ユフィリアとはまだ会わない方がいいと判断したクルーガーは、引き続き婚約破棄騒動について調べることにした。
だからといって、やることが変わるわけではない。
仕掛けた罠の様子を確認しながら、時折独自に聞き込み調査を行う程度。
騒動の中心となっているレイニ・シアンからも話を聞きたいところではあるが、現在はオルファンスによって関係者以外の接触を禁じられているため、それも難しい。
そこで、レイニ本人からではなく縁のある人物から話を聞いてみることにした。
「ここか・・・」
クルーガーが訪れたのは、王都から離れた場所にある孤児院だった。
ここで一度、シアン男爵家について説明する必要がある。
シアン男爵家は元々は貴族ではなく、元冒険者であった現当主がその功績で爵位を与えられた成り上がり貴族である。
そして、レイニは現在の当主の妻の娘ではなく、冒険者時代に思いを交わした女性の忘れ形見であると言われている。
少なくとも現当主はそう話しており、偶然孤児院で生活しているところを発見して引き取ったと証言している。
とはいえ、現在は婚約破棄のごたごたが治まっていないためレイニの身辺調査はまだ行われていない。
そのため、いち早く情報を集めるためオルファンスから直々に命令を受けたという体でクルーガーは王都から出立した。
唯一の問題は、レイニの故郷は王都からそれなりに離れているというところだったが、そこは風魔法の適性が高くアニスフィアの傍で飛行用魔道具の開発に携わったクルーガーである。
クルーガーもまた独自で飛行魔法を運用することが可能になっているため、移動に関してはまったく問題がなかった。
そうして、クルーガーはレイニのことについて調査することができるようになった、というわけだ。
「さて・・・どうしたものか」
「おじさんだれー?」
「うわ、そのつえきれー!」
「ねぇねぇ、おじさんってまほーつかいなの?」
孤児院はちょうど遊びの時間だったのか、中には多くの子供たちが出ていたのだが、来訪者であるクルーガーの周りに群がり、中にはローブの裾を引っ張る子供もいた。
来客者が珍しいというのもあるだろうが、クルーガーの見た目は物語に出てくるような魔法使いそのものでもあるため、余計に興味津々になるのだろう。
「こら、お客様に失礼でしょう。離れなさい」
すると、孤児院の扉から年配の女性が出てきて子供たちをたしなめた。子供たちも大人しく言うことを聞いてクルーガーから離れ、それぞれの場所で遊び始めた。
「すみません、迷惑をおかけしてしまって」
「いえ、構いませんよ。子供はあれくらい元気な方がいい。それで、あなたがこの孤児院の院長でしょうか?」
「そうですが、貴方は?」
「申し遅れました。自分はクルーガーと言います。今回は、以前ここで過ごしていたレイニ嬢について話を聞くためにここに来ました」
「レイニの・・・いえ、レイニお嬢様のですか?」
レイニの名前が出た瞬間、一瞬だけ院長が目を伏せたのをクルーガーは見逃さなかった。
「えぇ、そうです。失礼ながら、こちらでも何かあったのでしょうか?」
「・・・ここで立ち話もなんですし、中でお茶でもいかがですか?」
周囲を気にしていることから、子供に聞かせる話ではないのだろう。
特に断る理由もないため、クルーガーはその申し出を受け入れた。
外装もそうであったが、孤児院の中は年季が入っているが清潔な状態が保たれていた。おそらくは、国以外からの支援を受けているのだろう。
そんなことを考えながら、クルーガーは応接間で差し出されたお茶を口にした。
「粗茶ではございますが・・・」
「いえ、美味しいですよ。それで、レイニ嬢のことについてですが」
「えぇ、それは構いませんが、なぜレイニお嬢様のことを?」
「申し訳ありませんが、詳細は話せません」
「そうですか・・・それで、レイニお嬢様はお元気でいらっしゃるのでしょうか?」
「私は直接会ったことはありませんが、平民から召し上げられたため苦労したようですが、ご学友に恵まれたと伺っております」
「そうですか・・・」
当たり障りのない範囲でフェイクを織り交ぜながら話すと、院長は「学友に恵まれた」という言葉に反応を示した。
「・・・もしや、こちらでは人間関係がうまくいかなかったのですか?」
「いえ・・・そうですね。今では、あの子は何も悪くなかったと思えますが・・・実は、レイニお嬢様関係で刃傷沙汰が起きたことがありまして」
「なんですって?」
思わぬ単語が院長の口から飛び出てきたことで、クルーガーは驚きをあらわにした。
クルーガーはレイニに会ったことはないが、人から聞いた話では誰かを傷つけるような性格ではないのはほぼ間違いないと見ている。
「その時のことを話してもらっても?」
「はい。この孤児院にいたころから、レイニお嬢様はなんというか、人から好かれやすい御方でした。ですので、レイニお嬢様に対して好意を持った男の子も少なからずいたのですが、それが原因で喧嘩になり、運悪く近くに刃物があったことで怪我が酷くなったことがあるんです」
「なるほど・・・」
院長から聞いた事件の顛末を聞いて、クルーガーはひどく既視感を覚えた。
流血沙汰にこそなっていないものの、痴情のもつれによるトラブルが起きているというのは、婚約破棄騒動と似ている。
そして、その中心にレイニがいるということも。
「その事件がきっかけで、レイニお嬢様は別の孤児院に移ることになりました。ですが、他の孤児院でも似たようなことが起こり、様々な孤児院を転々としていたと聞いております」
「そうですか」
しかも、そのようなトラブルが何度も起こっているということまで聞いて、いよいよクルーガーは偶然ではない何かを感じ始めた。
何が起こっているのかはわからない。だが、確実に何かが起こっている。予感が確信へと変わっていった。
そこで、クルーガーはさっきの話の内容とは別に院長が何か罪悪感を抱えているように見えた。
「失礼ながら、そのトラブルで院長先生になにか?」
「・・・いえ、これはあくまで私個人の話なのですが・・・あの時は、私も気が動転してしまい、あの子にひどい言葉を投げかけてしまって・・・私が冷静になっていれば、もっと他にやりようがあったのかもしれないと思うと・・・」
「なるほど・・・」
自身の罪を懺悔するかのように告白した院長に、クルーガーは「それは無理もない」と感じた。
今まで孤児院と言えども平和に暮らしていたら、たった1人の少女が原因で子供たちが流血沙汰の喧嘩を始めたのだ。そんな状態で平静を保てる人間はほとんどいないだろう。
「その件に関しては、私は部外者です。なので、あまり偉そうなことは言えませんが・・・一度、レイニ嬢と話してみることをすすめます。あなたがレイニ嬢の苦しみを理解しようとしているように、レイニ嬢もまたあなたの苦しみを理解し、それを自分のことのように感じるようなお方であると、私は思います。であれば、少なくともレイニ嬢があなたを一方的に責めるようなことはなさらないでしょう」
「そう、でしょうか・・・」
「あくまで、私の所感です。ですが、拒絶や罵倒を恐れてばかりもいられない。そうでしょう?」
「・・・えぇ、えぇ。たしかに、そうかもしれません」
「今は諸事情で会うのは難しいでしょうが、機会があれば私もレイニ嬢にあなたのことを伝えるつもりです。いつになるかは分かりませんが、その時までに心を整理されるといいでしょう」
「・・・そう、ですね。ありがとうございます。私の悩みを聞いてくださって」
「いえ、レイニ嬢のことを教えていただいた礼とでも思っていただければ」
幾分か曇った表情が晴れたのを確認したクルーガーは、本題に話を戻した。
「それで、次はレイニ嬢の母親のことを聞きたいのですが、出身などについて何かご存じですか?」
「はい。母親の名前はティリスと言います。ですが、出身のことに関しては何も・・・」
「そうですか。ご本人は・・・いえ、レイニ嬢が孤児院に入ったということは、そういうことですか」
「えぇ。ティリスさんは、病気で亡くなりました。レイニお嬢様がまだ幼かったころの話です」
クルーガーは余計なことを口にしてしまったと反省すると同時に、詳しい話を聞くことができなかったことを残念に思った。
現当主が元平民の冒険者で、レイニに魔法の素質がある以上、レイニの母親であるティリスもまた貴族の家系である可能性が高い。ティリスから血縁関係を辿ることができれば判明することも多かったかもしれないが、自身の出生について何も離さずに死んでしまった以上、これ以上の情報は期待できないだろう。
とはいえ、このまま引き下がるわけにはいかないため、さらに情報を集める。
「容姿や年齢については?」
「見た目は、レイニお嬢様とそっくりだったかと。いえ、レイニお嬢様がティリスさんに似た、という方が正しいでしょうね。年齢は、おそらく20代くらいだったと思います」
「どんな方でしたか」
「そうですね。何と言うか、不思議な人でした。女の身一つで冒険者をやっていましたが、世渡りが上手で人間関係のトラブルはほとんどなかったはずです。あと、綺麗な人でしたので、男から求愛されることも多かったですが、そのほとんどを袖に振っていました。ですので、旦那様と恋仲になったことが発覚した時は、たいそう驚いたものです」
「そうですか・・・」
聞いた限り、ティリスに関して不審な部分はない。
強いて気になる点を挙げるとすれば、ティリスもまた人から好かれやすい、ということだろうか。
その点は、親子で似たという可能性もなくはないが、どうにもクルーガーの頭の中で引っかかった。
とはいえ、どのみち確証に至るような情報は得られなかった。
「・・・私から聞きたいことは以上です。ご協力、感謝します」
「えぇ。レイニお嬢様のこと、よろしくお願いします」
院長に深々と頭を下げられ、クルーガーは思わず微妙な表情になった。
もし、ここでレイニが貴族令嬢となってからも男女のトラブルを起こしたと知ったら、果たしてどうなることやら。
もちろん、婚約破棄騒動については戒厳令が敷かれているため、うっかり口に出すような真似はしないが。
「では、自分はこれで失礼します。お茶、美味しかったです」
そう言って、クルーガーは孤児院を出て王都へと飛んでいった。
その道中で、話を聞きながらまとめた調査書を改めて確認する。
あくまで孤児院経由の情報しかないが、出身について不審な点はない。
だが、様々な孤児院で痴情のもつれによるトラブルが頻発していたというのは、気になるところでもある。
これを偶然と片付けるか、それとも必然と捉えるか。
その判断に迷いながら、クルーガーはオルファンスへの報告内容に頭を悩ませた。