とある賢者の教導奇譚   作:リョウ77

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新たな風

「お前というやつは!お前というやつは!!」

「は、はなひを・・・ワケを聞いてくらはい・・・」

 

オルファンスに盛大に拳骨を喰らわされ、床に倒れ伏しているアニスフィアとオロオロしているユフィリア、それを感情を読めない表情で眺めるグランツに笑いを堪えきれていないクルーガーというカオスな状況の中、話を進めるためにもクルーガーは口を開いた。

 

「ま、まぁ、陛下。一度落ち着かれては?」

「これが落ち着いていられるか!誘拐にどんな弁明があるというのじゃ!!」

「それはそうかもしれませんが、アニス様も考えなしに誘拐は・・・いえ、しないとは言い切れませんが、それでも意味もなく攫ったりはしない・・・と私も思いたいところですので、一度はアニス様の言い訳をお聞きになってみては?」

「クルーガー!それは私を貶してるのかな!?」

「魔女箒のテストをしていたはずのアニス様が、何をどうすればアルガルド様の婚約者であるユフィリア嬢を連れ去ることになるのか、私もいまいち理解が及びませんので。あるいは、よほどのことが起こったということでしょうか?」

「あっ、そうそう!父上、報告しないといけないことがあるんですよ」

「なんじゃ!?」

「実はですね、魔女箒の夜間テスト中に、学院の夜会に飛び入り参加したんですけど・・・」

 

さらっと上塗りされた罪状には敢えて触れずにアニスフィアの説明を待つと、予想の遥か上を行く情報がもたらされた。

 

「アルくんが、ユフィリア嬢との婚約を破棄するって言ったんですよ」

 

瞬間、執務室の中が静寂に包まれた。

オルファンスは当然のこと、グランツやクルーガーすらも事態が飲み込めずに目を丸くした。

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

「婚約破棄ですよ」

「誰と、誰が・・・?」

「アルくんとユフィリア嬢が」

 

どうにか再起動したものの、もたらされた情報を受け止めきれずに質問を繰り返すオルファンスに、アニスフィアは重ねて現実を突きつけた。

ようやく事態を飲み込めたオルファンスは、だが信じたくないといったようにぎこちない動きでユフィリアに視線を向ける。

 

「・・・はい。私の力が及ばず、大変申し訳ありません・・・」

 

ユフィリアから頭を下げられながら肯定され、事実であると認めざるを得なくなった。

そして、フラフラとおぼつかない足取りで執務机に手をついた。

対するグランツは、見かけの上では動揺を見せないまま、アニスフィアに問いかけた。

 

「・・・それは、シアン男爵令嬢絡みですか?」

「っ!?グランツ公、ご存じだったのですか!?」

「あくまで噂です。ですが、私でも耳にする程度には広まっています。まさか、とは思いたかったのですが・・・」

 

グランツの言葉を引き継いだクルーガーも動揺を隠せていなかった。

アルガルドと会ったのはアニスと会って間もない頃に庭園で一度会ったきりだが、それでもここまで愚かな真似をするとは思えなかったからだ。

だが、オルファンスの動揺はクルーガーの比ではなかった。

 

「悪い夢であってほしいのだが・・・夜会の場で・・・婚約破棄だと・・・ッ!?アルガルドの奴め!!一体どういうつもりだ!?」

 

そう叫んで、オルファンスは激情のままに拳を執務机にたたきつける。

その姿に、完全に憔悴しきっているユフィリアがビクンッと肩を震わせた。

それを見て、クルーガーはたしなめるように声をかけた。

 

「・・・陛下、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか!!」

「陛下のお気持ちは察するに余りありますが、ユフィリア嬢も突然のことでショックを受けておられます。ですので、ここは一度お静まりください」

 

クルーガーにそう諭されたオルファンスは、苦虫を嚙み潰したような表情でどうにか声を抑えた。

対するグランツは、表情を変えないまま静かにため息をついてユフィリアに視線を向けた。

 

「・・・ユフィリア」

「ッ、申し訳ありません、お父様・・・私が不甲斐ないばかりに、このような・・・」

 

グランツの呼びかけに、ユフィリアはさらに頭を深く下げてしまう。

見るにいたたまれない姿に、アニスフィアがユフィリアの肩に手を添えながらオルファンスに話しかけた。

 

「話を持ち込んだのは私ですけど、とにかくユフィリア嬢もあまり具合が良くないですし、座っていいですか?」

「う、うむ、そうだな・・・」

 

アニスフィアの提案を受け、ようやく頭が冷えたオルファンスがアニスフィアの提案に頷いた。

来客者用のソファに、オルファンスとアニスフィア、グランツとユフィリアがそれぞれ対面に座り、クルーガーは2組の間に魔法で風の椅子を生み出して腰かけた。

そして、ようやくクルーガーの存在に気付いたかのようにユフィリアが尋ねかけた。

 

「それで、その、そちらの方は・・・?」

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。アニス様の相談役を務めさせていただいているクルーガーと申します。元は根無し草の旅人ですので、敬称は不要です」

「なるほど・・・あなたの、ことでしたか。その、噂はかねがね・・・」

「気を遣われなくともけっこうですよ。なにせ、この王女殿下の関係者ですからね。碌な噂がないのは分かりきっています」

「ちょっとクルーガー、それってどういう意味?」

「他ならぬアニス様がご自覚になられているのでは?」

 

クルーガーとアニスフィアのやり取りで、僅かだがこの場の空気が柔らかくなった。

そのタイミングで、クルーガーが話を切り出した。

 

「それよりも、問題は婚約破棄の件です。正直に言えば、今となっても状況を飲み込めないというのが本音ですが・・・」

「・・・すまない、グランツ。私の見立てが甘かった」

「陛下ともあろう方が、そう簡単に謝罪を口にしてはいけません」

 

元々王家の方から持ち掛けた婚約だったこともあって、オルファンスはグランツに頭を下げようとするが、グランツは忠臣としてこれを制した。

そして、再びユフィリアに視線を向ける。

 

「・・・ユフィリア」

「・・・はい」

「お前とアルガルド王子の仲が進展していないという話は聞いていた。このようなことになったのは、残念なことではある」

「・・・申し訳ありません」

「謝罪は不要だ。今お前が考えなければならないのは、今後の振舞だ」

 

グランツとしては責めるつもりはなく、あくまで義務的に今後のことについて話しているのだが、果たすことができなかった責務に押しつぶされそうになっているユフィリアにそれを読み解くだけの余裕は残っていなかった。

クルーガーがどうフォローすればよいか考えると、アニスフィアが立ち上がる勢いで手を挙げた。

 

「そうです父上!そのことで名案があって来たのです!」

「名案じゃとぉ?」

 

アニスフィアの言葉にオルファンスは胡散臭げな表情を浮かべる。

大して、クルーガーの中に「まさか」と一つの案が思い浮かんだ。

そして、それは正解だった。

 

「父上!グランツ公!私めにユフィリア嬢をくださいませ!!」

 

アニスフィアの発言に、なんとなく予想していたクルーガーを除いた面々が動きを止めた。

そういうクルーガーも、思わず頭を抱えてしまっていたが。

 

「私が全力でユフィリア嬢を幸せにしてみせます!どうか許可を!」

「待て待て待て待てぃ!何をとち狂ったことを言い出すのだお前は!?」

「血圧が上がりますよ、父上」

「やかましいわ!」

 

オルファンスは思わず立ち上がってアニスフィアに詰め寄るが、当の提案者は「私は真面目な話をしています」と言わんばかりのすまし顔だった。

再び場が混沌に包まれる前に、クルーガーがアニスフィアの真意を読み解いた。

 

「・・・要するに、ユフィリア嬢を助手に据える、ということでしょうか?」

「そう!さすがクルーガー、話が早い!」

「待て待て、話が見えん!どういうことか説明せんか!」

 

アニスフィアの発言で再び冷静さを失ったオルファンスに、クルーガーは説明を始めた。

 

「まず今回の婚約破棄騒動ですが、問題なのは内容の正当性ではなく、夜会という公の場で宣言してしまったことです。大勢の目に触れてしまった以上、真偽がどうあれ発言を撤回することはできません。だからといって、王家から打診した婚約を王家が破棄してしまっては、他の婚約相手はかなり限られてしまいます」

「うむ、それは分かっておる。できるとすれば他国の王族であろうが、ユフィリアの才覚では下手に外に出すわけにもいかぬしな・・・」

 

ユフィリア・マゼンタ。

マゼンタ公爵家の令嬢であり、(今では元となってしまうが)第一王子の婚約者として、品行方正・文武両道・容姿端麗と貴族として非の打ち所がないが、それだけでなく魔法の才能にも非常に恵まれている。魔法の腕前はもちろん、その適正数も歴代でトップと言わしめるほど精霊に愛された寵児、パレッティア王国に唯一無二の宝として、貴族社会に名を馳せていた。

だからこそ、王子の婚約者として王族から声がかかったのだが、まさかこのようなことになるとは、当時の誰もが予想できなかったことだろう。

 

「それに、こう言ってはなんですが、ユフィリア嬢がアルガルド王子の心を繋ぎ止めることができなかったという点では、ユフィリア嬢にも非がないとは言えません」

「それは事実だ。実際に、アルガルド王子をお諫めできなかったのはこちらの落ち度でもある」

「ですので、これらを踏まえて今のユフィリア嬢に必要なのは、婚約破棄の失態を打ち消すことができるほどの功績です」

 

ここまで言って、オルファンスとグランツもアニスフィアが何を言いたいのかを理解した。

 

「なるほど。つまり、“魔学”ですか」

「その通りです!」

 

グランツの呟きに、ここぞとばかりにアニスフィアが主張してきた。

つまりアニスフィアの提案というのは、魔学による功績をユフィリアのものにしようということだった。

魔学は革新的な技術ではあるが、提唱者が王族なのに魔法を使えないアニスフィアであること、精霊信仰に厚い保守派の貴族との相性が最悪に近いこと、何よりパレッティア王国に与える影響が大きすぎるなどの理由から細々とした、大々的に喧伝することは避けてきた。

とはいえ、このまま魔学を埋もれさせるという考えは全くない。

ならば、いっそのことユフィリアとの共同研究にして、そのままユフィリアの功績としてしまおうというわけだ。

もちろん、それはそれとして下心はあるのだが。

 

「・・・確かに理にかなっていると、私も思います」

「でしょう!ね?だから父上、いいでしょ?」

「・・・アニスよ。お前は、私に王位継承権を放棄すると伝えた時の話を覚えているか?」

 

不意に、オルファンスが今の話とは関係のないことを問いかけてきた。

ユフィリアだけは何のことかわからずに首をかしげるが、他の3人は何のことか思い当たりがあった。

 

「・・・あぁ、あの例の宣言ですか」

「お父様、あの・・・なんの話ですか?」

「・・・アニスフィア王女が王位継承権を放棄したいと言い出した時に、こう言い放ったのだ。『男性との結婚など御免です。愛でるなら、私は女性を愛でたいです!』とな」

「私は話を聞いただけですが・・・さぞ、阿鼻叫喚の地獄絵図となったことでしょうねぇ」

 

グランツの言葉にユフィリアは目を見開かせ、アニスフィアの顔を見た。心なしか、精神的にも物理的にも距離が離れたように見える。

それに対し、アニスフィアは目を逸らし、指をいじりながら口を開いた。

 

「・・・だって、結婚して子供とか産みたくないし」

「お前という奴はああああッ!!」

「ぎゃあああああ!?」

 

次の瞬間、オルファンスのアイアンクローがアニスフィアの頭を捉え、ギリギリと頭に食い込んだ。

 

「王族としての心構えや責務を、お前という奴は、お前という奴はァアアア!!」

「痛い痛い痛い!王女の顔がひしゃげちゃうってぇえええ!」

 

仮にも国王と王女が晒すようなものではない光景を前にユフィリアは視線を右往左往させるが、グランツとクルーガーからすればいつも通りと言えばいつも通りの光景のため、2人を止めずにその様子を眺めた。

ある程度オルファンスの気が済んでアニスフィアを解放したあたりで、クルーガーが話を続けた。

 

「・・・とまぁ、先ほどまでは主に実利的な話をしましたが、アニス様にとってはそれだけではないでしょう?」

「え・・・?」

「ん~、そうだね。たしかに貴族令嬢として魔法使いとしても私の好みだけど・・・」

「もう頼むから黙ってくれ!」

「お断りします!」

 

再び掴みかかろうとしたオルファンスの手を躱しつつ、アニスフィアはユフィリアに近づいてそっと頬に手を伸ばした。

 

「・・・ユフィリア嬢が、辛くて苦しそうだったから」

「え?」

「きっと今は、誰も信じがたい状態だと思う。無理に信じてくれなくても構わないし、信じようと頑張らないでほしい。

 ユフィリア嬢には、好きな理由で、選びたい理由で、私のところに来てくれたらいいなって思ってる」

「アニスフィア様・・・」

 

つまりは、アニスフィアにとってユフィリアが放っておけなかったから。

様々な理由はあれど、根本的なきっかけはそんなことだった。

いろんな意味でいつも通りなアニスフィアにクルーガーが笑みをこぼすと、不意にグランツが一歩前に出て、

 

「すまなかったな、ユフィリア」

 

謝罪を口にすると同時に、深く頭を下げた。

厳格が服を着て歩いている(クルーガー評)グランツの今まで見たことのない態度に、オルファンスとアニスフィア、クルーガーは思わず呆然とし、謝罪を向けられたユフィリアもまたひどく動揺した。

そんな周囲の様子に構わず、グランツは謝罪を続ける。

 

「お前は私の期待に良く応えた。もはや応えすぎるというほどに・・・だが、最初にそうであれと望んだのは私だったのだろう」

「お父、様・・・?」

「もしそうであるなら、それは私の間違いであり、咎なのだろう」

「そんな、おやめくださいませ・・・いったい、何を・・・」

 

狼狽するユフィリアに、グランツはわずかに表情を崩してポンとユフィリアの頭を撫でた。

ビクリと震えるユフィリアに、今度はクルーガーでもわかるほど苦笑を深くする。

 

「まるで幼子だな、ユフィ・・・きっと、私は父親として・・・人として不出来なのだろうな」

 

まるで罪を告解しているようにも見えるその様子は、おそらくはこの場にいる誰もが初めて見るであろう、グランツの父親としての姿だった。

初めて筆頭貴族の当主ではなく一人の父親としてユフィリアに接するグランツは、決定的な言葉を放った。

 

「公爵家のことは心配しなくていい。たとえ王から望まれた婚約だとしても、お前が降りたいと思うのであれば叶えてみせよう。

 

ユフィ・・・王妃になるのは辛いか?」

 

グランツの心からの気遣いに、とうとうユフィリアの情緒は限界を迎え、ポロポロと涙を流しながら俯き、告白した。

 

「・・・申し訳ありません、お父様。もう、私には無理です・・・」

 

初めて告げられたユフィリアの消え入りそうな本音に、グランツは静かに頷いた。

そうしてユフィリアから答えが出たタイミングで、クルーガーが口を開いた。

 

「・・・アニス様はあのように仰いましたが、ユフィリア嬢がこの様子ならアニス様の離宮に避難されるのは確定で良さそうですね。ユフィリア嬢に休養が必要なのもそうですが、今回の件について調査をしなければなりません。横槍を防ぐためにも、ユフィリア嬢には離れていただいた方が良いでしょう。アニス様の離宮であれば、王宮の敷地内でありながら他貴族のちょっかいもかかりにくいですし」

「うむ、それもそうだな・・・アニス。頼むから余計なことはしてくれるなよ」

「本当に失礼ですね、父上!」

「普段のお前ほどではないわッ!」

 

先ほどまでの雰囲気はどこへやら、再び漫才を始めそうになるオルファンスとアニスフィアに、クルーガーは「そうそう」と付け加えた。

 

「それと、アニス様。ユフィリア嬢が離宮に移るのであれば、私は訪問を控えさせていただきますので」

「えっ?あ~、それもそうだね」

 

一方的に婚約破棄と無実の罪を弾劾されたということで、現在のユフィリアは重度の男性不信になりつつある。そんな状態で、血縁のない男が頻繁に顔を合わせるような状況は作らない方がいいだろう。

 

「でも、魔女箒を見てもらいたかったんだけどなぁ・・・」

「どのみち、私も件の調査にまわるつもりです。一通り落ち着いたら、改めて魔女箒の調整をしましょう」

「ん~、そうするしかないかぁ」

「あの・・・」

 

クルーガーとアニスフィアが2人で今後のことについて話しあっていると、ユフィリアが少し遠慮気味に声をかけてきた。

 

「クルーガーは、アニスフィア様の・・・」

「あっ、私のことはアニスでいいよ。その代わり、私もユフィって呼んでいい?」

「え?は、はい・・・それで、クルーガーはアニス様の相談役、なのですよね?」

「えぇ。かれこれ7年ほど務めさせていただいております」

「その、クルーガーとアニス様がよろしければ、私の相談を聞いていただくこともできますか?」

 

そんなユフィリアの申し出に、アニスフィアとクルーガーは目を丸くした。

 

「・・・よろしいのですか?」

「はい。何と言うか、こうして話している今も大丈夫なような気がするので・・・」

「・・・ユフィリア嬢の意思を尊重すると言うのであれば、私から断ることはできませんね。ですが、ユフィリア嬢に負担はかけさせられないので、数日おきにご様子を伺うことにします。陛下とグランツ様も、それでよろしいですか?」

「う、うむ・・・」

「ユフィが望むのであれば、それもいいだろう」

 

オルファンスは微妙な表情で、グランツは仕方ないといった面持ちで、ユフィリアの意見を尊重した。

同時に、クルーガーは内心で膨れ上がった重圧に少し気が重くなった。

もしこれでユフィリアに何かあれば、その責任はアニスフィアの時よりも重くなるだろう。

こんなことになるきっかけを生み出したアルガルドを少し恨めしく思いながら、クルーガーは先のことを考えて深く息を吐いた。




ん~、何と言うか、アニメがドラゴン討伐あたりから端折ってるところが目立ってきて満足できなくなってきてる・・・。
アニメ化の宿命でもあるんで仕方ないっちゃ仕方ないですし、その分アニオリもあるんですけど、満足度で言うなら漫画の方が上になっちゃうなぁ・・・。
まぁ、転天はけっこう内容が濃い方なんで、仕方ないとしか言いようがないんですけどね。
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