「びっくりしたぁ……まさか、あんな気持ちの悪い化け物が徘徊していたなんて」
「そうだな。【疾風怒濤】を耐えるとは中々のもんだぜ」
「まだまだ力が足りません! 姫子さん、元の世界に帰ったらまた一緒に修行しましょう」
「おう」
その後は、特に何事も無く探索を進めることができた。この回廊を徘徊する異形はそれほど数が多くは無いらしく、あの海底神殿のように頻繁に異形と遭遇するようなことはない。或いは、徘徊者の数に対して回廊が広すぎるのかもしれないが。
何れにせよ、これ以上の不要な戦闘は避けるに越したことはない。連携攻撃を耐えるほどの耐久力を持つ走り廻る徘徊者は今の大悟達にとっても驚異である。
取り敢えず、勾玉の必要数を確かめるためにまずは祭壇を探すことにしたのだが、真っ直ぐに回廊の奥に進むための道は走り廻る徘徊者の暴走の影響で崩落しており、回廊の中央部に向かうには遠回りするしかない状態になっていた。
そのため、回廊の隅から探索するように方針を変えることにした。道中、神楽鈴の徘徊者を1体葬り去りつつ進んでいくと、鍵の掛けられた部屋の中に二個目の勾玉と一枚のメモを見つけた。
『 1
事の始まりは、75年前に遡る。
1855年、蛭南村を流れる桑食川(くわばみがわ)が大雨で氾濫し、村を襲った。
多くの人命が失われたが、ある少女は溺れて生死の境を彷徨った後、奇跡的に息を吹き返した。
それ以来その少女は、不思議な力「神通力」を身に宿したという。
いわゆる、千里眼と呼ばれる能力で、知りもしない遠くのことを見透かしたり
時には未来に起こりえることを予知したらしい。
物珍しさから、少女は話題の中心となり、新聞記者まで詰めかけ、一躍時の人となった。
だが、村人の死相を言い当てたり、他人の心の中を見透かすような言動から、
少女は次第に気味悪がられ、村人から距離を置かれるようになっていった。 』
メモの内容を読み、険しい表情をした凛太郎はポツリと呟いた。
「…他人事とは思えない話ですね」
「凛太郎……」
凛太郎の事情を知る大悟の声には、どこか凛太郎のことを心配するような響きがあった。
榊凛太郎。彼は【シグナル】という嘘を吐いた存在が赤く見える超能力を有しており、高校生の時に、善意からこのチカラを使用したことで親友を失うという手痛い失敗をしたことがある。
当時、凛太郎には
だが高校三年生の時に、凛太郎がとある嘘を見抜いたことで二人は疎遠になった。
正一は、クラスメイトの目の前で学年で人気の女子に告白された。しかし、その女子が赤く見えた凛太郎は、咄嗟に「嘘をつくな」と言ってしまう。何の証拠もなしに学年の人気者を嘘吐き扱いした凛太郎を信じる者は一人もいなかった。
それは正一も同様であり、学年中――否、学校中の生徒から凛太郎は「嘘吐き」扱いされることになった。
今では詐欺の被害に遭う直前の正一を凛太郎が助け出したことを切欠に、再び連絡を取り合う仲になったものの、当時の痛みは今も凛太郎の心に消えない傷跡として刻まれている。
神通力をその身に宿した少女がどんな理由でその力を振るうことにしたのかは分からない。
それでも「神通力を振るう少女が次第に気味悪がられるようになり、村人から距離を取られるようになった」というメモの内容は、凛太郎にとっては他人事とは思えない出来事だった。
「大丈夫です。もうあのことは整理できましたから」
「それならいいんだけど……」
「本当に、大悟さんは心配性ですね。俺のことより、今はこのメモのことについてです。1と数字が振られている以上、他にも似たようなメモがあるはずです。このメモが何かの手掛かりになるかもしれませんし、個人的には他のメモも探したいところなんですが……」
実際には、それ以外にも少女の行く末が気になるという理由もあるのだろうが、それを口に出すほど大悟も鈍感な人間ではない。そして、友人の願いを無下にするほど冷たい人間でもない。
「…わかった。勾玉と一緒に残りのメモも探してみよう」
「はい! 私も探します!」
「皆さん、ありがとうございます!」
新たにメモを捜索対象に加えた大悟達は壁沿いに回廊を探索していく。窓の外からヒグラシの鳴き声の聞こえる通路を進んでいくと、すぐに外の光の届かない暗闇の回廊に出てしまう。夕陽の回廊と暗闇の回廊を交互に行き来しつつ探索を進めていくと、大悟達は二階に繋がる階段のある広場のような場所に出た。
「…二階もあるのかよ」
うげぇ、と嫌な顔をする凛太郎を「まあまあ」と宥めつつ階段の上に登ってみると、そこには今までの回廊からすると異様な見た目をした石造りの門のようなものがあった。
奥の壁には能面――ではなく般若の面が飾られており、その前にある祭壇の上には三方(鏡餅を乗せる台)が置かれていた。そして、その三方の上にはこれまでに見つけたニ個の勾玉とは大きく見た目の異なる琥珀色の勾玉が安置されていた。
「まさか、他にも勾玉があったなんて……」
「ホントですよ。緑色の勾玉を集めれば先に進めると思っていたのに……」
「「はぁ~」」
新しい勾玉の存在に野郎二人は溜め息を吐きながら般若面の飾られた部屋の外に出た。四人全員が部屋を出ると、ゴゴゴと音を立てて石造りの門が閉じていく。恐らくは、内部に人を閉じ込めるための罠の類ではなく、勾玉を回収されたことで部屋自体が役目を終えたのだろう。
やはり、この琥珀の勾玉が特別なモノであるのは間違いないようだ。翡翠の勾玉と同様に鞄の中に仕舞うと一行は回廊の探索に戻ることにした。
道中、神楽鈴の徘徊者を追加で三体ほど倒しつつ回廊の探索を進めた大悟達は、三本の金色の鍵と引き換えに二枚のメモと三個の勾玉、それに爆竹等のアイテムを幾つか回収していた。
三本の金色の鍵と引き換えに、とは言ったものの、新たに三本の鍵を回収したため、大悟達の所有する金色の鍵の本数に変化はない。
むしろ、様々なアイテムを入手した分だけ収支はプラスに傾いていると言ってもいいだろう。
『 5
それから月日が流れ、幼子は女の腰ほどの高さの少女に成長した。
その頃になると、親子は村人との距離を少しずつ縮めてきた。
村人の子供の輪に入ろうとする娘を、女が遠くから見守っていたらしい。
少女は子供たちの輪に入り、友達も出来た。
少女は毎日、両手いっぱいの山菜や果物を持って山から降りて来ては
友達に振舞い、とても楽しそうに遊んでいた。
安喜さんは、いつも暗い顔で母の後をついて回っていた少女が
こんなにも楽し気に笑うものかと、驚いたそうだ。
しかし、大人はその様子を快く思っていなかった。 』
『 8
その日の夕方、女が一人で山から下りてきた。
「猫を殺した犯人を追求するつもりはないし、賠償させるつもりもない」
「その代わり、今後絶対に娘を傷付けるようなことはしないで頂きたい」
というようなことを要求してきたという。
今まで見たことも無いような、気迫のこもった女の様子に
村人たちはたじろぎ、この要求を承認した。
二度と親子に危害は加えないと誓ったという。
村人たちは、少女のことを恐れていても
女のことは千里眼を使う気味の悪い女としか思っていなかった。
しかし、この時ばかりは恐怖を感じたという。 』
以上が、回収した二枚のメモの内容である。時系列が飛び飛びなので正確な事情は分からないものの、神通力を得た少女が母となり、娘を得たことだけは読み取ることができた。子供がいるということは、夫がいるということ。その事実には凛太郎も安心したものの、数字の5が振られたメモの最後の一文と、8のメモの内容には不穏な空気を感じずにはいられなかった。
閑話休題、探索中に大悟達が見つけたアイテムの中にはコンパスも存在している。K曰く、針が祭壇の方向を指し示すコンパス。赤い針の指し示す方向に進んでいくと、大悟達は本当に祭壇らしき場所に辿り着いた。
廃屋そのものの回廊からは想像もつかないほどに整然とした部屋の中央には、これまた傷の一つもない赤鳥居が立っている。
その鳥居の奥にある台の上には石版が安置されていた。丁度、翡翠の勾玉が嵌まりそうな凸凹が三つあるその石版を見て、大悟達は先に進むための方法をすぐに察することができた。回収してきた勾玉の内、三個は石版の凸凹に嵌め込む。
ギィ、と音を立てて鳥居正面の通路を封印していた扉が左右に開かれる。その奥には例の鏡が見えており、次の空間に行くために大悟達が扉の先に進もうとした――その瞬間。
『待ってください! そのままでは落とし穴に落ちてしまいます!』
背後から猫の鳴き声が聞こえてきた。
「っ!? 皆さん、落とし穴です!」
その言葉を正確に聞き取った楓が咄嗟に制止の声を上げる。その警告はギリギリのところで間に合い、シャランシャランシャラン! と鈴の音が響くと同時に目の前の通路に穴が空いた。
慌てて大悟達が祭壇の間に戻ってくると、鳥居の上から翡翠の瞳を持つ黒猫が飛び降りてきた。
「あの時の黒猫さん!?」
『…やはり、あなたは私の言葉を聞くことができるのですね』
「はい! 動物と話すことができます!」
『それなら、後ろの皆さんにも私の言葉を伝えてはくれませんか?』
「わかりました!」
動物会話の超能力【ワイルド】の保有者である楓が黒猫の言葉を通訳する。相手の嘘を見抜く超能力【シグナル】の保有者である凛太郎と合わせて黒猫から情報を聞き出す構えである。
『時間が無いので簡潔に説明します。あなたたちの捜している方は今も生きています』
「それは本当なのか!?」
『はい。彼は今、深淵という場所を探索しています』
楓の通訳した黒猫の言葉に大悟が驚愕の声を上げる。生きている可能性がほぼ0%だった捜索対象の生存を知り、依頼人にいい報告ができるかもしれないと安堵の息を吐いた。
『今から私の力で鏡に干渉して彼のいる深淵にあなたたちを送ります。骸流しの渓谷の大勾玉は彼が手に入れてくれたので、あなたたちが取りに行く必要はありませんからね』
「大勾玉?」
『般若の間に封印されていた勾玉のことです。私の居る聖域の封印を解くためには、その大勾玉を五つ集める必要があるんです』
「君の居る? それはどういう……」
『私は今、身動きを取れません。なので、この黒猫を通してあなたたちに語りかけています』
その言葉に、大悟達は再び驚愕を露わにする。これまでにも数多くの超常現象を経験してきた彼等だが、他の生物を介して遠くから話しかけられるなどという経験は一度もしたことがない。平然としているのは姫子くらいのものである。
そんな大悟達の姿に苦笑を漏らす黒猫の先にいる人物だったが、黒猫がどこか遠くを見るような目をしたかと思うと、まだ余裕のあったその人物の声に焦りの色が混じる。
『……まずい、もう時間がありません。彼が私の姉と接触してしまいます』
「君の姉?」
『双子の姉です。今回の彼がどんな選択をするかわからない以上、急いで彼の下に向かう必要があります。どうにかして、あそこにある鏡の下にまで行くことはできませんか?』
「それなら…! 【蒼氷】!!」
技能:【蒼氷】
九条大悟 :MP14- 4=10
焦燥に駆られる黒猫の言葉を聞いた大悟は【蒼氷】で鏡に続く通路を凍結させる。
『…凄いチカラ。これなら本当に――』
「…黒猫さん?」
『…いえ、何でもありません。それより私をあの鏡の傍に連れて行ってください!』
念の為に通路全体を分厚い氷で固めたものの、この状態でも落とし穴が機能する可能性はゼロではない。何かあれば、即座に対応できるように最大限警戒しつつ、四人と一匹は、氷の通路を一気に駆け抜ける。
その間、黒猫は楓に抱えられていた。楓の腕の中から鏡の前に飛び降りた黒猫は、その肉球でポスンと門の機能を持つ鏡に触れた。
『それでは鏡に触れてください。皆さんを深淵の入口にまで飛ばします』
「そこに、彼が……?」
『はい…ですがご注意を。今、深淵の入口には他の徘徊者とは一線を画す力を持つ”影”がいます。あの影を退けないと先に進むことはできません』
その忠告を最後に一行の意識は四度暗転した。そのまま暗闇の中に放り出された大悟達の目の前には赤鳥居と、二つの提灯が入口を照らす古い木造建築の屋敷の前に立っていた。
草木も眠る丑三つ時。人は勿論のこと、草木までもが静まり返る夜のこと。ヒグラシの鳴く黄昏時と双璧を成す、幽霊や魔物、怪異と出会いやすいとされる時間帯。
丑三つ時とは、一日をおよそ二時間ずつの12の時辰に分ける十二時辰という時法に於いて、丑の刻を四つに分けた内の三番目を言う。現代の時間では、午前二時から二時半頃に当たり、陰の気が最も強くなる真夜中である。
その深夜の世界にて黄昏の光を身に纏う一人の女が立っていた。木造の屋敷の前に立つその女は大悟達に背を向けていたが、溢れ出る憎悪で穢れなき純白の衣を真紅に染め上げ、目にするだけで正気を削られるほどの悍ましい殺意を放っていた。
着物の女は徐に後ろを振り返ると、目も鼻もない、異様なまでに開かれた大きな口だけがある黒ずんだ顔を大悟達の方へ向けた。
「あ、あ、あ……あ゛あ゛あ゛あああっ、アァァァアアアァァアァ……!!!」
憎悪を振りまく影があらわれた!
【推奨BGM:堕天女戦】クトゥルフ神話RPG 血塗られた天女伝説より
次回はボス戦となります。
第一ボス【憎悪を振りまく影】の活躍をお楽しみに。
九条大悟
HP 50/50
MP 14/14
SAN 64/65
榊凛太郎
HP 48/48
MP 12/12
SAN 63/65
秋本楓
HP 48/48
MP 12/12
SAN 58/60
小鳥遊姫子
HP 48/48
MP 21/21
SAN 86/90
所持品
・混沌の神楽鈴×5
・金色の鍵×3
・手鏡
・ひかり石×18
・爆竹×2
・古いカメラ×2
・コンパス
・勾玉×2
・特別な勾玉×1