世界の歌姫には旅をさせよ   作:ベロベロベ

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ウタ、旅に出る

「なんでだよおぉぉぉぉぉ!!」

 

少女の叫びは海面を揺らす。涙に濡れた視界に映る海賊船。それは少女にとって何よりも大切な居場所であった筈だった。

しかし、後ろで燃え盛る炎がその思い出を焼いていく。信じたくない。絶対に信じたくない。

 

「シャンクスゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

少女は喉を震わせ、全霊の叫びで父親の名を叫ぶ。両手をバタつかせ、必死に父親を掴もうとする。

その手は届かない。既に船は海の彼方。

そこにあったのは、あの優しい父の姿ではなく、財宝を積み、酒を掲げ、笑い声をあげる悪逆非道の海賊の姿だった。

 

 

■■■

 

 

「~~~~~♪」

「ウタ·······」

 

事件から数日後。既に炎は消えている。しかしかつて音楽によって栄えた大国家、エレジアは見る影もなくなっていた。

ニュース・クーが発行した新聞によれば、生存者はたったの二名。一人は今現在歌を口ずさんでいる少女、ウタ。もう一人はエレジアの元国王、ゴードン。

 

「ねぇ、ゴードンさん」

「な、なんだい?ウタ」

「シャンクスにとってあたしって、何だったのかな?」

「え?」

「どうして、シャンクスは私を捨てたのかな」

「さぁ、何でだろうね······。彼は所詮、海賊だからな·······」

「海賊·······」

 

ゴードンは俯き、言葉を濁す。そしてそんな事しか言ってやれない自身を嫌悪した。しかし馬鹿正直に真実を伝えてる訳にもいかない。まだ年端もいかない少女に「お前の歌声がエレジアを滅ぼした」などと、誰が言えるだろうか。

ゴードンは手に持っている一枚の紙に視線を落とす。

新聞に同封されていたエレジアを壊滅させた主犯であるとされている、赤髪海賊団船長『赤髪のシャンクス』の手配書だ。

新聞に書いてある事は偽りである。赤髪海賊団は寧ろエレジアを滅ぼした存在を止めるべく尽力してくれた。そして真相を隠すべく自ら罪を被ったのだ。

 

あの夜彼はシャンクスに、そして音楽を愛したエレジアの全国民に誓いをたてた。

ウタを世界一の歌い手に育て上げてみせると。

彼女は天使だ。多くの人に希望と勇気を与え、血に塗れた大海賊時代を終わらせ、新時代を造りうる存在。

それは優柔不断なゴードンが断言する、数少ないものの一つだ。

 

(だが·······)

 

同時に彼は恐れてもいた。彼女の歌声、より正確に言えば彼女の歌声から発せられる悪魔の力。そしてそれに引き寄せられる魔王の存在に。

 

(トットムジカ·······)

 

結局、彼にはあの魔王を呼び出す楽譜を捨てる事も出来ず、誓いを果たそうにも衆目にウタの歌声を聞かせてよいものかと迷っている。

今の彼に出来る事はただ、ウタの傍に居てひたすらに音楽の教育を施す事だけだった。

 

そして数年後、運命は大きく動き出す。

ある日の朝、ウタは一人浜辺へと赴いていた。特に理由がある訳でもない。

ただ何かがあるような気がした、それだけだ。しかし、その直感とも言えぬ様な漠然とした感覚は一つの大きな奇跡を手繰り寄せた。

砂浜に落ちていた数匹の巻貝を背負う生き物。これらはこの数年間全く外に触れてこなかった彼女でも知っている。

 

「電伝虫······?」

 

『SSG』と書かれているそれは通信機として使われている通常の電伝虫とは異なる全く新しいものだった。

それは世界に名高き天才科学者であるDr.ベガパンクによって試作された特殊な個体であり、不特定多数の電伝虫に映像を届ける事が出来るというものである。

勿論、ウタがそんな事を知る筈もない。

 

しかし、屋敷でそれを見せられたゴードンは目を見開いた。

世界政府加盟国であるエレジアを治めていた彼はその話を耳に挟んだ事があったのだ。

 

「じゃあ·······これを使えば私の歌声を皆に届けられるってこと?」

「あぁ、まあそういうことだ·······」

 

どことなく言いにくそうなゴードンとは対称的にウタは解き放たれた様に喜んだ。

 

「やった、やった!」

 

屋敷の外に飛び出てウタは踊る。今までにない程に楽しげな歌を響かせて。

 

そこからの彼女の行動は速かった。

翌日には早速映像越しのライブを決行。最初は少なかった観客も日が経つごとに増えていった。

彼らの感謝と喜びの声は彼女の心を満たしていった。

毎日の様に歌い、ある時には島の動物達をゲストに招き、踊る。

半年が経つ頃には非常に多くの人々が彼女の歌を待ち望んでいた。

かの舞台女優、ビクトリア・シンドリーにも匹敵する程の名声を彼女は僅かな期間で手に入れたのだ。

 

「私は新時代を造る女、ウタ!皆!今日のライブも楽しんでいってね!」

 

民衆の中には彼女をまるで女神かの様に崇める者も現れ始めた。

蔓延る海賊、天竜人、世界政府。多くが死や飢えの苦しみに喘ぐ日々を送る中で彼女の歌声はまさに希望だったのだ。

そんな期待に答えるかの様に発表した曲は世界中で大ヒット。続いてファンを脅かす海賊達への怒りを、あの日自身を裏切った者達への怒りを込めた歌もまた、世界中を虜にした。

いつしか彼女は世界の歌姫と呼ばれる様になっていた。僅か一年での出来事であった。

 

まさに順風満帆。そんな時。

屋敷の中で、ウタは一つの映像電伝虫を見つけた。

そこに写し出されていたのは、あの夜の記録。忘れたくとも忘れられない忌々しい煉獄。

しかし、妙な点があった。彼女はゴードンから赤髪海賊団によってエレジアが滅ぼされたと聞いていた。だがどうだ。たった今写し出されている映像では一匹の巨大な化け物によって街は蹂躙されている様に見える。

鍵盤で出来た手足を複数持つ案山子ような化け物。まるで歌声の様な咆哮をあげて虐殺を行うその様は歌の魔王と呼ぶに相応しい。

そして肝心の赤髪海賊団は皆、その魔王を止めるべく尽力しているように見える。

そして彼女の耳に入ってきたのはあまりにも残酷な事実だった。

 

『この映像を見ている誰かへ!ウタという少女は危険だ!彼女の歌声は、世界を滅ぼすっ!』

 

「───────え?」

 

今までに築きあげてきた物が全て音をたてて崩れていく様な錯覚を見た。

全身から冷や汗が吹き出て止まらない。胃液が逆流していく感覚が襲ってくる。ありとあらゆる不快な感覚が、ウタを蝕んでいく。

そして何よりも不快だったのは、脳があっさりと受け入れていた事だ。

思い返してみれば心辺りはあったのだ。

最後のパーティーで見つけたボロボロの楽譜。あれを口ずさんだ時から意識を失ってしまったこと。

 

「あ、ああ·······」

 

無意識に目を背けてきた。自身の歌声には天使が宿っている。世界を幸せにする事が出来る。大切な人達を幸せな気分に出来る。

ゴードンや赤髪海賊団の皆がそう言ってくれたから。ファンの人達が、そう言ってくれたから。

自身の歌に眠る悪魔の力を見て見ぬふりしてきた。

 

それでもウタは歌い続けた。

ファンの人達を苦しみを少しでも和らげる。それだけが自身の存在意義である、という強迫観念に取り憑かれた彼女は心の奥底に蘇っていた海賊への憧れを封じ込め、必死に歌った。

最早彼女に海賊に好意を持つ事は許されていなかった。世界の歌姫は民衆の代弁者。ファンの声を聞けば聞こえてくる。

海賊は悪い奴ら。皆を苦しめる勝手な奴ら。

民衆の声は私の声、自身にそう言い聞かせて歌い続ける。

そうしていく中で自身が持つ悪魔の力、ウタウタの実の力も分かってきた。

歌を聞いた者を夢の世界に引き込む力。嫌な事ばかりの現実を忘れさせ、楽園へと誘う力。

これがあれば新時代を、楽園の様な新世界を創れるかもしれない。

ウタは決意を固めていく。

今のままでは力が足りない。これでは新時代を造るには不足だ。そう確信したウタはゴードンに宣言した。

 

「私、旅に出る!」

 

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