烏丸超常探偵事務所の超常事件簿   作:ゲーマーN

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以下、登場人物の名前を設定しました。
これに伴い、これまでの物語を微修正しましした。

依頼人   :遠藤貴理子(エンドウ・キリコ)
依頼人の息子:遠藤健二(エンドウ・ケンジ)
依頼人の母 :遠藤神奈(エンドウ・カンナ)


第7話 深淵の出会い

 深淵の祭壇に5つの勾玉を納める。

 

 一体、何度この作業を繰り返したことだろう。最初の頃は、徘徊者の立てる足音や明滅する灯りにビクビクしたものだが、今となっては慣れ親しんだ街のように歩き廻ることができる。

 深淵を廻る上で警戒するべきは忍び寄る徘徊者だろう。全身が血のように赤い複眼で覆われた忍び寄る徘徊者は、走り廻る徘徊者よりも蜘蛛に似た姿をしており、妙に細長い三対の人間の足と一対の腕を持つ気味の悪い徘徊者だ。

 

 神楽鈴の徘徊者は迂闊に勾玉を取るような真似をしなければ、部屋の奥に隠れたまま深淵の回廊を徘徊することはない。泣き声の主は、優れた聴覚を逆に利用することで、できれば爆竹を使うことが望ましいが、その辺りの石ころで容易に誘導できる。

 走り廻る徘徊者はドタバタと足音を立てるので接近が分かりやすく、その突進攻撃の威力を利用することで鍵の掛けられた部屋を解錠(物理)することができる。

 

 しかし、忍び寄る徘徊者は扉を開ける以外では全く物音を立てることがない。他の徘徊者と同様に灯りは明滅するものの、音を聞くことができないため神楽鈴の徘徊者や走り廻る徘徊者などが近くにいると存在を確認することが非常に難しい。

 身体中に複眼が付いているので視野が広いのも厄介な点だろう。他の徘徊者はT字路で横切るのを待つという対処もあるが、この忍び寄る徘徊者にはその方法が通じない。

 

 偶に、あの骸流しの渓谷から憎悪を振りまく影が追いかけてくることもあるが、彼の時間稼ぎのおかげで勾玉の回収も終盤に差し掛かる頃のことであり、影の振りまく殺気に怯えた他の徘徊者が姿を消すこともあって、むしろ回廊の攻略難易度は下がるくらいである。

 やはり、深淵に出現する徘徊者の中で警戒すべきは忍び寄る徘徊者くらいのものだろう。それ以外の徘徊者はそれほどの脅威ではない。

 

 旧約聖書の『出エジプト記』に記されるモーセの伝説のように、巨大な赤鳥居の立つ湖が真っ二つに割れていく光景を眺めながら、青年はそんな()()()()()()()()を考えていた。

 湖の中から現れた橋の上を進んでいくと、そこには次の空間に移動するための鏡があった。

 青年は、その鏡に触れることを無意識の内に躊躇してしまう。しかし、先に進むしか道がないことを理解している青年は、数秒後にはその鏡面へと指先を触れていた。

 

 ――暗転。

 

 青年が視界を取り戻した時には木造建築の中に立っていた。雰囲気としては深淵と似たような雰囲気の場所であり、視界の先にはボロボロの障子が6枚横に並んでいるのが見える。

 空間の主に誘導されている、というのは青年も理解しているものの、今の彼には前に進むことしかできない。

 障子の1枚を無造作に開くと、そこには緑色の着物を身に纏う神楽鈴の徘徊者が立っていた。

 

 シャン! シャン! シャン!

 

 神楽鈴の徘徊者(緑)は青年に襲いかかるようなこともなく、青年に背を向けると通路の奥に向けてゆっくりと歩いていく。恐らくは、空間の主が直々に操作しているからだろう。徘徊者の動きを止める力を持つ古いカメラもこの神楽鈴の徘徊者(緑)には通用しない。

 青年にできるのは、目の前を歩む神楽鈴の徘徊者(緑)に大人しく付いて行くことだけだ。それ以外の選択肢を彼は持っていない。

 

 (なが)く、(なが)く、(なが)い、影の回廊(Shadow Corridor)を真っ直ぐに進んでいく。暗闇を照らすのは、青年の祖父の形見であるライターと通路の左側に一定間隔で吊るされた提灯くらいのものだ。

 深淵の闇の中を進んでいくと、遂に、青年は通路の最奥に位置する扉の前に辿り着いた。

 ギィ、と扉が独りでに開くさまは青年を歓迎しているかのようだ。青年を案内した神楽鈴の徘徊者(緑)は、己の役目はここまで、とでも言うように開かれた扉の前で足を止めた。

 

 扉を潜り抜けると、背後からバタンという扉が閉じる音が聞こえてくる。その音に振り返ることもなく先に進んでいくと青年は橋の上に出た。

 その先には、勾玉と同じ緑色の光を放つ結晶が注連縄に守られるように浮いていた。

 結晶の下は深淵よりも更に深いところに続く底なしの穴があり、まるで巨大な怪物の口のように流れ込む水を次から次に飲み干していく。

 

「やっぱりあなた、とても良い魂を持ってるのね」

 

 少女の声。振り返れば、そこには包帯で両目を覆う黒い着物の少女が立っていた。血のように赤い帯の結ぶ着物には、白い彼岸花の意匠が施されている。

 

「君は……」

 

「みんな私を化け物と呼ぶけど……あなたもそう呼びたいなら好きにするといい。実際、今の私は化け物みたいなものだし」

 

「……」

 

「でも私に言わせれば、人間の方がよっぽど質が悪いわね」

 

 少女の言葉を青年は否定できない。全てを知るわけではないが、少女の来歴を多少なりとも知る者として、少女の言葉を否定できるはずもない。

 

「出口を探しているなら諦めなさい。私のようなチカラある者にしか開けないし、あなたをここから出すつもりもない」

 

 無感情に、無表情に。その少女は青年に告げる。

 

「でも、良い話があるの」

 

 少女の右手に、闇の中から滲み出るように1枚の能面が現れる。

 

「永遠の命……いつの世も人間が渇望した力。あなたはその力に相応しい魂を持っている」

 

「…永遠の命、か。それが本当なら素晴らしいことだろうな」

 

「あなたは、どんな病にも害されない。どんな猛獣でも捻じ伏せることができるようになる」

 

「だが断る。悪いが、君の口車に乗るつもりはない」

 

 青年の脳裏に過ぎるのは深淵に挑む前に遭遇した能面を被った男の忠告だ。

 

《だが、一つ忠告しておく。奴の口車には絶対に乗るなよ》

 

 青年の目的は、この影の回廊から外に出ることをおいて他には存在していない。

 そもそも、永遠の命を得たところで、この回廊の外に出られないのならば、悠久の時を監獄の中で過ごすようなものである。

 人間が永遠の命を求めるのは、そこに「財力」や「権力」等の自由を楽しむ力があってこそ。何の自由も娯楽もなく、この影の回廊に閉じ込められるだけの永遠には何の意味もない。

 

「そう…じゃあ、言い方を変えましょう。

 あなたの魂に用があるの。細工をさせてもらうから、大人しくしていなさい」

 

 少女の手から闇に溶けるように能面が消える。

 両腕を広げ、宙に浮いた少女を中心に何枚もの能面が現れる。その内の1枚が丁度、青年の顔の前に浮かび上がり、身動きの取れない青年の顔にゆっくりと近付いていく。

 

 コロン……!

 

 その時、少女の足元に転がってきた勾玉が眩いばかりの強烈な光を発した。その光を浴びた能面は影のように掻き消える。それは少女も同様であり、瞳を開いた青年の前には一人の男が――

 

「ギリギリだったな。君達のお陰で上手く忍び込めた」

 

「お礼を言うのはこちらの方です。あなたのお陰で彼を助けるのが間に合いました」

 

「大悟さんの言う通りです。あの能面は俺達だけでは間に合いませんでした」

 

「健児さんのお陰です!」

 

「まあ、そうだな」

 

 ――否、五人の男女が立っていた。

 

 

 

 時間は少し戻る。丁度、青年が神楽鈴の徘徊者(緑)に案内されていた頃。

 

『この鏡です!』

 

 大勾玉は、深淵の中央部から行ける隠し部屋に安置されていた。神楽鈴の徘徊者が勾玉の裏に隠れている罠部屋の一つに二階への入口があり、で神楽鈴の徘徊者の待機する部屋から二階に行くことができるようになっている。

 

 その二階にある扉は一階にあるレバーを下ろすことで開くことが可能であり、その先には数階分は落下することになる深い穴が存在している。普通の人間では体力の八割ほどを奪われるだろうその穴を落下した先に、大勾玉の間に繋がる通路が隠されていた。

 但し、その通路からは通常の手段では元の回廊に戻ることができない。回廊の何処かにランダムワープする手鏡で脱出することになる。

 

 その後は最深部にある祭壇の間に向かうだけだ。無事に大勾玉を回収した大悟達は、黒猫に案内されるままに最短距離を突っ走り、真っ直ぐに祭壇の間に向かった。

 既に勾玉の納められた祭壇の横を通り抜け、次の空間に向かうための鏡の前に辿り着く。

 後は、この鏡に触れることで彼等四人の捜索対象である遠藤健二の待つ、黒猫の姉が居るという空間に転移することができる。

 

「――待て。その先に行くつもりなら俺も便乗させてもらうぞ」

 

 振り向いた先には一人の男が立っていた。その男の顔には、回廊の徘徊者の物と同じ不気味な能面が張り付いていた。その無機質な能面の微笑みに、大悟達は警戒の表情を浮かべた。

 

「…そうだ、それでいい。まだ人間のつもりだが、もう限界ギリギリだからな」

 

「その能面は……」

 

「ああ、これか。呪いのようなものだ。その先にいる彼女に会えば、君達にもすぐにわかる」

 

「彼女?」

 

「彼女は…冷酷で残忍な化け物だ。この世界から出る方法を知るとしたら、彼女だけだろう。普段は道が閉ざされていて会うことが出来ないが……今は話が違う。君達がその先に行くというのなら俺も同行させてもらう」

 

 どうやら、能面の男はこの先にいる「彼女」とやらに用があるらしい。恐らくは、能面の男の言う「彼女」とは、黒猫の先にいる彼女の双子の姉のことだろう。冷酷で残忍な化け物とまで呼ばれるとは、「彼女」は彼に一体何をしたというのだろうか。

 少なくとも、凛太郎の反応がないことから能面の男の言葉に嘘がないのは間違いない。それならば、この世界に詳しい彼を連れて行くというのは十分にアリな選択肢だろう。

 

「わかりました。あなたも一緒に行きましょう」

 

「礼を言う。では早速、」

 

「おい」

 

 男も同行する、という方針に決まりかけた中で、無言で男を見ていた姫子が声を上げた。

 

「一緒に連れていくのなら、その能面は外してもらうぜ」

 

「それができるのなら、とっくの昔に外している」

 

「だろうな。普通の人間には無理だ。だが、アタシにならその面を外すことができる」

 

「なに!?」

 

 能面の男は驚愕の声を上げる。

 

「もう随分と魂が歪んでいるが、今ならまだ人のままでいられるだろうよ」

 

「…本当に、この面を外すことができるのか?」

 

「人外の言葉は信じられねーか? だが、その面を外さないのならアタシは同行を認めないぜ。潜在的な敵を内に抱えておくつもりはねぇからな」

 

 よほど、能面を警戒しているのだろう。姫子の双眸は男の顔を強く睨みつけていた。

 

「…わかった。君の言葉を信じよう。どうせ先のない命だからな」

 

 その返事を聞いた姫子は、どこか満足気な表情で能面の男の傍に歩み寄る。そして、その男の顔に張り付いた能面に右手を翳すと、人間には理解できない言語でポツリと呟いた。

 

■■(いあ) ■■■(いおど)

 

 次の瞬間、姫子の右手から溢れ出した「闇」が能面に絡み付いた。深淵の闇が影を塗り潰し、能面を狩りたてる。「闇」の触手が能面全体に絡みつき、姫子は力任せに右手を引いた。引き剥がされた能面が「闇」の中に消えていく。

 

「えっ!?」

 

「え、遠藤健二さん!?」

 

 その能面の下から現れた素顔は捜索対象である遠藤健二に瓜二つのものだった。本当に能面が外れたことに呆然としていた男は、自らの素顔を見た大悟達の反応に怪訝そうな表情をする。

 

「確かに俺の名前はエンドウ・ケンヂだが……なぜ、君達が俺の名前を知っている?」

 

「僕達は、あなたの母親から捜索依頼を受けて、行方不明になったあなたを捜しに来ました」

 

「お袋から? …ああ、そういうことか。残念だが、君達の探し人は俺のことではない」

 

「え?」

 

「俺の名は遠藤健児(エンドウ・ケンヂ)。君達の探し人の祖父さ」

 

「祖父ですか!?」

 

 その自己紹介を聞いた楓は思わず驚愕の声を上げた。大悟達の捜す遠藤健二の年齢は26歳。その彼と瓜二つの顔をした目の前の男性が、彼の祖父であるとはとても思えなかったのだ。

 

「ああ…俺が、昔ここに迷い込んだ時、病で先が長くなかった。それでも、身籠った妻に会いたい一心で出口を探した。そして、この先にいる化け物の少女と会ったんだ」

 

『……』

 

「彼女は永遠の命をくれると言った。そして、俺は藁にもすがる思いであの面を被った。確かに俺は今も生きている。……だが、その代償は大きかった。

 面を被った瞬間、途轍もなく大きな力が体の奥から湧いてきて、意識をぐちゃぐちゃに掻き回されて訳が分からなくなった。

 そして気付いたら……一緒に出口を探していた仲間を皆殺しにしていたんだ」

 

「そんなことが……」

 

 男――遠藤健児の語りに大悟達は絶句してしまう。永遠の命をくれる、という「彼女」の言葉に嘘偽りはない。しかし、それで仲間を殺すことになるなんて……あまりにあんまりだ。

 

「それ以来、何十年経ったのかもわからない。俺はずっと、たった一人で機会を伺っていた。湧き上がる力を抑え付けながら……自我を失って、また誰かを傷付けるのではないかと怯えていた」

 

「…健児さん」

 

「だが、やっとだ。やっと、死んだ彼奴等の分まで、あの化け物に一矢報いることができる」

 

 健児は、静かに頭を下げる。

 

「どうか、俺に力を貸してほしい」

 

 彼の懇願に、四人を代表して大悟が頷いた。

 

「分かりました。僕達にできる範囲であれば、あなたの力になりましょう」

 

「ありがとう。それなら、今度こそ彼女の下に向かうとしよう」

 

 五人と一匹は鏡に触れる。この先に待ち受ける「彼女」との戦いを予感しながら。




九条大悟
Lv  31
HP  50/50
MP  14/14
SAN 65/65

榊凛太郎
Lv  31
HP  48/48
MP  12/12
SAN 55/65

秋本楓
Lv  31
HP  48/48
MP  12/12
SAN 55/60

小鳥遊姫子
Lv  31
HP  48/48
MP  21/21
SAN 80/90

所持品
・混沌の神楽鈴×6
・金色の鍵×3
・ひかり石×18
・爆竹×2
・古いカメラ×1
・コンパス
・勾玉×3
・特別な勾玉×2
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