藤健二もまた探す必要のあるモノの一つだ。立ち塞がる敵を薙ぎ払いながら、邪神の待ち受ける最奥部を目指すだけでよかった海底神殿よりもよほど大変である。
それでも大悟達にはこの回廊を探索しないという選択肢は存在していない。遠藤健二を見つける必要があるからというだけではなく、自分達がこの異界から脱出する方法を見つけるためにも、この影の回廊の隅々まで探索する必要がある。
はぁ~、と誰が漏らしたものか分からない大きな溜め息が薄暗い回廊に木霊する。
このまま、この場所でジーッとしててもドーにもならないので、この回廊の奥に進むのに必要な勾玉と祭壇を求めて、何処までも暗闇が支配する複雑に入り組んだ回廊へと足を踏み入れた。
燭台に火を灯すことで探索済みの場所をマーキングしつつ、回廊を進んでいくとすぐに次の部屋に行き当たる。と言うよりも、火の着いていない燭台の一本目が木製の窓越しに見えた部屋の中にあったと言うべきか。
その部屋の中には幾つかの棚が設置されており、その内の一つに金色の鍵が入っていた。幸先がいいと金色の鍵を回収すると、そのまま一行は回廊の奥に進んでいく。
すると、障子窓から夕陽の光が差し込む廊下に行き着いた。本来なら、明るい場所に出たことに喜びの声を上げるべきなのだろうが、大悟達はその夕陽にこそ不吉なものを感じていた。
逢魔ヶ時。夕方の薄暗くなる、昼と夜の移り変わる時刻。魔物に遭遇する、或いは大きな災禍を蒙ると古来信じられてきたこの時間帯は黄昏時とも呼ばれており、夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰彼となく、「
魔物に遭遇する、というのは一般に迷信や比喩の類として知られているが、本当に異形のモノが存在することを知る大悟達には冗談で済まされることではなく、そもそもこの回廊には神楽鈴の徘徊者のような魔物が事実として存在している。
その魔物が実在する空間で逢魔ヶ時と言うのはあまりにも縁起が悪く、本当に異形の存在と遭遇するのではないか、と嫌な予感を覚えずにはいられない。
「ぐす……っ、ぅ……」
古今東西、嫌な予感ほど命中するものである。夕陽の差す廊下を真っ直ぐに進んでいくと、どこからか物悲しそうな、すすり泣く女性の声が聞こえてきた。
反射的に駆け出そうとした大悟の腕を掴むと、凛太郎は諭すように先の張り紙の内容を告げる。
「勾玉は泣き声の主の傍に置いてある……大悟さん、この泣き声は異形のものですよ」
「あっ……」
異形の中には人の姿形をしているモノも存在している。その姿で人の心を惹きつけ、惑わせ、不用心にも近づいてきた人間の精神を食べてしまう。
凛太郎との出会いも、俯く女性の姿を目にした大悟が迂闊にもホールの中に入ってしまい、その女性、口裂け女に襲われたところを凛太郎に助けられたという流れだった。あの頃から全然成長していない大悟は苦笑いしてしまう。
「……ありがとう。まったく、本当に僕は成長しない男だなぁ……」
「それが大悟さんの良いところでもあるんですけどね」
「その通りです!」
大悟を擁護する凛太郎の言葉に、楓は笑顔で力強く頷いた。
「では、行きますか。この泣き声の主の下に勾玉があるといいんですが……」
気を取り直して大悟達は泣き声の聞こえる方に向かうことにした。Kの情報が正しければ、この泣き声の主の下に勾玉が置いてあるはずだ。道中で四本目の鍵や青白く光る石等を回収しつつ、回廊を進んでいくと四枚組の障子に仕切られた部屋に辿り着いた。
その障子を横にズラして部屋の中を覗き込むと、大体4メートルほど離れたところに蹲り、両手を顔に当て、動かずに泣いている女の姿をした異形がいた。白いワンピースのようなものを着ている泣き声の主は、一見すると普通の人間のように見える。
「うっ……っうぅ……うぅう……」
しかし、幾度と無く異形の存在と対峙してきた烏丸超常探偵事務所の四人には、その泣き声の主が人と相容れることのない存在であるのを一目で看破していた。
あの時の口裂け女のように容姿や仕草で獲物である人間を引き寄せて、そのまま取り殺すのが彼女という存在の常套手段なのだろう。両手の隙間から覗く、顔に張り付いた能面の奥には、隠しきれない殺意が渦巻いていた。
「あっ! あれを見てください!」
泣き声の主の更に奥に設置された箪笥の上には何か輝くものが置かれていた。これまでの道中で回収したひかり石とは別種の光を放つそれを注視した楓は、猫のように瞳孔を広げることで正確にそれの正体を認識した。
――勾玉。
翡翠色に光り輝く勾玉がそこには置かれていた。祭壇に納める勾玉の必要数は不明だが、早々に一個目の勾玉を見つけられたのは、大悟達にとって間違いなく幸運な出来事だった。
「どこ……どこにいるの……?」
不幸は、泣き声の主が音に敏感な性質を有する異形であったこと。楓の声を聞きつけた泣き声の主は、立ち上がると「どこにいるの?」と繰り返しながら大悟達の方に近寄ってくる。
凛太郎は鞄の中から爆竹を取り出すと、自分達と反対の方向に放り投げた。バチバチバチと爆発音を発生させる爆竹に意識が向いた泣き声の主は、無機的に移動方向を変えると爆竹の下に真っ直ぐ歩いていく。
「す、すみません」
「気にしない。それより、今の内に勾玉を回収しよう」
「その前に、コイツを始末しておかないとな」
姫子は背後から首を鷲掴みにすると、反応されるよりも先に【雷撃】を叩き込む。
技能:【雷撃】
小鳥遊姫子:MP 21- 5=16
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:SAN88- 1=87
零距離で【雷撃】を受けた泣き声の主は全身をビクビクと痙攣させる。攻撃対象を麻痺状態にする追加効果も合わさり、泣き声の主は何の抵抗も出来ずに黒焦げになってしまう。
人の形をした存在の無惨な姿を目にした大悟達は正気度減少ロール……をすることもなく、姫子の暴挙に苦笑を漏らすだけで流してしまう。
この程度の光景ならば、これまでに何度も見たことのある烏丸超常探偵事務所の面々だった。
「後は、勾玉を――」
勾玉を回収するだけですね、という言葉を凛太郎が最後まで口にすることはなかった。
ドドドドドドドド――!
回廊の奥から慌ただしい足音とそれに伴う震動が近付いてくる。思えば、この静寂に包まれた回廊で爆竹を炸裂させるような真似をして、この世界の住民が気付かないはずがなかった。扉の破砕音にも反応するほどなのだから。
ただならぬ気配を察した大悟達が身構えると、障子を突き破るようにして巨大な能面が部屋の中に飛び込んできた。
その姿を一言で表すとするならば『蜘蛛』のような化け物というのが最も適切な表現だろう。
通路を埋め尽くすほどの巨大な体躯を持つ蜘蛛のような化け物は、コンピューターゲームに登場するアラクネのように蜘蛛の下半身と人間の上半身を合わせたような形状をしていたが、その全身からは幾本もの男の腕が生えている。
まるでモデリングソフトで人間の体のパーツを適当に混ぜ合わせたような、あまりにも異様な姿をした走り廻る徘徊者は視覚から人間の精神を侵していく。
判定:《正気度》ロール(1/1d6)
榊凛太郎 《正気度》64 → 32 成功(SAN64→63)
秋本楓 《正気度》59 → 29 成功(SAN59→58)
不動の心。大いなる
「姫子さん! 行きましょう!」
「おう! 一気に行くぞ!」
「「【疾風怒濤】!!」」
技能:【疾風怒濤】
秋本楓 :MP 12- 4= 8
小鳥遊姫子:MP 16+ 2- 4=14
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:SAN87- 1=86
二人の少女は【疾風】を身に纏い、走り廻る徘徊者の懐に飛び込んだ。掴みかかろうとする無数の腕を暴風で薙ぎ払いながら、同時に強烈な掌打を走り廻る徘徊者の能面部分に叩き込む。
連携技能【疾風怒濤】。海底神殿の一件の後に仲を深めた二人が、共に事件を解決する中で編み出した楓と姫子の連携技能である。
合計STR26の同時攻撃を受けた走り廻る徘徊者の身体が僅かに宙に浮き上がる。
「【念力】!」
技能:【念力】
九条大悟 :MP 14- 4=10
更に、大悟の【念力】が走り廻る徘徊者の巨体を空中に持ち上げる。全身から生えた腕をうじゃうじゃと動かして必死に拘束から逃れようとするが、その程度で大悟のウルトラ念力が発生させる力場に抵抗できるはずもない。
空中に固定された走り廻る徘徊者の姿に「ふぅ」と一息ついた凛太郎は、鞄の中から取り出したカメラのレンズを拘束状態の走り廻る徘徊者に向けた。
「はいチーズ」
パシャリ、と凛太郎が走り廻る徘徊者の写真を撮ったのを確認すると、姫子は走り廻る徘徊者を魔力で創り出した光の縄で【束縛】する。
技能:【古き血族】
小鳥遊姫子:MP 14+ 2=16
技能:【束縛】
小鳥遊姫子:MP 16- 5=11
同時に、【念力】を解除した大悟は両腕を弓のように引き、交差させるように走り廻る徘徊者の方へ向けて突き出した。その両腕を大きく左右に広げながらエネルギーを溜め込むと、腕をL字型に組んで光の奔流を解き放つ。
技能:【銀の兆し】
九条大悟 :MP 10+ 1=11
技能:【光を継ぐもの】
九条大悟 :MP 11+ 2=13
技能:【光線】
九条大悟 :MP 13- 9= 4
技能:【光を継ぐもの】
九条大悟 :SAN65- 1=64
強力無比の【光線】をその身に受けた走り廻る徘徊者は一秒耐えることも出来ずに、銀の光の中に消えていく。光あるところに影あり。光があれば影も生まれるのは道理だが、強すぎる光を前に生半可な影はただ照らされるのみ。
本来ならば、影の回廊の中でも指折りの危険度を誇る走り廻る徘徊者は、九条大悟という光の後継者とその仲間達を前に呆気なく敗北したのだった。
九条大悟
HP 50/50
MP 4/14
SAN 64/65
榊凛太郎
HP 48/48
MP 12/12
SAN 63/65
秋本楓
HP 48/48
MP 8/12
SAN 58/60
小鳥遊姫子
HP 48/48
MP 11/21
SAN 86/90
所持品
・混沌の神楽鈴
・金色の鍵×4
・手鏡
・ひかり石×6