その男は、ただひたすら旅をしていた。
どこかに定住することもなく、訪れた先々で仕事や依頼を引き受けては路銀を稼ぎ、また別の地へ目指す。
何かを探しているわけでもなく、何かを望むこともなく、ただ放浪する。
そんな生活をいつまでも続けていた。
人によっては、ただ無意味に時間を過ごしているだけのようにも見えるが、男はそれを楽しんでいた。
過去に囚われることもなく、未来を見据えることもなく、ただただ現在を見渡す。時には、過去を振り返って現在との違いに思いをはせる。
ひたすら、それの繰り返し。
だが、その繰り返しに変化が訪れた。
これは旅の賢者が、とある王国の奇天烈王女と会ってからの日々の物語である。
* * *
「パレッティア王国、か。ここに来るのもいつ以来だったか・・・」
その男は馬車に揺られ、外を眺めながら小さく呟いた。
男は灰色のローブを身に纏い、癖のついた青みがかった銀髪をなびかせながら御者に尋ねかけた。
「すみません。あとどれくらいで着きますか?」
「もうそんなに掛かんねぇよ。あと少しで城壁が見えるはずだ」
ちなみに、こうして馬車に乗っているのは偶然だった。
馬車に乗る前は道沿いを歩いていたのだが、その道中でたまたま行商人に出会い、行き先が同じならということで乗せてもらったのだ。
「にしても兄ちゃん、あんた立派な杖を持ってるね。魔法使いなのかい?」
その男の手には、色とりどりの様々な石が取り付けれた杖が握られていた。見ようによっては宝石の原石が実った枝のようにも見えるそれは、一目見てただの杖ではないとわかるものだった。
「えぇ。まぁ、生まれはこの国ではありませんが」
「ほぅ、他所にも魔法使いがいる国があんのかい?初めて聞いたよ」
「気が遠くなるほど遠い場所、というより辺境から来まして。ですので、そのような話を聞いたことが無いのは仕方のないことです。閉鎖的なのもあいまって、情報が出ることはほとんどありませんから」
「なるほど。よくもまぁ、そんなところから出れたもんだな」
「いろいろとあったんですよ」
「そうか。その辺は聞かないどいておこう。それより、見えたぞ。あれがパレッティア王国、その王都だ」
そう言われて顔を覗かせると、視線の先には長大な城壁が映り、遠目には城壁越しに見ても立派に見える城が建っていた。
パレッティア王国。古くから精霊を信仰している国で、王族や貴族は魔法を使うことができる。
その由来は初代国王にあり、魔法の秘奥である精霊契約から生まれた恩恵によるものだ。
そのため、この国では精霊を神聖なもの、というより友とし敬うべき隣人として信仰している。
「それにしても、他所から来た魔法使いってことは、この国の魔法使いに興味があるのかい?」
「それもありますが・・・国そのものを見てみたい、というのが大きいですね。これでも、旅を生きがいにしているので」
「なるほどな。なら、いろいろと面白いもんが見れるぞ。もしかしたら、アニスフィア王女殿下にもお目にかかれるかもしれねぇな」
「王女殿下・・・ということは王族ですか。有名人なんですか?」
「おうよ」
行商人曰く、王族でありながら少しも魔法を使えない。だが発想力はすさまじく、様々なものを開発・発明している。だが、それらは基本的に常識外にある突拍子なものであり、失敗作も数多いため日頃からトラブルを起こしているお転婆、ということだった。
「ですが、王族なら普通、滅多にお目にかかれるものではないと思いますが」
「あのお方は、よくお忍びで市井に出られるんだ。魔道具?とかいう発明の実験のためにな。衛兵が王女殿下を探して回るのも珍しくないことさ」
「なるほど・・・それはなんと言うか、愉快なお方ですね」
「ちげぇねぇ」
良くも悪くも変わっている、ということだと男は理解した。
それでも国民から受け入れられているあたり、根は良い人物なのだろう。
「それで、あんたはこれからどうする?」
「街を見て回ってから、宿を探そうかと。幸い、1泊分の路銀はあるので」
「おいおい、1泊分しかないのか?」
「基本的に路銀は現地調達ですね。冒険者ギルドで依頼を受けることもありますが、店のお手伝いとかをすることもあります。まぁ、稼げずに野宿の日もあるので無計画と言われても否定はできませんが、これも旅暮らしの醍醐味ですよ」
「そ、そうか・・・まっ、あんたが王都でも上手くやれることを祈ってるよ」
関所を通り、行商人と別れた男はフードを被って街を散策し始めた。
「さて、どこに行こうか・・・例の王女様も気になるし、王城の方に行ってみるか。道は・・・こっちか」
行き先を決めた男は、王城へと足を向けた。
城の前へとたどり着くが、当然王城は壁で囲まれているため中に入ることはできない。せいぜい、外から城を眺めることができる程度だ。
そもそも王都は広いため、いくら有名人とはいえ遭遇できる確率は低い。
「・・・まぁ、しばらく滞在すれば会えるかもしれないか。今日のところはさっさと宿を見つけて・・・」
ドオオォォンッ!!
「ああああああぁぁぁぁ!!」
諦めて踵を返した次の瞬間、城壁の向こうから爆発に似た衝撃音と共に幼い女の子の叫び声が聞こえた。
男がまさかと思いつつ城壁を振り返って上を見上げれば、白金色の髪の少女が身一つで空中に放り出されていた。
そして、なんの偶然か少女は男の方に向かって落下してきた。
「あああああああどいてえええええぇぇぇ!!」
たしかに高さを考えれば、少女の言う通りにその場をどいた方がいいかもしれないが、その場合は少女の方が無事ではすまないだろう。
「少し大人しくしていてください。“ウィンドウォール”」
男の詠唱と共に発生した強烈な上昇気流は、柔らかく少女を捕らえて落下の勢いをやわらげ、ふわりと地面に着地させた。
「わっ、すごい魔法。どうもありがとね!」
「それは構いませんが・・・いったい何をしていたんですか?」
「いやぁ、風の精霊石を使って空を飛ぼうとしたんだけど、失敗しちゃって・・・」
そういう少女の手には、緑色の石が握られており、男が持っている杖についている物の1つと酷似している。
精霊石とは一般的に精霊の力を宿した鉱石の総称で、無属性の石もあれば少女が持っている石のように属性を宿しているものもある。
つまり少女は風の精霊石を使って空を飛ぼうとした、というわけだ。
その話を聞いて、男はピンとあることを思い出した。
「・・・もしかして、あなたがアニスフィア王女殿下ですか?」
「ん?そうだよ?」
事もなげに肯定した彼女こそ、パレッティア王国の王女にして王国屈指の問題児であるアニスフィア・ウィン・パレッティアその人だった。
まさか本当に遭遇することになるとは思わなかった男は、思わずため息をついた。
「・・・仮にも王女が何をやっているんですか。自分がいなければ、大怪我どころではすまなかったかもしれませんよ」
「あなたがいてくれたから問題なし!結果オーライ!ってことで、私は・・・」
「アニスフィア様ー!!」
アニスフィアがその場を去ろうとしたタイミングで、城門から大勢の騎士が走ってきた。身なりの良さから、おそらくは近衛騎士だろう。
アニスフィアは露骨に嫌そうな顔をすると、逃げるために踵を返そうとした。
「それじゃあね!またいつか会ブェ!」
走り出した次の瞬間、アニスフィアは見えない壁のようなものにぶつかったかのように動きを止めた。
「・・・ここであなたを逃がして文句を言われるのも嫌なので、大人しく捕まっておいてください」
その原因は男が魔法で生み出した大気の壁だ。大気の壁がアニスフィアを柔らかく受け止め、だが決して先へ進ませようとしなかった。
そして城門から出てきたのはやはり近衛騎士だったのか、あっという間に男とアニスフィアの下へと駆け付けてアニスフィアを連行していった。
アニスフィアは終始「やだやだぁ~」と駄々を捏ねていたが、慣れているのか騎士は何も言わずにアニスフィアを半ば引きずるように連れて行った。おそらくは親である国王のところに連れられて尋問と説教を受けることだろう。
これで自分の役目は済んだと男はこの場を去ろうとしたが、いつの間にか周囲を騎士に囲まれていた。
「申し訳ありませんが、あなたも連行させていただきます。アニスフィア様からも事情を聞いたうえで処遇を決めるので、ついてきてもらいたい」
「・・・わかりました」
善意とはいえ、王族に手を出したのだからこの扱いも仕方ないと男は諦め、大人しく騎士に連行されていった。
* * *
連れていかれたのは兵の詰所・・・ではなく、王城の中の応接間だった。
男としては少し意外だったが、あるいは近衛騎士なりの気遣いなのかもしれない。
そこで男は出自と王国に来た経緯、先ほどの出来事を話すと、騎士は数名の見張りを残して部屋を出て行った。
しばらくの間待っていると、扉が開かれ1人の男が入ってきた。
歳はおおよそ20代半ばに見えたが、アニスフィアと比べるとわずかに色が落ちているが同じ白金色の髪と、見張りの兵士がビシッ!と姿勢を正したことから男は即座に入ってきた人物が誰か把握した。
「お初にお目にかかり光栄でございます。私は・・・」
「そう畏まらずとも良い。少なくとも、この場ではな」
男が片膝をつこうとするのを止めたのは、アニスフィアの父でありパレッティア王国現国王のオルファンス・イル・パレッティアだった。
「しかし・・・」
「私のバ・・・娘が迷惑をかけてしまったのだ。今だけは、国王ではなく父親として接させてほしい」
「・・・そうおっしゃるのであれば」
そう言って男は椅子に戻り、オルファンスも向かい側に腰を下ろした。
「アニスフィアから事情は聴いた。娘を助けてくれて感謝する」
「いえ。偶然、その場に居合わせただけですので・・・まぁ、実は道中で噂を聞きまして、それで興味が湧いて王城に向かってみた、というのもあるのですが」
「なるほどな・・・それはそうと、そなたはこの国の生まれでないにも関わらず魔法を使うと聞いたが、それは真か?」
「はい。最も適性があるのは風ですが、他の属性も杖を用いればある程度は使えます」
男がそう言うと、オルファンスはまじまじと杖を眺めた。
「ふむ・・・粗雑な作りのようにも見えるが、素材はどれも一級品に思える。これはそなたの国の物か?」
「はい。私の魔法の師匠の形見でもあります」
「そうか。さぞ、高名な魔法使いであったのだろうな。そなたも、一級の魔法の腕を持っているとアニスフィアから聞いた。その上で、そなたに頼みがある」
「・・・聞きましょう」
「そなたにアニスフィアの相談役をしてもらいたい。その間は、客人として王城に迎えよう」
「・・・とても光栄な話ではありますが、私は流浪の旅人です。そのような者が王女殿下の相談役を務めるとなると、周囲から反発されるのでは?」
男がそう尋ねると、オルファンスはわずかに顔をしかめた。
「・・・国の内部の恥を晒すようなことになるが、わが国の貴族階級において魔法の腕は重要なのだ。だから、王族でありながら魔法を使えないアニスフィアを快く思っていない者が多い。それに加え、アニスフィアが生み出すものは革新的であると同時に、保守派にとって受け入れがたいものでもある」
「だからこそ、外部の人間に頼みたい、と?」
「そうだ。引き受けてくれるか?」
あくまで頼み事であることを強調しているが、国王からの頼み事となると、実質拒否権はないに等しいだろう。
だが、それを差し引いても男はアニスフィアに強い興味を抱いていた。
王族でありながら魔法を使えず、だが諦めずに道具を用いて魔法を再現しようと試みている少女を、男は面白いと思っていた。
それを間近で見ることができるのなら、引き受ける価値は十分にあるだろう。
「わかりました。私でよければ、喜んで引き受けましょう」
「そうか。感謝する」
男が教育役を引き受けてくれたことに、オルファンスは満足そうにうなずいた。
「そういえば、そなたの名前をまだ聞いていなかったな。名はなんと言う?」
「クルーガーと言います。これからよろしくお願いいたします、国王陛下」
こうして、流浪の魔法使いであるクルーガーはアニスフィアの相談役を務めることになり、だがそれが名ばかりの共犯者となるのに、そう時間はかからなかった。
転生王女と天才令嬢の魔法革命アニメ化おめでとー!
ということで、布教のために投稿することにしました。
これで読者を百合の沼に落としていきます。
百合はいいぞ。今はまだだが、いずれ癌にも効くようになる。