「…シーズンオフ、最高」
ほとんど貸し切り状態のキャンプ場を眺めて、つい呟いてしまった。
本栖湖にある、私のお気に入りのキャンプ場に、必死に自転車を漕いでやってきた。晴れていれば富士山を望むことができるのだが、今日は曇っていて見えなさそうだ。
道中、トイレの近くで寝ている少女を見かけ、彼女は大丈夫なのだろうかと思ったが、放っておいた。こんなに寒ければいつか目覚めて帰るだろう。
テントを張って、ブランケットを被る。カイロを持ってきたため面倒な焚き火はいいや…と思ったが、予想以上に寒い。
しょうがないので、焚き火を用意することにした。
薪を拾って戻ってくると、大きな荷物を背負った人が歩いていた。私と私のテントを見ると、そのまま少し遠くの場所まで歩き、荷物を置いた。
私と同じソロキャンパーだろう。黒いニット帽とマフラーを口元まで巻いた高身長の男性だ。
そしてバッグから取り出したテントは…やけに大きく、思わず「でか」と漏れてしまった。家族用のものだろうか。恐らく車で来たのだろう。
やけに気になって彼をを眺めるも、とても組み立てに苦戦している。友人が後から来る様子もない。
「あの…て、手伝いましょうか…?」
痺れを切らして、つい声をかけてしまった。知らない男性に話しかけるというのは、なかなか勇気がいる。しかし、このままでは彼は凍えながら一夜を過ごす羽目になってしまい、死んでしまうだろう。
「……助かります」
ぼそっと、一礼をしてからそう返してくれた。もっと低い声を想像していたのだが、私の想像よりは高かった。
そして、どう考えても一人で組み立てるものではない大きなテントを組み立て終わった。やけに疲れて、少し汗をかいてきた。
「はぁ、疲れた…」
「……すみません」
「あ、いやっ、自分が勝手に手伝っただけなんで。…その、誰かお友達とかは…?」
もし私がいなかったら組み立てることもままならなかったであろうテントを眺めながら言う。
「…初めてで。家にあったテントを…持ってきただけです」
視線を逸らして、ばつの悪そうな顔をしながらそう言った。ベテランさんかと思ったら…まさかのキャンプデビューだった。なんか、少し気が抜けた。
「本当に…ありがとうございました」
「い、いえ、私はあそこにいるので。何かあったら…その、なんでも聞いてください」
なんか、絆されてしまった。私も初心者だった頃は火もまともに点けれなかったものだ。だからこそ、少し先輩面したかったのかもしれない。
自分のテントの前に戻り、座って本を開く。
あのテント…一人じゃ絶対立てれないけど、なんか…負けた気分だ。
「ふぅ…さむさむ」
夕食のスープを飲みすぎたか、尿意を催しトイレへ向かう。なかなか薄暗い道で、少し不気味だ。
「……ん?」
トイレの前に高身長と低身長の二人の人影が見える。何か喋っているようだ。あれはさっきのお兄さんと…
「…あの、どうかしました?」
「………」
困ったように、顔を顰めている。もう一人は…あ、こいつまだいたのか。トイレの近くで眠っていた無謀な奴だ。
「たすけてくださいぃぃっ…!」
「……え、えぇ…?」
とりあえず、私のキャンプ地に連れて行った。
「自転車で富士山を見に来て、そのまま寝過ごしたと」
ぐずりながら頷く女の子。この寒さの中でよく眠れたものだ。…頑丈すぎだろ。
「別に、一直線で帰れると思うけど」
「むりむりむりっ! ちょーこわいっ!」
ここまで来るには山道を一直線だが、道中には冷たい風が吹き抜ける真っ暗なトンネルがある。まぁ…確かに、夜のトンネルを一人で帰るのは私も怖い。
「家に連絡して迎えに来てもらうのは?」
「はっ、そうだっ! スマホスマホっ、スマホスマホ……すまほ?」
そう言って懐から取り出したのは、カジュアルなトランプケース。いや、サイズ感だけだよ。
「…はぁ。私の電話貸したげるから、番号は?」
「引っ越したばかりでわかりませんっ!」
もう清々しいほどに胸を張って答えた。
不意に、ぐぅぅぅぅ………と、女の子の腹の虫が、静かなキャンプ場に鳴り響いた。
「……ラーメン、食べる?」
カレー麺を振る舞うことになった。
「うま、うまぁ…!」
目の前に出されたカレー麺を、本当に美味しそうにもぐもぐと貪る。これでそこまで感動されると少し困るが、まぁ寒空の下で食べるご飯は格別だからな。よくわかる。
「ねぇ、あなた。どこからきたの」
「あたし? あたしは南部町ってとこ」
遠いな、よく自転車でここまでチャリで来たよ。意外と体力あるのな。
「もとすこの富士山は千円札の絵になってる! って聞いたから頑張ってきたのに、曇ってて全然見えないんだもんっ!」
ぷんぷんと膨れる女の子。…ん? あれ、湖の雲が…
「見えないって、あれが?」
「え? ……あ、ふじさん…」
いつの間にかすっかり晴れて、月明かりに照らされる富士山の姿が私たちの目に入る。やっぱ、ここはこれが見えるのが良いな。
「………どうも」
「あ、どうも」
お兄さんが静かにやってきた。気配が無さすぎる上に真っ黒の服装だから全然気づかなかった。手にはカップが二つ。
「お礼と…差し入れ、です」
コト、と私たちの前にカップを置いた。湯気が立っていて…甘い香りが鼻をつく。
「こ、ココアだぁ。いいんですかっ!?」
コクリと、無言で頷いた。少し無口で怖い人だが、意外と優しいんだな。そしてまたぺこりと一礼をして、自分のテントに帰っていった。
…うん、甘くて美味しい。
「あ、お姉ちゃんの電話番号しってた…あたし」
温かいココアでほっと一息ついている時に、女の子がそう呟いた。初対面ながら、どこか抜けているなぁ、この子は。
私は携帯を貸した。
「あのお兄さんかっこいいねぇ。ベテランさんかなー?」
……初キャンプで頓挫しそうになっていたことは黙っておこう。でも……なんかどっかで見たことあるような…?