「…おかえり」
ユキさんに背負ってもらいながら、リンちゃんの所へと戻ってきた。少しずつお肉を焼き始めていたようで、美味しそうな匂いが鼻へと入る。
「ユキ。その、さっきはごめん」
「別に何も悪いことしてない。…食べよ」
私を優しく下ろして、皆んなでシートに腰を下ろす。二人の間に何かあったのだろうか。でも、ユキさんは全然気にする様子を見せなかったから、そんな大きなことじゃ無さそうかな?
「あ、私お鍋作るねー」
土鍋につゆを入れて、白菜、長ネギ、お豆腐、にんじん…そしてメインの鱈を入れて、火をかける。やっぱり、お鍋は簡単に作れて美味しいから良いよねぇ。
「ひゃっ…!」
「うお、大丈夫か? ちょっと炭減らすか…」
豚串から滴った油が引火したのか、火柱が上がる。ユキさんが上げた悲鳴は少し可愛かった。
「美味しい〜!」
お鍋は身体の芯からあったまり、寒い冬には最高! リンちゃんは豚串から串を抜いてご飯に乗っけて食べている。私も真似しようかな〜
隣には、お鍋のスープをすするユキさんがいる。相変わらず、あまり表情は変わらない。口に合ったかな…?
「各務原さん。 ……すごく、美味しい」
「……うんっ! いっぱい食べてねっ!」
良かったぁ…。 熱いものを食べたせいか、ユキさんの頬が少しだけ赤くなっていた。
「そういえばここ、ボートでも荷運びできるらしいよ」
「えっ、本当!?」
「寒いからやだ」
「まだ何も言ってないよ〜!」
リンちゃんを誘う気だったのはバレバレだったようで、先制して断られてしまった。残念だなぁ、ちょっとやってみたかったんだけど。
「…焼き終わったよ」
「おおっ、最後は炭火焼きハンバーグだあーっ」
ハンバーグには、鉄板で一直線に焼き目が付いていて食欲をとても掻き立てる。これを食べたらお腹いっぱいかなぁ。
「うっぷ…私、一口でいい…」
「…各務原さんは、そっち」
二個あるハンバーグを、一個をユキさんとリンちゃんでシェアし、もう一個は私が貰う。
……うまいっ! とっても柔らかいお肉から、噛むたびに肉汁が溢れてくるよ!
「…はーっ、食べたぁーっ!」
「ご馳走様でした」
お夕飯が終わり、寝るまでのまったりタイムだ。リンちゃんはお腹いっぱいのせいか、お顔が少しまんまるくなってしまったように見える。ユキさんは…うん、いつもの綺麗なまんまだ。
「ふぅ…炭も残ってるし、焚き火でもするか」
グリルの中には、炭が未だにごうごうと燃え上がっている。リンちゃんはトングでそれをつまんで地面に置き、その上に薪をくべた。すぐに火がついて、焚き火の完成だ。
やっぱり焚き火をしている時が、一番キャンプをしていると実感できる。
「ユキさん、キャンプ…楽しいね」
「……うん」
少しだけ微笑んでくれた。
「ねぇユキさん。…あおいちゃん達と、キャンプしないの?」
私の質問に、ビクッと体を跳ねさせた。そして三角座りの姿勢で、顔を太ももに埋めた。しばらく無言が続いて、ようやく顔を上げたユキさんは、少し涙ぐんでいた。
「…私……わかんなくて」
「よっ、ユキ」
ある放課中、数少ない友人である千明が私の元へ訪れた。小学校から現在、高校まで一緒である。
「あたしな、部活を立ち上げようと思うんだよ。野外活動部っていうんだけどなー?」
まだ入学したてだというのに、凄まじい行動力。内気な私を、小さい時からずっと、手を引いてくれていた。
野外活動部…。中学の時にも、キャンプをしたいというような事を言っていた気がするから、恐らくそういう事だろう。
「ユキは部活…は陸上部だよなぁ〜」
小学校四年生の時から身長が伸び始めた私は、その高身長が活かせるからと千明の勧めで陸上部に入った。そして中学でも続け、その時は全国に出るぐらいの実力だった。成り行きで始めてしまったけど楽しかったし、本気でやっていた。
でも、本気でやればやるほど時間は取れなくなった。千明と話す機会も無くなって行った。もっとも孤独を感じていたのは私だけだろう。千明には他にも友達がいる。私とは違うのだから。
「あ、やべ。またな!」
授業の始まりを告げる鐘の音がなり、急いで戻る千明。
「……誘ってれても、良いのに」
いちいち面倒臭い私は、自分から何かを発言することはできなかった。
『名前だけ貸してくれ! 頼むっ!』
千明から、ある夜に連絡が飛んできた。野クルを部活に昇格させたいから、部員を増やしたいそうだ。
『ほとんど行けない』
こちらの部活も、そろそろ一年生が大会に出れるようになってくる時期だ。手は抜きたくなかったから、とても野クルに顔を出す時間はない。
『別に来なくても良いんだよ。在籍するだけで良いから、どうだ?』
それは別に私じゃ無くても良い。その辺の人を捕まえれば良い。一度そう考えると、少し辛くなった。
私が忙しいのを知っているから、付き合わなくても良いと言ってくれている。でも、来てくれと言って欲しい。
「…私…最悪」
千明の心遣いだというのに、それを不満に思い不機嫌になっている。……あぁ私、何がしたいんだろ。
『好きにすれば良い』
顔出せる日は出すよ、みたいな気の利いた事は言えない。私はそんなに、 器用でも、素直でも…ない。
そこから数ヶ月、千明やあおいとは殆ど喋らなかった。気づけばもう十月、こんなに時間が経っていたのかと驚いた。
陸上の大会は冬には姿を消す。もちろん来年に向けて練習を詰め込む時期であるが…夏に比べ時間は圧倒的に余っている。
初めて、野クルに顔を出しに行こうとした。荷物を背負って、部室棟の中の一室の前へやってきた。中からは千明とあおいの声が聞こえる。ノブをつかもうとした。
「………」
久しぶりで、どんな顔をして会えばいいのか、何を話したらいいのか、そう考え始めたら怖くなった。そのまま、踵を返して立ち去った。
二人が酷いことなんて言うわけがない。私を受け入れてくれる筈だ。でも、二人の優しさに甘えているみたいで、嫌だった。
「……きつ」
自宅で見つけたテントを持って、キャンプ場にやってきた。
どうにか張ろうと四苦八苦するも、とても完成する気配が見えない。
このテントは、確か小学生の時に一度だけ家族でキャンプした時のものだ。暑さがしんどくて、その一回以後もう我が家でやることはなかった。
…ファミリー向けだから、一人で立てるのは想定されてないのは当たり前なのだが、なんで気づかなかったんだろう。
ネットで調べて、必要なものは揃えたと思ったのに。一番大事な寝床が作れなければ全部ガラクタ同然だ。
「あの…て、手伝いましょうか…?」
頭を抱えていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、ここに来た時に目にした、私より一回り…いや、2回りほど小さい子がいた。中学生ぐらいだろうか。
「……助かります」
せっかくなので、甘えることにした。二人でもやはり苦労したが、なんとかテントを張ることに成功した。
そのまま別れたが、家族が近くにいるようには見えない。小さいのに、逞しいな。
とりあえず、ネットで調べながら焚き火というものを実践してみる。着火剤を置いて、その上に細い枝をおく。マッチで着火剤に火をつけると、次第に細い枝にも火が移る。ここで、拾ってきた大きい薪を乗っければいいのかな。
火は大きくなっていき、熱がじんわりと体に伝わってくる。テント立てでは頓挫しかけたが、こっちは上手くいってよかった。
「………」
暇だ。話し相手もいないし、暇つぶしグッズも何もない。しかし、わざわざキャンプ場にまで来て携帯を弄る気にもならなかった。このまま、しばらくぼんやりしていよう。
尿意を催したため、トイレへやってきた。山奥のトイレだけど、意外と綺麗で、衛生的な感じがする。前に家族で旅行した山奥は、薄暗いし臭いし汚いし有料だし…愚痴はここまでにしておこう。
「………ひっぐ…うぅぅ…」
「…!?」
暗がりから、啜り泣くような声が耳に入る。…嘘でしょ、ちょっと洒落にならない。こういうのは本当に嫌いだ。…でも、トイレには行きたい。
「………?」
声がする方をこっそりと覗き見る。……女の子か。お化けとかじゃないよね…
「…た、たすげ……ひっ…! ……た、食べないでくださいぃ…」
私を見て助けを求めたかと思えば、直ぐに怯えた表情に移り変わった。私…そんなに顔怖いかな…
「…食べたり、しないけど……えっと…」
ど…どうすれば良いのだろうか。私には手に負えない…助けて…
「…あの、どうかしました?」
さっきの先輩キャンパーが背後に、若干の疑いの目を向けて立っていた。…側から見たら、私がこの子をいじめているように見えるかもしれない。
「たすけてくださいぃぃっ…!」
「……え、えぇ…?」
2人はテントへ向けて去っていった。……なんか、誤解されてないと良いけど。
……ぅ、そういえばトイレ済ませてなかった。
ユキはぽつぽつと、隠していた胸の内を私たちに漏らし始めた。
「……どうして、こうなっちゃたんだろう」
野クルの2人との距離を感じて、付き合いが上手く行かなくなった事を、とても気にしていた。
……やっぱ、普通の女の子だな。ちょっと内気で、恥ずかしがり屋で、素直になれないだけの可愛い女の子だ。
「…誘いもたくさん断った。もう何ヶ月も喋ってない。…もう…怖くて」
薄らと涙を浮かべながら語る。…少し気にしすぎな気もするけどな。友情なんてモノはそう簡単に切れるモノじゃない。だが、ユキはそれを恐れてる。嫌われていたらどうしよう、自分のことなんてどうでもよく思っているのではないかと。
「……ユキさんは、2人のことが大好きなんだね」
「……別に、そんなんじゃ…」
目を逸らしたユキへ、なでしこは距離を詰めて手を握った。
「ううん、絶対にそう。だってユキさん、そんなに悩んでるんだもん!」
…そう、だよな。
「…仲直りしたいから、そうやって悩んでるんだろ。私はあの2人のこと知らないけどさ…友達、なんだろ?」
…なでしこがユキを誘った理由がわかった気がする。何も考えてなさそうだけど、優しい奴だからな。
「ユキさん、一緒に頑張ろう? あきちゃんもあおいちゃんも、ずーっと待ってるんだよ!」
「…待ってる?」
「うん、野クルの部室で、ユキさんのことをずーっと待ってるよ」
「…私も手伝うからさ」
私よりも遥かに大きい筈のユキの体は、今だけは凄く小さく見えた。この弱々しいコミュ障ガールを助けてやりたいと思うのは、…なんだろう、母性みたいなモノだろうか。
「…先に寝る」
「うん、おやすみユキさん」
「おやすみー」
一足早く眠りに着いたユキ。なでしこのテントへと入っていき、静かになった。しかしなかなか寝るのが早いな。まだ9時だというのに。
「なんかさ、ユキって…イメージと違ったな」
「そうだね〜。こう…くーるびゅーてぃー! みたいな感じだと思ってたよー」
前髪をサッと払い、キリッとした目つきで格好つけたような仕草をするなでしこ。確かにユキがやったら似合いそうだが、なでしこじゃとても絵にならない。
「まぁ、私が初めて会ったときは意外とオロオロしてたぞ。テント建てれない〜って」
「…きっとユキさん、キャンプの練習してたんじゃないかな。あおいちゃん達と話題とか合わせるために」
「あぁ、なるほど」
疎遠になってしまった空白の期間を埋めるべく、なんとか追いつこうとユキなりに頑張ってたのかもな。…私がいなかったら結構ヤバいことになってただろうけど。
「ふぁぁ……もうこんな時間か。…寝るか、おやすみなでしこ」
「ふ、2人で寝ない!?」
「やだ、それに出ないってお化けなんか」
「…トイレいこ」
夜中に、尿意から目が覚めてしまった。今の時刻は…2時か。
月明かりに照らされる湖畔を眺めつつ、トイレへと向かう。山中も良いが、私はこっちの方がやっぱり好きだ。
しばらく歩くと薄暗いトイレに着いた。ちょっと不気味だな。
「……って、うわっ…!」
足元の段差に気づかず、躓いてしまった。硬い地面に顔面を叩きつけるビジョンが浮かんだ。
ぽす
……ってあれ、痛くないし…むしろ柔らかい。
「……大丈夫?」
「うわぁっ…って、ユキ…?」
どうやら、ユキの胸に飛び込んでしまっていたらしい。…丁度トイレに来てたのか。
「あ、ありがと」
「…ん」
テントへと戻るユキ。…寝る前のしおらしさは何処へやら、またイケメンモードになっていた。
「…はぁ、なんでこんな気にかけてるんだか」
まだそう喋ったこともないのに、随分と入れ込んでいるものだと不思議に思うが、悪い気は別にしないので良しとする。
軽くトイレを済ませて、手を洗って戻ろうとする。
「………!!??」
遠くの方から女性の悲鳴が聞こえた。そこまで大きくはないが、閑静なキャンプ場にはよく響く。
私も身の危険を感じ、慎重かつ急いでテントへ戻る。
「ヴヴヴゥ……」
「…!」
その道中、何かの呻き声のような物が隣から…恐る恐る振り向くと……
「ぇ゛っ……!!!」
目の前に、デカい角を持ったバケモノが
「〜〜〜〜〜〜!」
悲鳴はなんとか抑えたが、三十六計逃げるに如かず、脱兎の如く走った。
ホントに出たっ、ホントに出たっ……!
即寝袋に身を埋める。ここまでは来まい…来ないでくれっ…
ジジッ…
「ぎゃぁっ!!」
テントを開ける音、ここまで追ってくるなんてっ! ……あぁ、おわった…!
「し…志摩さんっ…!」
「……ぁ、れ?」
入り口へ目を向けると、居たのは…バケモノじゃなくてユキだった。よ、良かった……!
「び、ビビらせるなよっ…」
「ご、ごめん…。その……」
ごそりと、寝袋を担いでいる。
「い、一緒に、寝たい…」
「……そ、そうしよう…」